異世界始まりますか?3
唐突に始まる修行編!
ここの世界の人たちは、努力で色んなことをできるようになってるって神様が言ってた。ならそれと同じようにして貰ったボクも、当然何でもできるはず! やる気があれば、何でもできる!
「要は結界をぶち破ればいいんだよね!」
「う、うん……」
「じゃあ……イメージしろ」
「い、いめーじ」
よくわかんないけど、ティアはマナを使って魔法を使うって言ってた。ならまずは、自分の力を感じ取れるようにならないとね。自分を支配するのは基本。
その後は、より具体的なイメージで!
「ああおおおおおお炎遁豪炎斬の術ぅうううううう!」
「っ!?」
「108の呪文! バンザガ・ギガザジャドン!!」
「ひゃ」
「ズンチャ♪ イチゴ! もぎれ! 目っからびぃぃぃぃっぃぃむ!!」
「………………」
……。
「何も出ないよ!?」
「そ、そうですねっ……」
あ、あれ。あれれ、おかおかしいですよ。おかしいですよ?
こう何? 兆し……みたいなものすら、全く感じないんだけど?
ティアもなんとも言えない表情してるし、どうしてくれるのこれ。
「あ、あの」
「あ、うん。何……?」
「その、よかったら休憩に……しませんか? お話とか……」
「え?」
休憩って言っても、まだ大して経ってないんだけど……。
「今度は、ジュンさんが居た世界についてとか……どうですか?」
……そっか。多分、ティアがそうしたいんだね。
まあ、そこまで一分一秒単位で慌てなくていいか。
「わかったよ」
「……!」
頬を緩めちゃって、かわいいな。
結界破りは、慌てずに、でも急いでやっていこう。
それから、どのくらい時間が経ったのだろう。
確かに、ここに居たら、そんなの全然わからない。
ティアとのおしゃべりを挟みつつ、全力で結界の解除に取り組む。
「ギィガぁ、バリアぁ……ブレイクぅぅううううう!」
「……」
「はぁ、はぁ……くそっ駄目か」
「い、今のも、漫画やアニメの技ですか」
「まあね。イメージしやすいから。ちゃんと出れば、すごく強い技なんだけどなー」
成果の方は芳しくない。これじゃあそういう力の存在しない元の世界で、アニメの技を叫んでる痛いオタクと変わらない。
まあ? 今のボクは可愛い大人の女の子ですから? そんな姿もきっと愛らしいんだけどねっ。
「はー、外に出るのが待ち遠しいよ。どんなところなのかなー。ねえティア、近くに村とかあるの?」
寝食の確保は重要だしね。ここは、なぜかおなか減らないけど。
「は、はい。一応……。でも……」
「? まああるんだね。楽しみだなあ」
「……ジュンさんは、やっぱりここから出たいんですよね」
「え?」
「こんなに、一生懸命頑張って……」
「う、うんまあ……そうだね」
何だろう?
「やっぱり、目的の為ですか?」
「へっ!?」
やば。ちょっとシリアスに考えてたから、変な声出た。
だってそのーボクの目的ってー……。
「大切な、目的なんですね……」
「ま、まあね」
間違ってはいない。
でも言えない。触手を探しに行きたいなんて言えない。
それに……。
「それにね?」
「?」
「ティアの事、ここから出してあげたいからっ」
「──っ」
「確かに、ティアとは会ったばっかりだよ? でもこうして巡り会っ――」
「ごめんなさいっ!!」
――っれえええええ??
あ、あれっ。涙!?
「ちょ、ちょっと……よしよし、よーしよし」
ノータッチの誓いも忘れ、ティアの頭を優しく撫でる。
というかどういう事なのこれ。ボクが良い感じのことを言って、ティアは感動に打ち震える流れじゃなかったの? この泣き方は違うよぉ。今の反応じゃ、まるで……。
ティアが落ち着くまで、しばらく待って……。ボクは疑問の答えを知った。
「この結界は、わたしにしか解けないんです」
「え」
「あ、あ……本当にっ、ごめんなさ――」
「わああああ待って待って! よしよし、泣かなくていいからね。謝る必要もないんだよー」
変な反応して、また怖がらせちゃったかな。ここはちゃんと、優しく理由を聞いてあげよう。
「どういうことか教えてくれる?」
「あ……」
ポンポンと、背中に手を当ててあやす。もう片方は、頭をなでなでしたままで。安心していいんだよって、たくさんたくさん伝わるように。
「ボク、聞きたいなあ」
「…はい」
ああ、このシーン外からも見たかったなあ。きっと尊いシーンだよ……って違う違う。
「この結界を解くには、条件があります。それは、ここより外の方が、マナの密度が濃い状態であることです」
「それって……」
少しずつティアに質問して、新たにわかったこと。
この結界の役割を考えれば、納得できる内容だった。そもそもこんな結界が必要になったのは、やむを得ない事情があったから。それが簡単に解けてしまったら意味がない。それは、内側からはもちろん、外側からも……。例えばどれだけティアを想う人が居ても、それを許すわけにはいかなかった。だからこの結界の解く鍵は、方法ではなく、条件にされていたんだ。結界内より、外の方がマナが多い。それはすなわち、マナを排出するこの結界が、役割を終えたことを意味する。マナが枯渇していた世界の状況は、改善されたってことになる。ティアの意思によるワンクッションが必要なのは、中で眠りに着けるようにした弊害らしい。それは必要なものだったと思うし、なんとも皮肉な話だ。
「だから、本当はただ願うだけでいいんです。この結界の核であるわたしが……。もし、もうこの結界が必要ないなら、ここは簡単に崩れて、外の世界に出られるはずなんです」
「そうだったんだ……」
「それなのに、ごめんなさい。どうしても、言い出せなくて」
「もー、謝らなくていいって言ってるのに。……怖かったんだよね?」
「――っ!」
ティアの話を聞いてる間、これだけ時間があったんだから想像もつく。きっとティアは、外に出るのが怖いんだ。
自分が封印されてから、どうなったか何もわからない。何年経ったのかすらも曖昧。となれば、家族がどうなったのかも定かじゃない。世界が平和になっていたとしても、願って、もし結界が解けてしまったら……。
そんな世界に、たった一人。
ボクの思い過ごしかもしれない。理由はどれか一つだけかもしれないし、もっと多いかもしれない。思いもつかない理由かもしれない。どの程度かわかるなんて言わない。
でも、不安になる気持ちくらいはわかる。
ティア……。これは、やっぱり悲しい話だよ。
「……試してみます」
「……いいの?」
「はい。わたしも、ずっとここに居るわけにはいかないってわかってました。でも、勇気が出なくて……。いつか外の人達が、この結界を解いてくれるんじゃないかって……」
ティアしか解けないって仕組みごと、いつか外の誰かが、何とかしてくれるんじゃないかと期待してたってことか。それで初めて会った時、ボクが異世界から来たって聞いて残念そうだったんだな。
「でも今は、ジュンさんが居てくれます」
「ティ、ティア……」
潤んだ瞳で、安心したようにボクを見るティア。
やば、なにこれ尊い……。
「だからジュンさん。わたしのこと、ぎゅってしててくれますか……?」
「もちろ――!?」
その時、全ジュンの身体に電流が走った。
「ジュンさん……?」
ボクが、ティアを……ぎゅっ……?
落ち着けしかしながら時間が空けば不安にさせてしまうつまーり時間は無い。こういう時はあれだ。本音と建前を使って自分を騙すんだ。
今のボクは女の子なんだから、女の子を安心させる為にぎゅっとしても大丈夫。
実際には向こうはおばあちゃんだし、こっちも成人してるんだから、安心させるためにぎゅっとしても問題ない。
はず……?
ボクは、ティアを気持ち強めに抱きしめた。
ティアがちゃんと、ボクを感じて安心できるように。
「ありがとう、ございます」
よかった……ホッとした感じの声してる。
ティア、華奢だなあ。そりゃあここに入る前、世界がピンチだったんだから、毎日お腹いっぱいともいかなかったんだろうな。それから、体温は低めかも。エルフは皆こうなのかな。
「……いきます」
「……うん」
(ああ、ジュンさん……。もしここから出られても、ずっと一緒に居てくれますか?)
自分があれほどの気合を持って試行錯誤した事を考えれば、それはあまりにもあっけなく――。
視界にずっと映っていた優しい光が、まるでドットのブロックが崩れるように消えて行く。この空間が、自然のものではなかったんだと実感する。
そして崩れた先には、新しい緑が広がっていた。深い、深い……木々の緑が、優しい夜の光に照らされている。それは、結界に満ちていた幻想的な色合いの代わりに、力強さや荘厳さを感じさせるものだった。
「うん。ここは……素敵な場所みたいだ」
「木々たちが、こんなに……っ」
ぴったりとくっ付いているから、ティアの表情を伺うことはできない。でもきっと、彼女も笑っているはずだ。
やっと、辿り着いたんだな。異世界に……。
すでに異世界転生自体は完了してたってのは、わかってるんだけどさ。それでもほら、やっぱりこうやって、空気に触れて。初めて実感が沸くところがあるじゃない。
まさか、あんな何も無いところで足止めを食らうとは思わなかったよなー。これがアニメなら、変化が無さ過ぎて一話切り待ったなしかもだよー。
だがしかし! これからボクの、夢ある冒険が始まるんですよ!
……。
……すみません嘘です。い、いや嘘ってわけでもないです。
そのー……。総じてこれまでの事が面倒だったみたいな感じで、ボクは一人、無駄に脳内で展開していました。
でも、そんな事あるはず無いよね。ボクがここに来たことで、一人の女の子が助かったんだから。
そう、この……。
……なんでああだこうだと言い訳が長いかと言うとですね。もう諦めるとですね。
ほ、ほへっ……。何この抱き心地……。細身でも、やわらかくて……ずっとぎゅっとしてたいんだけどぉ。
「ジュンさん……」
「ティア……」
ああああああああああ何このかわいい生き物ぉおおおお!!?
ボク必死に本心を隠したよ! やさーしく安心を与える声で名前を呼び返してあげたよ!
あれ。もしかして、ずっとこのままでいいんじゃないかな。
異世界への到着については、もはや今現在どうでもよかった。
ボクらはそのまま、かなりの間、余韻に浸り続けたのだった。