個人の尊厳と公共施設について 2
魔改造の回です。
その次の日。約束のお茶会(?)日のこと。
わたしは兵舎にお使いを仰せつかって戻ってくると、何だか寮の入り口がやたらと騒がしい。胸騒ぎがして、駆け足で戻った。
すると、玄関横の管理人室の外窓が取り外されていた。
「ちょ、ちょっと、何してるんですか!?」
驚きのあまり、窓に張り付いて作業をしていたおじさんを問い詰めた。
「ええ? 俺らは言われた通り作業してるんだよ。聞きたいことがあったら、中にいるお貴族様に聞いてみなよ」
お貴族様、と聞いてふとわたしの脳裏に、昨夜の不気味な笑いを浮かべたある人物の顔が浮かんだ。矢のような速さでわたしは管理人室へ向かった。
その扉は鍵を掛けたはずなのに、なぜか全開になっており、その中へ駆け込むと、眩いプラチナブロンドの髪を持つ人物を発見した。
「ぎゃー! 不法侵入!!」
「あ、お帰り」
その人物……セドリックさんがこちらを振り返って満面の笑みを浮かべた。
「お帰りじゃないですよ! 何してるんですか!?」
「ここ、殺風景だったじゃない? だから、俺からのプレゼント」
そう言って、前を示されて、わたしは愕然とした。
「なんじゃこりゃぁぁ!」
だだっ広くて殺風景だった管理人室は、今や魅惑の応接室に変貌していた。
毛足が長くて気持ちよさそうな絨毯に、丈夫そうなローテーブルが一つと、それを囲むように三、四人は座れそうな立派なソファが二つに、一人掛け用のソファが二つ。書類机は鍵のかかる棚付きで、椅子もクッションの付いたものが一揃え。ティーセット一式を置けるサイドテーブルと戸棚もある。もちろんどれも素人が見ても高級品であることが分かるもの。
それに加え、物々しい金庫もあった。絶対わたし一人じゃ動かせないヤツだ。
「どこの貴族のサロンですか!?」
「ええ、気に食わない? 落ち着くと思うけど?」
「……はい。趣味は大変よろしゅうございます」
派手なものが好きではないわたしの好みにぴったりとあった雰囲気だ。悔しいが、それは認めざるを得ない。
だがしかし! 問題はそこじゃなかった!
「じゃなくて! 何でここにこんな高級なものがあるんですか? しかも何で窓壊してるんですか? それにどうやって入ったんですか?」
耳元で怒鳴るわたしに構うことなく、セドリックさんはニコニコとしていた。
「だから、プレゼントって言ったじゃない。ここでお茶の実験がしやすいようにさ、一揃え見繕ったんだ。ほら、どーせならくつろぎながらお茶飲みたいじゃない?」
たったそれだけのために、恐らくわたしが数年は働かなくては買えないような家具を入れやがりました。この怒りにも似た感情をどう表現したらいいのか!
「窓は、入り口からだとソファが入らなくてね。仕方なく取り外したんだよ。ちゃんと今日中に直すから大丈夫」
しれっと言った。この権力と財力に物言わす大人。
「それに、俺の前では鍵なんてあって無いようなものだからね」
犯罪者です! ここに犯罪者がいます!
「……通報します」
「やだなぁ、冗談だよ」
そう言って、目の前に一つの鍵をぶら下げて見せた。
「……何で持ってるんですか?」
それは紛れもなく、わたしが預かるこの部屋の鍵だ。
ん? でも待って。わたし今持ってるんだけど。
「鍵が一つきりなはずないでしょう。もちろん予備の鍵だよ」
きっと補佐官さんか事務の人を言いくるめて借りたんだ。後で言いつけてやる。
「没収します」
そう言って奪い取ろうとすると、あっさり返してくれた。これは、ここに自由に出入りするために必要じゃないの?
「ああ、ちなみに、この部屋の鍵は全部壊しておいたから」
「何してるんですか!?」
「だって、鍵があったら、せっかく居心地いい部屋にしたのに、俺が入れないよ」
「ここは、秘密文書とかもあるんですよ!」
「だから、鍵が掛かる机と金庫を買ったんじゃないか」
そういうことか! やたら豪華な鍵付き戸棚と金庫があると思ったら。何て用意周到な!
「おおい、終わったよ~」
「ああ、ご苦労様」
作業していたおじさんたちが、完了のお知らせをしてきた。何て仕事の早い。しかも丁寧! 元の窓よりも綺麗になっている気がする。さすが匠の技。
怒りに我を忘れそうなわたしですら、「ありがとうございます」と思わず礼を言うくらいの完成度だ。窓にはちゃんと内側から鍵が掛かるようになっている。
ゾロゾロと帰っていくおじさんたちを見送りながら、なんか違う! と気付く。
「なんか今、『お疲れ様でした』的な雰囲気になりましたよね。そんなんで逃げようったってそうはいきませんよ」
「逃げも隠れもしないよー。とりあえずさ、これあげる」
そう言って、わたしの掌に鍵を落とした。
「これが戸棚の鍵。これが金庫の鍵。これが君の部屋に続く鍵。部屋の鍵が壊れかかってたから、頑丈なのに替えておいたよ。あれじゃ、ここにいる奴らなら、誰でも一発で蹴破れちゃうから」
「お気遣い、ありがとうございます」
思わずお礼を言うが、またハッとする。
「だから、何か違う!」
「ここまでは、人を入れてもいいけど、ここから先は、俺以外入れちゃダメだよ」
「……あなたを含めて、誰も入れないと思います」
「遠慮しなくていいのに」
「遠慮しているように見えますか? っていうか離れてください」
肩を組もうとするセドリックさんをかわしていると、急に咳払いが聞こえた。見れば入り口に目を吊り上げた補佐官さんが立っていた。救いの神だ!
「補佐官さん! ここに住居侵入と器物破損、僕の個人の尊厳を侵害する犯罪者がいます!」
「管理人室が騒がしいというので来てみれば、お前かセドリック」
逃げてきたわたしを何とも言えない顔で一瞥すると、セドリックさんを問いただす。当のセドリックさんはケロッとしている。
「やだなぁ、管理人室のドアや鍵が壊れかけていたから自腹で直したんだよ。褒められこそすれ怒られるなんて心外だよ」
「だからといって、兵団の財産を勝手に変更するなど、始末書ものだぞ」
「ええ? ちゃんと許可取ったよ。今朝かなりの急ぎで直接そっちに持ってったんだけど」
ああ言えばこう言うセドリックさんの言葉を聞いて、補佐官さんの眉毛がピクッと動いた。何? 何かあるの?
「……あれか」
正当な手続きであることに思い当たったらしい。なんて卑怯な根回しをするんだ!
なんでも、正直にそのまま古い備品や扉などを自費で直す申請を出していたらしい。だが、「どこを」というのは書いていなかったようだ。自由申述式の申請書式にも問題はあろうが、もちろん、普通に考えれば自室だと思うだろう。そんな心理の抜け穴をセドリックさんは突いてきたようだ。やっぱり卑怯だ。
「という訳で、イライアスもこれで自由にここに出入りできるね。お茶を淹れてもらうのにいい考えだと思わない?」
いやいや、ここは喫茶室ではありませんよ。何とか言ってください、補佐官さん。
「……まあ、そうだな」
いやいやいやいや、違うよね。そこは怒るところでしょ!
「何を言ってるんですか! 大事なものとかしまう部屋に、誰でも入れたらダメでしょ」
「だから、金庫も買ったって言ったでしょ。それに、これまでは簡単な用事でも、ここにノアがいないと何度も足を運ぶようだったんだよ。簡単な申請書や物品の要望なんかの置いていくだけの書類だったら、何度手間にもならずに喜ばれると思うんだけどね」
「なるほど」
ああ、補佐官さんが説き伏せられていっている。
「それに、申請書類入れも作ったよ。一つには鍵を掛けておけば、勝手に書類を覗き見されることも無いし、ノアの書類仕分けの負担も減ると思うよ」
もう抵抗する気力も奪うつもりでわたしに畳みかけてくる。補佐官さんもうんうんと頷いているところを見ると、これはわたしに拒否権は無くなったようだ。
「誰にとっても得しかないよね」
「運営は私に権限を与えられているから、仕方がない。今回は大目に見よう」
とうとう補佐官さんも取り込まれた。
「……分かりました」
結局、全てがセドリックさんの思惑通りになってしまった。
とりあえず、誰もが入り浸るような事態にはならないだろうし、確かに簡単な用事の時に管理人室が開いていないのは少しどうしたものかと思っていたところだ。
「じゃあ、そういうことで。今晩のお茶の実験楽しみだね」
「……ソウデスネ」
こうして管理人室は、非常に特定の人間が居付きやすい空間になったのだった。
以前、補佐官さんの私室を勝手に開けたノアですが、その事は棚上げしてますね。
セドリックは、口から先に生まれてきたのだと思います。
まあ、ノアが口で敵う相手ではありません。




