グリフォン一家とのご対面 1
「にゃあああ!」とか言って攫われてる場合じゃないですよ、ノア。
残された人たちのシリアス展開を知る由もなく、ノアは通常運転です。
お腹を圧迫され、空中を散歩すること数十分。よく吐かなかったと自分を褒めたい。
いやぁ、乙女として断固阻止したわたしの忍耐力凄い。誰も褒めてくれないから自分で褒める。
それよりも、真冬の空を恐ろしい速度でグリフォンが飛んでくださったお陰で、今のわたしは歯の根も合わないくらい震えていた。寒い!
地獄の飛行を味わいながら、ようやく揺れない場所に仰向けに下ろされた時、数分起き上がれなかったとしても誰にも責められたくない!
ああ、背中の背嚢がいい具合に痛い。
回る目を無理やり開けると、辺りはすっかり日が落ちてしまったが、昼からの快晴が続いているのか、顔を出した兄の月がよく見えた。
少し落ち着いてきたら自分の状況を確認しようという気力が湧いてくる。頭や背中に感じるのは、硬い岩や地面ではなく、藁のような柔らかいものが敷いてある。これはグリフォンの巣なのだろう。近くにカトブレパスの魔石の感触もある。よく落とさなかったな、わたし。
ふと近くに大きな獣の気配を感じた。
もちろんわたしを攫ってきたグリフォンだと思うが、そのグリフォンが鼻を近づけて匂いを嗅いでいるような音が聞こえる。わたしは悲鳴を上げそうになるが、いまだ凍えて声すら出ない。
補佐官さんから借りた本には、グリフォンは肉食ではないとあった。幻獣と呼ばれる生き物は、大気やらなんやらの魔力から糧を得ることが出来るためだ。
だが、そうは言っても、巨大な動物の気配はそれだけで圧迫感があった。
しばらくすると、動かないわたしを確かめるように、大きな嘴で肩の辺りを揺すられる。
うっぷ。お願いだから、今は揺らさないで。
「きゅるる~」
少し息が荒くなったわたしの耳に、突然可愛らしい鳴き声が聞こえた。甘えるような、どこか寂し気な声だ。
もしかしてグリフォンが鳴いたの?
そのうちわたしの頬に硬い嘴が当てられる。あ、ほんのり温かい。
何だか、その声と温かさで、わたしの恐怖心は収まってきた。
「きゅる」
もうひと鳴きした後、グリフォンが身動きする気配がする。次の瞬間、わたしの身体を覆うように、そっとグリフォンが寝そべった。あったか~い。
動けないから分からないけど、予想するに、わたしを、雛鳥を抱えるように翼で覆うように温めてくれているようだ。グリフォンは高い知能を持つ幻獣だから、わたしが寒さで動けないことが分かったのだろう。
心配げに喉を鳴らしながら擦り寄る温かさに、グリフォンに害意が無い事は分かった。
どれぐらいそうしていたか分からないが、わたしの手足に温もりが戻って来た。身体の震えも止まり、ようやく上半身を起こすことが出来るまでになった。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
わたしが活動できるようになったことが分かったようで、グリフォンがそっと翼を畳んで少しだけ離れた。途端に冬の寒さが身に沁みる。もう辺りはすっかり夜だ。
起き上がって周りを見渡すが、どうやら森の中のそこだけぽっかりと木の無い場所にいることだけは分かった。
「ねえ。少しだけ、魔法を使ってもいい?」
言葉が分かることを期待してそう問いかけてみる。すると、グリフォンは「くえ」と小さく鳴いた。やはり言葉が分かるようだ。
「ありがとう」
一言礼を言ってから、わたしは光の魔法を使った。
ぼんやりと辺りを照らすようにすると、足元の方に大きな卵と見覚えのある袋が見えた。
「あっ!」
思わず声を上げてしまったが、静かな森の中ではびっくりするほど大きく響いた。グリフォンも驚いたようで、「くえ!」と鳴いていたから、結構辺りに響いたと思う。
「大きな声を出してごめん。でも、あれ、見てもいい?」
そう言って断ってから、わたしは袋に手を伸ばした。少し中を漁ったのか、いくつかの宝飾品とお金が外に出ていたが、旅券などは無事で、ほぼ丸々残っているようだった。そういえば、あの拾った魔石だけ見当たらない。
「ねえ、もしかして、あの魔石が欲しかったの?」
当て推量だが、そう尋ねるとまた「くえ」と鳴いた。そして、わたしに見せるように、卵を嘴で目の前に押してくる。目を見ると、「触ってみて」と言われているみたいで、わたしはそっと手を伸ばした。
卵は鶏卵とは違い、表面が滑らかで生みたてのように温かった。
「もうすぐ生まれるの?わたしに紹介してくれたの?」
そうだよ、とでも言うように、わたしの頬に嘴を擦り寄せてくる。
俄かに「きゅーん」と高い声で鳴いた。ちょっとびっくりしたが、その声は警戒音とかではなくて、何かを呼ぶような声だった。
しばらくすると、森の方からガサガサと音がして、何かが近付いてくるのが分かった。
光をそちらに向けると、そこには仔犬大の小さなグリフォンがいた。わたしのお財布を持って行っちゃった子だ!
この二頭(羽?)は親子なのだと分かる。仔グリフォンは急いで母親(多分)の方に走ってきて、嘴を合わせるようにしきりに甘えていた。その光景は心温まるものだった。
仔グリフォンがわたしに気付き、恐る恐る近付いてきた。わたしが掌をゆっくりと差し出すと、その掌の匂いを嗅ぐようにして何かを確認しているようだった。
一しきり匂いを嗅いで満足したのか、わたしを見上げると、その掌にほっぺたを擦り寄せてきたのだ。
『っ!か、可愛い~』
身悶えしそうになるのをグッと堪え、わたしは首から頬っぺたを掻くように撫でてあげると、「くるるる」と喉を鳴らして気持よさそうに目を細めた。わたし、悶絶死してしまうかもしれない。
どこにもぶつけようのない感情に翻弄されていると、突如森のしじまに「ぐぅ~」という恐ろしい音が鳴り響いた。グリフォン親子が揃って首を傾げる。わたしのお腹に潜む獣だ。
「あははは、お腹減っちゃった」
照れ隠しに笑っておこう。猛禽類なお顔のグリフォンよりも獰猛な音がなるわたしのお腹って……。
そういえば、背負っていた背嚢に携帯食が入っていたはずだ。わたしはごそごそと中を探ると、もしもの時の備えとして入れておいた小さな水袋と携帯食が見つかった。よくぞご無事で!
「少し、食べてもいいかな?」
断ると、母グリフォンが「くえ」と同意してくれた。油紙から取り出すと、予想はしていたけど、無残に砕けた携帯食が現れる。まあ、あれだけ下敷きにすれば割れるよね。
わたしが欠片を少しずつ食べていると、仔グリフォンが興味津々という様子でわたしを見てくる。
「ほしいの?」
仔グリフォンを見ると、「ぴ」と可愛い返事をした。あげたいのはやまやまだけど、果たして人間の食べ物を幻獣に与えていいのだろうか。悩むわたしは保護者に聞いてみることにした。
「これ、食べさせても大丈夫?」
「くえ」
大丈夫らしい。お母さんの許可を得たので、掌に欠片を乗せて仔グリフォンに差し出した。仔グリフォンは何の警戒もせずに器用に嘴で一口食べると、「ぴ」と鳴いて、急にその場でぐるぐると回り始めた。どうやらお気に召したらしい。それにしても可愛いな。
欠片を残さず食べると、上機嫌にわたしの膝に乗って来る。何て愛いやつ。
頭から背中を撫でてあげると、また「くるる」と気持ちよさそうに鳴く。わたしはというと、羽毛から獣毛に変わる不思議な感触が癖になりそうだ。わたしも気持ちいい、仔グリフォンも気持ちいいでウィンウィンの関係だね。
ほのぼの~としてしまったが、わたしはハッと気付く。さっき、お母さんと大事な話をしていたのでは?
「そういえば、どうして魔石が欲しかったの?」
お母さんに尋ねると、お母さんは巣の中を嘴でゴソゴソとし始めた。見守っていると、嘴に何かを咥えていて、わたしの手をちょんちょんとつついた。お母さんの意図を汲み取り掌を差し出すと、掌の上にポトッと何かを落とした。光で照らすとそれは小さな魔石だった。ただ、例のカトブレパスの魔石のように曇っている。
「もしかして、これを浄化したいの?」
お母さんの目が肯定するように細められる。わたしは、うんと一つ頷いて、魔石を指先で撫でた。やはり魔石の曇りはわたしが撫でることで消えていくようだ。
「これでいい?」
綺麗になった魔石をお母さんに見せると、今度は軽く袖を噛んで卵の方へ引っ張る。
「魔石を卵に当てる?」
小さく鳴いてお母さんが肯定するので、わたしはそっと卵に魔石を触れさせた。すると、スッと溶けるように魔石が消え、卵が鳴動したような気がした。心なしか、卵の温かさが増したような気もする。
お母さんがもう一つ魔石を出してきたので、同じことを繰り返してみた。やはり卵はその度に温かさを増す。
「ねえ。もしかして、魔力が足りなくてこの子は孵らなかったの? それで、わたしに綺麗な魔石を作ってもらいたかったのかな?」
そう言うと、お母さんはわたしの肩に頭をぐりぐりと押し付けてくる。どうやらそのとおりらしい。
それにしても、魔力が豊富なはずのグリフォンが魔石に頼らなくてはいけないような状況に、わたしは少し危機感を覚える。お母さんの体調がたまたま不調だったのか、それともわたしたちが気付かないだけで、何か小さな異変が起こっているのでは、と。
ハッ。それよりも今は卵の方が大事だ。
「あと、どれくらいあればいい?」
尋ねると、お母さんがカトブレパスの魔石を見た。
そっか!小さいのをいくつも用意しなくてもいいんじゃない。
さっそくこぶし大の魔石を卵に近づけてみる。すると、卵が自分で吸い寄せるように魔石から魔力が流れて行った。それに合わせるように魔石は小さくなっていく。その流れは、魔石が半分くらいの大きさになったところで止まった。
卵の鳴動が大きくなった。どうやら孵化する準備が出来たみたい。
「もう生まれるの?」
お母さんが「きゅる」と鳴く。どうやらまだのようだ。
「でももうすぐなんだ。楽しみだね」
言うと、お母さんも仔グリフォンも「くるる」と喉を鳴らした。
何だか孵化の瞬間に立ち会いたくて、仔グリフォンと遊びながら卵をしばらく見守っていた。でも、夜が更けても孵る様子はなく、眠気が襲ってくる。仔グリフォンも随分と眠そうで、わたしの手を甘噛みしながら目が閉じそうになっている。
お母さんがわたしと仔グリフォンを嘴で自分のお腹に誘導すると、寝なさいと言うようにそっと翼で覆ってくれた。
「うわ~、あったかぁ~い」
冬の寒空の下だというのに、少しも寒さを感じなかった。
「おやすみ、お母さん。卵、明日孵るといいね」
仔グリフォンを抱えるようにして、お母さんに寄り添いながらわたしは眠った。
前回ふざけられなかったので辛かった。
ノアが出てくると楽だね〜。
コメディ要素を一人で担っています。
頑張れノア!




