強くなる理由は
熊を撃退してから数日経った今、
サリーが唇をプルプルさせて必死に笑いを耐えている。
僕は姉のサリーとくすぐりゲームをしていた。ルールは簡単、五分交代でなんでもあり。先に笑わせた方の勝ちだ。
僕はサリーの脇をくすぐりながら先日の埃の被った書物について考えを巡らしていた。
あれからまた本を調べてみたが、結局、めぼしいヒントは得られなかった。
せっかく元の世界に戻れるヒントではあるが、今の生活に慣れた自分にとって不思議と元の世界に帰れない焦りはなかった。
むしろここの生活が心地よいとすら感じる。ついでにサリーのお腹も心地よい…っとお腹をくすぐっていたところで五分経ってしまったようだった。
「いよいよ私の番ね…」
ニヤニヤしながらサリーが近づいてくる。僕はサリーに押し倒され…ああ…せっかく心地よかったこの世界とももうお別れのようだ…。
サリーに寝転がされた犬のようにめちゃくちゃにされているところでチャイムが鳴った。もうセス君が来る時間か… 熊を撃退した次の日からセス君は毎日うちに来るようになった。
というのも熊を撃退した翌日のこと。セス君がうちに来て僕に剣を教えてほしいと懇願してきたからだ。あの日、セス君はとても感激したらしくお父さんにも僕のことを自慢しまくっていたらしい
僕が熊に勝てたのはおそらくあの夢の…元の持ち主の目のおかげであろう。仕組みなどは分からず、剣も技術があるとは言えない。僕は目のことは伏せ、教えられる技術がないとセス君に伝えた。
それでもセス君は食い下がり、結局、剣の練習相手だけでも付き合うこととなったのだ。
「コート君、今日もよろしくね!」
セス君は僕に挨拶すると僕の準備が終わるまでなんだがそわそわしている。うちに来るといつもこんな調子だ。
準備が終わり玄関を出ようとしたところでサリーが話しかけてきた
「コー!今日は私も付いていっていい?」
「別にいいけ…「いいよ!!」
僕が答え終わるよりも前にセス君が許可を出していた。
剣の練習はいつも村から少し離れた丘の上で行っている。丘へ向かう途中、鼻歌交じりに歩いてるサリーを横目にこっそりセス君に話しかけた。
「もしかしてセス君ってサリーのこと好きなの?」
「え!?なんでわかったの!?」
「いやぁここ数日の様子見てたらねー…記憶喪失前の僕のことは苦手だったって聞いたのに何故か遊びに誘ってたみたいだし」
「ははは…サリアさんには内緒にしといてくれると助かるよ」
そうやって話しているうちに丘の上に着いた。
「それじゃ始めようか」
剣の練習はセス君が攻撃し、僕から一本取れるまでもしくはセス君の体力が尽きるまで行うルールを設けた。僕たち二人は木刀を手に向かい合う。サリーは目を輝かして見ていた。
セス君がフェイントを入れながら仕掛けてくる。僕は目の力を使った。ここ数日の剣の練習は僕の目の使い方の練習にもなっていた。最初のころはうまく使えなかったり長時間使用できなかったりと使いこなせていなかったが、
今では慣れたものである。発動時間も徐々に伸びてきている。僕はゆっくりになった世界でセス君の攻撃を時折木刀で弾きながらかわしていく。セス君も普段から素振りをしているのか鋭い攻撃ではあるが攻撃をあてることができず、そのまま体力が尽きるのであった。
「はぁはぁ…やっぱセス君はすごいや、僕はね、君は将来物語の英雄のようになるんじゃないかと思ってるよ」
「そんな大袈裟な…それにしたってセス君はなんでそんな必死に強くなろうとしてるの?倒したいやつでもいるの?」
「まさか、僕さ、小さい頃に母親が目の前で死んだんだ。狼に食われてね。今でも、目に焼き付いてるよ。その時、僕は何もできないまま母親食われるのを見ていた。何もできないままね。その後、駆け付けたお父さんは子供の僕を責めることはなかったけど、僕は自分を責めた。それからだよ剣の素振りは毎日やってるし、魔術の勉強もした。でもこの前、熊に遭遇した時、僕は何もできなかった。今までの努力はなんだったのかと思ったよ。この先、また同じことを繰り返すのかと焦った。」
セス君はサリーを横目に見ながら強い意思を持って改めて質問の答えを返した。
「僕はいざという時に大切な人を守れるほど強くなりたい。それだけなんだ。」
セス君の強い意志に僕は心を打たれていた。
この世界に来て最初、僕は帰ることを目標にしていたが、今じゃこの世界、この世界に住む人が好きな自分がいる。そして幸いこの世界では僕は強いようだ。僕はたった今、新しい目標を決めた。
「じゃあセス君が強くなるまでは僕がみんなを守るよ」
セス君は尊敬の念がこもったキラキラした目でこっちを見ていた。
僕はなんだが気恥ずかしくなり照れくさそうに笑いながら、帰り支度を始めるのだった。
そうだ、僕は強いんだからみんなを守らなきゃ…




