買い物に行こう 3
王都での買い物のヴィクター君視点です。
ちょっと長くなりそうだったので前後編になりました。
「二人で行っておいで」
エドワード様のその言葉で僕の行動は決まった。
エドワード様の情報では、ノアと名乗る少年は、アシュベリー一族の子であるという。王家の諜報活動を担う僕たち『影』の間では、アシュベリー一族はあまり関わり合いになりたくない一族で有名だった。
その強い魔力で、幾人も国の要職にも就いているのだが、有能ではあるけれど血を誇りすぎていて、いささか高慢な部分が目立った。一族すべてがそうではないが、そういう傾向があるのは確かで、勘も鋭いために僕たち『影』が仕事のしにくい一族の上位に来る。
ノアは、とてもそうは見えないが、魔術師団在籍中に「金色の悪魔」と呼ばれたユージーンと、国一番と言われる魔女のザラの子だそうだ。
直系はザラだが、この二人は一族でも頭抜けた魔力をもっており、当初は王族内でも危険視されていたが、二人にまったくと言っていいほど野心が無かったため、現在は余程のことが無い限り放任となっている。
双子の兄であるノエルは両親の非凡さをそのまま受け継いでいたが、ノアについては長らく話題の端にも上らなかった。
そんなそれぞれ強烈な個性を持つ要注意な一族の中で存在感のないノアだったが、とある侯爵令嬢を巡ったいざこざで急に存在が浮上した。
有力貴族であったダルトン家の長女が呪いを扱った罪で謹慎処分となった。その被害者となったのがノアだったが、その後令嬢が長く療養生活が必要となったことは耳に新しい。
アシュベリー家の関与が疑われたが、ダルトン家が一様に口を噤むので、その真相は公にはなっていない。その証拠を残さない手腕たるや僕ら『影』の仕事など可愛いものだ。
ダルトン家は大臣を務める大貴族だけに、その令嬢の醜聞は国の上層しか知らされず、内々に処理をされた事例だった。だから、国王陛下以外の王族でも知っているのは王太子であるエドワード様だけで、それとダルトン家と同等の大臣くらいか。
そして当のノアは、呪いの作用とかで、何がどうしてそうなったか分からないが、少年の姿をしているが、成人したばかりの女性だというのだ。アシュベリーの動向は目を光らせているので逐一動きがあれば報告が入るが、その呪いが元で婚約が破談になったという。
アシュベリーの本家は古参の伯爵位であり、その教育や魔力、由緒ある血脈から、令嬢はエドワード様の妃候補にすら挙がる可能性のある家柄だ。ただ、ザラ・アシュベリーがユージーンと結婚する際に、「地位なんていらなーい」と言って爵位の継承権を放棄したため、一平民となってしまったので、ノアが妃になることはないが。
まあ、今は女性かどうかすら怪しい状態なのだが。
いろいろな可能性や事件性などが重なり、ノアのことは自然とエドワード様の耳に入ることとなったが、とどめは幻獣事件だ。何度も聞いているが、何度聞いても耳を疑う事件だ。
それに、血縁で仲の良いイライアス様の体調の件も、エドワード様の関心に助力したと言える。
それで僕にお鉢が回ってきたのだ。ノアの人品について調べてこい、と。
エドワード様は、普段は暢気な人を装っているが、その実恐ろしいほどの現実主義者だ。そのエドワード様がノアを要調査としたからには、何らかの使いでがあるのだろう。
様々な訓練を経て、随分と人を見る目を養ったつもりだが、僕の目にはどう見ても凡庸な少年のようにしか見えない。人の運と悪運とで随分波瀾万丈な経験をしているようだが、意図して悪事を働くような甲斐性があるような気が全くしない。
正直言って、これまで密偵を行った人物とはあまりに違う人種で、僕の能力が必要であるか疑問だが、不審の芽は摘んでおかなければならないだろう。
ただ一つ気になるのは、のほほんとしたノアに、感情を制御する訓練を受けた僕の表情を読まれたことだ。僕の苛立ちにも満たない感情を察知されたのは、エドワード様以来の出来事だ。もし、あのとぼけた様子が偽装だとすれば、とんでもない食わせ者だ。
翌日、迎えに行くとイライアス様が待ち受けていて、何故か兵団の経費の入った財布を渡された。
「ノアは自分の事がよく分かっていない。任せたぞ」
「かしこまりました」
皆まで言わなくても分かった。昨日もあのエドワード様に説明を諦めさせたのは記憶に新しい。
どうも、ノアは自分のことを平凡な人間だと思っている節がある。僕は自分の容姿がどう見られるか把握しているが、それを感づかせない術を持っている。ノアは、十分「悪い大人」の目を惹く容姿をしているのだが、それに気付いていない様子だった。
いろいろなことに頓着しないのはアシュベリーの血なのか。だが、ノアの無頓着は悪い方に傾く気がする。
ノアは道すがら僕との会話を試みているが、僕に取り合う義務はない。
市場に着くと早速と言っていいほど、二、三人がノアを見て素通りできずにぶつかりそうになる。まあ、八割がた少女であるが。中には悪質にもわざとぶつかろうとする輩もいた。スリや当たり屋の類だ。その度にノアの手を引いて回避させている。
僕が密かに処理してもいいが、少しは自分が迷惑を掛けていることに気付かせようとしているのだが、ノアは単純に僕に感謝するだけだった。どうせ「人が多いなぁ」くらいにしか思っていないのだろう。
乾物屋の前に来ると、ノアはエドワード様の好物を聞いてきたので、とりあえず答えておくと、今度は僕の好物を聞いてきた。頼まれたのはエドワード様の分であって、僕の好物などノアには関係ないはずだった。
咄嗟にどう答えていいのか分からずに、捻りも何もない答えを返してしまった。
ノアは少し悲し気な顔をしたが、すぐに気を取り直したようで、僕を食事に誘う。
「仕事」で裕福な家の出の女性と食事をする時は、決まって雰囲気の良い場所でないと機嫌を損ねるので、正直今も面倒だと思った。食事など不味くなく腹が膨れればいいと思うのだが、女性とは目や雰囲気も食事の要素にするようだ。
どこか店を、と思っていたら、ノアは事も無げに屋台の食事をと言う。
意外さを隠せなくて少し返事が遅れてしまった。
だが、僕が了承すると、ノアは何が楽しいのか、急に僕の手を取って屋台街の方へ歩き出した。
これではまるで、市に遊びに来た友人同士のようではないか。
ヴィクター君は諜報員でしたね。
なんかカッコイイですよね、諜報員って。
そんなヴィクター君ですが、ノアには振り回される予感。
後編はどうなるのでしょうね。
また明日投稿します。




