最初のお仕事 2
本日2話目です。
先に補足しますが、リリエンソールでは18歳が成人で、飲酒も18歳から可能です。
初日ですらないが、せめて食堂を預かる通いのおばちゃんたちに挨拶をしたかったが、どうやらもう既に帰っていないらしい。それは明日にと諦めて食事を摂るが、その場はなし崩しのわたしの歓迎会という宴会になった。
体力系職業の人が多いので、飲むは飲むは。それにやたらと絡んでくる。
エリオットは、ちびりちびり飲みながら、たまに何もないのにケラケラ笑っている。
しつこい人たちを躱していたが、このまま朝まで絡まれそうな雰囲気に堪忍袋の尾も切れるというものだ。
「うるさーい! 明日も仕事なんだから、もう寝なさーい!」
ええ、とか、まだはえぇよ、とかブーブー文句を言ってくるが、わたしは無視して席を立つと、「まだ飲もうぜ~」と追いすがってくる。わたしはそいつらをペッと引き剥がしていると、横合いからそいつらをシッシッと追い払う手があった。
「ちょっと、若い子に絡むのやめてよ」
見るとセドリックさんがニコッと笑っていた。
「あんまり夜更かしすると、このスベスベのお肌が荒れちゃうから」
そう言ってわたしを押し出すように食堂から連れ出した。その手際たるや、見事すぎて酔っ払いたちも唖然と見送った程だ。
しかし、酔っ払い相手とはいえ、何てこと言うんだ、この人は。げんなりした顔で見やると、頬っぺたをぐいーんと引っ張られた。
「い、いひゃい。やめへくらはい」
「あははははは」
酒も飲んでないのに酔っぱらってるのかこの人。
バシッと手を叩こうとするとヒョイと避けられた。ようやく解放された頬っぺたを摩りながら睨む。
「……変人」
「ん? 酔っ払いからの救い手に向かって何っていったのかなぁ」
「聞こえている人には二回は言いません」
「ふふふ、つれないねぇ」
何だか少し嬉しそうにしている。
邪険にされたり虐げられたりすると喜ぶ性癖の人がいると聞いたことがあるが、もしかすると、セドリックさんはそういう類の人なのだろうか。個人の趣味はとやかく言いたくないが、わたしとは遠い所で幸せになってほしい。
「……今、心の声が漏れてるよ。俺はそんな性癖持ってないからね」
まったく、と言ってニヤニヤしながらまた頬っぺたを突かれた。やっぱりなんか馴れ馴れしい気がする。
そうこうしているうちに、わたしの部屋の前に辿り着く。わたしがそれじゃ、と言ってもそこを離れる気配がしない。
「何ですか?」
わたしが訝し気に問うと、セドリックさんは不意にわたしの手を取った。これは、あの嘘発見機能を発動しているんだな。
「ねえ。君はイライアスのことをどう思う?」
何だか予想していなかったことを聞かれて、思わずセドリックさんを見つめてしまった。だけど、その紫色の瞳には茶化すような色はなく、ただわたしを探るような光があった。きっと食堂でのやり取りを最初から聞かれていたのだろう。
尋問の時より気安い態度を取っているが、セドリックさんはまだわたしのことを信用している訳ではないのが分かった。
わたしは一つため息をつくと、思っていることを正直に言った。
「わたしは、何となく人の体調が分かります。わたしの目には補佐官さんがとても無理しているように見えました。体調の不良は、周りももちろん、本人も辛いものです。だから、補佐官さんがどういう考えでいようと生活は規則正しく送ってもらいたいです」
わたしはアレクさんが言っていたことやヘイデンさんの表情を思い出していた。
「ご飯を美味しく食べられないような人は、絶対に改心してもらいます」
しっかりとセドリックさんの目を見て言うと、わたしの手を握る指先に少し力が入ったのを感じた。そして、静かに肩を震わせ始める。あ、笑ってるな!
「ちょっと。真面目に言ったんですけど」
「ああ、ごめん。分かっているけど、あまりに予想の斜め上を行くもので」
そう言いながらも少し吹き出している。
「分かったよ。君が俺の規格に嵌まる人間じゃないってことが」
「それ、褒めてませんよね」
「いや。俺にしたら最大の褒め言葉だよ」
疑わし気に紫色の目を見ていると、少し目を細めて見返された。
「君に、期待させてよ」
きっと、補佐官さんの体調のことだろう。わたしは医者ではないが、癒しの力を僅かだが持っている。きっと補佐官さんには、アシュベリー一族のような破壊威力のある魔術ではなく、わたしの拙い魔術の方が必要なはずだと思うと、この力が少し誇らしく思えてくる。
「そうですね。わたしも応えたいと思います」
わたしの言葉にセドリックさんは、信じられないくらい綺麗な顔で微笑んだ。
そして、ちょっとその顔に魅入っていたわたしの手を持ち上げると、その指先に触れるか触れないかくらいに唇を寄せた。
わたしの顔が、ボン、と音がするくらい赤くなったのが自分でも分かった。
「な、な、な……」
「おやすみ、ノア」
手慣れた感じで去っていく背中に、叫びそうになるのを必死に我慢するだけの理性は残っていた自分を褒めたい。
誰かに見られていたらどうするんだ!
急いで部屋に入り、扉を叩きつけるように閉めて鍵をかけた。
「あの、女ったらしー!」
あの悪魔とは、必要最低限の接触以外関わり合いを持たないことにしよう。
どうにかしてこの腹立たしさを消化しないと、怒りで眠気もやってきそうにもなかった。
この寮の食堂は美味しい事で知られています。
何故なら、この寮の入寮者は舌が肥えた人間が多いからです。
独身寮は三つありますが、ノアのいるこの寮は、騎士と魔術師、独身の幹部が中心の少し家柄のいい人の寮です。きっと過去に、料理の味を改善しろと言った人がいるんでしょうね。
ちなみにあと二つは、女性寮と一般の兵士の寮です。女性寮は人数が少ないので食堂は無く、軽食の様なものが常備されていますが、皆は専ら本舎内の食堂を利用します。一般兵士寮は、平民出が大多数を占めるため、味より量、が信条の食堂になっています。それなりに味もいいんですが、とにかく量を詰め込みたい人間がほとんどなので、食堂はいつも怒号が飛び交い、戦場のようになっているとか。
また明日更新します。
閲覧ありがとうございました。




