第6話
朝食の玉子焼きに箸を突き刺しながら、的場薫は物思いに耽っていた。
当然、あの夜の事である。
薫は大変な失態を犯した。
『連邦日本軍』の最高機密であるパワードスーツ、『QPS-P04』を強奪されてしまった。それだけに留まらず、強奪した犯人はその場で『QPS-P04』を装着して見せたのだ。
それでも何とか奪い返そうとした薫だが、まるで赤子の手首を捻るように簡単にあしらわれ、背骨を骨折する重傷を負って、犯人を取り逃がしてしまった。
怪我は一緒にホテルで『不死人』掃討作戦を行っていた『ハイヒューマン』によって回復して貰ったが、薫の自尊心等の精神面までは回復する事は無かった。
更に傷口に塩を塗るが如く、『QPS計画』の立案者にして責任者である咲浪霧也大佐に、その場で解雇を言い渡された。軍事機密である『QPS』を奪われたのだ。解雇だけで済んで良かったと思うべきか。
兎も角、『不死人』を倒し人を助けるという薫の生き甲斐は、あの夜の内に『QPS-P04』と共に奪い去られてしまった。
パワードスーツを無くした薫は、もうスーパーヒーローでは無い。ただの冴えない高校生である。
「こら、薫。いつまでご飯食べてるつもり?」
「メグ叔母さん…………」
ぼんやりする薫を叱りつけたのは、栗色の髪を後ろで束ね黄色いチェックのエプロンを下げた薫の保護者の的場恵だった。
まだ三十代前半で叔母さんという歳でも無いのだが、本人が叔母さんと呼んで欲しいと言うことで“メグ叔母さん”と呼んでいる。
因みに苗字は同じだが、血縁関係は無い。
「インターンは終わっても学校はあるんだから、早く食べてしまいなさい」
「うん、ごめんね」
薫は謝罪の言葉を述べながら、玉子焼きを頬張った。
メグ叔母さんは両親の居ない薫の保護者代わりをしてくれている。
中学校に上がり立ての頃、『フリークス』と呼ばれる『不死人』を束ねる組織のテロに合った薫は、そこで両親を一度に失った。両親は銃を乱射する『不死人』から薫を守ろうと盾になり、亡くなったのだ。
それがきっかけで薫は『適性銃器』を手に入れられる『咲浪学園』に入学し、軍のインターンと称して『不死人』の殲滅任務に就いていたのだ。もう二度と、薫の様な悲しむ人を出さない為に。
けど、それももう過去の事だ。
パワードスーツを無くした薫は笑ってしまう程に無力で、無価値な存在となってしまった。もう、『不死人』と戦う事は出来なくなったのだ。
「ご馳走さま。じゃあ、行ってくるね」
「薫、ちょっと待って」
朝食を食べ終え鞄を持った薫は、学校へ行こうと玄関へ向かった。そこでメグ叔母さんに声を掛けられた。
「何?」
「薫はインターンをクビになって落ち込んでると思うけど、私は安心してるの」
メグ叔母さんは薫の頬に片手を当てる。
「隠してるつもりだったんでしょうけど、私は知ってたんだから。貴方が危ない事をしてるって」
「バレてたんだ…………」
『QPS計画』でテストパイロットをし、実地試験と称して『不死人』と命懸けの戦いをしていたことは、軍事機密であること以前に、叔母さんに心配掛けたく無かったから内緒にしていた。
しかし、叔母さんには全てお見通しだったようだ。
「これで、貴方は普通の高校生に戻ったんだから、もう危ない事をしちゃダメよ? 分かった?」
「うん、分かった」
メグ叔母さんは本当によくしてくれている。身寄りの無い薫を引き取り、今まで育ててくれた謂わば母親代わりの人だ。
もう『QPS』も無いのだ。
叔母さんに心配を掛ける様な事はする必要は無い。
薫はそう自分に言い聞かせるように、胸中で呟いた。
「よし。さぁ、行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
薫はメグ叔母さんに挨拶をすると、何処か吹っ切れた感覚で自宅を後にした。