捨てる神あれば拾う神あり? 3
本日最後の投稿です。
神様にポイ捨てされていたノアですが、果たしてどうなるのか。
その後、わたしは兵団の詰め所へ連れて行かれた。
隊長さんとイヴリンさんが一緒に来てくれることになったので、とてもありがたかった。だって、副団長さんだけ(周りにはたくさん騎士さんがいるけど)だと緊張してちゃんと話せる気がしないもの。
聴取に連れてこられた部屋は、きちんとした調度があって居心地が良く、それなりに気を使ってもらったようだ。椅子もただの木の椅子ではなく、少しクッションを入れた座面だ。
小さな正方形のテーブルを挟み、わたしの正面に副団長さん。副団長さんの後ろに記録担当の書記官みたいな人が紙を広げた机に向かっている。隊長さんとイヴリンさんは、わたしの右側に少し離れて同じ椅子に座っている。
「じゃあ、事情を説明してくれる?」
副団長さんがスラリとした足を組んでわたしに言う。綺麗な人は何をしても様になりますね。
わたしは、少し緊張しながらも、旅の経緯を話した。出身がウェーンクライスであることも、魔道具のことも隠さず言った。
「その魔道具、見せてもらっても?」
「はい。ですが、作者の権利に関わることは申し上げられませんが」
わたしが慎重にそう言うと、副団長さんは重く頷いてくれたので、あのたまご型の破壊兵器を渡す。
副団長さんは、しばらくそれを矯めつ眇めつして見ていたが、ある一点を見て少し目を大きくした。
「これは、シェリル・ブラウニングの作か」
「……副団長さん、ご存じなのですか?」
シェリルは幼い頃から天才と言う名のアレであったから、この世の中に魔道具という形でいくつもの功績を残している。もちろんそういった技術には盗作も付き物で、シェリルは自分が作った試作品にはとある印を付けている。誰かがその構造を知ろうと分解したり魔力で探査しようとしたりすると、そのものが木端微塵になるという恐ろしい印だ。それは、刻印に特殊な魔力操作をして出来る特許で、これもシェリルが開発したものだ。
その印は、ある種の界隈ではとても有名らしい。それを副団長さんが見つけたのだ。
「彼女とどういった関係?」
軽薄に見えた副団長さんだったが、ちょっと前のめりになったので身体が引けた。ちらりと横を見ると、隊長さんの眉間の溝が深まり、イヴリンさんも目を丸くしていたので、わたしの態度が大げさでないことに安堵する。
「えっと、彼女とは幼馴染で、そのいろいろと試作品を押し付けられたその一つがそれで」
正確には試作品と称した人体実験だ。狂気の科学者め。
時には冷房器具の作成時に窓の無い部屋に閉じ込められ凍死寸前まで追いやられたり、時には魔力を動力とした舟の試作で広大な湖の真ん中に取り残されたり、今回のだって、悪漢対策の護身用だったはずなのに攻城兵器みたいになっていた。
体のいい実験台にされていたことをつまびらかにすると、副団長さんをはじめ、部屋にいた全員、書記官さんにすら何とも言えない顔をされた。
もう、王都に入ったらこんな物騒なものいらないので、他に流出させないのであれば差し上げますと言ったら、副団長さんは更に目を見開いていた。シェリルには、「普通に使う分にはあげてもいいよ~」と言われていたが、こんな危険物を一般庶民にはおいそれと渡せなかった。だけど、副団長さんならこういったものの扱いには慣れていそうなので、安心して預けられる。
そしてあわよくば、わたしへの態度を軟化させていただきたい。
わたしが魔道具を差し出すと、副団長さんは何故かバカ丁寧な手つきでそれを受け取った。
「賄賂だ」「賄賂ですね」と、イヴリンさんと書記官さんがボソボソと言うのに、副団長さんがキッと睨んで「証拠物件だよ。ついでに実験して何が悪い」と開き直った。いや、紛う事なき賄賂ですのでお好きにどうぞ。
「聴取はもういいだろう」
そっと低い声が割って入ると、ハッとして副団長さんが顔を上げた。隊長さんが腕組みをして副団長さんを見ていたので、今の状況を思い出しのだろう。そして、すこーしバツが悪そうに咳払いすると、「ああ、もういいよ」と言って席を立った。そして、そっと大事そうにシェリルの試作品をポケットに入れるのを見た。気に入っていただけたようで何よりです。
「聴取に協力感謝する。気を付けて帰りなさい」
副団長さんの態度の険が少し取れたようだった。賄賂成功だ。隊長さんに軽く挨拶をして部屋を出ていく副団長さんを見送り、わたしもそれ以上何を言うこともないので、ペコリと頭を下げた。
残されたわたしは、一緒の部屋にいた書記官さんに「また何か聞くようなことがあった時に、滞在場所を教えておいて」と言われ、ようやく街に入る手続きに移れるようでホッとため息をついた。
イヴリンさんは、隊長の代わりに兵団への報告に行くために、ここで一旦別れることになった。隊長本人が報告しなくていいの? と思ったが、イヴリンさんが行く方が効率がいいということでいつものことらしい。上層部の人たちも容認しているのね。
そこから隊長さんに連れられて、入領審査部門へ行った。ここは、入るまでに長蛇の列を成す一般の門とは違い、一定以上の身分ある人間の保証を前提とする入領審査なので、待ち時間などなく手続きが進められた。
担当の四十代くらいの少し恰幅のいいおじさんが、隊長さんが保証人になると聞いてもあまり驚きもせずに粛々と手続きをしてくれた。
「君もいい人に拾われたね。まあ、頑張りなよ」
最後に、身分証明書になる小さな金属の板を渡してくれて、おじさんがそう言った。首を傾げていると、おじさんが隊長さんに聞こえないようにこっそり教えてくれる。
「そこの隊長さんは、顔は恐いが面倒見がいいんだよ。ここにも君みたいな子が来たことがあるしね」
わたしのように拾われた子が前にもいるらしかった。隊長さんの見る目は確かで、その子たちは今では立派に王都市民になっているらしい。
「ま、そういう訳だ。隊長さんに迷惑かけるんじゃないぞ」
「はい」
最初からダメな人間ではないと言われているようで、どこかこそばゆい気持ちながら嬉しさに心が軽くなった。ここでは、自分が頑張りさえすれば、「アシュベリーの出がらし」とか家の名を落とすことなく生きられるんだ。
それはわたしにとって、とても新鮮なことだった。
「何を話してた?」
隊長さんが不思議そうにこちらを見るので、わたしは心からの笑みを浮かべた。
「隊長さんはわたしの恩人です、と話していました」
わたしの顔を見て、隊長さんはムッと唸って黙った。そして、横を向くと、「そうか」とだけポツリと言う。少し照れているのが分かって、わたしはまた嬉しくなった。
「これからも、よろしくお願いします」
頭を下げると、また隊長さんはわたしの頭をポンポンとする。
「こちらもよろしく頼む」
顔を上げると、隊長さんの微笑みが待っていた。
わたしは、ちょっと熱くなった頬を隠すように、もう一度頭を下げた。
作者の中では、ここまでが第一章というか導入部分になります。
なんでこんなに長くなったんだろう。
グレンフィル副団長さんは、イケメンリア充のチャラ男ですが、魔術師の例に漏れず、オタク気質なところがあります。
魔道具大好きで、自分でも作ったりしますが、マッドサイエンティストが作る魔道具の斬新さから彼女の大ファンです。ファンであることをあまり前に出すことはありませんが、閃光弾はちゃっかり着服してます。けしからんですね。
次話は、お仕事の第一関門である、雇用契約を結ぶための面接ですね。
閲覧ありがとうございました。