グリフォンの目的 1
ちょっとざわざわします。
魔物の討伐と解体シーンがあります。
グロくないつもりですが、苦手な方は閲覧注意してください。
夜が明けると本日も快晴でした。
わたしの気分は厚い雲に覆われた暗めの曇りですけど。
セドリックさんに半径二メートル以内への接近禁止命令を出し、今日は女性騎士さんたちに囲まれての移動となった。
ああ、癒される。
昨日の箇所に次いで、二番目に遭遇情報の多かった地点へ行くことになったが、ここからさほど遠くない場所だった。周りは岩山があり、見通しはあまり良くない。
「ここでは、成体と幼体の両方が確認されている。幼体は可能であれば保護だ」
オルグレン団長が詳細を指示している。もし成体が出た場合は、魔術師が微弱な信号を発する装置を撃ちこみ、追跡して巣を特定するが、幼体は他の魔獣や密猟者に襲われないよう、発見し次第保護することになっている。
わたしも皆さんと一緒に、街道を逸れて哨戒をしたり、昼の準備で待機したりしながら過ごしたが、グリフォンどころか獣の一匹すら一向に現れる気配は無かった。
これは、また宿砦に戻っての野営を検討しなければならないか。
午後も深くなり、二度目の哨戒を最後に引き上げる頃合いとなった時、戻って来た別班が俄かに騒がしくなった。見張りの魔術師が張った探索網に魔物が引っ掛かったらしい。
「カトブレパスだ!各自備えよ!」
魔獣の種類に一瞬空気が固くなるが、号令と共に、皆さんその空気を払拭して配置につく。流れるような行動だ。
非戦闘員のわたしの周りをイヴリンさんとエリオット、セドリックさんが固める。そしてその前に従魔士のお姉さん二人と補助魔術系の魔術師さん、前衛に壁役の大盾を持った騎士さんたちが並ぶ。
団長さんとアレクさんは、何と最前線にいた。偉い人って後方で指示を出すんじゃないの? しかも、盾も何も持ってないし!
「こんな場所にカトブレパスが出るなんて……」
イヴリンさんが小さく呟く。
「そのカトブレパスって、この辺りに生息していないんですか?」
魔物などあまり詳しくないわたしは、素朴な疑問をぶつけると、イヴリンさんが説明してくれた。あの図鑑にも載っていなかった気がする。
「ええ。大きな牛みたいな魔獣だけど、普通はもっと川べりとかに生息しているの。石化する呪いを持っているから厄介な魔獣だけど、余程の事が無い限り、人里近い場所には近寄らないはずなのよ」
なるほど、こんな街道へ下りてくるのは尋常な事態ではないということか。
「来た!」
前衛のその声に呼応するように、地響きのような音がする。
そして、その魔獣が姿を現した。
「……うそ」
大きな牛の魔物と聞いていたので、何となく水牛みたいなのを想像していたけど、間違いだとすぐに気付いた。
体高は五メートルを越え、発達し盛り上がった頭骨に二本の禍々しい巻き角を持った魔獣だった。牛と言われれば牛だが、大きな頭のせいか俯くように歩くさまは、異様な光景だった。
初めて遭遇した大型の魔獣に、わたしは身体が竦んだ。
「何だか様子が変ね」
イヴリンさんが言うには、他の個体よりもかなり大きいらしく、角も普通は少し湾曲した程度の巻いていない角らしい。そして異様な紅い瞳をしていた。
「あんなのに、勝てるんですか?」
わたしの恐怖が伝わったのだろう。イヴリンさんがそっとわたしの肩に手を乗せてくれた。
「見てなさい。国最高峰の魔術師と剣聖に最も近い剣士の共闘を」
その声があまりにも誇らし気で、異様な敵を前にしても自分たちの勝利を寸分も疑っていないことが分かった。それにわたしの心臓は少し落ち着いてきて、周りの状況をよく見ることが出来た。
カトブレパスが地面を揺るがすような咆哮を上げ、グッと頭を更に低く下げたのを見て、魔術師さんたちが盾役の人に防御力を上げる補助魔術を掛ける。そして盾役の人が三人並ぶと、ほぼ同時にカトブレパスが突進してきた。
だが、その突進は急激に威力を失う。魔獣の足元の地面が波打つように破砕し、足を取られたのだ。
きょとんとしていたが、魔力の流れの先を見ると、団長さんが魔獣の方向へ手を伸ばしている姿が見えた。もしかして、あの広い範囲を無詠唱で混ぜ返したの?
勢いを殺された魔獣は、難なく盾役の騎士さんたちに止められ、次の瞬間にはその大きな頭が身体から離れて地面に落ちた。何か閃光を見たと思ったのだが、その正体はアレクさんの斬撃だった。
アレクさんだと気付いたのは、アレクさんが魔物の向こう側にいたからで、そうじゃなければ動いたのすら分からなかった。たった一撃で、あの巨大な頭を切り離したんだ。
いったい、どんな剣でどんな力でどんな技をもってしたらそんなことが出来るのだろう。
呆然とするが、力の抜けたわたしからイヴリンさんが離れる。セドリックさんは律儀にわたしと距離を取っているけど、緊張を解いたのが分かった。隣のエリオットも肩の力を抜いたので、本当に片付いてしまったようだ。
命のやり取りに、呆然とするほど見惚れる日が来るとは思いもよらなかった。
わたしはハッと気が付いて、イヴリンさんを見ると、イヴリンさんがうんと頷いてくれた。凄いな、わたしが言いたいこと伝わっちゃった。
「僕、怪我が無いか確認してきます」
そう。わたしの数少ない特技の一つ、治癒魔法がある。
急いで駆け寄ると、魔物から流れた血臭が濃密になる。
「あの、僕にお手伝いできることは?」
従魔士兼治癒術師の女性騎士に尋ねると、ニコニコと微笑まれた。
「ああ。盾役の騎士が返り血を浴びたぐらいで、誰も怪我してないわ。でも聞いてきてくれる?」
安心したが、まだ完全に確認していない。その気持ちを汲んでくれたようだった。わたしは剣の血糊を振って払っているアレクさんへ駆けて行った。
「アレクさん! 皆さん、お怪我は?」
女性騎士のお姉さんの言葉を疑う訳じゃない。けど、どうしても自分で確認したかった。
盾役の人は、それはそれは酷い返り血だったが、皆親指を立てて無事を伝えてくれる。
アレクさんは、怪我どころか返り血一つ浴びてない。どんな神業だ?
わたしがほっと一息つくと、アレクさんはいつものあのわしゃわしゃをしてくれた。このわしゃわしゃが嬉しい日が来ようとは。
安心したのも束の間で、わたしはその近くに横たわる巨体を恐る恐る見た。
岩のような体躯に黒ずんだ茶色の皮膚と、藻のように絡まった体毛に覆われたその姿は、わたし一人で遭遇したら恐怖で意識を手放してしまいそうだ。
このままでは街道に酷い被害が出ることは間違いないので、討伐は必要なことだったが、生き物の命を奪うというのは、やはり後味が悪い。
目を逸らそうとした時、ふと不思議な靄のようなものが、魔獣の胸元辺りに見えた。
「え? アレクさん、あれって何ですか?」
わたしが問うと、指さした先をアレクさんも見るが何も見えないと言う。アレクさんはイヴリンさんを呼ぶと、わたしが言った場所を指示した。
「……あ、確かに、何か黒っぽく見えます」
そこは、魔獣の心臓の少し上あたりだ。オルグレン団長も近付いてきたが、団長には見えないと言う。
アレクさんは短剣を取り出すと、少しの躊躇も見せず、その場所を切り裂いた。死んで血液が止まったためか、太い血管を避けたためか、それともアレクさんの腕が凄いのか、ほとんど血が出ない。家畜の解体の経験はあるが、これほどの大きい生き物の解体は初めてだった。
アレクさんの短剣が、カツッと固いものに当たる音がして止まった。
「これは……」
オルグレン団長が眉を顰める。
アレクさんが取り出した物体は、わたしのこぶし大のつるりとした黒っぽい丸い石だった。ただ、黒曜石のような黒さではなく、何か濁りが凝り固まったような印象だ。
「魔石だ。しかし、これはかなりの穢れだな」
どうやら、何等かの原因で瘴気が発生して、このカトブレパスはそれを浴びたようだ。外見が他の個体と違っていたのもそれが原因かもしれないとのこと。
これは持ち帰り、瘴気の調査が必要かもしれないと、少し深刻な雰囲気になっていた。
イヴリンさんのノアの扱いが、女の子……。
それはさておき、強いんですよ、隊長と団長。マジで。
戦闘シーンは好きなので、頑張ってもっと書きたいんだけど、お二人が強すぎて秒だった。
次は苦戦するようなヤツを出せばいいのか……。
次回はちょこちょこ出る瘴気がどうなるやらです。




