バレた! 3
まだまだ尋問は続きます。
ノアの価値観がナチュラルに底辺をさまよっているので、こういう子なんだなぁ、と温かい目でお付き合いください。
それからは少しわたしが話して、副団長さんが質問する形式が始まった。
「というわけで、兄に懸想した令嬢に掛けられた呪いが、何故か解けないままになってしまったんです」
「……へえ。難儀だねぇ」
一見同情しているように取れるが、その表情がニヤニヤしているので、完全にわたしの身に起きたことを面白がっているようだ。
ちなみに、わたしは今、副団長さんに手を握られている。何でも、こうしているとわたしが嘘をついているのが分かるらしい。身の潔白のために耐え忍んでいるところだ。
そのため、椅子に座るわたしの前で、まるで騎士のように膝を突いてわたしの手を取っている。実際は、悪徳魔術師だけどね。
「でも、その令嬢の執念もすごいね。地味に高度な魔術を使っているし。いや、魔術じゃなくてもう本当に君の言うように呪いの域だね。どうりで解呪の魔法が効かないはずだ」
国のトップの魔術師をしてそう言わしめるのだから、相当に厄介なのだろう。
呪いと魔法は厳密にいうと違う。魔法は魔力と陣、呪文等で魔法という法則に則って起こる現象だ。魔力が物理的な作用に力を変えるのだが、呪いは魔法と言う理から外れたものだ。
簡単に言えば、補佐官さんが傷を受けた時の攻撃が魔法で、その後足を不自由にしているのが呪いだ。
呪いや瘴気は、ある程度聖魔法で浄化したり、治癒魔法や魔道具などで抑えたりすることも可能だが、かなりの聖性が無いと完全に祓えないと言われている。
過去には、形代や生贄などの他のものに移して難を避けるというものも編み出されたが、形代はともかく生贄は重罪とされており、もっとも術自体の難易度が高く、術者も呪いを受けた者も命の危険を覚悟しなければならない、禁術に近いものらしい。王都の術者でもできる人はそれほど数がいるわけではないようだ。
なので、人為的な呪いは罪が重い。人為的なものなので、術者が解けばもちろん呪いはなくなるが、そこまでの恨みつらみを「はいそうですか」と消せるものなら最初から呪いなど掛けはしないので、結局術者が自主的に呪いを解くことは期待できない。
更に悪いことに、わたしのは掛けた本人にも解けないということだ。何でだ?
ノエルがいろいろ奔走してくれていたが、結果は芳しくなかった。
「で、その令嬢って何って言うの?」
「確か、お名前は忘れましたが、ダルトン侯爵家の方だと」
「へえ! ダルトン家と言えば大臣の家柄だね。そんなお嬢さんと知り合いになれるなんて、君の家はいい家柄なんだね」
家柄はね、いいんですよ。本家は伯爵位を持ってますからね。でもうちは分家で平民です。
ムスッとして黙っていると、いよいよニヤニヤを深めて身を乗り出してきた。
「実はさ、最初に君に会った時に、どこかで会った事があるなぁと思ってたんだけど」
「……」
何か、嫌な予感しかしない。
「もしかして、アシュベリー一族の子?」
はい、わたしの出自バレバレです。光の速さで副団長さんから目を逸らした。
「なんかさ、三年くらい前に、王都とウェーンクライスの学院の交歓会で、やたら威勢のいい男の子に絡まれたんだよね。可愛らしい顔立ちなのに強気で、おまけに凄い魔力の持ち主でさ。なんでも、珍しい無属性の魔法を使えるんだって。その子が君に似ている気がしてさ。名前なんだったかなぁ。確か、『ノエル』だったかなぁ」
ノエル、お前か!!
兄の因果をこんなところで拾うとは。
「……兄です。その節はご迷惑をお掛けしたようで……」
「そうかそうか、やっぱりそうか。いやー、別に君に何か言いたいわけじゃないんだけどね。一応身内のことなら耳に入れておこうと思って」
全然言いたいことだらけじゃないか。ニコニコしながら「あの時は大変だった」話をしている。この人、完全にわたしで遊ぶ気だ。
「……陰険」
「ん?何か言ったかなぁ?」
「気のせいですよ」
しっかりと聞きとっているくせに、わざと聞き返してくる。わたしもしらを切りとおすと、またふふんと鼻で笑った。
「今、嘘をついたね」
「魔術じゃなくても分かりますよね」
憎まれ口を叩くと、楽しそうにする。
「そういえば、アシュベリーでも君の家族はとても有名だけど、俺は君のことを知らなかった。ノエル君に弟妹がいるらしいというのは聞いたことがあるけど、社交界でも王都では噂にもなったことがないんだけどね」
父は昔、王都の魔術師団にいたというし、母は国一番の魔女と呼ばれているらしいし、ノエルは天才と名高い。わたしは貴族としての身分も責務もあるわけではないし、学院でも成績が飛びぬけて優秀と言うわけでもないので、王都での社交の場には出たことがなかった。
地元だって、血縁や内輪のパーティにしか出たことはないし、相続が絡まない限り平民の女児は特に国への出生の届け出の義務もない。
そのことを説明すると、俄かに副団長さんの顔から笑みが消えた。
「それで、君は一族から隠されていたってわけ?」
「別に隠されていた訳ではありませんが、わたしが表に出たかった訳でもないので、逆にありがたく思っています。おかげで、ずっと好きなことをやらせてもらっていましたし」
副団長さんは、少し納得がいかないような顔で「ふうん」と言う。
「で、その箱入りの君が、何で王都に一人で出てくることになったの?」
箱入り? と疑問に思ったが、もうここまでバレていれば何を隠しても印象を悪くするだけだと腹を括り、わたしの黒歴史に近い顛末を話すことにした。
「それは、わたしに従兄が婚姻を申し入れてくれたんですが、わたしがこのように結婚に向かなくなったので破談になりました。それに便乗して、元から嫌われ……んん、敬遠されていた家族に対しても一族が隔意を示すようになったんです。このままわたしが家にいれば醜聞として兄の将来に影響を与えることは必至でした」
話せばそれなりに消化できていると思っていた事柄が苦くのしかかった。
「ふうん。それで君が犠牲になって家出してきたわけだ」
「犠牲だなんて。元々わたしはアシュベリーの出がらしですから」
状況を見て、わたしが家を出ることが一番家族に影響がないことは明白だった。だから犠牲だなんて言われると心外だ。
「せっかくなので、厄介払いついでに、わたしも自分で働きたかったので、みんなにとっていいことだと思ったんです」
「卑屈なんだか前向きなんだか分からない子だね」
わたしの言いっぷりが気に食わなかったのか、ニヤニヤが引っ込んで眉間にしわが寄った。
「もしさ、君のその呪いが解けたら、ウェーンクライスに帰りたい?」
「え?」
「うん? 元に戻らなくてもいいの?」
「いえ。あ……、元に戻ったら、ここを出なくてはいけませんよね?」
せっかく得られた仕事だ。せめて、拾ってくれたアレクさんへ恩返しができるくらいには全うしたい。
「絶対にダメじゃないけど、こんな男所帯だからね」
「契約違反になってしまいますよね」
同時に言って、お互いに考えていたことが違うことが分かった。副団長さんが、ものすごい胡乱な目でわたしを見ている。いや、契約に性別は書いてなかったけど、補佐官さんはきっとわたしを男手と思って雇ったのなら、元に戻れば使えないと判断されるかもしれないではないか。元々女性が原因でこんな状況に陥ったのだし。
と、副団長さんに言うと、更に胡乱な目をされた。
「ねえ、なんでそんなに働きたいの? 何かしたいことがあるの?」
副団長さんは真剣だ。そう言われると、わたしは少し言葉に詰まった。明確な目的は何もなかった。だけど、それが自分の行動の原理なのだと思った。
「……まだ、家を出てきて日も浅いので、分かりません。ただ、自分に何ができるか試したいとずっと思っていました」
ポツリポツリと話すと、副団長さんは話を遮らずに聞いてくれた。
「家族はとても愛情深くて、わたしが一族でも何の能力も持たない娘だと言われても、わたしが出来ることをいろいろ試させてくれました。とても大切にしてくれたんです。でも、わたしは一生家族に守られている訳にはいかない。だから、自分一人で何かをしたいとずっと思っていました。誰にも後ろ指を指されることもない人間になりたいんだと思います」
話してみると、自分で思っていたよりも一族に劣等感を抱いていたのかもと思った。
少し沈んだわたしに、副団長さんがイライラしたような声を掛けてきた。
「嘘をついていない……か」
副団長さんはするりと手を離すと、大きなため息をついた。
「ねえ。君のその低い自己評価って、なんな訳?」
どうやら副団長さんはわたしのことが気に食わないようだ。
「いえ。わたしは昔から何をやっても一族の標準にならなかったんです。魔術も勉強も普通の家庭よりは恵まれていたので、一般の人よりはそれなりにできると思うんですが、やはり一族から見ると絶対的に劣っているそうです。父も母も兄も、それは優秀な人達なので」
「……アシュベリーのあの一家と比較すれば、誰でもそうなると思うけど」
そうですよね。比較対象があまりにとびぬけているので、嫉妬すら起きませんでした。
「で、君は一族にいじめられてメソメソしてここに逃げてきたんだ」
「……え? わたし、いじめられてたんですか?」
青天の霹靂です。アレが世に言う「いじめ」なのか。
「今のは魔術無しでも本心だって分かったよ。何なの、君」
さすがの副団長さんもあきれ顔です。だって、事実を教えられてるだけだと思ってたんだもん。
「ノエル・アシュベリーが隠しておきたくなるのも分かるな」
ボソッと呟いた副団長さんの声はほとんど聞き取れなかったが、ノエルのことを言っているのは分かった。
「あの……」
「とにかく、君の意気込みは分かった。でも、ここで働くことの意味分かってる?」
「え、えっと。兵団の皆さんが健やかに過ごせるようにお世話を……」
ちょっと前に補佐官さんに言われたことだ。だけど、副団長さんの言いたかったことは違うことのようだ。
「それわざと? 違うよ、女の子の君がこんな男所帯でうまくできるのかってこと!」
「それでしたら、わたし、今は男の子寄りなんで大丈夫です」
そう胸を張って言ったら、副団長さんがそれは長く深い溜息をついた。
「そうか。何となく君という人間が分かってきた。うん。イライアスが心配しているようなことはなさそうだ」
何だか急に一人で納得されたようです。わたしは置いてけぼりをくっている気はするが、少し副団長さんの雰囲気から角が取れたのは感じた。
「分かった。いいよ、君のことは秘密にしてあげる。でも、俺の上司には報告するからね。どんなに隠したってあの人の目は欺けないから」
副団長さんの上司と言ったら、魔術師団の団長さんだ。まあ、それくらいなら、後でバレて尋問とか受けるよりはいいかな。
「それに、団長だったら、君のその不可解な呪いも解くカギが分かるかも。君が呪いを解きたいと思えばその時にそうすればいいし、手段はいくつも持っていた方がいいしね」
「はい!」
思わぬ援護を受けられたようで、わたしは少し気分が浮上した。
だがそれも束の間の事だった。
「代わりと言ってはなんだけど」
「え?」
「俺のお願いも聞いてくれるよね?」
「え、……ええ」
なんか、言わされた感じだったが、その後の副団長さんの満面の笑みを見て、わたしはしてはならない約束をしたことを悟った。
「楽しみだね、ノア」
グレンフィル副団長もちょっと「この子おかしい?」って気付き始めました。
副団長のおててにぎにぎは、嘘発見器的なヤツです。
心に疚しいことがあると、生体反応もですが、魔力の流れにも乱れが出るとか、出ないとか。
決して趣味で握っている訳ではありません。




