お食事をどうぞ 2
めし回です。
料理名は、分かりやすいように現実世界と同じ名称を使ってます。
決して、異世界風の名前を考えるのがめんどくさいとかじゃありません。
決して。
最初にお昼の準備から。
何故かって? サンドイッチの具にローストビーフとたまごサンドを作ろうかと思っている。
何故かって? ストーブ型の二口式の竈で、オーブンも兼ねているから、時間の掛かるローストビーフから作るのです。オーブンが中段にあって、上に口が付いた竈なので、ローストビーフを作りながらでもシチューは十分つくれる。
エリオットさんに各野菜を切ってもらっているうちに、わたしは塩やハーブを肉に刷り込んでいく。そして天板に野菜を敷いた上に肉の塊を乗せてオーブンに入れた。火加減はこまめに見ないといけないが、居眠りでもしない限りそれほど失敗はしない。ついでに水を入れた鍋に卵を入れてゆでていく。後で細かくするので、黄身の位置を考慮しなくていいので、転がさずに放置しておく。
その間に、牛乳と小麦粉、バターと牛乳、少し塩味のある干し肉を戻した水を加えてソースを作る。普通は野菜から出る旨味だけでも十分美味しいけど、寒い日は少し濃いめに作る方が腹持ちもいい。干し肉からいい出汁が出るから、こんな日の野外の煮込みにはちょうどいい。野菜と水でふやけた干し肉と鶏肉、それらを炒めてソースと合わせてしばらく煮込む。シチューの味を見ながら塩コショウで味を調えればシチューは完成だ。
エリオットさんにその間、バターとニンニクとパセリを混ぜてもらっている。今度はパンに塗るガーリックバターを作っているところだ。普通にパンを食べるより元気が出るからね。あとは、二センチくらいの厚さにパンを切って、後はみんなが起きてから軽く焼けばいい。
みんなを起こして……と思ったら、もうみんな起きてご飯を待ってる状態でした。
「寝ていられないよ。美味しそうな匂いがするんだもん」
「腹減った!」
一般人よりも騎士さんたちに気合が入っている。見ればエリオットさんも引いているので、いつもの光景という訳ではないようだ。
びっくりしながらバターとパンを配り、自分で焼いてもらうことにする。調理場の竈と広間の暖炉と両方で焼けば、早くみんなに行き渡るだろう。
シチューと一緒に切ったパンを入れた籠を騎士さんたちに渡すと、疾風のような速さで焼く作業に入っていた。もうみんな待ちきれない様子で、齧り付いていく。
「うめぇー!」
「この任務に来てホント良かった!」
自分の作ったものが褒められるのは嬉しい。
「我々も少し携帯食をいただきましたが、実に美味しかったですから、料理の腕は間違いないですね」
行商人のおじさんの一人がそう言って褒めてくれると、騎士さんたちが「何!?」と一斉にわたしを見る。えっと、怖いです。
「ぜひ! ぜひ、俺達にもそれを作ってくれ!」
「頼む。もう軍の携帯食は嫌だ!」
「ちょ、ちょっと、皆さん落ち着いて……」
迫りくる騎士さんたちにたじろぎながら、助けを求めるようにエリオットさんを見るが、彼も似たような表情であった。エリオットよ、お前もか。
「全体、整列」
急に、大きくもないけど、低く響く声が聞こえた。その声に騎士さんたちの背筋がビシッと伸びた。思わずといった感じで、行商人のおじさんたちも背筋が伸びている。
見ると、隊長さんが眉間の皺を深くして、隊員の騎士さんたちを睨んでいる。今日も魔除けになりそうな視線は健在ですね。
「お前たち、いい加減にしろ。朝食まで作ってもらった上に迷惑を掛けるな」
またもや危機を救ってくれた隊長さん。だが、騎士さんたちも引き下がらない。
「隊長! 俺達は、あの家畜のエサのような携帯食には我慢ができない!」
「栄養は十分に取れて身体にはいいかもしれないけど、心が死にます」
「もそもそとした粉っぽさに口の中の水分を全て持っていかれ、空腹なのに食が進まない、悲しさと切なさと口のつらさを飲み下すのがどれだけ苦痛か」
なんか、涙ながらに軍の携帯食を罵っている。
はぐれたり遭難したりと緊急事態の時のために支給されている携帯食だが、とにかく栄養を取ることと日持ちさせることだけを目的としたもので、撒いても鳥も食べないと聞いたことがある。昨日作った「捕虜食」でもあるまいに、真っ当な仕事をしている騎士さんたちには、確かにそれは切ないだろう。
そんな騎士さんたちを、無下にも出来ない様子で隊長さんは眺めていた。恐らく隊長さんもその洗礼を受けていて、否定しづらいのだろう。
「ノアは、隊の救援が遅れた分を尻拭いしてくれたのに、迷惑はかけられない」
怖い顔をしていますが、この中で一番隊長さんが気遣いの人だと思った。いつの間にか名前呼びになってるけど、枕にしたのに気にしないでくれた隊長さんならまあいいか。
騎士さんたちは隊長さんの言葉に詰まりながらも控えめに不満の声を上げる。何だかそれが気の毒なような気がして、わたしは一つ提案した。
「あの、材料を提供していただければ、それほど手間ではないので、作りましょうか? 軍の物ほど栄養価もありませんし、あまり日持ちはしませんけど」
その言葉尻は騎士さんたちの歓声でかき消された。そんなに嬉しいの?
尋常じゃない喜びの声に、さすがの隊長さんも苦い溜息をついていた。そして、すまなさそうな表情でわたしを見るので、苦笑しながらその表情に頷いて見せた。命の危機を救ってくれたのだから、このくらいは苦でも何でもない。
「すまない。手間を掛けさせる」
「いえ、本当に簡単にできますから」
そう言って僅かに眉尻が下がった隊長さんを見て、わたしは少し笑って言う。隊長さんもそれが謙遜でないことを感じたのか、目を細めるように僅かに笑ってわたしの頭を小さい子供にするように撫でた。頭に何か付いてる? と思ったが、そうではないらしい。
「礼を言う」
「え、いや、どういたしまして?」
はい。はっきり言って反応に困ります。隊長さんにとっては何気ない行動でしょうが、出来ればそういう行動は慎んでいただきたいものです。外見は少年ですが、一応わたしも年頃の乙女なもので。というか、それなりの年齢の男子に、頭ポンポンはどうかと……。
ほら、騎士さんたちも少し微妙な顔をしていますから。
子供扱いに少しいじけて、不満げな表情になっていたのか、隊長さんも苦笑して「つい、飼っていた猫を思い出して」と弁明した。なんと、人扱いですら無かった!!
「昼食も作っているんですが、隊長さんは無くてもいいでしょうか?」
ささやかな意趣返しで尋ねると、隊長さんはびっくりしたような表情になったあと、困った顔になってしまった。わたしの怒りが分かったか。
あまり表情は変わらないが、少ししょんぼりした隊長さんが「すまん」と謝るので、ちょっと可哀想になってしまった。仕方ない、許すことにするか。
「いい歳の男子にこの扱いはあんまり良くないですよ」
頭ポンポンは、頑張った女子に男子がするからこそ価値がある、と友人が言っていたし、わたしもそう思う。確かに中身は女子だが、外見的なこともあって今の思考は若干男子寄りだ。同性にされると、される方に何かの尊厳が無くなるような気がする。
それを聞いて隊長さんは、何故か少し残念な顔をする。が、すぐに何かを思い立ったようで、わたしの髪の毛を急にくしゃくしゃとかき混ぜた。
「もっと悪くなってる!」
「騎士団や兵団では激励だ。頑張って俺達の食事を作ってくれているからな」
そう言われると、わたしも言い返しづらい。
まあ、頭ポンポンよりは精神的に、……いや、良くない。
でも、男性同士ではこれが普通なのかだとしたら、これから慣れていかなくてはならないんだろうか。わたしには越えられる気がしない高い壁です。
わたしが言葉に詰まっていると、他の騎士さんたちも「じゃあ、俺も!」と言って、わたしの頭をくしゃくしゃにしていく。
「ホントだ、猫みたいだなぁ」
「癖になるな」
ちょ、ちょ、ちょっと!! 人の頭で遊ばないで!
「ああ! もういい加減にしてください!!」
五人を超えたあたりくらいの時にわたしはとうとう叫んだ。あっちこっち跳ねた髪を押さえながら、わたしは恨みの籠った目で騎士どもをねめつけた。もう「騎士さん」なんて呼ばないから。心の中だけだけどね。
「こういうのは、時と場合と場所と回数を考えてください! あと、僕の気持ち!」
隊長さん以外の人たちが「はーい」と気の無い返事をする。
「ホント、皆さんの食事作るのやめますよ」
ボソッと言うと、それは効果覿面だった。騎士たちは口々に謝罪を発する。分かればいいんだ。
「じゃあ、もう邪魔しないでください。解散!」
わたしが言うと、みんなきびきびと自分の持ち場に戻っていった。後には、空気を呼んでわたしの怒りを回避したエリオットさんと、偉そうな隊長さんが残った。隊長さんは、そもそもわたしを怒らせた原因なのに、一番涼しい顔をしているのが納得いかない。
その隊長さんは、しばらくわたしをじっと見ていたかと思うと、また目を細めるようにして笑った。
「よろしく頼む」
まあ、やりますよ。人に喜ばれるのは嫌いじゃないので。
だんだんと騎士たちと打ち解けてきました。
主人公は、ほぼ人見知りをしませんが、双子の兄という小姑のお陰で男性免疫があまりありません。
作者もちょいちょい忘れますが、心は乙女です。
もうちょっと宿砦は続きます。