うららかな午後の庭に 1
大きな事件は起こりません。
小休止会です。
次の日は、朝から何事も無く一日が始まった。
朝一番で廊下や応接室などの共用部分の窓を開け、軽く掃除をしてから倉庫の確認をする。その間にもゾロゾロと身支度を終えた入寮者たちが朝食を食べに食堂の方へやってくる。
「おはよう、ノア」
「あ、おはようエリオット」
相変わらず赤毛のくせ毛がくるんとなっているエリオットだ。
「そういえば昨日、また偉い人達に囲まれていたけど、大丈夫だった?」
「うん。何だかね、今度僕の荷物を持ち去ったグリフォンの調査隊が出来るらしいんだけど、それに僕も参加することになったって教えてもらったんだ」
「あ、やっぱり。俺達第二分隊もそれに同行するんだよ」
「アレクさんが補佐をするって言ってたからそうかなと思ったけど、エリオットも一緒なら心強いよ」
「そ、そうかな」
素直にエリオットがいることを喜ぶと、少し照れてくせ毛を掻いた。
「また、あの時作った携帯食も持っていくことになったから、エリオットにもおすそ分けするね」
「ホント!? 遠征が楽しみなんて、初めてだ」
わたしの手造り携帯食程度でそんなに喜んでもらえて、まあ、わたしも悪い気はしない。
「エリオット、これからお仕事でしょ? 早くご飯たべなくちゃ」
「そうだった! じゃあ、またね、ノア」
「うん」
元気なエリオットにわたしも元気をもらった。今日も頑張ろうという気力が湧いてくる。そうだ、今度の調査隊に参加する時に、少しでも何か役立つことがないか調べてみよう。
できれば図書館でグリフォンの生態なんかを調べてみたいけど、あの大きな図書館では目当ての本を探すのに何日かかるか分からない。
そうだ、分からないことは補佐官さんに聞いてみよう。そう考えて、次の仕事に取り掛かろうとした。
「朝から元気だな」
「あ、補佐官さん、おはようございます」
「ああ」
今日も朝から麗しい補佐官さんが、少しぶっきらぼうに挨拶してくれた。お風呂の方からやってきたので、朝風呂の習慣のある人なのかな? ふむ、確実に昨日よりも顔色がいい。
というか、飛んで火にいる補佐官さん。
「あの、補佐官さんにお伺いしたいことがあるんですが」
「何だ?」
「グリフォンの生態が分かる本ってありますか?」
「本を読みたいのか?」
「はい。僕、グリフォンについて何も知らないので、少し予備知識で知っておきたいと思いまして。図書館に行く時間もあまりないですし、もし補佐官さんがお持ちであればと」
本はそれほど高価ではないが、やはり専門書のようなものは値が張る。なので、一般庶民に持ち出しを許可している図書館はあまり多くない。補佐官さんは貴族っぽいし、元々騎士団の精鋭だった人だ。魔物関係の書籍を持っているかもしれない。
「それなら、ここの図書室を使えばいい」
「は? ありましたか、そんなとこ」
一通り掃除をしているが、図書室なんて見た覚えがない。
「そうか、確かに個別に案内はしてなかったな。応接室とシガールームに隣接している場所にある」
なるほど、何か小さい扉があるとは思っていたけど、他の部屋を優先的に掃除していたから後回しにしていたあの部屋か。
「小さいが蔵書は兵団で有用なものから大衆小説も置いてある。まあ、ここの入寮者たちが読むから、大衆小説といっても冒険ものがほとんどだがな」
「ホントに!? 凄いです。僕、冒険もの大好きです!」
夢のようなそんな部屋があるなんて!わたしはウキウキが隠せなくなった。
「本が好きか?」
「はい! 本は、自分が知らなかったことをたくさん教えてくれます。図鑑は絵を見ているだけでも楽しいですし、冒険ものは自分が主人公になって冒険をしているような気持ちになれます」
貴族や上流階級の庶民の間では、女性は本など読まずに花嫁修業をするべきだという風潮があり、ノアは友達とそういった話をすることはなかった。学院では、恋愛ものの大衆小説を読む人は多かったが、残念ながらノアのように冒険ものに興味のある女の子はいなかったのだ。
まあ、ほぼ兄のノエルの影響だが。
「そういえば、休暇は本を借りたと言っていたな。冒険ものは私も好きだな」
力説するわたしを見て、補佐官さんが微かに笑った。もしかすると、アレクさんの微笑みより貴重かもしれません。それに、なんと、堅物のように見えた補佐官さんが、大衆小説をお好きだったとは。少し親近感がわきました。
「本当ですか。じゃあ、後でおすすめの本を教えてください」
「そうだな。いくつか見繕ってみよう」
「ありがとうございます!」
ちょっと話が逸れてしまったが、思わぬ収穫だった。
「恐らくグリフォンに関する書物もあったと思う。利用してみるといい」
「はい。そうさせてもらいます」
そういうと、自室へ帰るのか、階段の方へ歩いて行った。
「おはよう、ノア」
「ぎゃ!」
不意に背後から声を掛けられた。耳元で。姿を見なくてもこんなことする人は一人しかいないから分かる。
「朝から随分な反応だね」
「おはようございます! おかしいのはセドリックさんの方ですから!」
「怒っていても挨拶はするんだね」
褒めてくれているのか、頭をいい子いい子される。全然嬉しくない。
「こういうところです。変な誤解を受けるので、適切な距離感を保ってください」
「ええ、アレクがポンポンするのは良くて、俺がいい子いい子するのは駄目なの?」
「日頃の行いです」
「俺の日頃知らないでしょ。本当君くらいだよ、俺をこれだけ邪険にするの」
「光栄です」
わたしは心の底からそう思いました。
「そういえば、今日いつもより遅いですね。早く行った方がいいと思いますけど」
「そうだった。今日はちょっと微妙な時間に会議が始まるからね。ありがとう、ふふふ。行ってくるよ」
不気味な笑いを発するセドリックさんを見送って、わたしは次の作業に取り掛かった。
わたしの仕事は主に、朝出かける前に皆が出した洗濯物を帳簿に付けて管理することと、足りない物資の補充や在庫の確認、修繕箇所の確認、それと掃除だ。
まず、七時から九時までの朝食の間に、依頼に出す洗濯物を確認し、ざっと掃除をする。その後軽く朝食を食べながら休憩をして、見回りと掃除をする。その後昼食を取って食堂のおばちゃんと歓談をしつつ、午後は帳簿類の書類仕事と翌日発注する物品の確認、戻って来た洗濯物の確認をする。
お昼はほとんど皆出払っているので、夜勤で不規則になった二、三人が食堂にいるくらいなので、一番のんびりした時間だった。この時間に例の図書室に行ってみることにした。
応接室とシガールームの横に、目立たない扉があった。そこを開けてみると、一瞬言葉に詰まってしまった。想像よりずっと立派な図書室だったのだ。
あまり使われていないのか、思ったより荒れていなくて、多少の黴臭さはあるが、本独特の紙の匂いが漂っていて、とても落ち着く空間だった。
わたしが両手を広げたくらいの通路が二本とその両脇と奥の壁に天井までの棚があり、奥行きは人が十人は並べるくらいあった。種類ごとに棚が分けられており、所々虫食い状に本が抜けているのは、誰かが借りていっているようだった。入り口に借りた本と名前と日付が書いてあり、戻したらその日付も書くようになっていた。やはり多く名前があるのは補佐官さんで、あとはどんぐりの背比べ程度だった。
お目当ての魔物・幻獣などの図鑑は手前側にあり、薬草、毒物、医学、地理、歴史と並んで、手前側に騎士の人が手に取りそうな物から並んでいた。隣の棚には武器や防具、野営道具等の解説や研究書、端の棚には娯楽関係の本が並んでいる。奥の棚は本の増加に備えた空きがあり、簡単な調べ物なら手前でほぼ用事が完結する並びになっていた。
どうしよう。宝の山です。
逸る気持ちを抑え、どうにか目的の図鑑を手に入れ、後ろ髪を引かれながらその場を後にすることにした。これからいくらでもここに来られるんだ。今はやることをやろう。
とりあえず、午後の休憩の時に見てみようと、管理人室へ図鑑を置いて仕事に精を出すことにする。
図書室の利用者は、魔術師の人はあまりいません。職場にたくさんあるからです。
本の返却忘れはありますが、誰も無断持ち出しはしないので、本の紛失はありません。
なんでかんで、入寮者は基本真面目な人たちです。
ちなみに、イカガワシイ本は、補佐官さんの検閲で置いていません。
残念ですね




