グリフォン一家とのご対面 3
騎士団VSグリフォン母さん……にはなりません。
ノアがいると、緊張が長続きしません。
悪しからず。
わたしがぽかんとヴィクター君がさっきまでいた場所を見ていると、森の方から人の声が聞こえてきた。
「ノア!」
昨日の夕方に聞いたはずなのに、もう随分と長いこと会っていないような懐かしさを感じた声だった。振り返ると、そこには黒づくめのアレクさんの姿があった。
隊の人も幾人かいるようだったが、みんなが一斉に剣を抜いた。お母さんが先ほどの唸り声より低い威嚇の声を発する。
「ま、待ってください!お願いです、剣を収めてください!」
殺気立った空気に一触即発の気配が漂った。仔グリフォンも雛も怯えて不安げに鳴いている。何とか止めなくちゃ。
「お願い。お母さんも攻撃しないで、わたしの大事な仲間なの」
小さな声でお母さんにお願いして首筋を撫でると、お母さんは徐々に唸るのを止めて頭を下げてくれた。仔グリフォンたちも緊張が薄まったように、わたしの足元に擦り寄ってきた。お母さんは、わたしの肩にその頭を擦り寄せる。「本当に大丈夫?」と聞いているようだ。わたしはお母さんに頷くと、隊のみんなへ向き直った。
「僕は大丈夫です。グリフォンにも害意はありません。ですからどうか、この子たちを傷付けないで」
あれ? みんな変な顔してわたしを見てるよ。
「ノア。どういうこと? 野生の幻獣が人に懐くなんて」
セドリックさんが前に出て不機嫌そうな顔でわたしに尋ねる。え?グリフォンってそういう種族じゃないの?
セドリックさんの高い魔力に反応してか、お母さんが再び顔を上げる。なんとか両方とも敵じゃないことを分かってもらわないと。
「あの、ちゃんと説明します。だから、剣を収めてください。セドリックさんは魔力を出すのをやめてください」
隊のみんな鋭い目をしているけど、どうしたら分かってもらえるんだろう。
「アレクさん」
わたしはこのもどかしさを訴えるようにアレクさんを見た。アレクさんの青い瞳がわたしを捉えていたけど、何かの感情が揺らめいて、そしてそれが消えたように見えた。
アレクさんは構えていた剣を無造作に収めてくれた。
「ノア。こちらから近付いてもいいだろうか」
アレクさんがそう言ったのでびっくりした。でもアレクさんから害意は感じられないので、わたしはお母さんに尋ねると、お母さんは小さく鳴いて了承してくれた。
「はい。大丈夫です。でもゆっくりとお願いします」
アレクさんは一つ頷くと、ゆったりと、でも足が長いから一歩が大きくて、すぐにわたしの元に辿り着いてしまった。
アレクさんは、巣から一歩引いた場所で足を止めた。歩いている間お母さんを見ていた青い目が、ふとわたしを見て細まった。それを見たら、わたしは物凄い安堵に包まれた。何故だか、涙が出そうなほど安心している。
アレクさんはわたしから視線を外すと、まるで王への謁見のようにお母さんの前で膝を折った。
「私は、王都騎士団コンラッド師団第二分隊長を務めるアレクシス・エインズワースと申す。気高い幻獣のグリフォンよ。この者は我らの大切な仲間。返してもらえるだろうか」
幻獣相手に人と変わらない敬意を示すアレクさんの姿に、わたしは思わず言葉が詰まってしまった。不覚にも感動してしまったのだ。アレクさんはわたしのことを「大切な仲間」って言ってくれた。それを獣相手と侮らず、グリフォンに誠実に伝えてくれた。
お母さんにもその誠実さが伝わったのか、「くえ」と警戒心の無い声で鳴いて、一度アレクさんに向かって頭を下げた。さながら騎士の誓いを捧げられる女王様みたいだ。
その鳴き声に安心したのか、仔グリフォンと雛がそろっとアレクさんに近づく。それに気付いたアレクさんがそっと手袋に包まれた手を差し出すと、最初はビクッとしたが、徐々に慣れてその匂いを嗅ぎ始めた。ヴィクター君の時よりも体格が大きいためかちょっとおっかなびっくりだったが、少しするとその手を甘噛みした。雛もそれに続いて掌に自分の嘴を乗っけてきた。アレクさんの大きな掌は、雛が丸ごと乗ってしまいそうだ。
その人懐っこさに思わずといった感じで、アレクさんが慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。アレクさんって、そんな顔もなさるんですね。
「可愛いな」
はい。あなたもです。
思わずそう言いそうになって、わたしは慌てて口を噤んだ。
「ちょっと、二人だけでほのぼのしないでくれる?」
少し遠巻きだが、セドリックさんとイヴリンさんが近付いてきていた。その後ろには従魔士のお姉さまたちと魔術師さん、エリオットの姿も見える。わたしは慌てて巣を降りて、みんなの下へ駆け寄ると、エリオットがガバッとわたしに抱き付いてきた。
「もぉお、心配したんだから!」
「ぐえ」
頼りない一面もあるけれど、一応騎士なだけあってその腕力は強い。抱き付かれて一瞬潰されたカエルのような声を上げたわたしを誰が責められよう。
「でも無事でよかったぁぁぁ」
「それ、俺がやりたかったんだけど」
セドリックさんがあきれ顔で言うが、ぐすぐすと鼻を鳴らすエリオットにドン引きして引き下がってしまった。いや、今こそわたしを助けて欲しい。
「エ、エリオット。苦しい……死ぬ」
「うわ!ご、ごめん!」
なけなしの力で、エリオットの脇腹を殴ると、さして痛手を受けた風でもなくエリオットが離れた。まあ、軽鎧付けてるからだけど。わたしが非力なせいじゃないし。
解放されて荒い息をつくわたしに、仔グリフォンが心配げに鳴く。っていうか、いつの間にかアレクさんが抱っこして近づいていた。いいの、君。野生の子じゃないの?
「くえ?」
「あ、大丈夫だよ。僕の事を攻撃した訳じゃないから」
「くえ」
「そう。みんな僕の仲間なんだ」
エリオットの攻撃に、この中で唯一わたしを心配してくれたのがグリフォンだということに、ちょっとした悲しみを覚えた。
わたしは仔グリフォンをいい子いい子していると、はたと周囲が静かなのに気付いた。
「あれ?みなさんどうしたんですか?」
見回すと、みんな変な顔をしてわたしを見ている。何かこの視線、さっきのヴィクター君の視線に似てる気がする。
一同を代表して、セドリックさんが声を出した。
「本人はやっぱりおかしいって思ってない」
「え?」
「グリフォンは知能の高い生物だから、人間の言葉を理解するのは分かる。でも、何でノアは普通にグリフォンと会話出来てるの?」
「あれ?」
言われて初めて気付いたけど、お母さんも仔グリフォンも別に人語を話している訳でもないのに、普通に会話していた気がする。
「えっと、何ででしょう?」
「やっぱり無自覚だ」
セドリックさんがため息をつくと、他の人達も同じようにため息をついた。
確かに人語ではないのに、何となく分かるんだけど、何でだろう。
「あ!」
「な、何?」
思わず上げた声に驚いてセドリックさんが一歩下がる。
「もしかして、僕も知能の高い生物?」
「……何だろう。軽く殺意が湧くんだけど」
至極真面目に言ったのに、何故かみんながざわついてしまった。
「ああ、何か、もう何もかもどうでも良くなりそう」
セドリックさんがかなり投げやりな調子で言う。
きっとそれ、わたしのせいですよね。ええ、はい。分かっていますとも。
「あの、何かすみません。皆さんにはご迷惑をお掛けしました」
わたしは心からの謝罪をしたよ。でも何か、みんなの視線が痛い。
「いいよ。別に君が好きで攫われた訳でもないし。結果無事だったし」
セドリックさんが大げさに肩を竦めながらそう言ってくれるが、目が笑ってない。
「まあ、それは置いておいてさ。お兄さんたちとちょっとお話しようか?」
わたしの肩に、セドリックさんの掌が置かれた。そして万力のように締め付けてくる。
決して逃がさないという意思の表れか、指も肩に食い込んでおります。
「……は、はい」
わたしは蛇に睨まれた蛙のごとく、身動きができなくなっていました。
憐れノアは、セドリックの魔の手に捕まったのでした。
いやぁ、あれは殺意を覚えても仕方ないかなぁ。自分で「知能の高い生物」とか言ってるし。
みんなノアのことを心配していたのに、迎えに来てみればあのほのぼの加減。
本来なら、もみあげだけ残して髪の毛を毟られても仕方のない状況だったのに、みんな優しいですね。
次回は、視点を変えて今回の事件を振り返ります。
閲覧ありがとうございました。




