余計な仕事でしょうか? 3
前回のノアの傍若無人ぶりをイライアス視点から見た回です。
風変りな少年を一人雇うことになった。
名前はノアといい、ウェーンクライス出身だという。
第二分隊のアレクが連れてきたので変な人品ではないと思うが、ここに来るまでの経緯がおかしい。
第一級の幻獣であるグリフォンの子供に財産を盗られたなど、俄かに信じろという方が無理だろう。アレクが証人なので真実なのは疑いないのだが。
背丈はそれなりにあるが、あまりに細身でなよなよとしていた。顔もそれに相応しく女性と言っても通用しそうなものだ。暖かい色合いの髪と目はどこにでもありふれているが、生気が溢れている目が印象的だった。
技能を聞けばどこの職場でも雇ってもらえそうだが、詐称している可能性もあるのでいくつか試験をしてみたが、どれも完璧な答えだった。今まで雇っていたような、目先の結婚相手探しのためだけに応募してきた娘たちと違い、雇えば即戦力になるだろう。
それに、私の身分を知らないと言う。
私は王族の血縁の侯爵家の嫡男でもあり、魔物討伐の前線でもそれなりの功績があって、幾度か叙勲も受けている。これでも私は少しは名が知られていると思っていたのだが、この少年は「兵団の事務の人」と言った。
私に興味が無さ過ぎて、いっそ小気味いい程だ。
契約の説明をしている時に、ふと私の体調を気遣うことを言ってきた。治癒魔法を使うので不調が分かると言うのだ。魔術師団の治癒術師もそのようなことを言っていたので不思議ではないが、自分の不調を言い当てられて不愉快になった。
目の前の何も知らない少年にしてみればいい迷惑だろうが、今の私には触れて欲しくないものだった。
冷たくあしらうもほとんど響いた様子もないノアに、私は更に苛立ちを募らせた。
連れてきたアレクもノアを諌めるどころか、いろいろと煽っているようにも見える。
二人を送り出した後、夕食前に紹介すると言ったことを少し後悔した。指示した手前、放棄することはできないのでちゃんと行こうと思うが、良い気はしなかった。
時刻になったので部屋に向かうと、ノアの部屋からセドリックが出てきた。それに今年入ったばかりのギリングスもいる。何の接点があるのか問いただすと、セドリックは盗賊の捕縛に関する取り調べで、ギリングスはその捕縛時の任務に当たっていたので知り合ったと言う。
セドリックのふざけた言動に、ふわっとした雰囲気に合わず、言うべきことはちゃんと言えるようだった。
そういえば、私の態度にも臆することなく自分をずっと崩さない様子は、セドリックに対する態度でも分かるように、演技でもなく、誰にでも「普通」に接しているようだった。
バロウズ侯爵家嫡男としてでも、自分の経歴や容姿とも関係なく。
少し見直すかと思ったが、夕食に皆に紹介した際に、また私の体調の話を持ち出した。いい加減、そこから離れろと思う。お節介も度を超すと嫌味だ。
だが、大勢の前で年端もいかぬ少年を怒鳴りつけてしまったのは、思えば私も大人げなかったが、売り言葉に買い言葉で私の食事についてごり押しをしたノアも相当頑固な性格だと思う。
また、その時に次の日の予定を指示してしまったものだから、自分で逃げ場を塞いだようなものだ。逃げ場?この私が逃げたいと思ったのか?
その考えにまた悔しくなり、仕事をこなした後に苛立ちながら眠りに就いた。
気持ちがささくれて、何をしても口の中には不快な苦さだけが残っている。不味い携帯食の味の方がずっとマシだと思えるような苦さを感じる。もっとも、ノアに対してではなく、もう長いこと、自分はこの苦みしか感じなくなっていたのだが。
次の日は非番であったので、いつもなら少し遅めに起きるところだが、ノアへの仕事の指導があるため疲れた身体を起こした。
最近は寝ても疲れが取れない。内容は覚えていないが、不快な夢を見て起き、また浅い眠りに就いては夢を見て起きるという具合で、少しも熟睡している気にはならない。
部屋の前に行くと、食堂の方からノアがやって来た。聞けば、調理のご婦人たちに挨拶をしてきたらしい。今まで雇った娘たちは、料理人よりも自分たちの身分が高いと思って挨拶すらしていなかったようなので、最低限のことはできるようだと少し安堵した。
いや、ノアは少年なのだから、少女たちと同じに考えてはいけない。いくら下手な女性よりも繊細な顔立ちをしているとしても。何故かノアを少女よりに考えがちだが、あれほど頓狂な人間を女性に例えたら、女性に失礼だろう。
気持ちを切り替え、仕事を説明していくが、やはり昨日感じたように飲み込みが早い。自分の説明で的確に意図を理解し、それに即した質問を投げかけてくる。その質問が出るということは仕事を理解しているというもので、予想以上の拾い物だと思った。まあ、拾ったのはアレクだが。
ひと段落すると、ノアは腹が空いたと言って私を食事に誘った。諦めの悪いノアに何というか怒り以外の感情が湧かない。
私が断ると、意外とノアはあっさりと引いた。それが却って気味が悪い。
ただ自分のペースが乱されなかったことに安堵する。もう少し食い下がられるかと思っていたので、ノアと別れて自室に戻っても、怒りが不完全燃焼だった。
だが、私のその考えはすぐに裏切られる。
あろうことか、管理人の合い鍵を使って、勝手に部屋へ入って来たのだ。
あまりのことに一度苦言を呈したが、すっかり毒気を抜かれてしまった。美味そうな茶の匂いがしたからではない、決して!
ノアはさっさと食事の準備をして、机の上に広がった書類を片付けた。そして何を言っても譲らないノアに、舌打ちしながら妥協した。怒鳴るのもいい加減疲れるし、この類のおかしな輩は早く目的を達成させて追い払ったほうがいいと思った。
だがノアの行動はやはり私に読むことはできなかった。一度片付けた仕事を代わりにやるというのだ。素早く目を通して処理を尋ねてくるが、悔しいが的確であった。
もっと驚いたのは、ノアは私の仕事を翌日に持ちこさない程度減らしはしても、取り上げに来た訳ではないということだ。
これまで同僚たちは、脳裏に浮かぶ色々な考えを払拭するように仕事に打ち込む私を案じて、仕事を取り上げようとしていた。だが、私は何かをしていないと負の考えが脳裏を支配して、強い不安に身体が竦んでしまうのだ。
それを何とか忘れるための手段だから、仕事を取り上げられることはとても苦しかった。食事を取る時間すら恐ろしかった。
そうしてどんどん意固地になっていったが、自分ではどうすることもできなかったのだ。
ついには、食事の味が分からなくなり、皆と一緒に食事をすることが苦痛になった。何を食べても一緒なら、栄養だけは摂れる携帯食で済ませて、後の時間を仕事に費やすことにしたのだ。
騎士で最前線に身を置くことは私の誇りであり、生きる意味でもあった。それを突然奪われ、この先も取り戻せないことを知った時は、絶望よりも虚無が大きかった。私の価値は、侯爵家の跡取りであることや、騎士であることを取り上げられれば、何も残らない。それだけの価値しかないと思っていた。
だから、僅かに役に立つこととして、兵団の書類仕事を引き受けた。
何かをしていなければ、自分は誰にも必要とされなくなってしまう。だから私から仕事を取り上げないでくれ、と何度心の中で叫んだことか。
それをノアは、やりたいならやればいいと言う。自分には止めさせる権限はないし、やりたいことを制限しないと言う。ただ、健やかであればいいと言って。
そして、そのために自分がいる、と。
その言葉がやけに沁み込んできた。その意味をぼんやりと考えていたが、気付けばノアの淹れてくれた茶を手に取っていた。
とても良い香りがする。一口飲んでみて、その美味しさに驚いた。まさか味を感じられるとは思ってもみなかったからだ。
それから、隣にあるサンドイッチに目が行く。もしかすると、これも味が分かるかもしれない、と。
一口含んで、口に広がる久しぶりの食事の味にまた驚いた。やはり気のせいではなく、味覚が戻ったようだった。そして二口三口と食べ進んでいく。終いには、仕事も何もかも忘れて夢中で食べていた。
そう、忘れることが出来たのだ。
負い目も不安も、全て。
気づけばノアも手に取っていた分の仕事は終えており、もう少し茶を飲むかと聞いてきた。私はまた無意識に頷くと、今度は先ほどよりも酸味のある茶を淹れてくれた。少し生姜も入っているのか身体が温まる。
知らず知らずのうちに私は大きく息を吐きだしていた。
「……美味かった」
自分から漏れた言葉に自分で驚く。私はしばらく心の底から安らげたことがなかったようだ。それが今は、小さな幸福感すら感じていた。
ノアはもう一杯茶を勧めてきたので、今度は少し甘くしてほしいと言うと、私の好みを知っているわけでもないのに、丁度いい甘さの茶を淹れてくれた。
私がそれを全て飲み干すのを待ってから、思い出したかのように何かを取り出した。
それは昨日作って第二分隊に配ったという携帯食の余りのようだった。
一口大のそれを目の前に差し出され、私は思わずそれを手に取った。
甘みと共にサクッとした歯ごたえがあり、中に入ったドライフルーツや木の実や穀物の味がいっぱいに口の中に広がる。それをじっくりと味わうように咀嚼した。
それを見ていたノアは、置いていくから小腹が空いたら摘まめ、と言ってさっさと部屋を出てしまった。私の手には正確に処理を終えた書類と、ノアの置いていった携帯食が残った。
私の不調はすべて、私自身が作り出したものだと知った。
そしてそれは、自分が戻りたい過去に縋りつく、自分の不甲斐なさの免罪符にしていたことの現れだった。
過去に戻りたいから、前へ進む自分を許せない。
何と愚かなのか。
一口携帯食を含むと、また優しい甘さが口に広がった。
常に身にまとっていたあの気力を削ぐような苦さは、もう微塵も感じなかった。
だから、私の机からくすねていった携帯食のことは、不問に付してやることにした。
補佐官さん、ノアを女性に例えたら女性に失礼とか言ってました(笑)
あと、補佐官さんは、ノアが自分のことを知らなかったので、自分が有名だと自惚れていたと思ってしまいましたが、実際は超有名人です。
社交界や王都ではもちろん、情報伝達技術があまり発達していない地方でも新聞などで何度も取り上げられているくらいで、完全にノアが情報難民になっていただけです。その情報難民の原因は、社交界に興味を持たないようにノエルが情報操作していたこともありますので、一概にノアのせいばかりでも無いというのが裏事情です。
補佐官さんは、好条件の独身男性では群を抜いた存在だったので、お嬢さんたちはそんな人とお近づきになれる職場に目の色を変えていた訳です。グレンフィル副団長を始め、他にも目立つ人間がたくさんいたのも、お嬢さんたちが沸き立った原因ですが。
ただノアは、補佐官さんのことを知っていたとしても、あまり態度に変わりは無かったと思います。
なんだかいつもあとがきが長くなってしまう……。
また明日投稿します。
閲覧ありがとうございました。




