廃聖堂 1
書いてたら長くなったので、1と2に分けました。
本日は2話更新です。
エドワード様が教えてくれた場所は、王太子宮からさほど離れていない森の中にある、太陽神を祀っていたかつての聖堂だった。その中にセドリックさんはいる。
わたしたちが王太子宮を抜ける時、庭園に佇む人影が立ち塞がった。
「え!? ヴィクター君!?」
夜だったから見えづらかったけど、あの立ち姿はヴィクター君だ。ヴィクター君は右手でお腹の辺りを押さえて、少し傾いた姿勢をしていた。
「ラザフォード。あなた、まだ動ける状態ではないでしょう」
一緒に来たエヴァンジェリン様……えっと、王族に恐れ多いけど、ご本人からエヴァ様と呼んでいいと圧を……言われているからエヴァ様……が、ヴィクター君に向かって潜めた声で言った。もしかしてヴィクター君、怪我してる?
「エヴァンジェリン様、心配には及びません。目的地へ案内します」
ヴィクター君の声は平坦だったけど、どこか軽く息を詰めるような呼吸のし方だった。
ヴィクター君に近付くと、ブワッと嫌な気配がした。それはヴィクター君が押さえているお腹の辺りから感じる。
「足手まといだ。帰りなよ」
「いいえ。廃聖堂にはいくつか仕掛けがあります。私が行った方が効率的です」
ノエルが冷たく言うけれど、ヴィクター君は引き下がらない。わたしはアレクさんを見上げると、アレクさんは頷いた。どうやらアレクさんも、ヴィクター君から出る不穏な気配を感じているようだった。
「あの、ヴィクター君。もしかして、魔物か瘴気の近くにいた?」
わたしが尋ねると、面白くなさそうにヴィクター君はそっぽを向いた。どうやら魔物的なヤツに怪我を負わされたらしい。
「ノアさん。彼は、あなたが言う〝例〟の瘴気の塊に傷を負わされました。幸い近くにわたくしがいたのでなんとか致命傷は治しましたが、ラザフォードは瀕死の重傷でした」
「ヴィクター君!?」
知らない間に、そんなことがあったの!? あの$%&#め!!
致命傷ということは、命に関わるほどの怪我だったんだ。でも、エヴァ様が近くに居て良かった。
ヴィクター君の歩いている姿を見れば、いつもより少し姿勢が崩れている感じはするけれど、一見回復しているように見える。高位の司祭と伺っていたけど、すごい治癒能力をお持ちのようだ。でも、当のエヴァ様は、月明かりでも分かるくらい顔を顰めていた。
「分かっているでしょ、ラザフォード。そなたは瘴気に冒されていて、わたくしでも直しきれなかったその傷は、動くほど悪化するということを」
エヴァ様は、軽い瘴気だったら祓う力があるようだが、ヴィクター君にこびり付いている瘴気の濃度はせいぜい薄めるのが精一杯のようだった。
治癒と浄化の能力は、同じ聖属性の魔法だが似て非なるもので、治癒力が強いからといって浄化能力も強いとは限らない。瘴気の穢れを伴う傷は、通常の傷よりも痛みが大きいことで知られている。今、普通に立っているヴィクター君だけど、本当はのたうち回りたいほど痛いに違いない。
「ノエル卿の言うとおりです。戻りなさい、ラザフォード」
「私は大丈夫です」
再度きつくエヴァ様が命じるが、ヴィクター君も引かない。
「待ってください。多分、ヴィクター君が言うほどなら、初見で解ける仕掛けではないのだと思います。でしたら、ヴィクター君が行ってくれた方が確実です」
わたしが援護したのが意外だったのか、ヴィクター君がわたしを見る。相変わらずの無表情だけど、少し驚いたように眉が動いた。
「……まさか、ノアさん。あなた、治せるの?」
「やってみてもいいですか?」
出来るだけわたしの力は温存しておく方針だけど、一刻を争う事態で、肝心の場所に辿り着いても「入れませんでした」では駄目なのだ。だったら、わたしの力をギリギリまで絞り出してでも、今、ヴィクター君を治すべきだ。
エヴァ様が、今後の状況を鑑みて小さく頷くと、わたしはヴィクター君に向き直った。
「痛い所、診せて」
わたしが近寄ると、顔を顰めながらも案外素直にお腹から手を離した。やっぱりそこからは、嫌な気配がドロリと流れてくるのを感じる。わたしがそこに手を当てると、ヴィクター君には「うっ」と小さく呻いた。こんな少しの刺激で声が漏れるほど、傷は深刻なようだ。
さっき、操られていたマクシミリアン殿下のお友達のネイサンさんを浄化した時の感覚を思い起こし、わたしはヴィクター君を蝕む瘴気を引っ張り出すように力を込めた。
効果は覿面で、一瞬でヴィクター君から漏れていた瘴気は消えてなくなった。それをエヴァ様も感じたのか、ほうと小さく息を吐いたのが聞こえる。
「後はわたくしが」
瘴気が消えた後は、エヴァ様が回復を引き継いでくださり、ヴィクター君は信じられないかのような表情で、服の上からだけど、自分の傷があった場所を見ていた。
そして、エヴァ様とわたしに深々と頭を下げた。
「ノア、体は大丈夫!?」
ノエルがわたしを心配して顔を覗き込むけれど、わたしは笑って返した。
「全然。多分、浄化自体には、何も力を使わないみたいだから」
前にもオルグレン魔術師団長やセドリックさんと実験したけど、体にはなんの影響もない。イライアスさんの解呪の時は、呪い自体との綱引きがあったから疲れたけど、意思を感じないただの瘴気なら、いくらでも浄化できそうだった。
「……いよいよ化け物じみてきたな」
「「誰がバケモノだ!!」」
ヴィクター君がボソッと言ったのに、わたしとノエルの声が重なった。
そのわたしたちの頭に、アレクさんの手がポンと乗った。
「よし。では行こう」
ノエルが「身長差か!」とキレてアレクさんの手を払っているけど、そのうちアレクさんの頭ポンポンはクセになるよ。
そんな感じで(わたしとノエルだけ)わちゃわちゃしながら夜道を走りだした。エヴァ様はヒラヒラした神官服を着ているのに、みんなに全く遅れずについてくる。さすが、あのエドワード様が保証するだけある。
途中、王都の真ん中であり得ないことだけど、何体かの魔物と遭遇した。
あの瘴気の塊の$%&#野郎が、そこら辺にいる野犬を汚染させたものと思われる。気軽に魔物を作って、命をなんだと思ってるんだ!
最初の一体に列の脇を突かれ、エヴァ様に犬型の魔物が迫った。殿のアレクさんが剣を抜いて、前を走るノエルが魔術を放とうとするけど、その前にエヴァ様が走りながら何かを鋭く振り抜く。その動きに合わせて、犬型の魔物が吹っ飛んで近くにあった木にぶつかった。っていうより、なんか悲惨なことになってる。見れば、エヴァ様が手に七十センチくらいあるメイスを握っていた。結構太めの柄に、ごつごつとした大き目の先端で、コツンとされただけでも痛そうなヤツだ。
瘴気をペッと払うように振ってから、エヴァ様はメイスをベルトの剣帯に戻した。走る速度も全く落とさず、何事もなかったかのように。
「あれ、アダマンタイトのメイスじゃないか」
ノエルがわたしと並走してコソッと言ってくる。
鍛冶も習ったわたしは知っている。あれ、硬さが尋常じゃなくて加工が滅茶苦茶難しいヤツだ。しかも希少な鉱石で、すっごいすっごいすっっっっっごい高価なんだ。あとあの石の大きさだと、非力なノエルやわたしじゃ、振り回すどころか持ち上げるのがやっとなくらい、バカみたいに重いヤツ。それをあの細腕で……。
わたしとノエルがエヴァ様をチラ見していると、「ホホホ」とても上品な良い笑顔をくださいました。
…………さすが、あのエドワード様が保証するだけある。
そうして、道中何度か魔物を屠るエヴァ様を目撃しながら、ようやく廃聖堂に辿り着いた。
昼間は、春を感じる陽気が続いていたのに、朽ちかけた建物だけでなく、壁を這うツタも周りの木々も項垂れて、夜で暗いからという訳ではなく、どこかに生命の瑞々しさを置いてきてしまったような、そんな寂しい風景だった。
その入口にヴィクター君が歩み寄って、嵌めていた手袋を外して扉に触れた。
すると、十六等分された正方形に変な模様が浮き上がり、ヴィクター君は迷いなくその正方形を動かして一つの魔法陣のような模様を完成させた。すると、ガチャッと鍵の開く音がした。
「やった! すごいね、ヴィクター君」
「まだです。軽率に喜ばないでください」
褒めたのに、ピシッと拒否されてしまった。
しょぼんとするわたしを尻目に、ヴィクター君は次に扉の横の壁を探り出した。
何の変哲もない二か所のレンガを同時に押すと、なんと! 扉が上に動いた。わたしだけで来たら、絶対押すか引くかしかできなくて、一生中に入れなかったところだ。
「さすがにこの仕掛け(ギミック)だと開けるのに時間が掛かったな」
珍しくノエルも感心した声だった。どうやら最初の魔法陣は、解錠とか開放とかの魔術じゃなくて、全然関係ない模様だったみたい。そりゃ初見じゃ無理だ。
「でも、なんでヴィクター君はこのこと知ってるの?」
わたしが素朴な疑問を投げかけると、何故かノエルが「それ聞いちゃうんだ」と呟いた。ええ、別に聞かれて困るようなこと?
ヴィクター君はわたしの問いを想定していたのか、スラスラと素っ気なく答える。
「第二王子派の首領のイースデイル公爵邸へ行った時、あの怪しい男がここに出入りしているのを見つけて、侵入方法を探っていたら後ろから刺された」
なるほど。それでさっきの怪我に繋がったのか。
ん? でも何で、エドワード様の護衛のヴィクター君が公爵邸に行ったり、怪しい人を見張ったりするんだろう。まるで小説に出てくる諜報員みたいだ。
わたしがそう尋ねると、ヴィクター君がハッと息を飲んだ。
ノエルは、今度は「うわぁ、それ本当に聞いちゃんだ」と言っていた。諜報員なんて、本の読みすぎだって言いたいの?
「……お……」
「お?」
「お使いで公爵邸に行った帰りに、たまたまあいつを見掛けて、うろついて怪しかったから声を掛けようとした。殿下の安全上の問題で!」
最後、何故か強めに言い切ったヴィクター君が、俯いて腕で顔を隠してしまった。
きっとヴィクター君のことだから、入り口が開かなくて困っているから声を掛けようとしたのかもしれない。いいことをしようとしたのがバレたからって、顔を隠すほど照れなくてもいいのにね。
わたしはヴィクター君の気持ちを察し、人助けの方に主眼を置かずに労った。
「いろんな所にお使いに出されて、いつも大変だね、ヴィクター君」
「……この場の全員、口封じするべきか」
俯いたまま、何かをブツブツと呟いていたけど、ノエルがそんなヴィクター君の肩に手を置いて、ポンポンと叩いた。
「このことは、綺麗さっぱり忘れてやる。せめてもの情けだ」
「くっ、情けを掛けられるくらいなら、いっそのこと殺せ」
男の子どうしの言葉遊びなのか、物騒だけど調子のいい掛け合いに見えた。
その会話の後、みんなでゾロゾロと中に入っていく。
ヴィクター君は今度殿になって、その前をわたしが歩いたけど、何故かずっと背筋が凍るような視線を感じていた。
これから起こることへの緊張感かもしれない。気を引き締めないと。
「いや、ノアは、背後に気を付けた方がいいよ」
ノエルには何故かそんな風に言われた。
「あ。いくら腕が立つヴィクター君が殿だからって、後背の警戒を怠るなということ? 分かった!」
「うん。バカワイイからまあいいや」
ノエルがそう言うと、みんな無言で歩いた。みんなも少し緊張しているんだね。
建物の中に入ると、まず大人数で祈りを捧げる広間があり、その奥に個人が静かに祈りを捧げる区分けされた部屋が続き、その先に聖職者が常駐する居住区があるようだった。見たところ、直近まで人の出入りがあったのか、外観ほど中は荒れていなかった。所々、灯りを使った跡や、綺麗な机や椅子があった。
一つ一つ部屋を確かめて奥を目指していると、途中に何体かの魔物が出てきたが、それは先頭のアレクさんが瞬きする間に斬り捨てていった。
廃聖堂の最奥にその部屋はあった。
灯りが漏れていたので、おそらくここで間違いない。
わたしとマクシミリアン殿下を救出した時のように、アレクさんがその木製の扉を蹴り飛ばす。
中は案外広く整えられていて、長椅子と一人掛け用のソファが一つずつあった。
そして、その一人掛け用のソファの横にあの瘴気の塊が立っていた。何故かその隣にあるソファ付近が、黒い布のように濃い瘴気で覆われている。
今回はエヴァ様やわたしだけでなく、全員が同じようにその瘴気が見えているようだ。
「おや、もう到着ですか。なかなか腕が立つ方を寄越されたようですね」
そう言って振り返って、わたしたちを見ると少し驚いたように目が大きくなった。先ほどよりも瘴気が薄くなっていて、ようやくわたしにも顔立ちが分かるくらいになっていた。その顔が、徐々に不快気に歪む様まで。
「……これは、ラザフォードさんもいたのですか。確かに息の根を止めて差し上げたと思ったのですが。……なるほど、王家の従姉姫もいらっしゃる。確かに、貴女ほどの聖魔力でしたら、ラザフォードさんも助けられたということですね。それにしても、第二王子宮の地下を任せたあの方たちは、相当無能だったようですね。拘束されていたノア・アシュベリー嬢、あなたすら満足に管理できなかったとは。ふむ、するとマクシミリアン殿下も御無事なのでしょうね」
最初にヴィクター君、それにエヴァ様、そして最後はわたしに向けられた言葉だった。全員、生きていることが不快と言いたげに。
「まったく。計画には支障ないとはいえ、困ったものですね」
ソイツは、薄ら笑いを浮かべならスッと横に手を伸べると、先ほどまで瘴気の布で覆われていたソファが露になる。わたしたちは思わず息を飲んだ。
「あなた方は、彼を捜しに来たのでしょう? 残念ながら、もうすぐその命も尽きるので、あなた方は無駄足になってしまいましたが」
何もかもが手遅れだと、断定的に死を予言したその言葉が、その場にいた人間の怒りを引き出した。
そこには、血を吐いたのか口元を幾筋か鮮血で染めて意識を失ってソファに身を預ける、セドリックさんがいた。
ヴィクター君、合流。でもまた黒歴史を積み重ねています。
せっかく前話がそれなりだったのに、ノアはまた変な方向にふぁーらうぇい。
そして、王家の血を引く上品なゴリラも出没中。
引き続き、次話もご覧ください。