この世界のはじまりの村は8
翌日から、しばらくお仕事の日々が続いた。
なんと言うか、その様子はそれはそれは地味で……。まさに、ザ・小売業って感じ。前世でのバイトの経験が普通に活きたね。むしろ似すぎじゃない? せっかく異世界まで来たのに……。
まあボクの仕事なんて楽なもんだよ。元気に返事して、言われた通りに作業するだけ。バイト様様だね。管理とか、利益がーとかしなきゃいけないシリーさんは、そりゃあ大変なんだろうけど。
そんな訳で、お仕事自体については、ティアの頑張る姿がかわいい以外に、特に語る事も無く……。
ところで、お普通の仕事なら、当然休日もくるよね。
今日は、そんなとある休日だ。
「魔法を、ですか」
「そうそう! 教えて?」
異世界の憧れの一つ、魔法。これに関しては、ボクも例外じゃない。
それに、これから必要なものでもあるしね。
お金もそうだけど、冒険に出るなら戦う手段も重要になる。なんせモンスターが居る世界だ。触手様にたどり着くまでに、変なモンスターから痛い目に遭わされるのは避けたい。
「……そう、ですね」
「あ、あれ……ダメなの?」
予想と違い、ティアの反応がイマイチだ。てっきり快く了承してくれると思ってたんだけど……。
「だめ、と言うより、多分むり……でしょうか」
「えっ……そ、そんなはずは」
この世界、差はあっても皆が魔法を使えるって話じゃ……? ボクも、神様が同じようにしてくれたはず。
「エルフと人の違いです」
「ふむ」
「わたし達エルフは、マナを用いて魔法を使いますが……。人間は、それとは少々異なる力をもって、魔法を行使していると聞いた事があります。魔法の呼び方も、人は魔術と呼ぶとか」
「あー……」
なーるほどーそういう感じー?
確かにそういうのあるよね。わかりやすいのだと、神が神力使ってて、悪魔は魔力使ってるとか。
でもそうなると、えー……どうしよう?
「それでもいいから、とりあえず聞いてみたいな? 似た部分があるかもしれないし」
「そう……ですねっ」
うん。使えなかったとしても、それはそれで興味あるしね。
「えと……ジュンさん、まずマナは感じ取れていますか?」
わーお。根本的な感覚の話が直球で……。
「それって、こうどんな感じと言うか……。感じ取れてるかを確認する方法……みたいなのはある?」
「そ、そうですね……」
や、やっぱり難しいのかな。
「あっ」
「お?」
「あの結界の中と、今この場所で、何か違っていると感じたりは?」
「あそこと、ここで」
「……やっぱり、わからないで――」
「それって、あのあったかくて、ふわーっと身体中をすり抜けてたやつ?」
「すよ……ね。……えっ?」
「え?」
「わ、わかるんですかっ?」
「え、いや合ってるかはわからないけど……」
「ちなみにそれを感じたのは、結界の中で、ですか?」
「う、うん。……え、わからないものなの?」
「……昔、人間はマナを感じ取る事が出来ないと聞きました。間違いない、はずなのですが……」
「ふうむ」
どうなんだろうか。
ボクが思い当たるのは、結界内に居た時感じていたあの感覚。心の底からほんのりあったまるような、身体の中身までもが、直接何かに浸かっているような不思議な感じ。
てっきりあれは結界の効果によるもので、ティアを守る為の力か何かが、満ちてるんだと思ってた。
あれがマナだった……?
「ジュンさんは、異世界の人だから違うのでしょうか」
「その可能性も無くは無い、ね」
でも、こっちの人達と変わらないようにして貰ったはずなんだけどな?
……いや、正確には違った気がする。確か、同じ程度……的な言い方だった。その影響かな? と言うかそもそも、ボクの言ってるのが本当にマナなのか、まだ確定してないんだよね。
「それで、もしボクがマナを感じ取れるなら、魔法が使える可能性はあるの?」
「はい、あります」
「おお!」
これはひとまず嬉しい誤算!
「ちなみにですが、今はマナを感じられますか?」
「え? い、いや感じないけど」
「さすがにそうですか……。結界内は、わかりやすかったですしね」
「え、もしかして今も、この辺りにはマナがある的なやつ?」
「です。結界の解ける条件を覚えていますか?」
「……なるほどね」
結界は、外のマナ密度によって解ける仕組みだった。結界内で感じていたのが本当にマナなら、ここにも満ちているのが道理。
「じゃあ、なんで今はわかんないのかな?」
「それは……上手く言えないのですが……。世界が認識を邪魔しているんです」
んー……?
「も、もう一声!」
「えと、慣れれば平気なのですが……。ここには、こうしてわたし達の立っている地面があります」
「うん」
「水があって、木があって……。それらを目で見たり、においを感じたりできます」
「つまり……そっちがわかりやすい分、マナがわかりにくくなってる?」
「そんな感じです」
なるほど、それで結界内では、余計なものが無かった。認識の邪魔が無かったって訳か。
「結局そうなると……どうなるの?」
「そうですね……」
やっぱり、全くわからないものを理解しようとするって難しいよね。魔法に限らずさ。
なんだかティアに悩ませてばっかりで、ちょっと悪い気がしてきてしまった。これは……。
「ジュンさん」
「うん?」
一度諦めようかと思った時、ティアから声が掛かった。
じゃあ、これでまだ長引くようなら、今日はここまでにするとしようかな。
「その……」
「うん」
「わたしの胸に、手を当ててください」
「――――」
雷鳴。
イカズチだ。
ボクの耳から、頭から。全身にとてつもない衝撃が突き抜けた。
やっばい……。ボクこの世界に来てから、既に前世じゃ絶対に無理だった経験しすぎでしょう?
恋人に、胸さわっていいよとか言われるのとは、また違うんですよ。シリーさんとの入浴と一緒です。細かな差にこだわって下さい。
こんな……こんな台詞、敬語で言われる事ありますか?
ここが二つ目の天国か……。
なんかのスポーツとかの練習でありそう? うるせえ! 今はそうじゃないだろ!
いやいいやいややや、えっと?
「い、いいのかな……?」
「あ、あんまり変な反応しないで下さい! た、確かにわたしも少しはずかしいですけど……。これが一番わかりやすいんですっ」
「ご、ごめんなさい」
でも反応しないのは無理でした。こんな人間ですみません。
「もうっ」
「ああ!?」
油断している間に、ボクは手を取られ、そのままティアの胸に押し当てられてしまった。
「……」
女の子同士が、魔法の練習をしているだけ。
だからこれは合法だ。誰がなんと言っても合法なんだ。
「へ、変な顔もしないでっ。……いいから目を閉じてください」
「は、はい」
「集中して、わたしの胸の中だけを感じてください」
「……」
……じ、自重。……集中。
「ジュンさんがさっき言っていた温かさ、感じる事はできますか?」
「……」
……ティアのぬくもりが認識の妨げになってわかんないけど!?
で、でもティア真剣だし、ボクはこんないい子を泣かせたりは極力したくないし……うぅ。これなら、そこら中にあるらしいマナを感じ取ろうとした方が、まだ集中できる気がする。
ボクは必死に、それはもう必死に邪念を打ち払い、結界の中で感じでいた何かを感じ取ろうと努めた。
「あれ?」
「……」
なんかこれ、明らかに違う。手のひらの先に、前世では感じた事の無い、最近知ったばかりのあたたかさを感じる。
「もしかしてティア……マナを、回してる?」
「! そうです! すごい……本当にわかるんですね」
あ、手離されちゃった。最後にちょっとだけ感触の方に意識を戻したかっ……何でもないです。
「それなら、後は簡単です。マナがどんなものなのか……。そしてどうやって感じ取ればいいのかも、今のでわかったはずです」
「うん」
確かにわかる。曖昧なんだけど、これは多分、なんとなくわかるものなんだ。
臭いや音なんかを、自分の意思で体組織を操って感じ取る訳じゃないのと同じ。メカニズムは科学の知識で知っていても、それを意識して動かしている訳じゃない。
「マナは、この世界にずっとあったんだね」
「そうですよ」
ティアは、優しい表情で笑っていた。ボクがマナを感じ取れた事が、まるで彼女自身も嬉しいみたいに……。
「魔法は、このマナを動かして使うんです。マナはこの世のどんなものでもない、純粋な力の源……。それ故に、どんな事だって出来る。そう、教わりました」
「……そうなんだ」
誰に?
それを安易に聞くほど、まだボクとティアの関係は深くない。
「さっそく、何かやってみてください。最初は大変かもしれませんが、コツを掴んでしまえば、あとは走ったりするのと同じように、できるようになります」
なるほど。今度は逆に、さっきの例えで言えば、意識して臭いを嗅いだり、耳を澄ませたりするようなもんか。
「とにかくやってみるね!」
「頑張ってください」
大丈夫。ボクだって小さい頃は、歩いたり走ったりも出来なかったんだ。それが今では、当たり前に出来るのと同じ……。そういう事だよね、ティア。
イメージ……イメージか。
ここであーんな魔法やこーんな魔法は、さすがにティアに報告出来ないからダメだよね。ティアにかけるなんてもっての他だし。ボクは紳士……ではないなもう。まあいいや心は紳士紳士。とにかくだめ。
なら……。
やっぱりこういう時は、こうかな――。
一つの魔法を決め、マナを動かす。
「あ……」
「うーんいまいち……」
それは、この村に来た日、ティアが見せてくれた魔法。この上なくシンプルな、風を操る魔法。
単純なほど簡単だろうって思ったんだけど…。成功こそしたものの、この程度すら思った通りには行かなかった。そよそよと、うちわで扇ぐより小さな風が吹いただけ。
でもティアは、ボクが魔法を使ったとわかったみたいだ。
「お上手ですよ。ジュンさん」
「イメージ通りには行かなかったけどねー」
「そんな事無いです。初めてでちゃんと使えるなんて、すごいんですよ?」
「そう?」
もしそうなら、日々の妄想の賜物かもしれないな。
「これから練習していきましょう」
「……そうだね!」
風は便利だからね。真似しようとした風弾みたいなの以外にも、色んな使い方が出来る。
何より、イタズラ適性が高い! 風をマスターしたら次は水かな。火? だめだめ! 何が王道じゃえっちな事に使いづらいじゃろうが。せめて熱だな挑戦するなら。
「じゃあ、今日はそろそろ帰りましょうか」
ティアが、自然に手を差し出してくる。
「……うん、そうしよう」
でもボクはその手を、一瞬躊躇ってから握った。
その日の夜。ボクらは仕事から帰ったシリーさんに呼びかけられた。
「二人とも、とりあえずこれ昨日までの分ね。お疲れ様」
「え……」
「いいんですか? まだ数日しか……」
「大丈夫、きっかりその分だけだからね。買いたい物も出てくるだろうし…。あと、ちょうど締め日だったから」
「……それなら」
「ありがとうございます!」
「じゃ、ご飯の準備するよー」
「わたし、先に始めてます」
「ありがとーティア」
ティアが一足先に、台所へと駆けていく。
……今だな。
しかしボクはそれに続かず、着替えに向かったシリーさんを追った。
「シリーさん」
「なあにージュン」
「今日、少しお話いいですか? 二人だけで。出来れば、ティアが寝静まった後に」
「……?」
今日は、魔法を使う事が出来た。
まさかこんなに早く、給金を貰えるとは思ってなかった。
でもおかげで、目処が立った。
なら、なるべく早い方がいい……。