え、ついてる? 2
ちょっと長くなりました。
が、ここまではどうしても一つの区切りで入れたかったもので。
本日最後の投稿です。
「ノア! そのままアビーちゃんを捕まえてて」
「えっ?」
鋭いイヴリンさんのう声だったから、条件反射かな。咄嗟にアビーちゃんをギュッと抱っこした。
「何かくっついてるわね」
そう言ってイヴリンさんが小さく呪文を唱える。これ、神官の魔法じゃない?
すると、何故かアビーちゃんが、不快げに唸り出した。えっと、人間にはむしろ清々しさを与える魔法なのに、なんで?
イヴリンさんが人差し指でアビーちゃんの額をトンと触ると、アビーちゃんの身体から凄い圧力が発生した。わたしは何とか踏ん張ったので倒れなかったが、一瞬何が起こったのか理解することができなかった。
「あ、しまった」
イヴリンさんが小さく呟いたが、切羽詰まったようだったので正気を取り戻す。それと同時に、目の前、アビーちゃんの首筋から何か黒いモノが剥がれるのが見えた。エリオットも腰を浮かせる。掌に乗るくらいの靄の塊のようだ。
何故そうしたか分からないが、わたしは咄嗟にソレを指で摘まんだ。
『ギャギャッ!?』
「ええっ!?」
「うそぉ」
何か、靄のようなものから鳴き声のようなものが聞こえた。それにエリオットとイヴリンさんも似たような声を上げていた。え、何? 何がそんなにびっくりなの?
「ちょ、ちょっとそのまま捕まえていて!」
イヴリンさんが命令したとおり、わたしはソレを捕まえていた。と言っても、なんか長くなったり細くなったりして、ビチビチと暴れるソレを「うえっ」となりながら必死に摘まんでいただけだけど。
ちなみにエリオットも同じような表情だ。
イヴリンさんが、わたしが摘まんでいる靄に手を翳し、小さく呪文を唱えると、その靄は霧散した。浄化って久しぶりに見たけど、あんまり気持ちのいいものじゃないな。
途端に、先ほどまで唸っていたアビーちゃんが大人しくなる。可愛い丸い目をきょとんとさせて、抱っこするわたしを見上げた。
「あれ?アビー、なんでお兄ちゃんに抱っこされてるの?」
「あ、えっと……」
「ノアくんはね、アビーちゃんが眠っちゃったから抱っこしてくれていたのよ」
さすがイヴリンさん。素早くいい仕事をしてくれます。不思議そうにしながらもアビーちゃんは「そっか」と言って納得してくれた。そして、照れたように笑って、わたしにお礼を言う。やっぱりいい子だ。
「さあ、そろそろ出発だから、荷車の方へ戻りなさい」
「はあい」
アビーちゃんは小さいので、雪道は大変だろうと、食材を使って空いた場所に乗せてもらっていた。聞き分けよく返事をして、両親の方へ駆けて行く。みんな先ほどの異変には気付いていないようで、それぞれに出発の準備を整えている。
「あの、あれって、何だったんですか?」
「あれね、……あ、ちょっと待って」
軽く遮られたので、イヴリンさんの視線を辿ると、隊長さんがこちらに向かってきているのが見えた。相変わらずの眉間の皺の深さ。
全体的に黒っぽい皮鎧の騎士さんたちだが、隊長さんの装備は更に黒い。それが雪景色にやけに浮いて見える。存在感半端ないです。
「アディンセル、どうした?」
「ちょうど今、ノアにも説明しようとしてたところなんですよ」
隊長さんは先頭の方にいたのに、今の異変に気付いたみたいだ。昨日から思っていたことだが、隊長さんって気配に物凄く敏感なのだろうか。わたしのちょっとした動きでも、隠し事が悟られていたし。
「憑き方が浅かったので、多分宿砦にいた低級だと思いますが、ゴースト系の魔物が女の子に憑いていました」
「「え、そうだったんですか?」」
ほぼ異口同音に、わたしとエリオットが声を上げる。え、知らなかったの? わたしが胡乱な目を向けると、エリオットはサッと目を逸らした。
「いや、隊に入って初めてのアンデッドだからね。慣れてないだけだからね」
「僕は何も言ってないけど? エリオット」
わたしも初めてだよ。でも、ゴースト系って聞いた時、わたしよりもびっくりしてたよね。どうやらエリオットもお化けが苦手らしい。まだまだひよっことは言っても、あなた騎士でしょ。ゴースト討伐だってあるのに、騎士としてこの先大丈夫なのか……。
「アンデッド系は魔力持ちが好きなので、ノアに近付くために女の子に憑いていた可能性があります」
「え、魔力持ちが好きって、どういうことですか?」
「これも普通は知らないか。アンデッドって魔力が大好物なの。普通は直接憑りついて吸い上げるんだけど、何故かあのゴーストは、アビーちゃんに憑いて君に懐いていたわね」
あれは、わたしを美味しくいただこうという接触だったんですね。
「もしかすると、光属性を持ってる君に憑りつけなかったのかも」
まあ、一般的に聖属性や光属性はアンデッドが苦手としているらしいですから、その可能性が高いですよね。どうせなら懐かなくてもいいのに、と愚痴ったら、「逆にそういう属性の方が美味しいのかもね☆」と明るい笑顔で言われた。
本当にやめてほしいです。
あ、エリオットが「俺、光属性とかなくて良かった」と呟いていたので、思い切り睨みつけてやりました。薄情者め。
「それをですね、ノアが指で摘まんで捕まえたんです」
イヴリンさんが、静かな攻防を繰り広げるわたしとエリオットを無視して隊長さんに報告してます。
「あ、俺もそれ、見ました」
わたしの視線から逃れるためか、イヴリンさんの話に息を合わせるエリオット。騎士のくせに逃げたよ、この人。
「……摘まんだ?」
隊長さんにしては、少し声に揺らぎがあったと思う。訝し気な顔でわたしをじっと睨む……じゃなくて見つめる。
「ノア、神官の修行をしたことは?」
「いえ、ありません」
「親類で聖属性を使う人間は?」
「いえ、いません」
何の尋問だろう。
わたしは光の属性の魔法が使えるが、聖属性とは別個のものだ。それに、わたしの一族は攻撃魔法に特化した血筋で、火、水、風、土の四属性の魔力持ちがほとんどだ。両親は少し闇系と光系が使え、ノエルが珍しい無属性を持っているが、あとは補助系の能力が少しだけ。本当にわたしの一族って、物を壊す系が得意なんだとつくづく思う。
ある程度属性は遺伝するが、神の奇跡とか、癒しとか、そういったなんか優しげな属性を持つ人間はわたし以外、少なくとも五親等以内にはいない。
わたしの答えに、隊長さんがため息をついた。なんで?
「ノアの様子じゃ分かってないみたいだけど、ゴースト系のアンデッドって実体が無いから物理で触ることが出来ないのよ。それこそ高位の神官とか巫女とかくらいの聖属性じゃないと」
「ええ!」
それは学校では教わらなかった。そもそも魔物については、魔力を持っているから討伐が難しいとか、人を襲うといったような簡単な知識くらいしか習わない。冒険者のおっちゃんと旅した時も、気付けばおっちゃんたちがやっつけていたからなぁ。
「でも、僕に聖属性はないですよ」
「だから、わたしも驚いたのよ。聖属性を持ってる私が、あなたにその気配を感じられなかったんだから、あなたは聖属性を持っていないのは間違いないわ」
じゃあ、何ででしょうか。三組の目がこちらを見つめる。
いや、こっちが聞きたいんですよ?
「まあ、考えられるとしたら、ゴーストがハーフのアンデッドだったのかと」
人体からの憑依を外れれば実体化出来るゴーストもいるらしい。相当な恨みを持って死んだ者の魂とかが、実体のあるアンデッドに融合した時に出来るのが多いようだけど、そんなのいると思うと本当に怖いんですけど。だが、わたしの身上的にはそうであってほしい。
だって、これからずっと、素手でゴースト捕まえろとか言われたらいやー!
わたしが必死に頷いてイヴリンさんの言葉を肯定していると、わたしのコートの袖口から何か落ちた。
「何でしょう、これ」
黒いひし形の石のようだったけど、わたしが拾い上げるとすぐにその色は無くなった。透明な石なので、地面の色が反射していたのかもしれない。
「これ、魔石じゃない?」
「あ、ホントだ」
三人が顔を寄せて、わたしの指先に注目する。
「もしかして、さっきのゴーストが落としたんじゃ」
「ああ、たまに小者でも持ってる時ありますからね」
魔石は魔物でも通常強い個体しか持たないと言われているが、弱い個体でも年数を長く生きたり、特殊な環境下にいたりすると持つことがあると言われている。アンデッド系に多いらしく、実体のないゴーストでも何故か魔石を落とすらしい。謎だ。
「何か、綺麗な魔石ね。あんなアンデッドが落としたとは思えないわね」
確かに、人差し指の爪くらいの大きさだが、良く見ると中に小さな虹のような光が見える。
確かに綺麗だが、わたしはそれをイヴリンさんに渡そうとした。
「イヴリンさん、どうぞ」
普通に渡したつもりだが、三人は一瞬お互いの顔を見合わせた。
「……いい子よね、ノアって」
イヴリンさんの声に、エリオットは深く頷き、隊長さんはため息をついた。わたしはただただ首を傾げるばかりだ。
「これはイヴリンさんが倒したのだから、イヴリンさんに権利があるんじゃ」
「それは、冒険者のパーティルールね。いい? 魔石ってかなり貴重なのよ。小さい物でも庶民なら数か月暮らせるわ。だから、陽動や盾役だって権利があるの。ましてや、私が取り逃がしそうだったのを捕まえてくれたんだからあなたも十分権利を主張することはできるのよ」
要はわたしが世間知らずということを皆さんは心配してくれたようだ。確かにこれから一人で生きていくためには、どういうものに価値があり、相場がどれくらいかを知っていかなければならない。今から先が思いやられる気がした。
「だから、これはあなたが持っていきなさい」
お姉さまの優しい声がした。
「旅の皆を守って、美味しいご飯を作ってくれて、わたしの失敗も助けてくれて、これは頑張ったご褒美だと思って受け取りなさい」
ただ咄嗟に掴んだだけの手柄を大きく取り上げてくれて、逆に恥ずかしい。
でも、これから生活していく上では大変ありがたい話なので、わたしも素直に頷いた。
「それでは、出発しようか」
話がまとまったところで、隊長さんが促した。
はい、早速出発しましょう。
わたしは貴重品入れを取り出した。当面の生活費と貴金属類が入った袋だ。これだけは肌身離さず身に付けている。その中に魔石を入れると、また懐に仕舞おうとした。
バシッ!
「痛!」
わたしは一瞬何が起こったのか分からず、突然起きた痛みに声を上げた。
「どうしたの?」
イヴリンさんがわたしに声を掛けてくれる。わたしは手に持っていたはずの貴重品入れが無い事に気付いた。
あった。一メートルくらい離れた所に落ちている。
ん?
何かと目が合った。
「え?犬?鳥?」
それは仔犬くらいの大きさだった。頭部はキラキラの銀色の毛で、雪景色に溶けてしまいそうだが、背中にかけて生えた黒い毛が確かにそこにいると主張している。その頭部は鳥のものだ。猛禽類のようなキラキラした金色の目で、だが身体は足がしっかりと太くて長い大型のネコ科の獣に見える。それがわたしと目が合っているのだ。
「あ、ちょっと!」
その鳥? 猫? 犬? が、わたしの貴重品入れをパクッと咥えた。そして、まるで羽が生えているかのように、いや、実際背中に生えた羽が力強く羽ばたいて宙に浮いたかと思うと、矢のような速さで空の彼方へ消えていった。
しばらく呆然としていたと思う。周りも何故か固まっている。
「わ、わたしの生活費――――――!!!」
動揺して一人称が崩れていたが、周りにそれに気付く人間はいなかった。
「……あれって、グリフォン?」
「鷲頭の獣って、他にいるか?」
「俺、初めて見たよ」
周りはざわざわし始めた。
グリフォン? 何? 最上位魔獣? 幻獣?
知るか―――――!!
「あの、ノア。その……」
呆然とするわたしに、エリオットがそっと声を掛けてくる。
「きっと、いいことあるよ」
今すぐ起きろ、いいこと!
ノア・アシュベリー。王都を目前にして生活費の全てを失いました。
サブタイトルの「ついてる」は、頭に何か付いていたり、ラッキーのついているだったり、心霊的な憑いているだったりです。
次回から、やっと王都に到着します。
頑張れ、ノア。
閲覧ありがとうございました。