事件です 1
何やらバタバタと騒がしくなってきました。
第二分隊が駆り出されていた任務に何か動きが?
お茶会を終えた後、わたしの執務室(管理人部屋)は、人がたむろするようになった。
行けばお菓子を出してくれるという噂が立ち、小腹のすいた腹ペコ大人がフラッと立ち寄るのだ。おまけにたまにソファでイビキをかいて寝てる人もいる。そういった輩はソファから蹴り落とすんだけど。
自分の部屋に帰ってくれないかな。
派手な魔改造を行った本人は言わずもがなだが、何故か補佐官さんも頻繁に顔を出す。
アレクさんはあまり顔を出してないが、たまに来ると凄く疲れた顔をしている。お茶を飲むか、時間が許せば仮眠を取るように言った。
いや、贔屓じゃないよ。イビキ掻いて寝てる奴は、完全にサボりだから。何よりアレクさんは寝息が静かだ。思わず息をしているか手を口に翳してしまったくらい静かなんだ。
わたしは向かいのソファに座って書類仕事をして、時間になったら起こすというのを何度か繰り返した。回数を重ねると徐々にアレクさんの状態は良くなった。相当疲れが溜まっているようだった。
そう言えば、ここ何回か緊急で出動することが続いたようだった。小耳に挟んだ情報によると、郊外、それもあまり王都から離れていない場所に、これまで見かけなかった魔物が出没するようになったとか。馬で片道半日程度の距離を一日で往復し、討伐までこなすことが続いたようだった。
今日も任務の帰りにここに寄ってくれたようだったけど、三十分くらい寝ればいつも回復するので、そっと寝かせておいた。
しばらくそのままで仕事をしていると、ノックの音がして補佐官さんが入って来た。一応入り口は開けてあるけど、補佐官さんとアレクさんは必ずノックしてくれる。紳士だ。まあ、他の人間がどういう行動かは推して知るべし、だ。
「ノア。後でこの書類も頼みたいんだが……って、アレクか?」
わたしは補佐官さんに近づくと、書類を受け取って無言で頷く。補佐官さんもお疲れのアレクさんに気付いたのか、無言で頷き返してくれた。その後廊下に出て話をする。
「アレクの奴、随分と疲れているようだな」
「ええ。でも、ここでひと眠りすると回復するみたいで、僕が見ても特に不調は見受けられないので、単にお疲れなのかな、と」
一応医療の心得はあるので、熱を測ったり脈を取ったりして、大事ない事は確認している。わたしが、心配ないと請け負うと、補佐官さんはジッとわたしを見た。
「どうされたんですか?」
「いや、私が言うのもおかしな話だが、アレクのことを見ていてやってくれ」
あいつは昔から誰にも弱い所を見せないから、と表情を曇らせて言う。
補佐官さんとアレクさんの付き合いは年齢が一桁の時かららしい。家柄も歳も近く、交流が古くからある家同士で、一時期は補佐官さんのお家のバロウズ侯爵家で、兄弟のように過ごしたこともあるとのこと。
アレクさんの家は武門の最高峰で、幼少の頃からそれは厳しい鍛錬を積んでいるとのこと。剣聖と呼ばれるおじいちゃんが特にアレクさんに目を掛けていたようで、魔力が無いことが分かる十歳までは、次期剣聖として育てられていたらしい。その関係で、アレクさんは随分と辛い思いもしたようだが、補佐官さんは一度も弱音を聞いたことが無いとのこと。
わたしが神妙に頷くと、補佐官さんが非常に珍しいが、フワッと微笑んでわたしの頭を撫でてくれた。
「ありがとう」
ぎゃん! と悲鳴を上げそうになるのを必死に堪え、わたしは無になった。美人がそんな微笑みを浮かべたら、わたしのような邪な人間は浄化されてしまう。
とりあえず、無表情で頭を撫でられていると、宿舎の玄関を勢いよく開けて第二分隊の人が駆け込んできた。
「あ、バロウズ補佐官殿。今、団長からの呼び出しがありまして、急ぎ会議室へお越しくださいとのことです。あと、うちの隊長知りませんか?」
声がでかい。わたしが「しーっ」と人差し指を口に当てるが、時すでに遅しで、管理人室からアレクさんが出てきた。
それを見て補佐官さんがびっくりた顔をした。
「アレク、お前自主的に起きたのか?」
「……ああ。イライアスか。そうだが?」
少し眠そうだったが、通常運転のアレクさんに、第二分隊の人もびっくりした顔を向けていた。そう言えば、アレクさんってすっごい寝起きが悪いって言ってたっけ。でもわたしといる時は全然そんな感じしないけど。
「で、何があった?」
アレクさんが問うと、第二分隊の人は姿勢を正した。
「それですが、オルグレン団長より至急の招集です。街道に出没した魔物に関しての出動に関わることと聞いています」
「……分かった。すぐ向かう」
アレクさんは、先ほどまでの疲れなど微塵も見せずに、キッチリと答える。そして補佐官さんを見ると、補佐官さんも頷いた。
「ノア」
すぐに向かうのかと思ったら、アレクさんがこちらを向いてわたしを呼んだ。
わたしは素直に近付いていくと、アレクさんが微笑んだ。それも極上の微笑みで。
「いつも助かる。ありがとう」
死んだ。今日わたしは二度死んだ。
わたしの後ろにいた補佐官さんと第二分隊の人も、アレクさんの微笑みを見たのだろう。背後で凍り付く気配を感じた。
その後無造作にわたしの頭をポンポンして、「行くぞ」と言って凍り付いていた二人を連れて行った。
いや、わたしのこの顔の火照りをどうしてくれよう!
わたしは即管理人室へ駆け込み、クッションを抱きしめ、ソファの上をゴロゴロと転がりながら、しばらくの間悶えるのであった。
補佐官さんが回復してきたら、今度はアレクがお疲れのようです。
アレクの眠り癖ですが、ちょくちょく聞く割にはノアは遭遇していませんね。
今回は短めなので、2話投稿します。




