この世界のはじまりの村は
あれからボクたちは、充分に落ち着いた後、日が昇るのを待って二人で歩き始めた。結界から出た以上、本当にあそこでずっと居座っているわけにもいかない。目的地は、もちろん話に聞いていた近くの村――の、予定なんだけど……。
「わたしは、やめた方がいいと思います……」
「でも、他に知っている村や町も無いんでしょう?」
「それは……」
ボクらは今、ティアの知る村へと向かってはいた。しかし、そこへ行くかはまだ未定の状態だ。
「どうなってるか、やっぱり確かめてみようよ」
「でも、それだとわたし一人で……」
「ボクが行ってもいいんだよ?」
「そ、それはだめっ……です。危ない、です」
「んー……」
ボクらが悩んでいる理由。
ティアが言うには、エルフの村において、部外者の侵入はご法度なんだそうだ。同じエルフですらもそうで、まして人間なんてもっての外らしい。
それなら駄目じゃないかと、キッパリ諦めたいところ。でも手がかりはその村だけだし、そもそも当時からは何年も時間が経っている。なら、そんな風習が変わっている可能性だってあるはずだ。逆に大して時間が経っていなければ、ティアの事を知っている人が、まだ生きているかもしれない。
それで簡単には諦められずに、こうしてひとまず村へ向けて歩いているってわけ。
それにしても、どこかから精霊やら、妖精やら出てきそうな森だなぁ。元居た世界の木とは、ちょっと違う。知らないだけで、こういう木もあったのかな。半分蔦みたいって言うか……。
……!
そうそう! あんな感じで窓とか付いて、御伽噺みたいに木が丸ごと家になったりしそうな……おお?
「あ、あれ?」
「ティアっ、あれ家!? でも村は、もう少し先って話じゃなかったっけ?」
「はい。そのはずなんですけど……」
何年経ってるか知らないけど、やっぱり当時のままってわけじゃないみたいだね。なら希望はあるな。
「でもそうなると、まだどうするか決まってないのに着いちゃったね。どうしよっか」
「う、うーん……」
これ。村が明らかに変わってるって事だし、きっとますます怖いよね。ティア一人で様子見って線は無しだな。
「やっぱり二人で行こっか!」
「そっ……ぅ……」
うーんこのモジモジとした様子も、ボクの身の事を考えてこうなっている以上、憎めないよねえ。むしろかわいい、いじらしい。それでも迷うってことは、よっぽど不安なんだろうに。
ボクはどうするべきかな。この姿なら、「いいから行こっ?♪」とか言って無理やり引っ張っても、そんなにまずくは無い気がするけど……。
不思議な家の並ぶ村らしき物が見える場所で、ボクらは木陰に隠れ、しばらく悩んでいた。
――ガサリ。
「んっ?」
「っ!?」
ボクの腕に、ティアがひしっと抱きついてきた。
おおぅ……じゃなくてだね。
今、茂みの向こうから音がした。こんな深い森なら、生き物くらいそりゃあ居るとは思う。でもそれが、どんなやつなのかは想像もつかない。
しかも……この音から察するに、結構大きい。
自分で指定しちゃったし、この世界には間違いなく魔物やモンスターの類が居る。村の近くだし、そうじゃないって願いたいけど……。
息を潜め、音のした方向をジッと見つめて身構える。
やっぱり大きい。少なくともボクらより。
でもこの足音って、もしかして……?
そんなボクらの前に、ついに現れたのは――
「はー今日も一日頑張るぞーっと……ん?」
「およ?」
「えっ?」
――“人”だった。
言い間違いなんかじゃない。人、人間。エルフじゃなく、人間のお姉さんがそこに居た。
動きやすそうな袖口の絞られた上下を着て、髪も後ろで一つにくくっている。ボクにとっては見慣れない色だ。ああいうの、赤毛って言うんだっけ。初めて見たけど綺麗なもんだなあ。
なんにせよ良かった。優しそうな人だし、ちょっと色々聞いて――
「な……何やってるの君達!!?」
「ひっ……!」
ティアが恐怖に小さな悲鳴を漏らす。
前言撤回!
いきなりなんて大声だ。しかもそのまま一気に近づいてきて、逃げる間も無く手を掴まれてしまった。
と言うか何今の動き早っ!? 武術の達人か何かか!
「――! っ!」
「だ、大丈夫だよティア」
とにかく、少なくともティアには指一本触れさせない。牽制! 牽制!
「ちょ、ちょっと! 良い子にしなさい!」
「ふんふんっ! ふんっ!」
「……」
これだけ滅茶苦茶に腕を振り回してるのに、か……かすりもしない。ティアのことは守れてるけど、このままじゃまずい。
「もー、暴れないでってばー。本当にどうしたの君たち、こんな格好で……。私が見覚えないってことは、この村の子じゃないよね? えー、何か事件ー?」
……あ、あれ?
ボクは、暴れるのを止めた。
目の前の女性は、最初の優しげな印象に戻っていた。
そ、そっか。あまりの勢いと見幕に押されてびっくりしたけど、最初からどうこうしようってわけじゃなかったのか。今のボクはこんな見た目だし、そりゃ心配すれば、遠慮なしに近づく人も居るよね。いきなり腕捕まれるなんて、元のボクにとっちゃ非常事態(逮捕とか)以外の何物でも無いから、驚いちゃったじゃんか。
そうなると、残る疑問は一点。
「あのー……」
「なあに?」
「こんな格好って……どういうことですか?」
「え」
そんなに変かな。そりゃあボクにとっては違和感くらいあるけ――
「だってこれ、肌着でしょ……?」
「――」
「……」
ボクは思わず固まった。
はだ……ぎ?
それってつまり……下着!?
ボクとティアが着ているのは、上から下まで繫がった、いわゆるワンピースタイプの白い服。てっきりそのまんま、白ワンピだと思っていた。
え、ちょ……ちょっとやだ……。本当に?
でも、ティアは何も言い返さない。気まずそうにただ黙ってる。
こ、これ……確かに薄手の生地だなあとか、質素だなあとか少しは思ってたけど、ええ~~!?
布一枚。何が変わったわけでもない。でもそうだって意識しちゃうと、だってこんなの……。
この女性以外誰にも会ってないと言っても、これまでかなりの時間、それなりの距離、屋外を下着姿でずっと……~~~っ。
それは――
「ちょっと……身体が火照っちゃうねっ」
「ちょっと大丈夫!? 風邪引いちゃった!?」
やば、口に出てた。
そして大丈夫です。ちょっと恥ずかしさに悶えてしまっただけです。
というか神様! 下着で放り出すってどういうことですか! 羞恥プレイですかありがとうございました!?
「とにかくっ!」
ボクと、今度はティアも、女性にガッシリと手を掴まれる。
「今なら起きてる人もまだ少ないはずだから、とりあえず着いてきて」
「……わかりました。お願いします」
「……」
ティアはまだ、戸惑っているようだけど……。
お姉さんは、そのままボクらを引きずって、村の中へと入っていく。
どうやら、路頭に迷うことにはならなそうだった。