調査隊出陣 3
注意)外見少年のノアの軽い接触がありますが、このお話のタグに変更はありません。本当だよ。
日が沈み始めて、一日目の成果は全くなく終わった。
グリフォンは昼行性の生態なので、これ以上の収穫は見込めないと決定したからだ。
一行は、わたしがちょっぴり壊した、あの宿砦で大休止を取ることになった。エリオットは、そこにアンデッドがいたことを思い出して少々顔を青くしていたが、今回はアンデッドに強い魔術師団が付いているので、何とか冷静さを保っていた。ほんとお化け駄目だね。
宿砦に入ると、一番奥の房にわたしとオルグレン団長とセドリックさんの三人が、その左隣の房に女性騎士三人、右隣にアレクさん以下第二分隊の上席、その隣に魔術師団、入り口付近に騎士団、若手は広間に寝ることになった。食事は見張り以外が広間で取り、就寝後の見張りも騎士団と魔術師団の二人組で二時間おきに交替するらしい。
一度割り当てられた房に荷物を置きに入ると、オルグレン団長から声が掛かった。
「ノア、不躾なことを頼むが、今夜君が元に戻るのを見せてほしい」
それは、魔力の流れを見て、身体へどのような干渉があるのか調べるという。もしかすると、呪いの解除はできなくとも、その不可解な干渉が解明できれば十分元に戻れる可能性があるとのことだ。わたしが快諾すると、団長は少し顔を顰めた。
「あの、何か?」
「いや、こんなことを言うのは本末転倒なのだが、君は、もっと危機感を持った方がいいと思って」
団長がおっしゃるには、わたしがあまりにあっさりと女性の姿を晒すのを了承したので、もう少し躊躇してほしかったようなのだ。わたしだって、夜中に家族以外の男女が接近するのはあまり褒められたことではないことぐらい分かっているが、それ以上に団長や騎士団のみんなを信用しているからこそなのだと言った。その前提は疑う余地もないことだった。
団長はそれを聞くと、「そうか」と軽く笑ってわたしの頭を撫でた。うーん、団長さんもやっぱり頭を撫でるのか。
その話し合いが終わると、少し自由にしてきていいというので、わたしは食事前に手洗いをするために前庭の井戸に向かった。
軽く手足の汚れを落としていると足音がして、その方向に顔を向けるとアレクさんが歩いて来るのが見えた。相変わらずの黒い髪や皮鎧は夕闇に溶けるようで、夜を纏ったかのように幽玄な様相だった。
アレクさんはわたしに気付くと笑みを浮かべたが、急にふっとその笑みを消してそこから立ち去ろうとした。その態度に、わたしの中の何かが切れた。
「アレクさん、ちょっとお話が」
アレクさんの背中に追いついて、わたしはその手を掴むと、無理やり建物の裏手へ引っ張っていった。急なことに驚いたのか、アレクさんは抵抗もなく付いてきてくれた。
「あの!この間から、僕を避けてませんか?」
アレクさんに詰め寄ると、少し引けたようにわたしから遠のいた。その態度がまたわたしの怒りを増幅する。
「何でですか?僕に非があるならおっしゃってください。それとも僕のことが面倒になったんですか?」
「違う」
怒りのままに言い募ると、アレクさんにしては珍しく、声を荒げて否定した。
「お前は悪くない。ただ、俺がどうしたらいいか分からないだけだ」
ぽつりと呟かれた言葉は不可解だった。だが、わたしを避けているのではないことははっきりと分かる。それで急激に怒りが萎んでいった。
「何で?」
ふいと視線を逸らされはしたが、それは自分の気持ちに整理をつけているようだったので、もうわたしはその態度を咎める気はなかった。そして、少し早口でポツリと話し始めた。
「何故かは分からないが、お前が傍にいるとお前から何かが流れてきて、空だったものが満たされる気がするんだ。これまでそれを埋めるように眠っていたが、お前が側にいると普通に目覚めることが出来た。それが心地よくて、無意識でお前に触れてしまう」
アレクさんの言葉は抽象的だったが、わたしはそれに思い当たることがあった。
楡の木の下で、わたしからアレクさんに、魔力ではないが確かに何かが流れていった。あれをアレクさんも感じ取っていたことに驚いた。やっぱり気のせいではなかったんだ。
確かにわたしが傍にいる時は、分隊のみなさんが驚くほどアレクさんの寝起きはいい。
まったく聞いたことも無い現象なので、オルグレン団長辺りに相談してみた方がいいのだろうか。そうすれば呪いと同じで、アレクさんの眠り病も治るかもしれない。
それはそうと、わたしの頭をやけに撫でるとは思っていたが、あれは無意識だったのか。
「セドリックがお前に触れようとすると回避しているのを見て、他人とあまり接触したがらないお前との距離が分からなくなった。それをお前に言うこともできずに避けてしまった。すまなかった」
アレクさんにしては多くの言葉で打ち明けてくれた。わたしは、家族以外でじゃれあうようなことはしたことがなかったから、確かに手荒い騎士さんたちの扱いには腰が引けていた。それをアレクさんは敏感に感じ取ったんだろう。
それに、ああ、それになんてことだ。セドリックさんへの反応はみんなに対するのと全然違うというのに、誤解を招いてしまった!
「アレクさんは悪くありません」
思わずわたしが否定すると、アレクさんはびっくりして目を大きく見開いた。
「セドリックさんの接触を回避していたのは、ある意味セドリックさんの嫌がらせなのであって、騎士さんたちからのとは全然違います。今まで周りに男性の友人がいなかったのでびっくりしただけで、嫌ならちゃんと言葉にしています。まあ、頭を撫でるなと言っても聞いてくれませんでしたが」
わたしの皮肉に、一瞬ウッとなったアレクさんだったが、わたしが心底嫌がっていなかったことを知ってか、肩の荷が下りたような安堵の表情を浮かべた。
「……そうか」
ぽつりと呟いた言葉にわたしが頷くと、アレクさんは恐る恐る手を伸ばしてきた。そして、以前のように乱暴にではなく、何かを確かめるかのようにゆっくりと頭を撫でた。何か、これはこれで、ちょっと恥ずかしいが。
「ほら、言ってるそばから」
照れ隠しにぶっきらぼうに言うが、それが拒絶ではないことはアレクさんに伝わったようだ。
「それに、僕が近くにいれば、アレクさんの眠り癖? が良くなるのなら、出来る限り協力しますよ。オルグレン団長にも相談すれば、案外早く解決するかもしれないし」
「……ああ、そうか。そうだな」
思ってもみないことだったのか、わたしの言葉にアレクさんが納得したように、けれどどこか物足りなさそうな声音で頷いた。
「さあ、これでまた元通りですね」
仲直りの証として、わたしはそう言った。すると、一瞬わたしの目を見つめてから、柔らかにアレクさんの青い目が細められた。
「不快だったら言ってくれ」
そう言って、軽くわたしの頭に置かれたアレクさんの右手が下りてきて、わたしの左耳を掠め、そっと頬に触れた。剣を扱っているためか、少しかさついた、でも温かい感触だった。
え? これって、どういうこと? さっそくあのわたしから何かが流れる補給実験?
何だか動けなくなったわたしは、ただアレクさんを見ていることしかできなかった。
「おーい、もうすぐ食事の支度の時間だよ」
能天気なセドリックさんの声が、わたしの金縛りを解いた。それを機に、アレクさんの手がわたしから外れた。先ほどまであった、アレクさんの手の温かさがなくなり、夕闇の冷気がそのまま頬を打った。それで、初めて自分の頬が熱を持っていることを知った。
「は、はい! 行きましょう、アレクさん」
わたしは慌ててセドリックさんの方へ歩き出した。暗くてよかったと思う。
セドリックさんの前を通る時、やはり暗くてよく見えなかったが、何だか少し不機嫌そうな顔をしているように見えた。
「どうしたんですか?」
わたしが尋ねると、暗くても分かるくらい、にぃっと笑ってわたしのほっぺを摘まんだ。それもさっきアレクさんが触れた方だ。
「い、いひゃい」
「ふふん、お・し・お・き」
いつにも増しておかしな言動のセドリックさんに慄く。凄く怖い。
「さ、先行ってまぁす」
わたしは敵前逃亡よろしく、セドリックさんから離れると、脱兎のごとく炊事場の方へ駆けだした。
炊事場に行くと、エリオット他数名が既に動いていた。
「あれ? ノア、ほっぺた赤いよ。どうしたの?」
「そ、外にいたから、寒かったせいかなぁ」
エリオットらしくなく鋭いので、一瞬言葉に詰まってしまった。
「ええ、どれどれ」
「ひゃっ!」
そう言って、手の甲でまた左頬を触られた。何をする!!
「ん? ほっぺた熱いよ、ええ、風邪!?」
思わずと言った感じでエリオットが叫ぶと、周りにいた騎士たちが寄って来た。
「なに!? ノア風邪ひいたのか」
「どれ、診せてみろ」
「風邪にはアレがいいんだよな、生肉!」
「よし、貼ろう」
診せてみろって、医者じゃないでしょうが! それに生肉なんか違う!! 貼るの? やめて!!
もしかして、騎士ってみんな風邪ひいたことないの!?
あっという間に囲まれて、みんなおでことかほっぺたをペタペタ触る。なんとか生肉を貼るのだけは阻止したけど、わたしはなすがままになっていた。
どうやら人間のほっぺたは、個人所有ではなく公共物であると知り、アレクさんの行動といい、いろいろと納得した冬の日だった。
アレクにとって、これまでの「触れる」行為は無意識ではありましたが、理性の下にあったものでした。
でも、今度の「触れる」行為は、意識下にあるのに理性とは別のものが働いたと思われます。
ノアは女の子だからセーフですね!
まあ、いずれにせよ、ノアのほっぺたはみんなのものと化していますが。




