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ドラゴンズクラウン  作者: niku9
第2章 騎士団寮
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うららかな午後の庭に 3

アレク視点のお話です。

 いつの頃からだろう。

 いつも何か満たされないと感じ始めたのは。



 武門でも名門と呼ばれるエインズワース家に生を受け、歩けるようになる頃には剣に触れていたような生活だった。

 剣聖と名高い祖父に鍛えられ、自分でもそこそこの実力はあると分かっていた。だが、エインズワースは魔力豊かな家系で、自分のように無魔力の人間は少ない。外部に放つだけが魔法ではなく、体内に魔力を巡らせて身体を強化する型で発揮する魔法でも良かったのだが、自分にはその才能も全くなかった。


 エインズワースには家長の他に、最も強い者が受け継ぐ名があるが、俺は早々にそれを諦めていた。別に、その名に付随する名誉や権力がほしかった訳でもなく、兄弟とそれをめぐって争うことはしたくなかったから、無魔力であることは結果良かったのだと思う。


 無魔力を自覚した頃からだろうか。その頃の記憶はあまり鮮明でなく何がきっかけだったか覚えてはいないが、急に体が眠りを欲するようになったのは覚えている。

 寝る子は育つと言うそうだが、そのおかげか兄弟の中では一番体格には恵まれた。エインズワースの剣技は速さを重視するので、あまり大きくなるのは歓迎できないが、速さと膂力の均衡が取れた所で成長が止まったので、身に沁みついた剣技を捨てずに済んだのだ。


 現在も、どうもその眠気のせいで、周囲からは呆れられているようだが、眠いものは仕方がない。

 日常生活では一人で起きられるので支障はなく、任務や要所では緊張感が勝って失敗したことはなかったが、日中に眠気を感じる時は一度寝入るとなかなか起きないようだ。アディンセルからは寝る場所を特定できるようにしてくれと言われているから、大概は仮眠室を利用していた。


 だが、たまに寝入る時にあまり人を傍に置きたくない時もあるので、そういう時は気持ちの良い場所を見つけて昼寝をしている。今のお気に入りは、寮の管理人室だ。


 最近は管理人室にふらりと寄ることが多かったので小言も少なくなったが、それ以外でもそれほど難しい場所にいるつもりはないのだが、皆なかなか見つけられないという。それに関しては今のところあまり良い上官ではない。


 捜索する時間さえ許さない程の緊急の際のために、爆音が鳴る魔道具を持たされているが、今のところこれで起こされたことはない。皆はこれを「迷子発見器」と呼んでいるので、その呼び方は少しどうかと思っている。

 今は胸のポケットに入っているが。


 どういう訳か、眠くなる直前は目の前がぐるぐると回るような感覚になる。病気を疑って医師にも診てもらったが異状は無いとのこと。決まってそうなる時は、魔物の討伐や郊外での巡回などで剣を振るった後に起こる。限定的なことが分かっているし、寝ていれば回復するので別に命の危険を感じることはなかった。

 だが、こういう時こそ人を傍に置きたくなかった。不調を抱えた上官など、部下の不安を煽るだけの代物だからだ。


 アディンセルなどには、最近起こされ方が雑になってきているが、五分でも十分でも、とにかく一度寝入れば後に目が回ることもないので、遠慮しないで起こすように言ってあった。

 だが、その起こし方というのが殺気を放つというもので、最近アディンセルの放つ殺気が尋常でなくなったような気がする。


 今日の訓練は部下との手合わせであったが、興が乗ったので随分と長引かせてしまった。昼食をやや遅めに取った後、例の眩暈に襲われ、最近入り浸っているノアの所へ行こうとしたが、生憎と不在だったので諦め、何とかここまでたどり着いた。何度か来たことのある場所で、人がいなくて気に入った場所の一つだった。


 寝入ってからしばらく経ったと思うが、珍しく夢のようなものを見た。

 温かな気配と共に、自分の身体の中が満たされていくような感覚がした。

 そして、この眠りが飢餓から来るものだと初めて知った。

 何かが身体から抜け落ち、それを埋めるための眠りであったと。


 その何かの気配は、速やかに身体の中に染み入り、飢えが消え去っていった。


 そう言えば、この感覚は以前にも感じたことがあった。あれは、初めてノアに会った宿砦で夜を明かした時だったか。

 ノアが自分の肩にもたれかかって寝ていた時、あの時も今のような温かさを感じたのではなかっただろうか。


 今感じているこの気配を離してはいけない。そう思って手を伸ばした。

 気付けば、自分の腕の中にひと肌の温もりを閉じ込めていた。


 意識が戻って、目の前に捕まえたものを見て驚く。

「ノア……か?」

「はい」

 温かい色彩の瞳が、驚きに大きく見開かれていたが、素直な返事が返ってくる。驚いてはいるが、冷静に対処しようと考えていることが分かる。


 そして今の状況に気が付く。

 少年にしては華奢な両手首を地面に縫い付け、ノアに覆いかぶさっていたのだ。


「すまない。寝ぼけていたようだ」

「いえ、おかまいなく」

 咄嗟に言ったのは本当のことだが、後ろめたい気がしてノアから離れた。思わずため息をついてしまうくらいには動揺していたと思う。管理人室で寝ている時にはこんなことは無かったのだが、今日は本当にどうしたというのだろうか。


 無性にノアに触れたくて仕方がなかった。それは切望に近いかもしれない。

 劣情でも恋情でもないが、親愛とも呼べない、もう長い間何かに執着したことはなかったので、自分の感情が正しいかは分からないが、この感情が相手にとって不快である可能性がある事は分かっている。


 そう思うと顔を上げる気力もなく、自分の腕に額を預けながら、隣にノアが座る気配を感じる。その行為が親し気で、俺の理性が揺らぐ。だがその反面、その親しさを壊すことを恐れ、強固な冷静さを与えた。


「俺は、お前に、何かしたか?」

 恐る恐る尋ねると、ノアは何でもないように言う。

「いえ、引き倒されただけです。きっと寝ているところに不用意に近づいたので驚かれたんだと思います」

「……そうか」

 出てきたのは安堵の言葉だった。ノアが気にする程のことは無かったようだ。


 それから不安を隠しつつ、いくつか言葉を交わしたが、ノアはここへ本を読むために来たらしいことが分かった。一生懸命に説明する姿が微笑ましい。


 もう俺は、よほど重症なのだろう。ノアが笑うだけで、胸の辺りが温かくなる。触れられずとも、この距離感を失くしたくないと思った。


 触れなければ、自分はここに、ノアの隣に居てもいいのだろうか。

 ふと気が付くと、俺は自分の願望を伝えていた。

 少しここにいてほしいと言うと、ノアは自分を心配するように小言らしきものを言ってはいたが、了承してくれた。


「手をお貸ししましょうか?」

 すると思いもかけず、ノアが俺の目を掌で覆ってくれた。


 何かがノアから俺へと流れてくる。

 ああ、これだったのか。

 不思議とこれまでの欲求を急に理解した。

 この身を苛む飢餓が求めていたものを。


 ノアから流れ出る何かが、俺の中を満たしていく。ただ側にいるだけでも感じていたし、自分から触れた時もそれほど変わりなかったが、ノアから触れられることでその感覚が鮮明になった。


 治癒の力とも違う。幸福感を伴う感覚に、思わず大きな吐息が生まれた。


 この感覚をどう言い表せばいいのか分からない。

 これが欲しかったのだと、ただそう感じる。空っぽだった自分という器に、必要なものが満たされる感覚。


 ノアと出会った夜もそうだったが、その存在自体が傍に居るだけでひどく心地いい。


「温かいな」

 思わず漏れ出でた声に自分で驚いたが、すぐに満たされた感情に眠りに落ちた。


 この時間がずっと続けばいい、とただ願いながら。

アレクの過去については、そのうち詳しく書きます。

かなり先のことにはなりますが。


本人はこの回の冒頭でサラッと説明してますが、幼い頃に大きな挫折を経験しています。そのため、いろいろとこだわりや我欲を持てずに生きてきた、そういう生い立ちです。


また明日更新します。

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