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ドラゴンズクラウン  作者: niku9
第2章 騎士団寮
24/109

最初のお仕事 1

次のお題は、バロウズ補佐官さん再びです。

なんと、宿砦でアレクさんの肩で目覚めてから、また日付が変わっていません。

ノアは現在、濃ゆい一日を過ごしております。

 夕食時間は休憩する間もなく、すぐにやって来た。

 何故って? ずっとセドリックさんに捕まっていたから。


 ちなみに、アレクさんやエリオットを名前呼びしていることがバレて、セドリックさんからも強い脅迫……希望があったので、名前で呼ぶことになりました。


 セドリックさんの要求は、わたしの呪いの研究(人体実験の間違いでは?)と、シェリルの魔道具の横流しだった。


 どうやら話していると、セドリックさんは魔術馬鹿……研究熱心な方だと分かった。シェリルの魔道具はその研究意欲を大いに刺激するとか。わたしへのお願いも大半がこれだったようだが、シェリルとの繋ぎだけは無理だと押し通した。

 だって、今のわたしの状況をみたら、あの狂気の科学者はわたしをそれこそ実験動物のように扱うだろうことが目に見えている。ウェーンクライスを出るまで呪いを受けたわたしが無事だったのは、一重に仕事の都合でシェリルが故郷を空けていたからに過ぎない。

 回避できた可能性にすら戦慄が背筋を駆け抜けるわたしを見て、少しばかりセドリックさんの目にも同情の色が浮かんだ。


 突然、コンコンと扉がノックされた。誰だろう?

 わたしは慌てて扉を開けると、そこにはエリオットが立っていた。

「エリオット。どうしたの?」

「無事にノアがここに来られたか心配で」

 少しウルッときたよ、エリオット。


 当のエリオットは、部屋の中を見てビクッと身体を震わせた。

「え、グレンフィル副団長。何故ここにいらっしゃるんですか?」

 そうですよね。その疑問は当然だと思います。


「いや、ね。事情聴取の際、ノアがここに来ると聞いたので、何か不便が無いか心配で顔を出したんだよ」

「そうですか。すごいな、ノア。副団長にまで気にかけてもらえるなんて」

「……う、うん。そおだねぇ」

 わたしの言葉が棒読みになったのは許してほしい。息をするように嘘を言うの、怖い。


「まあ、そういうことだから、また後でね。ノア」

 精一杯の冷たい目で睨むわたしの背後にセドリックさんが立って、両肩をポンと叩いて耳元で囁かれた。ぞわぞわと悪寒が走る。絶対に嫌がらせだ。

 わたしは、セドリックさんの手を払うと、「ありがとうございました。お帰りはあちらです」と入り口を示す。


 そんなわたしを追い越して、セドリックさんは部屋からあっさり出て行った。わたしは緊張が解けってホッと息を漏らした。


「お疲れ。ノア」

「本当に」

 わたしが本音をポロリと漏らすと、エリオットもわたしの肩を叩いて慰めてくれた。同じ肩たたきでも、セドリックさんのは脅迫まがいのものだったので、本当にエリオットには癒されるわぁ。


 不意に、視線を感じて廊下を見ると、今度はそこに不機嫌そうな補佐官さんがいた。

「先ほどセドリックがここから出て行ったようだったが……」

 エリオットがまたビクッと身体を揺らした。君のような下っ端にしたら胃が痛くなるくらい偉い人たちだよね。


「バロウズ補佐官。先ほどはお世話になりました」

「何かやらかしたのか?」

 ひどい認識だ。先ほどの雇用契約時のやり取りでいい印象を持っていないのは分かっていても、ちょっと度を越えて失礼です。


「いえ、グレンフィル副団長には先ほど事情聴取の担当をしていただいたので、ここに顔を出してくれたようで」

 嘘はついてない。前半と後半の重要な部分を大幅にすっ飛ばしただけで。


 補佐官さんは、ふぅんと言いたげな顔をしていたが、エリオットにちらりと視線を寄越した後、また不機嫌そうに言った。

「ギリングスか」

「はい!」

 ガチガチに緊張したエリオットの返事を丁寧に素通りする。


「もう知り合いが出来たのか」

 今度はわたしに向けた言葉だ。

「彼は、この度宿砦に僕たちの救援に来てくれた縁で知り合いました。道中いろいろとお世話になったので、心配して通りがかりに来てくださったんです」

「なるほど。ここに馴染むのに心配はないということか」

「は?」

 本人はぼそりと呟いたようだったが、わたしの耳にその言葉は届いた。

 聞き間違いでなければ、先ほどのやり取りがあったにも関わらず、補佐官さんはわたしを心配してくれているようだ。

 不機嫌そうだし冷たい言い方をする人だが、根が真面目な人なのだろう。セドリックさんとは正反対で、例えアレクさんの話が無くてもわたしには無条件でいい人に見える。


「ご心配いただきありがとうございます」

 自然とお礼が出てきたが、補佐官さんはわたしのお礼に鼻白んだようになったが、すぐに素っ気なくフンと笑った。

「すぐに辞められては敵わないからな」

 またこの偽悪的な感じ。少し癖になりそうです。


「では、そろそろ時間だから行くぞ」

「はい」

「ギリングス。お前もついてこい」

「は、はい!」

 補佐官さんはわたしたち二人を引き連れて食堂の方へ向かった。


 ちょうどお腹も空いてきた頃なので、わたしはウキウキした気分でその後に付いていく。が、やっぱり廊下が汚い。少し食欲も落ちるというもの。少しげんなりとしたわたしにエリオットが耳打ちしてきた。


「ちょっとノア。なんでこんなに凄い人たちと次々と知り合ってるんだよ」

「仕方ないでしょ。たまたま担当してくれた人たちだったんだよ」

 そうです。不可抗力です。


「あの人たちを前にして緊張しないなんて、ノアって凄いの?」

「バロウズ補佐官はアレクさんとも仲がいいみたいだし、優しいよ? セドリックさんは、意地悪だから嫌いだけど」

「ええ! 隊長と副団長のこと名前呼び?」

「そこを突っ込むの? 本題からずれてるけど」

「だって、隊長は保証人だからにしてもグレンフィル副団長まで」

「アレクさんもセドリックさんも名前呼びを強制してきたよ。それにセドリックさんは、勝手にアレクさんに対抗意識燃やしているだけだから」


 わたしがセドリックさんの本性を披露していくのだが、エリオットはわたしの意図したところと違うところに引っ掛かっているらしい。

「ノアって、やっぱり大物だよ」

 エリオットの言っていることが不可解です。

「グレンフィル副団長のこと、普通『嫌い』って言えないよ?」


 ブツブツ言っているエリオットを無視していると、すぐに食堂に着いた。

 初めて入るそこは、通いのおばちゃんたちがいるためか綺麗になっている。さすがに食事を扱う場所なだけあって、それなりに気を使っているようだ。ここも廊下のような惨状だったらどうしようかと思っていたが、食事くらいは気持ちよく出来そうだった。とても美味しそうな匂いも漂っているし、ホッと安堵の息をつく。


「二十か。ほとんど揃っているな」

 補佐官さんがボソッと呟いたので見ると、うじゃうじゃと成人男性ばかりがテーブルに就いていた。分かってはいたけど、本当に男性しかいないんですね。


「食事中悪いが、こちらを見てくれ」

 朗々とした声が食堂に響くと、雑談していた声が一瞬途切れた。そして、興味深そうに様々な色をした瞳がこちらに注目する。


「今日からここの管理を任せるノアだ」

 補佐官さんがトンと背中を押した。わたしは慌てて前へ出る。

「あ、ノアです。よろしくお願いします」

 頭を下げると、方々から「よろしくな」と声が掛かる。どうやら気さくな人が多いようだ。

 見れば、第二分隊の人も二、三人見かけた。やっぱり見知った顔がいるのは安心する。


「適当に食事を取って休め。明日は朝七時に管理人室へ行って、私が一日の仕事の流れを説明する。あとは知り合いならギリングスに細かいことは尋ねるといい」

「はい。ありがとうございました」

 お礼を言うと、補佐官さんはしかめ面に近い無表情で頷くと、食事を摂らずに去ろうとした。


「バロウズ補佐官。こちらでお食事をなさらないんですか?」

 何気なく問い掛けたつもりだったが、食堂の空気が一瞬止まったように思えた。


「私はまだ仕事がある」

「そうですか。でも顔色が少し優れないようでしたので、お食事はちゃんととられた方がいいかと……」

 わたしが言うと、隣でエリオットが口を開けて顔を青くした。やはり、体調のことは禁忌のようだ。


「お前は私の主治医か? 余計なことに口を挟むなと言っただろう」

 ピリッとした拒絶が補佐官さんから発せられた。わたしに向けられたのは、肌に突き刺さるような敵意にも似た視線だ。

 でもそんなのは織り込み済みだ。ここでめげたらこの人は食事を取らないような気がしたので、わたしも引き下がりたくなかった。


「僕は主治医じゃありませんが、ここに入寮している人たちが健やかに過ごせるようにするのが仕事とあなたに言われました。ここで取られないのなら、軽食を後でお持ち……」

「いらないと言っている!」

 わたしの言葉を遮るように怒鳴り声が響いた。ただでさえ静かだったその場が、一気に冷え切ったものになった。


 さすがにその空気に気付いて、怒鳴ったことを気まずく思ったのか、補佐官さんは不快気に咳払いをする。

「余計なことにするなと言った。それにお前の勤務は明日からだ」

 取り繕うように早口で言う。


「では、明日からお食事をお持ちするということで」

 揚げ足をとっているのは分かっているが、ここでやめたらダメな気がした。その態度を見て、本人の意思に任せているだけではどうにもならない時期に来ていることは、部外者だったわたしにすら分かることだった。アレクさんの顔を思い出して、そう痛感する。


 あくまで折れないわたしに何かを感じ取ったのか、詰問の口調になった。

「アレクが何か言ったのか?」

「何のことでしょうか」

 後に引かないわたしに業を煮やしたのか、補佐官さんは憎々し気にわたしを睨む。

「勝手にしろ」

「はい」

 わたしが静かに返事すると、補佐官さんはスッと無表情になって踵を返し、そのまま食堂を出て行ってしまった。


 あとに残された兵団の人たちとエリオットがポカンとわたしを見ている。


「ノア~。心臓に悪いよ!」

 エリオットが半泣きのような声で腕に縋って来た。地味に腕が重い。

 すると、それに続いてほとんどの人達が席を立ってわたしを囲んだ。


「あんた凄いな」

「イライアスさんが言い負けてるの初めて見た」

 何だか口々に褒められているようだが、凄い誤解があるのでは、と思った。あれは、補佐官さんが引いてくれただけだ。それに自分も生意気を言った自覚がある。


「補佐官さんが優しい人だからいろいろ言えましたが、本当だったら即刻追い出されても文句は言えないような態度でした」

 わたしの反省の言葉にギョッとしたみんなの視線が集まった。あれ? そんな変なこと言ってないと思うけど。

 それはそれとして、どうしても腹の虫がおさまらない。


「でも、自分を大切にしない人を見てると、腹が立って」

「……ノアがそれを言う?」

 何故かエリオットと第二分隊の人たちがため息をつくが、それをきっちり無視して周りに向けていった。


「僕は田舎から出てきたばかりで、物を知らないから、これからも皆さんが不快に思うことを言ってしまうかもしれません。その時は、どうか遠慮なくおっしゃってください」

 何故か変な感じになってしまったが、それを挨拶と取ったのか、周りから次々と「分かったよ」という声が上がった。


 その中の一人、補佐官さんと同年代くらいの人がわたしの肩を叩いた。

「ノア、だったか? あんたは悪くないよ。だから、どうかイライアスを頼む」


 その人は、補佐官さんの同期のヘイデンさんという人で、補佐官さんへの心配が募っていたという。いろいろと補佐官さんが意固地になる経緯を目の当たりにしているので、周りの人間は少し腫れ物に触るように接していたようで、それが却って補佐官さんが引け目を感じる原因になったと告白してくれた。


「だから、イライアスの視線にも負けないあんたの図太さに期待するよ」

 ん? 今、サラッと貶しませんでしたか?


「ああ、俺達からも頼むよ。あんたくらい無神経に踏み込んでいける人間じゃないと、バロウズ補佐官の壁は崩せないだろうからな」

 ん? おかしい単語が聞こえましたよ。重ねてですが、褒めてないですよね?


「みなさん、ちょっと怒りますよ!」

 わたしが厳重注意するが、皆さんニヤニヤしています。なんか腹立つ!


「いや、本当に。イライアスを優しいという人間じゃなければこんなこと言わないよ」

 ヘイデンさんが微笑んでそう言ったので、わたしはグッと怒りを飲み込んだ。


「だから、よろしくな、ノア」

 そう言って手を差し出してきた。これは対等の立場であることを認めてくれた証だ。


「はい」

 わたしは先ほどの怒りも忘れて、丁寧にその手を取った。


「打倒、補佐官さん! 頑張ります!」

「いや、倒されると困るんだけど……」


 初めて人から期待を受けていると感じた。その期待に応えられるだけ、必ず努力しようと思った。


「必ずや、目にもの見せてくれます!」

「……いや、……まあ、ほどほどに、死なない程度でお願いします」

補佐官さんの周りは、腫れもののように扱ってしまったことを後悔しています。

補佐官さんも体育会系なので、仲間との距離感が近い人です。それが、遠巻きにして気遣われたことで距離が出来たように感じ、双方が余所余所しくなってしまいました。

互いを気遣っていることは分かっているのに、以前のように動けない引け目や、五体満足であることの罪悪感で、互いに一歩が踏み出せずにきました。

でもノアにはそんな事情はお構いなしなのです。


このサブタイトルは短めなので、今日はあと1話投入します。

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