私の大切な友人
本日二話目です。
ジョエルさんの言葉に、マクシミリアン殿下はそっと目を伏せる。
わたしはキッとアレクさんを睨んだ。それをアレクさんは静かに受け止める。
「どういうことですか。セドリックさんが本当に犯人だというんですか?」
「いや。セドリックは、家族を盾に加担させられていた」
セドリックさんは確か、グレンフィル伯爵の庶子だと言っていた。それなら、実のお母さんを人質にされているのか。
「じゃあ、なんでセドリックさんが処罰されないといけないんですか。悪いのはグレンフィル伯爵じゃないですか」
頭では分かっている。いくら脅されていたからといって、実行犯であるセドリックさんはどう足掻いても処罰は免れないと。
「みんな、知っていたんですか?」
わたし以外、誰も人質がいたことに驚かなかった。それは、防げたかもしれないセドリックさんの犯行を、見て見ぬふりをしたということじゃないのか。
わたしはアレクさんを見るけれど、その青い瞳は一切揺るがなくて、その感情を知ることはできなかった。
ただ、少なくとも、セドリックさんが死んでもいいとは思っていないことだけは、何となく伝わった。
「エドワード様は、御存知ですか?」
マクシミリアン殿下とジョエルさんを見ると、スッと目を逸らされた。この二人は対抗派閥だったけど、恐らくエドワード様が知っていることを察している。
次いでアレクさんを見ると、静かに頷いた。
「エドワード様は、セドリックさんの友達じゃなかったんですか?」
この状況を、エドワード様が利用しないはずはない。きっと自分に有利に進めるか、一気に相手勢力を削ぐくらいはするだろう。
だけど、その状況からセドリックさんを外すことは出来たんじゃないのか。効率は良いのかもしれないけど、この状況は選択肢の一つに過ぎなかったはずだ。
ふつふつと怒りが込み上げてくる。権力闘争がそういうものだと言われればそうだが、全てを効率的で完璧なシナリオで仕上げないとならないのか。
そんなわたしの考えが顔に浮かんでいたのか、アレクさんがわたしに問いかけた。
「ノア。エドワード殿下に直接聞いてみるか?」
「エインズワース!」
意外なアレクさんの言葉に、ジョエルさんが止めに入った。それを逆にアレクさんが首を振って制止した。
そして、わたしに重ねて問いかける。
「お前は、どうしたい? エドワード殿下やセドリックを、どうしたい?」
伯爵家に連なる人間や王太子の身柄について、たかが一介の平民の小娘一人に、大層な問い掛けだと思った。
でも、わたしには迷いはない。迷う必要もない。
「わたしは、エドワード様を締め上げてでも、本当の気持ちを聞きたいです。そして、セドリックさんが嫌だと言っても、死なせません」
グッと目に力を入れてアレクさんを見ると、不意にアレクさんはふわっと笑った。
「それなら、行こう」
「エインズワース! 行っても手遅れだろう。それにエドワード殿下が応じるはずがない」
またジョエルさんが止めるが、アレクさんはそれもまた否定する。
「遅くはありません。そこにいる近衛の副隊長と同じく、ノアがいるなら大丈夫です」
何の根拠もないけれど、アレクさんがくれるわたしへの信頼に胸が熱くなる。
その言葉に、マクシミリアン殿下もジョエルさんも口を噤んだ。二人とも呆れや諦めを多少含んではいたが、アレクさんの言葉に賭けてみようという雰囲気になった。
今なら、何故だか馬鹿みたいに自分の力を信じられる。
少なくとも、エドワード様の心を聞いて、本当にセドリックさんを諦められるのか問うことはできる。
それに、不思議とわたしの治癒力が上がっていると確信できた。命のやり取りがある場面で、治癒力は必ず役に立つ。後はなるようになる。
後悔はやることを全てやった後にすればいい。
「お願いします」
わたしが頷くと、アレクさんがクシャッと髪を撫でてくれた。
エドワード様の部屋には、二人のエドワード様の護衛騎士と侍従の人と、神官服を着た若くて綺麗な女性とノエルがいた。イライアスさんは見当たらなかった。思った以上に部屋の雰囲気は重い。
わたしたちが入室すると、全員の目がこちらに向いた。マクシミリアン殿下とジョエルさんも付いて来てくれている。
「ノア! 無事だった! 怪我はない? 何かされなかった?」
「ぐえ!」
真っ先にノエルがわたしに飛びつき、全力で抱き締められた。すごい既視感。一度締め上げた後、全身をくまなく見てわたしの無事を確認した。
それを少し押しのけながら、わたしはエドワード様に近付く。
「マックス、それとジョエル。君たちには色々と話したいことがあるんだ。歓迎するよ」
作り笑いにも見える穏やかな笑顔でお二人を迎えるエドワード様が、わたしにも視線を向けた。少し崩れた笑顔を見せる。
「ノア。無事で良かったよ。すぐに助けてあげられなくてごめんね」
嘘とも思えない言葉に、やはりわたしは違和感を覚える。いつもならば、こんなに分かりやすい表情を作らない人だ。エドワード様の中で、仮面が綻ぶことが起きているのか。
「殿下のご配慮により、エインズワース隊長をお送りいただき、事なきを得ました。ありがとうございました」
一応型通りのお礼を言うと、エドワード様は小さく微笑み返してくれた。
多分、エドワード様はわたしが聞きたいことが分かっていると思う。それを待っていてくれているのか、無言で微笑みながらわたしを見ている。
少し動かずにいたわたしの肩に、大きな手が置かれるのを感じた。振り返るとアレクさんがわたしの後ろに立って、頷いてくれた。
ありがとう、アレクさん。
「殿下。一つお願いしたいことがございます」
「いいよ。今、叶えられることならね」
「わたしを駒として使っていただけませんか?」
「ノア!」
わたしの声を遮ったのはノエルだった。エドワード様は、笑顔のままで何も言わずにわたしの顔を見ていた。
「わたしなら、瘴気を取り込めます。人を操って事を進めるあちらの思惑を、わたしなら崩せます。セドリックさんを犠牲にしなくてもいい途を選べるはずです」
「駄目だ。君が瘴気を浄化できることは、ある程度情報を絞って流している。敵の前に馬鹿正直に晒すつもりはないよ」
笑顔も口調も変わらないが、その声は為政者たる威厳を込めて低くなった。
普段のわたしなら、それだけで委縮していたと思うが、今はもっと大切なことがある。
「わたしは、セドリックさんが大嫌いです。できればピンピンしている状態で、奥歯が飛ぶくらいぶん殴りたいです」
「……それで?」
さすがのエドワード様も、突然わたしが言い出したことが理解できないようだった。
「でも、自分の意思で起こしたのではない罪で死んで、ざまぁみろとは思いません。同じく、操られて訳の分からないまま罪を重ねてしまう人たちも、何とか解放したいです」
冤罪とは言えないかもしれない。でも、だからと言って、自分の意思を曲げられて誘導された罪をそのまま被るのは違うと思う。
「へえ。じゃあ、君が何とかできるの? 得体の知れない瘴気やそれに操られた人たちを? どうやって?」
楽し気に言うけれど、エドワード様が苛立っているのが分かる。
「一つ教えるよ。セドリックは、もうすぐ毒を飲むはずだ。誰にも解毒できない穢毒だと言っていた。それでも、できるって言うのかい?」
ああ。エドワード様は、きっとセドリックさんから聞かされていたんだ。
どんなふうにセドリックさんが何故命を捨てるのか知っていて、もうセドリックさんを救えないと思っているから、これほど苛立っているのか。
でも、わたしだって、何故かは分からないけど、どうしてかそれができると思える。
ふと、わたしは肩に置かれたアレクさんの手から、何かが流れ込むような気がした。
それは、透明なようでいて鮮やかで、奔流のようでいて穏やかに凪いだもの。
いつか、アレクさんに流れ込んだ力が、大きなうねりとなって帰ってきているように感じた。
アレクさんもそれを感じたようで、思わずわたしたちは顔を見合わせた。
「……ドラゴンズクラウン」
ポツリと、目の前のエドワード様が呟くのが聞こえた。
エドワード様の碧眼は、わたしとアレクさんを見つめていて、ご自分で呟いたことに気付いて驚きにその目を瞠った。
ドラゴンズクラウン。
遥か昔、瘴気が今よりも蔓延し、魔獣や魔物が跋扈していた時代。聖なる金竜を従え、大部分の瘴気を浄化し、国を平定した建国王アーサーが持っていたとされる魔力。
アーサー王ただ一人だけが持っていた力で、謎だらけの力だが、その膨大で偉大な力は女神の月すら動かしたと言われている。
「まさか」
自分の呟きに自嘲気味に笑ったエドワード様だったが、その瞳を覆っていた鱗のようなものが剥げ落ち、素のエドワード様が見えたような気がした。
何故あんなことを呟いたのか、わたしもアレクさんも分からないが、殿下のわたしたちを見る目が変わった。
「本当に君にできるというのか?」
ほんの僅か、砂粒ほどもない希望が殿下の瞳に見えた。
それにわたしは答えた。
「この世に〝絶対にできる〟保証は無いと思います。でも、望みもせず行動もしないことは〝絶対にできない〟と言えます。殿下は、どうなさりたいのですか?」
さっきアレクさんに聞かれたのと同じように、わたしはエドワード様に尋ねる。
エドワード様は、一度目を瞑った後、今度はわたしを見て微笑んだ。壊れそうな笑顔で。
「私の大切な友人を、セドリックを、助けてくれるか?」
この世に〝絶対〟はない。
でも、〝絶対できる〟はないけど、〝絶対にできない〟もない。
必ずみんなが笑っている未来を引き寄せるんだ。
「はい、殿下」
わたしが恭しく告げると、エドワード様はいつもの顔になった。
「無事に行っておいで、ノア・アシュベリー」
「はい!」
わたしはエドワード様に答えると、アレクさんを振り返った。アレクさんは何も言わずに頷いてくれる。わたしと一緒に行ってくれるんだ。
「ノア、今度は僕も行く!」
今度はノエルが言う。分かっているよ。
「わたくしも連れて行ってくださいませ」
そう言ったのは、神官服を着た女性だ。年の頃はエドワード様と同じくらいか。
「わたくしはエヴァンジェリンと申します。大神殿で司祭位を賜っております。瘴気が見えるのと多少の聖魔法と治癒が使えます。足手まといにはなりませんので、わたくしも連れて行ってください」
「エヴァは、私の従姉だ。並みの兵士を連れて行くより優秀だよ」
どう見ても深窓の令嬢にしか見えないが、エドワード様が大丈夫というならそうなのだろう。瘴気が見えるのはとてもありがたい。
「よろしくお願いします!」
わたしたち四人で、セドリックさんの下へ向かうことになった。
各所で、コンラッド団長が他の不穏分子を押さえているから、わたしたちは少数でセドリックさんを助け、向かい来るかもしれない瘴気と戦わなければならない。
でも、大丈夫。
「ノア。周りは俺たちに預けて、お前は前だけ見て進め」
アレクさんが、静かだけど力強い言葉をくれる。
「はい!」
欲しい未来を、全部手に入れに行こう!
鬼畜殿下の本音がポロリ。
そして、突然のタイトル回収。
ドラゴンズクラウンの片鱗が出るのか?