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ドラゴンズクラウン  作者: niku9
第3章 グリフォン
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グリフォンの目的 3

珍しいシリアス回です。

セドリック視点からのノアが攫われた後の話です。

 目の前で起きた現実味の無い現実に、一同は呆気に取られてあり得ない失態を演じた。

 突然湧いたように現れた強大な力を持つ美しい幻獣が、電光石火の動きでノアをパクッと咥えたのだ。


 その中で咄嗟に動いたアレクの反射神経は凄い。だが、不自然に一度動きが止まり、その間にノアは上昇するグリフォンに連れ去れてしまった。


 真正面にノアを咥えるグリフォンに矢を射ることも攻撃魔法を撃つことも出来ず、魔法で拘束しようとも魔力耐性の高い幻獣に弾かれ、この場にいる人間は為すすべもなく、ただノアが遠ざかるのを見ているしかなかった。追跡用の魔道具を撃ち込む間もなかった。


 オルグレン団長ですら、光魔法でグリフォンの脚を拘束するが、信じられないことにグリフォンは脚を一振りしただけでそれを払った。


 オルグレン団長は、竜種ですら狩れる魔力を持っているのに、グリフォンはそれを上回る魔力耐性を持っているようだった。団長で駄目なら俺の魔法など何の役にも立たない。

 何が魔術師団の副団長だ。ここで役に立たないようなら、そんな肩書は糞食らえだ!


 だが、目の前が暗くなるような絶望の中で、連れ去られるノアへ伸びる光が見えた。それは俺達の集団からは離れた場所から放たれたようだった。

 ふと、あることに思い至った。


「ノア!!」

「アレク!」

 光に気を取られていると、アレクがこれまで聞いたことも無いほどに激昂した声を上げる。そして駆け出そうとするのを何とか捕まえるが、物凄い膂力で引きずられた。


「離せ、セドリック」

 抑えた声が返ってくる。それが逆にアレクの怒りの深さを物語っていた。

「追いかける気か?」

「……」

 無言で殺気立った目を向けられるが、それが肯定であることは馬鹿でも分かる。こんな目を他人に向けるのを初めて見た。


「どうやって追うつもりだ」

「飛んだ方向へ向かう」

「直に日が落ちるのにか?」

 アレクも分かっている。空を飛ぶ幻獣に、魔力を持たない自分が追い付ける術などないことを。それでもノアを取り戻すこと以外のことを考えられなくなっているのだ。


「この隊はどうする」

「オルグレン殿がいる」

 本当に常のアレクからは想像も出来ない無責任な答えが返る。確かに指揮権は団長にあるが、半分はアレクの指揮する第二分隊の隊士なのだ。アディンセル副長もその答えに痛々し気に顔を歪めた。


 アレクは、強面に似合わず、誰よりも他人を思いやる人間だ。だがそれは万人に向けられる優しさで、冷静に状況を分析することを妨げるほどのものではなかった。

 それなのに、今はノアのことで頭がいっぱいで、まったく冷静な判断など出来ない状態だった。


 幼い頃から、剣聖への道を断たれ、家族と離され、騎士団内の地位を取り上げられてきた。元凶は剣聖の派閥の一派とアレクの父親のせいだが、何かを諦めて諦めて、それが普通になってしまったアレクは、誰か一人にこんな執着を見せるような人間ではなかった。


 それがどんな感情に起因するものかは、考えるのは嫌だが、何となく分かる気はした。


 昨夜、ノアと二人で宿砦の裏手でのやり取りを目撃して、そして今日の様子を見て、俺は一つ確信する。

 アレクの中に時々空虚さを感じていた。アレク自身もきっと自覚していなかっただろうその空虚さは、時折俺には恐ろしい飢餓のように感じられた。

 そんな飢餓を身の内に飼っていて、発狂しないアレクを化け物だと思ったこともある。


 だが、ノアが来て、その飢餓が穏やかなウロになり、依然として虚しいながらも只人でも支えられる程に凪いだ空虚は、アレクに人並みの感情を思い出せたようだった。

 全てを諦めることが出来た心に、足掻くことを許す感情を。


 それを思い出させたノアを失くすことは、激しい飢餓からの救済の途を閉ざされ、今度は気付いてしまった飢えと戦わなければならない、地獄の日々に等しいことだろう。


 優しいアレク。何度も孤独な子供を拾って救ってきたが、傍に置いたのはノアが初めてだった。無意識の行為だったのか分からないが、お前の見せるノアへの穏やかな笑顔を見ていると、俺の胸が時々変に痛む。


 アレクの手がノアの頭を撫で、頬に触れた時、俺は思わず声を掛けていた。その後のお前の顔は間抜けにも大仰に驚いた顔をしていた。やっぱりそれも無自覚のようで、俺は何となく苛立ってノアに八つ当たりした。

 自分の感情を持て余しているアレクにもだが、自分に向けられる感情に鈍感なノアにも苛々してしまう。


 ノアの訳の分からない力も知らないし、多分女性であることすら知らないだろうが、アレクは自分が思っているよりノアを必要としている。


 だから、こんなところでこんなくだらないやり取りをしている場合じゃないというのに、アレクはまた俺の手を払って駆け出そうとする。


 本当に苛々する。

 ノアを取り戻したいのはお前だけじゃないんだ。


「アレク」

 そう呼び留めて、俺は腕を振り抜いた。

 いってぇ!

 俺の拳が見事にアレクの頬に入った。こいつなんでこんなに固いんだ? 殴った俺の手の方がおかしくなりそうだ。


 周りが一斉に息を飲むのを感じる。

「いい加減に目を覚ませ、アレク。あと、面倒だから出てこい、そこのお前!」


 薄々いるのではと思っていたが、意外とあっさりヤツは出てきた。岩場の陰から、小柄でしかも面のようなものを着けた人間が出てきた。アレクがそれを見て目を大きくして、何者か理解しそれで初めて冷静になる。


 オルグレン団長は微かに眉を顰めただけで驚かなかったが、他の面々はその異様な風体に目を瞠った。さすがに隊長格の人間はどういう輩か分かったようだったが、他は俄かに警戒を強めた。

 怪しい人間にすぐ反応できるって、うん、みんな優秀だ。


 俺は小柄な人物に少し心当たりがあったが、魔法で印象が残りにくいよう操作しているようで、そういうものだと思っていなければ違う人間と言われても分からないだろう。しっかり見ていても、肌や髪の色すら記憶に残らない。


 こいつは、『影』と言われている人間だ。いわゆる諜報員なのだが、恐らくこいつは、殿下とか呼ばれるような人間が差し向けた一流の『影』だ。


「で、ノアにこっそり何か付けてたよね」

 言うと、ヤツは無言で右手を広げる。騎士たちはよく分からないようだったが、魔術師たちはそこから伸びる魔力の糸が見えたようだ。一様にハッと息を飲む。それはノアが連れ去られた方向に伸びている。


「標的印か」

 誰かがポツリと言う。

 自分の魔力を標的に付けて、それを維持しなければならない、魔術師と言えども扱える人間は少ない魔術だ。緻密な魔力操作と豊富な魔力量が必要で、オルグレン団長であればある程度使えるが、それでも数キロが限界だと聞いたことがある。


 能力の問題ではなく、向き不向きの問題だ。例えるなら、団長は複雑で難解かつ膨大な数式を使いこなすことは得意だが、単調な同じ数式を延々と解き続けることは苦手ということだ。


 グリフォンは自分を阻む魔法は退けても、無害な標的印には反応しなかったようだ。


 とにかく、これでノアへの道が繋がった。


「追えるのか?」

 アレクの低い問いに「影」は頷く。また、すぐにでも動きたそうなアレクに、俺は自分より高い位置にあるその頭に手刀を入れる。


「こら。お前は、せっかくの機会を台無しにする気か? こんな大人数で追ったら、せっかく巣を見つけても逃げられてしまうだろうが」

 グリフォンは肉食ではないから、そういった心配はない。


 上がって来たグリフォンの情報は、一様にノアの所在を探すもののようだった。何らかの意図があってノアを攫ったのだろう。であれば、巣に持ち帰る可能性が高い。アレクのような殺気立った人間が近付いては、どこかに逃げられてしまうのがオチだ。

 それは頭の冷えたアレクにも分かったのか、大人しくなった。


「ワタシがオう。メジルシをノコすから、ヨがアケてからオってコい」

 突然「影」が口を開いた。その声は、少年とも少女とも老婆とも老翁とも聞こえる魔術で変えたものだった。よほどこちらに正体を知られたくないらしい。


 「影」は小さな玉をオルグレン団長に渡した。それは、魔力を込められる塗料だった。これと同じ魔力を追ってこいということだ。

 団長に直接渡したのは、どれほどの距離になるか分からないので、塗料を節約するために、塗布の間隔を通常よりも広く開けるためだろう。俺とオルグレン団長の探査力であれば、二,三キロおきにでも追うことは出来る。

 そこで俺じゃなく、オルグレン団長に渡すところが、この『影』の可愛くないところだ。


 それだけ残すと、影は何も言わずに跳んだ。あっという間に塗料以外の気配が無くなる。

 それを見送って、オルグレン団長は深い溜息をついた。


「今日はここで野営をする。各自準備を始め、また緊急の事態にも備えよ」

 明るくなってからすぐに行動するのはもちろん、カトブレパスの件もあり、ここを離れるは得策ではない。その団長の声に、全員が動き出した。


 アレクも素直に従った。その表情からは何も感情を感じ取れなかったけれど。

 俺も自分の役割を果たすべく動き出す。


 ノアは必ずこの手で取り戻してみせる。


 昨夜のノアの温かな感触が残っているような気がして、ノアの頬に触れた指先を握った。

暴走しようとするアレクがいたから冷静になれましたが、セドリック自身も相当取り乱していました。

セドリックは、自分の胸の痛みの訳を知っていますが、見ないように蓋をしています。

セドリックは、アレクの事を大切な友人だとずっと思っています。そう思っているが故に、彼の行動が歯痒いものに映ります。

未だ自覚のないアレク自身の感情を守ってやりたい気持ちと、それに気付かれてしまう事を躊躇する自分の不甲斐無さとを。

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