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ハッピーエンドの向こう側

作者: 弥雨 林

先日小説書きオフ会の時にお互いの小説を読んで校正するという会をやりました。

その時に書いた物を少々リライトしたものです。

この話の主人公として挙げるのは、政略結婚をさせられるアレスという男だ。

時節柄珍しい事では無かった。

戦争一歩手前のこの国を治められるのは、彼と隣国の姫レピシアだけだ。

アレスはレピシアを愛していた。

結婚さえすれば、何もかもが上手くいく……筈だったのだ。


これは――――悲しい恋の話だ。




【ハッピーエンドの向こう側】




「アレス……私、あなたの事好きよ」

「……」


アレスは彼女の告白を聞いても落ち着いていた。

何故なら、続く言葉がある事を知っていたのだから。


「けれど……結婚は出来ない?」

「……ごめん。ごめんなさい」

「謝られても、僕には困る事しかできないよ」


苦い笑顔を浮かべたまま零すと、彼女の頬にほろほろと涙が伝い落ちる。


アレスは小さな国の第一王位継承権を持っていた。

そんなものは欲しくはなかったが、おかげでレピシアと出会えた。

自分だけのものに出来るのならば、立場すら利用したいと思える程に、レピシアが好きなのだ。

……親の決めた許嫁に必死だと揶揄する声は、アレスの耳にも当然届いていた。


レピシアは、アレスの国より少し小さい程の土地を支配する隣国の姫だ。

アレスの国とレピシアの国は、自国の領地を増やそうと必死で足掻いている。

そんな時産まれたのが彼らだった。

王達は政略結婚させる事を迷わず選んだ。

自分の子を渡せば相手の子を手の内に入れる事になる。

無駄な諍いも無くなり、国を大きく出来るだろう。

そして、さも当然のごとく婚約は交わされたのだ。

しかし今。レピシアはアレスとの婚約を破棄したいと言い出した。


「小さな頃から、僕は君を想ってきた。それでは……足りないのだろうか」

「そうじゃないわ! そんな事、無いの……私はすごく嬉し」

「じゃあ何故!? 僕から離れようとするんだ!」


顔を伏せて泣きじゃくる彼女に怒りをぶつけても、何の解決にもならない事は知っている。

アレスにとって、自国の領地も王達の無情な計画もどうでもいい事だった。

恋情とは恐ろしいもので、彼女を手放すくらいならば、いっそ牢獄に捕えていたいと思う程愛している。

歪んでいるのは彼自身百も承知だが、自国よりも自分の為に彼女を傍に置きたかった。


「レピシア……僕は君に無体を強いたくない。君さえ僕の事を受け入れてくれれば、全てが上手くいく」

「私は……私の意思は、あなたには必要ないのね」

「っ!」


パン、と乾いた音が一度部屋に響く。

弾けるような激情でアレスは彼女の頬を叩いていた。


「……君が落ち着くまで、僕は君を閉じ込める。それが君の為だと、いつか分かってくれるよ」

「アレス……! 私はっ」


パチンと指を鳴らすと、従者達が彼女の腕を掴んだ。


「アレス!」

「連れていけ」

「はっ」


責めるような彼女の悲痛な声も無視し、アレスは顔を逸らした。

泣きたいのはこちらの方だ、と瞳を閉じた時。

重いノックの音が響いた。


「誰だ」

「恐れながら申し上げます。レピシア様のお迎えにあがりました」

「不要だ。レピシアは今日からっ……!?」


アレスの顔が強張る。

……扉の向こうに殺気が立ち込めている事に気付いたからだ。

圧されるような気配に、ぎりりとアレスは歯噛みした。


「曲者だ。切り捨てろ!」

「はっ!」


その声と同時に、扉を破壊した爆音が響く。


「っ……何者だ!」


アレスは爆風に向かい叫ぶが、瞬きする間に伸びた腕が手近な燭台を掴み、思いきり振りぬかれた。


「ぐあ!」

「がっ!」


従者二人はまともに直撃をくらい、床に転倒した。

濛々と舞った粉塵の奥から見えた厳つい男の手は、レピシアの手を取り引いていく。

彼女はまるでそれを待っていたかのようにタッと駆け出した。

燭台から燃え移った小さな火が、絨毯に広がる。


「レピシア!!」


――片隅では分かっていた。

今重要な事は、火元からこの城の者たちを逃がす事だ。

しかしアレスは炎で紅く染まった部屋を単身で飛び出した。

男は正体を隠したいのだろうか、大きな蒼い布を頭から被り、レピシアの体を支えるように走る。

廊下には気を失っているのか殺されたのか、護衛兵達が倒れていた。

何物も構わず、ただただ追いかける。

やっと追いつくかと思った時、はめごろしの窓を蹴破り彼女の体を抱きあげて男は飛び降りた。


「っ……! 戦いを避けるとは、なんと卑怯な!」

「火が上がっているぞ! 王子を御護りしろ!!」

「不要だ、役立たずめらが!」


怒りに任せ、叫んだ。

いたずらに煽られたこの憤怒の感情は、次第に正常な思考を奪っていく。

何者なのかも分からず姫を攫われたとなれば、王子であるアレスの醜聞は瞬く間に広まるだろう。


――レピシアだけでも、奪い返さねば。


躊躇しながらも、アレスは男を捕える為……いや、レピシアを捕える為に窓の下へと飛んだ。




「……姫。宜しいのですか? 私は、貴女を不幸にします。ここまで騒ぎが広まった以上、貴女は――」

「いいのよ、私は……王家なんていらないわ。追われるのだって別に構わない。貴方を……愛しているのだから」


城から離れた湖畔で二人は向かい合っていた。

月明りが水面に反射してきらきらと光る。

二人の影がふわりと重なりかけたその瞬間。


「……従者ごときが……」

「!」

「それは、僕のものだ! 貴様如きに奪われるなど、僕のプライドが許さない!」


息を弾ませながら追いついたアレスは、男の顔に見覚えがあった。

レピシアの配下である警護隊に居た者だ。

怒りのまま剣を構えると、男はレピシアをトンと離れさせて一歩前に出る。


「帰って来い、レピシア! さもなくば、その男を僕は殺さなきゃいけない!」

「……」

「アレス……あなたは、そうやって自分の主張ばかり! もう沢山だわ……っ! あなたが愛しているのは私じゃない、あなた自身の婚約者なら誰でもいいのよ!」

「っ……な」


彼女の、凛と訴える眼差しは、もう乾いていた。

アレスの想いは、純粋とは言えない。

所有欲と情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、愛憎の化け物と言っても過言ではなかった。

しかし、レピシアの敵意にも似た感情をぶつけられて、頭を殴られたようなショックが駆け抜けた。


「貴様か……貴様がレピシアを誑かしたのだなぁっ!?」

「っ!!」


アレスが男に斬りかかると、男が抜いた剣に防がれる。

金属同士が弾き合う音が辺りに反響した。


「貴様さえ……居なければ!」


鍔迫り合いから腕力で押し、男に向かい思いきり剣を振り下ろす――……筈だった。

どしんと何かが背にぶつかり、バランスを崩す。

背中が、熱い。

アレスは何が起こったのかも分からないまま、その場に崩れ落ちる。


「あ……?」


膝を折り背後を見れば、涙を流しながら紅く血に塗れたナイフを震わせるレピシアが居た。

あぁ、そうかとアレスは状況を把握する。

カチャンとナイフが彼女の手から滑り落ちた。


「アレス……さよなら」


そして、男の手を取って、レピシアは湖畔を駆け去る。

段々と暗くなっていく視界から完全に消えた後、アレスは血を吐いた。


「ぼ、くは」


聞き手の居ない囁きを、失いつつある意識の中で、投げる。


「きみ、を……」


アレスの声は掠れていった。

唇が小さく動いたが、その後はもう音にならない。

それを汲む者も、誰も居なかった。


湖畔は何も変わらずキラキラと月明りを反射する。

月も星も輝き続けていた。


アレスが最期に想ったのは、レピシアだった。

恨みつらみが消えた時、彼女への純粋で無色透明な想いだけが残る。

彼女に殺されるなら、それが答えだったのだと納得してしまう程、彼はレピシアを愛していた。




これはありふれた物語の裏側だ。

偽りの婚約を捨てて、本当に愛する者と結ばれる。

だが、ぽつんと取り残された相手の事は皆知る由もない。

彼の亡骸の中にはクリアな愛情が含まれているが、誰もその姿を見る事は出来ないのだ。


――……この話は、アレスという青年の、悲しい恋の話である。




***

3136文字

お題:「中世」「戦闘」「悲恋」

お題は「中世」「戦闘」「悲恋」の三つに加え、三千~四千文字でした。

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