調査隊出陣 4
接触過多注意報です。
でも女の子のノアだから、いいのか?
何とか風邪騒動は沈静化し、食事も終えて、見張り以外は就寝の準備に入った。
わたしたちの房は、扉を閉めると内側から施錠した。
もうすぐ女神の月が出る時間だ。
床に敷いた寝袋の上に座り、向かいにはオルグレン団長と、ちゃっかりセドリックさんもいた。セドリックさんは、さっきの怖い感じは無くなり、いつもどおりのチャラチャラ……明るい感じでこちらを見ていた。
「もうすぐだな。この間のように、変化している間は頭に触れているがいいか?」
「はい」
シェリルが作る精密な道具のようなオルグレン団長の魔力探査は、対象物に触れることで精度がかなり上がるらしい。わたしが頷くと、懐中時計を見て秒読みを始めた。
徐々にわたしの中からあの不思議な感覚が競り上がってくる。
「そろそろ、来ます」
そういうと、オルグレン団長はそっとわたしの頭に手を置いた。
変化は速やかに、ただ緩やかに始まった。気付くと、着ていた服がぶかぶかになり、どこか心許無い感覚になる。
「……これが、本当の君?」
ポツリと言ったセドリックさんの声に、いつの間にか瞑っていた目を開ける。
見ると、オルグレン団長もセドリックさんもわたしをジッと見ていた。
「あの、どうしましたか?」
わたしが声を掛けると、何かに気付いたかのように二人は身体を揺らした。
「いや、想像していた以上に、かわ……」
何かを言いかけて、セドリックさんが一度言葉を飲み込んだ。もしかして、可愛い?
やがてセドリックさんが、気まずそうに声を出す。
「……変わらないね」
「うおおい!」
思わず渾身の力で突っ込んでしまった。
いやいや、変わったよね。変わったと言って! せめて胸ぐらいは!
セドリックさんの首を絞め上げながらメソメソしていると、オルグレン団長が盛大なため息をついてわたしの肩を叩いた。危うく身分の高い人を殺ってしまうところでした。
わたしの絞殺未遂から解放すると、オルグレン団長はセドリックさんに気の毒そうな目を向けて、静かに首を振った。何、暗黙の何を確認したの? わたしはジト目で団長を問い詰める。
「それで、先ほどの探知の結果だが……」
「無視しましたね」
白い目で私が見つめると、オルグレン団長は咳払いを一つした。無視していく方向らしい。
「君の変化は、特に魔力の動きは無かった」
「え?」
一瞬言われた言葉に反応することが出来ず、怒りも吹き飛んでしまった。あれだけ顕著な現象に、そんなことがあるのだろうか。魔力などの知識に精通している訳ではないが、常識的に考えてあり得ないことだと思う。
わたしはセドリックさんを見るが、彼もわたし同様、いやそれ以上に驚いていた。
「これまで、そんな事例があるんですか?」
わたしが団長さんに尋ねると、静かに首を振った。
「私も長年魔力の研究に携わって来たが、こんな事は初めてだ」
そうすると、呪いを解く以外にわたしが元に戻る方法は皆無に近くなる。そう考えて、もちろん残念な思いはあるが、むしろホッとする自分がいた。女の子のわたしでは出来ないことをまだ試してない。自分の予想以上にその思いが大きかった。
「がっかりさせて申し訳ないが、引き続き観察を続けさせてもらいたい」
「団長さんが謝る必要なんて無いです。わたしこそご迷惑をおかけしているのに」
多少の好奇心もあると思うが、団長さんはあまり親しくもないわたしのために、忙しい合間を縫っていろいろな方法を模索してくれている。感謝こそすれ、がっかりなどするはずが無かった。
そういえば、と先ほどのアレクさんとのやり取りを思い出す。あれも似たような現象ではないだろうか。
「あの、先ほどエインズワース隊長と話をしていたんですが、隊長と接触するとわたしから何かが流れ込むのを感じるようなんです。わたしもそれを感じたことがあったので、間違いないと思うんですが。その時も、確かに他の魔力を使う時と違う感覚でした。それでそういう時は寝起きがいいらしくて。これも性別の変化に魔力が伴わない現象と同じことでしょうか」
わたしの説明に、オルグレン団長は目を見開いた。
「エインズワースがそう言ったのか?」
「はい」
そして団長さんは何かを考え込むように少し押し黙った。
「その件も後で詰める必要があるな。エインズワースの睡眠障害は聞いたことがあるが、もしかすると君の呪いと似たような原因があるのかもしれない」
それは新解釈です。でも確かに病気ではないのに変な現象だ。
やっぱりオルグレン団長に相談してみて良かった。
「まだ手を付けていない文献があるかもしれない。王都に帰ったら、少し気になることもあるからもう少し調べてみようと思う」
「ありがとうございます」
わたしの中にある多少の少年のままでいたい願望は一度蓋をして、団長さんにお礼を言った。戻る方法が分かっても、それは一選択肢になるだけで、何を選ぶかはわたし次第だと考えた。
それに、アレクさんが良くなるなら、それが一番だ。
「オルグレン団長。哨戒の騎士から報告が」
「ん。今行く」
扉の外からお呼びが掛った。団長さんは、一緒に立ち上がろうとしたわたしたちを手で「そのままで」といって制して房を出て行った。
後にはわたしとセドリックさんが残された。気まずい。
少しの間無言でいたが、視線を感じて目をやると、真面目な顔をしたセドリックさんと目が合った。
「ねえ、ノア」
少し首を傾げて問いかけてくる。顔がいいだけに、そのあざとい仕草も様になる。いつもならイラッとするところだが、何故か今はそんな気分にならない。
「もしかして、さっきアレクと話してたのって、その、なんかの力が流れるってヤツ?」
もしかして、あのやり取り見られてた?
まあ、アレクさんにはその実験かは聞いてないけど、はたから見たらそうだとしか思えないよね。わたしが女の子だったら変な感じだよね。なんか、恋人的な?
そうか。アレクさんは男の子だったから気安くされていたんだし、女の子にだったらあんな風に接触したりしないよね。でも、いつか女の子だって打ち明ける時のことも考えておかなくちゃいけないんだ。
幻滅されるかもしれないけど、でも許されるなら、今のままの親しみのある位置にいたいな。
少し躊躇したが、正直に答えることにした。
「そうです。けど、覗き見なんてダメですよ」
そう言うと、セドリックさんは今まで見せたことが無いような、慎ましやかな笑顔を見せた。ホッとしたような、それでいてその感情に罪悪感を覚えているような、不思議な笑顔だ。
わたしが余程怪訝そうな顔をしていたせいだろうか、セドリックさんは苦笑に笑みを変えて少し近付いてきた。
手が頬に伸びてきたけど、もう公共物だと思うことにしたので、何も身構えずにいると、苦笑を深めてセドリックさんはわたしを見た。
「ホント、隙だらけだなぁ」
困ったように笑い含みで言う声にムッとするが、どうせ言ってもまたむにゅってするだろうから、気が済むまでやればいいんだと開き直る。
でも、そんな衝撃はまったくやって来なかった。代わりに、そっと触れられた感触がした。
セドリックさんは、指の背で僅かに触れただけだった。だけど、その指はそのまま頬を伝って顎に辿り着いた。
ん? なんだ、これは。エリオットたちのじゃなくて、アレクさんに近い触れ方だ。実験してるの?
「さっきのね、女の子に戻った時に変わらないって言ったの、嘘。ホントはね……」
心なしかどんどんセドリックさんの顔の距離が近くなってるような気がする。
「すごく可愛かったよ」
耳元で囁かれた少し掠れた声に、瞬間的にわたしの顔は沸騰した。そして、その沸騰した頬に、なにか柔らかいものが掠めたような気がした。
離れたセドリックさんの顔を見ると、そこには似非紳士の笑顔が張り付いていた。
「なんてね」
わたしは怒りのあまり声にならない声を噛みしめて、手を振り上げた。
しばらくして戻って来たオルグレン団長が、手形の付いたセドリックさんの頬っぺたを見て、深い溜息をついたようだった。わたしは寝袋に籠城してその姿を見てないけど、その声音で呆れているのが分かった。
「感心しないな」
「あはは、報いは受けました」
対するセドリックさんの声は、何故か楽し気で爽やかだった。
……セドリックよ。orz
男性陣が迷走を始めました。
そっと後付けした恋愛タグが、これから生きる……といいね。




