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ドラゴンズクラウン  作者: niku9
第2章 騎士団寮
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買い物に行こう 2

さて、いよいよ王都でお買い物です。

何か起こりますかね。

きっと何も起こらないですね。

平和な回です。

 翌日、時間通りにヴィクター君は迎えに来た。


 目立つ銀色の髪はかつらと帽子で隠し、質素なコートを羽織った出で立ちで、品のいい顔立ちなのに市井にいても違和感のない雰囲気だった。

 貴族然とした恰好で来られたら、わたしの格好が浮いてしまうところだったけど、これなら並んで歩いても違和感はないので安心した。


 軽い挨拶だけすると、ヴィクター君はさっさと歩いて行ってしまう。わたしと打ち解ける気はさらさらないようだ。

 馬車を拾う通りまで当たり障りのない会話をするが、反応は芳しくない。


「ヴィク……えっと、ラザフォードさんはいくつですか?」

「十六です」

「じゃあ、僕の方が二つ年上ですね」

「……」

「その年で護衛なんて、凄いですね」

「……」

「十六だと、殿下について社交会に出なくちゃいけないから大変じゃないですか?」

「僕は平民ですので、社交界とは縁がありません」

「え、じゃあ、僕と同じですね」

「……」

 という具合に、特に会話が弾むことも無く、市場に着いてしまった。


 この間に分かったことは、ヴィクター君が十六ということと、平民出だということだ。

 生まれたての赤ちゃんとだって、もっと意思疎通出来るよ。


 少し気まずい雰囲気だったけど、市場に着いたらわたしの頭からそんなことは吹っ飛んでしまった。

 賑やかで雑多で華やかで、怒号も飛ぶが、笑い声も多い。市場は故郷よりも物が豊富で、食材を見ているだけでも楽しくなってしまう。


 それにしても凄い人波で驚く。そういえば、ここに来た初日にアレクさんが冬市の最中だと言っていたが、王都の冬市は、年明けに新年を祝って開かれるもので、収穫期の秋よりも規模は小さいが日数を長く取った市が立つらしい。今は市も終わってしまったのに、それでも賑わいは変わらないように思う。


 わたしは幾度か人にぶつかりそうになるが、その度にヴィクター君が手を引いて回避させてくれる。アレクさんとは違った意味で人波から守ってくれているようだ。

 会話は無いし態度も素っ気ないが、こういうさり気なく紳士なところは、仮初の男子とはいえわたしも見習いたいところだ。


 ようやく目的の食材に辿り着くと、いくつか材料を指定して、寮までの配達を頼んだ。支払いは、ヴィクター君が済ませる。

 何故か朝出る時に補佐官さんが見送ってくれて、その際に経費分の財布をヴィクター君に渡した。「お前では心配だ」というのが補佐官さんの言であるが、確かにこの人波でも軽い身のこなしのヴィクター君なら、大事な財布を失くすことはないだろう。

 信用されていないのは少々遺憾ではありますが。

 まあ、グリフォンに財布を盗まれたわたしは、何も補佐官さんに言い返すことはできなかったんだけど。


 乾物屋の前に辿り着いた時、わたしはふと思った。殿下に差し上げる分は、以前のものと同じでなくてもいいのではないか、と。

 ならば、殿下の好きなものを入れたら喜ばれるかな?


「そう言えば、エドワード様の分を作るのに、お好きなものを入れようと思うんですけど、ヴィ……ラザフォードさんはエドワード様のお好きなものご存知ですか?」

 往来で『殿下』呼びはさすがによろしくないので、失敬とは思いつつ名前で殿下を呼ぶ。それにはヴィクター君からも注意を受けなかったので、その呼び方でいいらしい。


「エドワード様は、柑橘よりベリー系がお好きです」

「じゃあ、ヴィ……ラザフォードさんは、好きな食材ありますか?」

「別に」

 無碍に言いきられてしまう。まあそうでしょうとも。まだ出会って半日も経ってませんもんね。殿下も人見知りだって言っていたし。

 それでも、殿下の好みについてお話してくれただけでも進歩だ。


 少し凹みながらも殿下への乾燥果物を選んで店を離れた。

 市を奥に進んでいくと、屋台街に近づいたのか、いい匂いが漂ってきた。空を見上げると太陽も高い位置に来ていて、昼時であることを指していた。


「ヴィク……ラザフォードさん、そろそろお昼にしませんか?」

「そうですね」

「じゃあ、特に行きたいお店がなければ、屋台で買い食いしませんか?」

 やっぱり地元の美味しいものは屋台から! まあ、お金持ちが行くような高級な食堂は、ちょっと懐が心許ないからというのが大きいけどね。

 わたしが提案すると、ヴィクター君は少し返事までに間が空いた。

 平民と言っていたから、こういう食事も大丈夫かな、と思ったけど、もしかして、育ちが良さそうだから、こういう所での食事は受け付けないのかな?


「……構いません」

 ややあってから、そう返事が返って来た。躊躇った雰囲気ではなく、単に驚いただけのようだった。わたしに高級な場所で奢れとでも言われると思ったのかな? とりあえず反対ではないようで良かった。

「じゃあ、さっそく行きましょう!」

 わたしは嬉しくなって、咄嗟にヴィクター君の手を引いてしまった。また少し驚いたような顔になったけど、何も言われなかったのでそのまま屋台街に連行することにした。


 屋台街は昼時でごった返していたが、待つのもまた屋台の楽しみ方だ。


「そういえば、僕は王都に来て初めての外出で、今王都で流行ってる美味しい食べ物って知らないんです。良かったら教えてもらえますか?」

 どうせ食べるなら地元っ子おすすめを食べないと損だ。それに、おすすめしてもらえば、自然とヴィクター君の好きなものが分かるのではないかと思った。


「……あれで」

 ボソッと言って指した先が、人が並んでいない屋台だった。

 焼いた肉を薄いパンで挟む屋台のようだが、何故か人がいない。たまにいても、明らかに並ぶのが嫌な人が取りあえずという雰囲気で、ヴィクター君も空いているという一点で選んだのでは、と思った。

 けど、今日初めて自分の意思を示してくれたので、嬉しくて急いでその屋台に向かった。


「おじさん、二つちょうだい」

「はいよ」

 お店の人はヴィクター君に負けず劣らずのぶっきらぼうさだった。いつ作ったのか分からないような作り置きの品物がサッと出てきた。速さだけならピカイチだ。


 商品を受け取って広場の方へ向かう。歩き食べも乙だが、ずっと歩きどおしだったので、どうせなら落ち着いて座りたいと思って、座れそうな場所を探した。


 少し歩くと、噴水が見えてきて、その傍にちょうど二人掛けのベンチが空いているのを見つけた。これだけ賑わった場所で偶然空いているなんて、ついてる!


「あ、あそこが空いてますね。座りましょう」

 ヴィクター君にそう言うと、急にはっきりと拒絶の雰囲気を出した。

「僕は立ったままでもいいです」

「エドワード様の護衛じゃないんですし、遠慮しないでください。さっ、座りましょう」

 わたしは強引にベンチにヴィクター君を座らせ、いそいそと屋台の商品の包みを開けて、一つをヴィクター君に渡し、簡単に食事の前のお祈りをすると、さっそくそのパン包みを頬張った。


 あれ? わたしの味覚がおかしいのかな? なんだか、臭みの強い肉が油っぽくて固く、ぱさぱさのパンがその油を吸っていつまでも口に残る、……マズ……個性的な味がします。


 もしかしてこれが王都の流行かとヴィクター君を疑う訳にもいかず、二口三口と進めるけど、早くも胃もたれを感じてきた。ちょっと限界を感じ、恐る恐るヴィクター君を見ると、一口齧ってまったく進んでいないパン包みが手にあった。


「ま、不味ければそう言えばいいでしょう」

 ヴィクター君がそっぽを向いて呟いた。

 あ、やっぱりマズ……個性的すぎる味ですよね。

 淡々としていても、どこか気まずそうな声に、何とも言えない空気が流れた。

 その時、不意に強い風が吹いた。


「ぎゃ!冷たい!」

 その風と共に、噴水の水が盛大にこちらに掛かって来た。何でも、王都では冬にたまにこういう突風が吹くことがあるらしい。なるほど、それでここのベンチだけ人が座っていなかったんだ。

「だから、僕は立ったままでいいと言ったんです」

「……そうですね」

 二人してしっとりとしてしまい、周りの人たちも気の毒そうにわたしたちを見ていた。


 ヴィクター君も地面が濡れていることに気付いたようだったんですが、わたしが強引に座らせちゃったので言い出せなかったみたいです。すみません。


 不味い食事に噴水の水と、踏んだり蹴ったりなわたしたちだったが、ヴィクター君を見ると鉄壁の無表情が崩れて不機嫌そうな顔を覗かせていた。それがきっかけだったか分からないけど、わたしは急におかしくなって笑ってしまった。


「な、急に笑い出して、おかしくなったんですか?」

 少し慌てたヴィクター君がまた面白くて、わたしはまた笑ってしまった。

「だって、ご飯は不味いし、噴水の水が掛かっちゃうし。おかしくって!」

 ひいひい笑いながら息も絶え絶えに言うと、今度こそはっきりと表情に出して目を瞠ると、すぐにそれを引っ込めて務めて平静な声で答える。

「僕までおかしい人だと思われるので、早く笑うのをやめてください」

「は、はい……ふふ」

 返事したものの、すぐに我慢ができずに笑いが漏れてしまって、ヴィクター君に睨まれてしまった。


「でも、これでおあいこですね」

 わたしが言うと一瞬ヴィクター君は首を傾げるような仕草をしたが、わたしが食事と噴水を指すとプイッと横を向いてしまった。それぞれ一つずつの失敗で痛み分けだね。


「とにかく、一度戻った方がよさそうですね」

 ヴィクター君は帽子とかつらを被っていて頭は大丈夫だけど、コートはすっかり濡れてしまっていた。

 王都は内陸で乾燥しているが、その乾いた空気がより寒さを助長している。先日のように近場でも雪が降るのは珍しいので、今年は例年よりも更に寒いらしい。そんな中、ヴィクター君はマフラーも手袋もせずに、結構な薄着だった。

 このままでは風邪をひいてしまいそうだった。


 そこでわたしは、今日の目的の一つを思い出す。でも、さすがにそれを言い出すのは恥ずかしかった。

「じゃあ、その、僕は直接服屋に寄って着替えを買うので、ヴィ……ラザフォードさんはこのままお帰りになってください」

「いえ、エドワード様から携帯食を受け取るまであなたに付き添うよう申し付かっておりますので、ご一緒させていただきます」

「あ、でも……」

「僕も早めに着替えたいので。それに荷物持ちくらいします」

 あの食事の失敗を挽回するつもりなのか、随分紳士的なお言葉だった。


 あまりしつこく断ると、いろいろ勘ぐられてしまうかもしれないので、ここは一つ恥を忍んでヴィクター君の申し出を受けることにした。

「あの、では、下着も売っている洋服屋さんを教えていただけるとありがたいんですが。王都のそういうお店に入ったことがなくて」


 そう、わたしが持ってきた下着は、男女兼用にも見えるけど少々可愛らしいものなので、できればもう少し男性物っぽいものを用意しておかなければと思っていたのだ。それに枚数が少ないので、そろそろ買い足しておかないと、早くにボロボロになりそうだった。


 わたしがそう言うと、ヴィクター君は大きな目を更に大きくし、またそっぽを向いてしまった。心なしか白磁のような頬がほんのりと赤い。

「分かりました。ぼ、僕も初めてですが、ご案内できると思います」

 やっぱり、平民とは言っていたけど、ヴィクター君はいい所の子なんだ。上流階級の子女は自分でお店に行って下着を買わないと言うからね。


「良かった。王都の紳士服は一人で入るのに勇気がいったので助かります。あ、でもできればあまり高級なのではないほうがいいんですが」

 ちょっと恥じらって言うと、ヴィクター君の表情がスッと冷えた。え、ケチって思われた? だって、ひと月のお給料入ったばかりなんです。できれば節約しないと!

 わたしが慌てて弁明すると、何故かヴィクター君は大きなため息をつきました。


「ではご案内します」

 びっくりするくらい事務的な声でご案内されました。


 それは、庶民の懐にも優しく、とても良心的なお店を紹介してくれました。

鉄壁の無表情のヴィクター君の表情がだんだんと崩れていきます。微妙に。

ヴィクター君自身の事のついては、次回語ってもらいます。

それにしてもノアのメンタルは鋼ですね。無視されてもめげないですね。

うらやましい限りです。

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