いざ、触手鍾乳洞へ
ボクとティアの、パラレゾを拠点とした生活は続いた。
日々出来そうな依頼をこなして、それに合わせて鍾乳洞までの地理を覚える。何度か往復した今では、もうすっかり見知った場所となった。
そしていよいよ、鍾乳洞の中へと足を踏み入れる。
まずは、噂のバットを一匹でも見かけたら引き返した。その後慎重に観察して、いざ戦闘に入ってみると……予想外の結果が待っていた。
なんと、簡単に倒せてしまったのだ。
それでもティアの注意を聞き、油断せず偵察を繰り返して……。
ボクらはついに、この日を迎える。
早朝。今日と言う日に、まだまだしっかり余裕のあるこの時間。
ボクとティアは、鍾乳洞の前へとやって来ていた。
「いよいよだ……」
「……はい」
少し、いつもより鼓動が早い。期待に……多少は不安もあるだろうか。
「今日は、今までと違って行ける所まで進む。いいよねティア?」
「はい。ですが慎重に……強行突破は禁物ですよ」
「おっけー!」
今日は……とうとう触手に出会える記念日となるかもしれない日だ!
気合を入れてしばらく進むと、さっそく一匹目のバットに出くわした。
「よーし、今日も行くよー……」
「わたしは、周りを警戒していますね」
「ありがとー……んよいしょ!」
高速で飛ぶバット。つまるところ蝙蝠は、素人が狙おうとしても捉えるのは難しい。実物を見た事があるとわかるんだけど、マジで速いんだこいつら。
だから、その居る場所ごと乱す……!
風の魔法で、バットが居る辺り全体に、可能な限り強い乱気流を発生させる。空を飛ぶモンスターにとって、それは地面が歪むのと同じ事。まともに動けなくなるのが道理だ。
――ギッ!?
潰れたような鳴き声。
しばらく魔法を維持して踏ん張れば、この通り。平衡感覚を失い、バットは地面へと衝突。グロッキーと言う訳だ。
「よーし一丁上がり!」
「いっちょー上がり……お疲れ様ですっ」
やっぱり知識は武器だよね。昔台風の日に、なぜか外飛んでた蝙蝠が、落ちてくるの見た事あったんだよ。こいつを火球で撃ち落そうとかやってたら、今頃間違いなくがぶがぶ噛まれてそうだ。
……え? こういう戦い方するなら、結局狙うだの何だのの鬼ごっこ修行とはって?
ティアがかわいかったでしょう? それはそれ。これはこれだよ。
……いやほら、実際魔法に慣れる為にはなったから。
「! ジュンさん」
「了解!」
まあしかし、慣れたと言ってもティアには及ばない。
そこで役割としては、ティアが辺りを照らしたり、索敵したりと細々とした事を全体的に。そしてボクが、風魔法に集中してバットと相対するって形になっていた。
順調順調!
……ではあるんだけど。
「やっぱり、ちょっとかわいそうになっちゃうなあ」
ボク、モンスターとかにも偏見とか無いし。一応この世界のモンスターは、やらなきゃやられる存在みたいだし、スライムでも懲りたから倒してるけどさ。
「かわいそう……ですか?」
「あ……ごめん変な事言って」
「いえ……。でも、わたしはそんな事思いもしませんでした。やっぱりジュンさん、優しいですね」
笑顔が、眩しい。いやこれは、あたたかい……か?
「そんな事無いよ~」
「そんな事ありますよー」
違うんだ。ティアの方がよっぽど良い子なんだよ。
ボクの言うかわいそうなんて、『お前サバンナでも同じ事言えんの?』ってあれなんだよ。
「ボクはほら……。ちゃんと現実が見えてないだけだよ多分。戦争とか、そういうの無いところしか知らないから」
現実を見て、非情にならなきゃいけない事ってあるだろうしね。
「……それなら今度は、こうやって立ち向かえるのがすごいですよ。この世界でだって、こうして自分から戦いに出る事のできる人は少ないんですよ?」
「え、そうなの?」
「はい」
うー……尊敬の眼差しが今度こそ眩しいっ。どうしてか、ボクの事が美化されてない?
でも、そっか。一瞬、魔法を使えるんだし誰でも戦ったり……とか思ったけど、この世界ではそれが普通なんだもんな。前世で、大抵の人が走れるけど、その人達が全員スポーツ選手になる訳じゃないのと同じだ。
それなら……。
別に危険な戦いに行かなくても仕事があるのに、あえてそんな道に行く人は多くないよね。それこそ徴兵とかされて、強制的にでもない限り……。
なるほど、納得だ。
「そういえば……」
「うん?」
「ジュンさんは……どうしてこんな苦労をしてまで、その、触手に……その……」
もじもじと、羞恥の仕草をするティア。その両手は、慎ましく胸の前で合わさっている。
「だ、大丈夫! 質問の意味はわかったから!」
これ以上皆まで言わせないように遮りつつ、この質問にどう答えようか考えたところで……。
ボクは、不思議な事に気付いた。
ティアの問いに対する答えが、わからなかったのだ。