前途は洋々? 多難? 3
少し短いですが、前回の補足回です。
「では行くか」
何だか絶妙なタイミングで隊長さんが切り上げた。
わたしはもう一度頭を下げて退出をすると、補佐官さんはシッシッと追い払うような仕草をした。無視するでもなく、それなりに律儀に反応を返してくれる。
とりあえず最大の難関と思われた補佐官さんの関門は乗り越えたらしい。
ゆったりと歩く隊長さんの背中を追いかけて、わたしは長い廊下を歩いた。
「イライアスは……」
急に隊長さんが話し始めた。何のことか分からなかったが、すぐにそれが補佐官さんの名前だったと思い出す。
「前は師団長候補と言われた優秀な騎士だった」
それは意外なことではなかった。何となく生粋の文官という感じではなかったから。
「少し前に任務で足を怪我して、一線を退くことになった」
なんでも魔物の呪いを受けたようで、傷は治ったのに、未だ足が不自由なのだそうだ。
日常生活では支障がないようだが、激しい動きや長時間の身体を使った勤務は難しくなったとのこと。負傷したのが左足で利き足であったから、いざという時に踏ん張りが利かなくなったらしい。
でも、その優秀さは戦いの場だけではなく、こうして兵団自体をまとめる頭脳面としても得難い人らしく、今は師団長付きとして別の意味で兵団になくてはならない人のようだ。
だが、剣を握ることが補佐官さんの誇りであったようで、今の補佐官さんは少し影が出来た、と隊長さんは言った。
「それからイライアスは、自分の身体のことを言われることを嫌がるようになった」
それは隊長さんの気遣いのようだった。先ほどのやり取りでわたしが萎縮しないように気を使ってくれているのだ。補佐官さんの態度がどうあろうと、わたしの気遣い自体は間違っていないと言われたようでうれしくなる。
先ほど気まずかった空気も隊長さんが解してくれたし、本当に隊長さんは見た目とは裏腹に、繊細に周りの空気を読む人だった。
いや、決して隊長さんを貶している訳ではない。
なるほど。補佐官さんは、身体が不自由になったことで、他人から自分の身体を気遣われると、引け目を感じるようになったのだろう。補佐官さんの態度もそう思えば納得できた。
「隊長さん、本当にありがとうございました」
後ろからわたしが声を掛けると、隊長さんが歩みを止めないままだが、振り返って頷いてくれた。でも、少し考えるような素振りをして何だか思わせぶりな顔をした。
「あまり感謝をされると、少し心苦しいな」
なんて謙虚な答えでしょうか。先ほどの件を置いておいても、路頭に迷いそうだったわたしを助けてくれたのは、間違いなく隊長さんなのに。
「いいえ。本当に感謝してもしきれないです。隊長さんは僕の恩人です」
思いのたけを述べると、また少し思案した顔になった。
「アレクだ」
「はい?」
「俺の名は、アレクシス・エインズワースだ。宿舎では隊長格は数人いるから」
うーん。これは、隊長さんと呼ぶと紛らわしいので、名前で呼べということだろうか。畏れ多い気がするが、確かに数人いる隊長さんの区別がつかないと困るか。
「えっと、エインズワースさん」
「アレクだ」
二回言った。
「アレクシスさん」
「アレクだ」
三回言った。どうやら隊長さんは、呼び方まで指定したいようだった。
「……アレクさん」
隊長さん、もといアレクさんは満足したように笑った。相変わらずの破壊力ある笑顔だ。顔が熱りそうになるのを必死で抑えた。少年が男性に頬を染めるのは、事案発生だ。
よろめきそうになる自分の足を踏ん張り、再びアレクさんの後をついていった。
宿舎まではそれなりに距離があった。そもそも王宮の一部として存在している場所だが、途轍もなく広い敷地の端っこにあるのだ。有事に備えてそれほど切り離されているというほどではないが、ちょっとした運動になるくらいはあった。
外観は、飾り気のない重厚な造りで、赤いレンガ造りの四階建てが一棟と、その横に棟続きになった大浴場と、反対側には食堂が付いている。建ててから十年ほどだというので、まったく外観は傷みもなく快適そうだった。食堂の通いのおばちゃんたちは、食堂の棟しかいかないらしく、四階建てと浴場部分には立ち入らないそうだ。
アレクさんは、慣れたように玄関を自分の鍵で開けた。どうやら玄関は常時開放ではなく、一回一回施錠をするようだ。そうしないと、きっとイヴリンさんが言っていた有名な騎士さんとかを追って、使用人やら何やらの女性が押し入ってくるのだろう。難儀だ。
「まあ、頑張ってくれ」
突然アレクさんがそんなことを言って扉を開けた。
そして、目に飛び込んできた光景にわたしは絶句する。
さっきアレクさんが「感謝されると心苦しい」と言った意味が分かった。あれはただの謙遜などではなかったのだ。
新しい外観から一歩中へ入ると、そこは魔窟だった。
埃、蜘蛛の巣、ごみ、何かの汚れ。玄関だけで凄まじい様子だった。冬ということもあって臭いはさほどしないが、これはいかん。
そういえば、イヴリンさんが「崩壊寸前」と言っていたっけ。
「……頑張ります」
わたしは、ただただその光景を目の前に、なんとか一言捻り出し、そしてしばらく立ち尽くしていたのだった。
いよいよ魔窟に潜入です。
なんかの汚れって何でしょうねー。
体育会系の男所帯って響きも怖いですよねー。
閲覧ありがとうございました。




