え、ついてる? 1
めし回が続いたせいで、一回の投稿が長くなりました。
でも、まだ区切りがつかないので、もう1話投稿します。
わたしたちが食事の用意をしている間、他の人達は宿砦の破損個所の修理の仕上げと、雪かきなどをしていたらしい。それらが終わったのを見計らって、全員が出発することになった。
囚人がいるので気持ち的に微妙な行程だけど、王都での指折りの騎士の護衛があるので、みんなそれほど不安がる様子も無く、わたしが配った昼食と携帯食に、むしろ遠足気分が濃くなったようだ。怯えられるよりはいいけど。
昨日の雪が嘘のような快晴で、風もなく、徒歩の旅には悪くない日和だ。雪で道がぬかるんでいるので、荷馬車はそり型でも大変そうだけど。
最初に、魔法で拘束している囚人たちを三列ほどに並ばせて先行させる。雪で地面が見えないので、安全確認と地固めのためだ。ぶちぶち言っていたが、イヴリンさんが「食事の他に、一人一個、ノアの携帯食あげるわよ」と言うと、何故か速度が上がった。やればできる賊たちだ。
わたしは後列に移動して、殿にいるエリオットの隣に並んだ。
エリオットは騎馬で先行した組だが、今は馬の手綱を引いて歩いている。賊の監視役の騎士だけが騎乗している状態だ。
「やっと出発だね、ノア」
「……本当だね。この状況で、王都までどれくらい?」
「雪がなければ、騎馬で一、二時間だけど、家族連れもいるし、夕方くらいには着くかな」
「そっか。それまでよろしくね」
「ああ、こちらこそ」
少し他愛もない話をしてみる。なんか癒される。
「ノアと、夕方でお別れなのね」
「うわ、イヴリンさん!」
「副長、びっくりした!」
美女の不意打ちに二人して驚くが、イヴリンさんの少し寂し気な顔に文句も引っ込んだ。それにノアって親しく呼ばれると、何か恥ずかしいが嬉しい。わたしも少し寂しいかな。
「そういえば、君って王都で職を探したいって言ってたわね」
「はい。田舎では、その、……あまり働き口が無かったので」
「何か技能があるの?」
「特に大したものはありませんが。読み書き算術、家政関係、簡単な調剤と土木作業と精肉、魔物の解体くらいかな」
「……育ってきた環境を知りたくなるわ。それで働き口がないってどういうこと?」
「……どこでも一人で生きていけそうですよね」
二人がわたしを生暖かい目で見てきます。ぼそぼそと二人で耳打ちしているし。そんなくらいしか出来ないってことで、同情されているんだろうか。……頑張ろう。
わたしが決意を新たにしていると、イヴリンさんとエリオットがこちらを見てため息をついた。わたし、何かしたんだろうか。
それからは、しばらく穏やかな行程が続いた。昨日と打って変わって暖かい日差しが戻り、雪も解け始まって足元を濡らすけど、掻き分けて歩くより随分と楽である。馬車も車輪に付け替えて、動きもよくなった。ぬかるみにはまっても、騎士さんたちがあっという間に元に戻してしまうので、なんの不安もない。
日も高くなったので休憩時間となり、そこで交替で昼食を取ることになった。丁度折よく岩場があり、そこへ腰かけて昼食を取ることが出来た。
食事を取ろうとすると、何人もの騎士たちが挨拶してくれた。やめてくれと言ったのに、頭をかき混ぜる接触込みなので腹が立つが、食事について過剰なくらいお礼を言われたので仕方なく許すことにする。
そこへアビーちゃんがやってきて、突然わたしの膝に乗っかった。
「お兄ちゃんとお昼食べる」
何だ、この可愛い生き物は。
今まで大人びていたアビーちゃんだったが、急にこんな子供らしく懐いてくれるなんて、ニヤニヤしてしまいそうだ。
いけない、傍から見たら事案発生ですね。
内心がバレないように微笑みながら一緒にサンドイッチを頬張る。アビーちゃんのはみんなより少し小さめに作ってあるよ。でも少しアビーちゃんには大きかったみたいで、お口の端にソースが付いている。わたしは手巾でそれを拭ってあげると、アビーちゃんからいい笑顔をもらいました。ああ、幸せ。
「あれ、仲良しだね、二人とも」
「あ、騎士のお兄ちゃん」
エリオットが声を掛けてきた。どうやら賊たちに三人ずつ交代で軽食を取らせているって。何でも風の魔法が得意な人に賊の周りに魔法の壁を作って、今度は自分で食事を取らせるようにしたらしい。例の捕虜食を携帯できるよう獣脂を多めにしたやつ。賊たちは無言でそれを見つめていたけど、イヴリンさんが約束した携帯食を握りしめ、捕虜食を虚無の顔をで食べた後、急いで携帯食をほお張っていたそうだ。
それで、ようやくエリオットも休憩に入れたとのこと。
わたしの隣の岩に腰かけると、いそいそと包みを開けてサンドイッチを取り出す。それを目を輝かせて見ると、大きな一口で齧りついた。
「……うま」
「馬?」
それは牛肉ですが。
「めちゃくちゃ美味いよ!」
「……そ、それは良かった」
前のめりに訴えるエリオットに、わたしが半身分下がる。わたしが引いていることにも気付かずに、エリオットはバクバクとサンドイッチを平らげていった。もの凄いわんぱくな速さで。
見ているだけでおなか一杯になりそうだ。アビーちゃんも食べ終わったようなので、褒められついでにもう一品出そうかな。
「アビーちゃん。甘いの好き?」
「うん、大好き!」
めい一杯いいお返事をしてくれた。わたしは笑って鞄から密封容器を取り出す。旅に出る前に、作っておいた柑橘の蜜漬けだ。少し塩味も入れて、疲労回復効果もあるやつだよ。一切れ取り出すと、アビーちゃんがお口を開けて待っている。本当に可愛いな。
わたしがそれを小さいお口に入れてあげると、途端に幸せそうな笑顔になった。
「おいしい!」
「そう。良かった」
嬉しさに思わずニコニコしてしまう。
すると隣から視線を感じ、目をやるとエリオットがジッとこちらを見ていた。
「食べたいの?」
無言で頷く騎士。
じゃあ、とわたしが言うと、無言で口を開ける騎士。君は自分で食べれるよね。
「アビーがやってあげる」
アビーちゃん、いい子だね。小さい手で容器から一切れ取って、大きな子供と化しているエリオットの口に少々乱暴に放り入れてくれた。ちょっとびっくりしてたけど、エリオットはそれをゆっくりと咀嚼して飲み込んでから、満足そうにへにゃっと笑う。
まあ、正直わたしはドン引きしているが、それに気付かず、エリオットは急にため息をついて項垂れた。
「はぁ、これで最後なんて。……ノアのご飯、ずっと食べたいよ」
「……いろいろと誤解を生じる言い方ですよ」
ちょっとだけドキッとしましたよ、はい。
それを聞いたアビーちゃんが、きょとんとした顔で尋ねてくる。
「お兄ちゃんたち結婚するの?」
「!!」
「ほらね」
エリオットがようやく気付いたらしい。古来より求婚に用いられる言葉だ。
ブワッとエリオットのほっぺが赤くなった。
「ち、違うよ? アビーちゃん! お兄ちゃんはただ、美味しいノアのご飯が食べられなくなるのが残念だなっていうアレだよ!?」
子供相手に焦りすぎだ。アビーちゃんもその様子にクスクスと笑う。
「うん。ノアお兄ちゃんは、アビーと結婚するから駄目なの」
「……うん?」
え、そうだったの?
前略、
お父さまお母さまお兄さま。わたし、お嫁に行く前にお嫁さんをもらうことになりそうです。
草々
「なぁに? また修羅場を作ってるわね」
わたしが固まっていると、イヴリンさんがやってきた。修羅場って、何のことだろうか。
まあ、エリオットがいろいろ墓穴を掘っているのはある意味修羅場ですが。
わたしの外見は男の子だし、アビーちゃんは八歳だし、エリオットはアレですよ?
ん? ……修羅場、ですね。
イヴリンさんは、微妙な顔をしているわたしを見てニコッと笑うと、わたしが持っている容器を優美な指先で指した。
「それ、美味しそうね」
スラリとした美人だが、やはりイヴリンさんも体力系職業の人だ。食べ物に関しては目敏い。微笑んでいるはずなのに、何故か凄い圧力を感じる。
「あの、お一つどうぞ」
「あら、ありがとう」
そう言って、イヴリンさんは大きくお口を開けています。なにこれ。流行ってるの?
それよりも、その色気、ヤバいです。いけない扉を開きそうです。
「アビーがやってあげる」
またもやアビーちゃんが助け舟を出してくれました。
「あらあら、小さくても女ねぇ」
イヴリンさんが「うふふ」と笑っている。アビーちゃんは確かに世話好きで女の子らしいから、イヴリンさんも微笑ましく思っているのかな。
ああ、何故かアビーちゃんが蜜漬けを拳ごと突き出したよ。イヴリンさんはひょいと避けたけど、なんかエリオットの時よりも雑と言うより攻撃的に見える。遊んでるの?
アビーちゃんの手を避けていたイヴリンさんが、蜜漬けを素早くアビーちゃんから取ると、パクッと口に入れた。
「まあ、予想以上に美味しいわ。ありがとうね、アビーちゃん」
イヴリンさんが美しすぎる顔で微笑んだ。
でも、何故かその笑顔が怖いです。アビーちゃんも少し怖かったのか、わたしにギュッとしがみついた。
え、そんなに!? と思ったが、可愛らしかったので頭を撫でてあげると、アビーちゃんが少し悪い顔をしたよ。
え?
主人公が幼女と弟属性にプロポーズされたり、美女と何かの扉を開きそうになりましたが、このお話は、BLでもGLでもありません。多分、きっと。
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