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ドラゴンズクラウン  作者: niku9
第2章 騎士団寮
43/109

買い物に行こう 1

殿下再び。

再戦するの早いですね。

 息も絶え絶えに休みをもぎ取り、補佐官さんの執務室から逃げ出すことに成功すると、早速今日のやり残した仕事を終わらせる。エリオットに拉致されてからもう二時間も経っているので、巻き返しを図った。

 後は、急きょ取った明日の休みのために、前もって出来る仕事を片付けておく。


 そうしていると、業務の終了時間になりつつあった。

 食堂も空いた頃と思われるので、食事を取りに行くことにする。


 食堂に行くと、何やら入り口に人が溜まっていた。どうやら、遠巻きに食堂の中の様子を窺っているらしい。

「皆さん、どうしたんですか?」

 わたしが声を掛けると、人の波がガッと分かれた。そして、食堂まで一直線に見渡せるようになり、その人波の理由を知ることになる。


「やあ、待っていたよ」

 にこやかに手を振るそのお姿を見て、わたしは先ごろの補佐官さんの言葉を思い出した。

『お前、興味を持たれたな』って、ついさっきの事ですよ。何でこの国の三番目に偉い人が寮の食堂にいるんでしょうか。


 隣には、やはりわたしと同じような顔をしている補佐官さんがいる。諦めろ、とばかりに首を振ってわたしを死んだ魚のような目で見た。

 隣の貴人は、おいでおいでと手招きをしている。行きたくないなぁ。


 渋々とわたしが近寄っていくと、スッと従者のヴィクター君(年下っぽいから君でいいよね)が椅子を引いて、殿下の前の席へ座れと無言の圧を掛けてきた。


 例の如く、わたしは補佐官さんに助けを求めるように視線を送るが、再び視線で「諦めろ」の指示がくる。わたしは「失礼しま~す」と震える小声で言うと、恐る恐る腰を掛けた。

 いつでも逃げられるように、空気椅子かというほど非常に浅く腰かけた。それを「逃がさん」とばかりに、ヴィクター君が椅子をガツッとわたしの膝裏に激突させてきた。ええ、それはもう深く腰掛けることになりましたよ。


 わたしが座っても、殿下はにこにこしながらこちらを見ているだけで、しばらく何も話さない。生きた心地がしないわたしは、そわそわと視線をやるが、その都度殿下の後ろに控えるヴィクター君の冷たい視線に撃退される。ヴィクター君の目は薄い青で髪が銀髪だから、すっごい冷ややかな感じが増量されているよ。


「そんなに緊張しないでも大丈夫だよ。取って食うわけじゃないから」

 まさにそんな気分のわたしですが、どうやらわたしが何かしでかした訳じゃなく、何かお願いがあって来たということらしい。でも、何でそんなにわたしを観察するのでしょうか。


「イライアスが、君の料理を食べて元気になったというから、わたしもそれが食べてみたいと思ってね。ぜひお願いしたいな、と」

 ようやく口火を切っていただきましたが、補佐官さんがきょとんとするのも無理ないと思いましたよ。殿下自ら出向いてのお願いというから、どれほどの重大事項と思いきや、わたしの作ったものを食べてみたいとおっしゃった。


 いったい、どの食事の事を言っているのか。どれも中流のド庶民の食べ物しか思い浮かびません。殿下のお口に合うようなものが思い浮かびませんが!?


「何て言ったっけ。携帯食? 私も軍の携帯食を食べたことがあるけど、一瞬開発した人間に殺意を覚える味だよね」

 今、人の命が一つ消えゆく様を想像しました。この人が言うとシャレにならないんですが。


「でも、君が作ったのは、イライアスがおかわりするほど美味しいって聞いてね。一つ私に作ってくれないか?」

 この人を前にすると、途方に暮れて補佐官さんを見る、という仕草が増える気がする。

 補佐官さんがうんと頷いて見せるのも、もはや定型と化している。


「殿下の御希望は大変光栄なのですが、畏れ多くも殿下に献上するには不敬になるような粗食でして。それに、今は手持ちの材料が無く、明日買い出しをしようと思っていたところです」

 そのための休暇だ。本当は職務として買い物をしてきていいと言われたが、初めて王宮の敷地から出る休みのついでに、出入りの業者に頼めない身の回りの品も整えたかったのだ。


「それは私も一緒に行きたいな」

 殿下のお言葉に、食堂中の空気が一斉に「ギョッ」となった。

「というのは冗談だけど、君は王都に来たばかりで、地理に明るくないと聞いたよ」

 ほんと、この人の冗談は冗談に聞こえないし心臓に悪い。ただ、言っていることは恐ろしいほど事実なので、わたしは当たり障りのない返答をする。


「はい。なので、ギリングス隊員にお願いしようかと思っていました」

 第二分隊の人なら気心が知れているので頼みやすいと思っていたので、素直に口にしたのだが、遠巻きにしていたエリオットと目が合うと、彼は涙目になりながら首がもげるかと思うほど全力で首を横に振っていた。またもか、エリオット。


「どうやらギリングス君は都合が悪いみたいだね」

「……そのようです」

 上品にクスリと笑うと、殿下は長い足を組み替えた。


「じゃあ、うちのヴィクターをお貸ししようか?」

 これまで鉄壁の無表情だったヴィクター君の顔が一瞬ピクリと動いた。

 殿下は、背後にいるヴィクター君の表情が見えるかのように、ちょっと人の悪い笑みを浮かべる。


「この子は人見知りが激しくてね。君みたいな同世代の子ともっと交流が必要だと思うんだよ」

 何だろう。至極真っ当で、主人としては従者を思って良心的なことを言っているはずなのに、どうしてもヴィクター君で遊んでいるようにしか見えない。それがわかっているのか、ヴィクター君もその表情の温度をどんどん下げている。


「殿下。あの、そちらの、ヴィクターさんとお呼びすれば……?」

「ラザフォードです」

 わたしが助け舟を出そうとすると、ヴィクター君はサッと家名を告げた。初めて声を聞いたよ。容姿に違わぬ涼やかな少年のお声です。名前呼びは嫌で馴れ馴れしくするなということですね。分かりましたよ。空気を呼んでいますとも。でも心の中では「ヴィクター君」だけどね。


「えっと、お心遣いは大変ありがたいのですが、ラザフォードさんはご迷惑な様子ですので、勉強がてら一人で参ります」

 わたしがそう言うと、ヴィクター君が本当に僅かに右の眉を上げた。すると殿下が、へえ、と言うようにわたしの方を面白げに見た。その目が何となく怖いです。もしかして、王族の厚意を断ったから不敬罪になるとか!?


「あれ、殿下。何でここにいらっしゃるんですか?」

 突如、能天気な声が聞こえた。その声と一緒に殿下の圧のある視線が外れた。この人の声をありがたいと思う日が来ようとは、いったい誰が想像できただろうか。

「ああ、セドリックか。久しいな」

「ご無沙汰しております。ヴィクターもいるね」

 セドリックさんの言葉にヴィクター君が綺麗なお辞儀をする。


「今、ノアの作った携帯食が美味しいというので、調査隊のついでに私の分も作ってもらえるよう頼んだのだよ。そうしたら、材料が無いので明日買い出しに行くと言うから、うちのヴィクターを案内につけるという話をしていたところだ」

 何だか、セドリックさんとも親しい感じだ。セドリックさんもいい所のお坊ちゃんなのは分かるから、もう驚かないぞ。


「へえ、それは俺も行きたいな」

 この人、殿下とまったく同じことを言ったよ。

「お前は、この間休んだばかりだろう」

 恐ろしいことを言うセドリックさんに、補佐官さんが厳しい指摘をする。そうそう、貴重な休みを使って、わたしの部屋に嫌がらせのような改装を施したばかりだ。


「イライアス。非番だけでなく、『有給休暇』という制度もあるんだよ」

「それくらい知っている。というか、私がその管理をしているんだが。ではなく、明日は遠征会議があって、お前自体暇がないだろう」

 そんな大切な会議をすっぽかそうと思っていたのか。不良将校め。


「やだな、冗談だよ、冗談」

 半ば本気で言っていたように聞こえたが、本人はいたって心外という体を装っている。


「でもさ、ノアとヴィクターが並んでると、ちょっと悪い大人に絡まれそうだね」

「うむ。確かに」

 そう言って、みんながわたしとヴィクター君を交互に眺め出した。わたしもついヴィクター君を見てしまうが、納得した。


「そっか。ラザフォードさんの隣にいるのが僕みたいな頼りなさげな人間だと、舐められて確かにラザフォードさんの身が危ないですね」

 わたしは正解を言ったつもりだったが、その場の人間が全員「うわぁ」という感じの顔になった。


「殿下。今のノアの本心ですよ」

「うん。分かるよ」

 失礼な。嘘なんて言わないよ! 守れるかどうか不安なんて、嘘で言う訳ないし。


「まあ、この話は自覚のない人間に言っても平行線をたどるだろうから割愛するとして、一応ヴィクターは私の護衛だから、そういった輩の十人や二十人くらいなら大丈夫だよ」

 ビックリです。てっきりヴィクター君は殿下の従者だと思っていたら、護衛の方でしたか。

 ヴィクター君は、どこからどう見ても美少女……もとい、華奢な美少年にしか見えないんだけど、破落戸(ごろつき)を十人も二十人も伸してしまえるくらい強いのか。わたしなんて、ピカってするか、体当たりくらいしか武器が無いのにね。王都って凄いな。


「本当はアレクが付き添えたらいいんだけど、彼も忙しいしね。それにどうやら、第二分隊も訳あって行けないようだから、二人で行っておいで」

 チラッとエリオットを見ながら殿下がおっしゃる。訳あってって、あなたが原因ですけど。


 まあ、エリオットの保身は置いといて、確かにアレクさんなら絶対に喧嘩を売られることはないだろう。っていうか、アレクさんまで殿下と知り合いか。


 アレクさんとご一緒できないのは残念なのだが、殿下が言うことは、それは提案ではなく決定事項だ。ヴィクター君は納得していないと思われるが、鉄壁の無表情で了承のお辞儀をした。それならわたしも反対することはできない。

「よろしくお願いします。ラザフォードさん」

 そう言うと、非常に儀礼的な一礼が返ってきた。王都に不慣れなわたしにはありがたい話だけれど、本当に不本意なんだろうなぁ。



「それじゃ、ここに朝の八時に迎えに来させるからね」

 おやすみ、と砕けた挨拶をしてようやく殿下がお帰りになられた。

 食堂内の空気が一斉に緩んだ。


「ノア。今度は何したの?」

 開口一番、決定事項のようにセドリックさんがそう言うが、わたしにも何が何やら分かりません。

 ふるふると首を振る。


「ノアの何が殿下の気を引いたのか私にも分からないが、あの方は無駄なことがお嫌いだから、きっと今回のグリフォンの調査に何かあるのではないか?」

 補佐官さんがもっともらしいことをおっしゃる。そりゃそうだ。

 でも、それはそれで頭の痛い理由だ。殿下の注目される今回の調査に失敗は許されない。無駄に緊張感が上がってしまった。


「何にしても、殿下とヴィクターは敵に回さない方が賢明だよ」

 珍しくセドリックさんが真面目に言う。殿下は分かるけど、なんでヴィクター君もなんだろう。首を傾げるばかりだが、元々誰かと敵対したいわけではないので頷くに留める。


「いい子だね。そのままのノアでいれば大丈夫だから」

「……それは?」

「セドリック」

 笑みを深めるセドリックさんに、窘めるような声音で補佐官さんが制止する。それにセドリックさんが肩を竦めて口を噤む。


 何となく、その先を聞くことが出来ない雰囲気になって、その場は本当に何となく解散となった。


 わたしは明日、無事に帰れるのでしょうか。

何故か、ヴィクター君とお買い物をする運びとなりました。

エリオットは、自分の保身のためにノアを見捨てましたね。賢い子です。

ちなみに、殿下と補佐官さんとアレクは幼馴染で、殿下とセドリックは同い年で学校でクラスメイトでした。セドリックと殿下は、似たような性格をしているのですが、同族嫌悪には陥らずに学校でめちゃくちゃ仲良くなってしまいました。怖いですね。

ちなみにちなみに、アレクは殿下より二つ年上で、イライアスは更に二つ年上です。

そのうち、メインの登場人物が出そろったら、登場人物紹介を乗せたいと思います。

まだ、当分先になりますが。

次はいよいよ街でお買い物だ!


ブクマ、評価ありがとうございます。


閲覧ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
怖い怖い。 ノアが不憫。エリオット君が引いてしまうのは仕方がないですが、えらい人の理不尽ってねえ。本人たちわかってて権力を使ってるし、顔の良さも使ってるし。 各イケメンたちの年齢が気になっていたので、…
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