第13話
『不死人』がたむろすると噂される中華料理店の正面玄関を、『QT-RPzB54“パンツァーシュレック”』で撃破した千本木琴乃は、バズーカを量子変換しストレージに戻すと、代わりに『QT-MG42』軽機関銃を取り出し、爆煙漂う店内へ足を踏み入れた。
直後、複数発の爆発音と共に胸部に複数の痛みが走った。『エネルギーシールド』で守られているから大したダメージは無いが、蚊に刺されたように痒かった。
そして口々に「撃ち殺せ」等と喚いている声が聞こえてくる。
「攻撃を受けています、琴乃様」
エコーの効いた女性の声が、インカムから流れてくる。
『エインヘリアルシステム』の人工知能だ。
あの二等兵は人工知能の事を“ターナー“と呼んでいたが、これは全くの別物故に琴乃は“カレン”と名付けていた。
「分かっているわ、カレン。こちらも反撃しましょう。『狙撃モード』起動」
瞬間、爆煙で曇っていた視界の中に、幾つもの人型の姿が見えてきた。
『狙撃モード』で強化した五感が、『不死人』の姿を捉え始めたのだ。
「人間社会の安寧の為に」
琴乃は『MG42』を構えると、右端から横薙ぎにするよう銃撃を開始した。
『7.92×57mm対不死人弾』が独特の射撃音と共に矢継ぎ早に射出され、『不死人』を的確に銃撃していく。やがて五十発のドラムマガジンを空にする頃、動いている敵は居なくなった。
琴乃は『MG42』をストレージの中へしまうと、今度は『QT-MP40”シュマイザー“』を取り出した。
「店内を隈無くチェック。人間であろうと無かろうと動く物があれば伝えて」
「了解しました」
カレンの返答を聞きながら、琴乃は用心深く店内を見渡す。
人類の絶対悪である『不死人』は、生かしては置けない。奴等はゴミだ。いや、それ以下の屑だ。殲滅しなければ、人間社会の安寧を保てない。
ふと、それは本当に自分の思考なのかと疑問が生まれかけた。が、それは唐突な偏頭痛により霧散した。
何を馬鹿な事を考えているのか。
『不死人』の抹殺は千本木琴乃の使命である。いつだって、CIAに居た時から変わりはしない。
「琴乃様、裏口から逃げようとする人間を発見しました」
「愚かな。逃げられると思っているのか?」
琴乃は『シュマイザー』のコッキングハンドルを射撃位置へ持っていくと、「加速」と唱えた。すると、エコーの掛かった声で「Count Start」と流れた。
瞬間、通常の行動を千倍以上の速度で行える『加速領域』に身体と精神が放り込まれ、超人的なスピードで移動する事が可能となった。
そのスピードのまま店の外から裏口へと回ると、今まさにドアを開けて外へ出ようとする中年の男の姿が見えた。店の裏は駐車場となっており、男は自分の車で逃げようと画策していたようだ。
「3、2、1ーーーーTime Over」
『加速』の時間が切れて、ゆっくり流れていた時間が元の速度を取り戻した。いや、高速で動いていた琴乃のスピードが元に戻ったと言うべきか。
どちらにせよ男にしては驚いた事であろう。
先程まで誰も居なかったというのに、いきなり眼前に人が現れたのだから。
「き、貴様、そのナチス親衛隊の姿! 例の『アンデッド』を狩って回っている女だな!?」
「だとすれば、どうなの?」
「た、頼む! 見逃してくれ! 俺は『アンデッド』じゃ無いんだ! ただ『アンデッド』の組織に拠点を提供していただけなんだ! 脅されてたんだ! それにほら、俺には子供が居てーーーー」
見苦しくも男は家族写真を見せ付けて来た。
男と妻子が笑顔で写る写真だ。
胸打つ物では無かった。
「お前は『アンデッド』を匿う他にも『RED SHOT』の売買をし、利益を得ていた。人間社会の安寧を脅かす要因の一つだ」
「待て! 待ってくれ! 助けて!」
「人間社会の安寧の為にーーーー死ね」
琴乃は『シュマイザー』の銃爪を弾いた。
撃ち出された一発の『9×19mm対不死人弾』が、男の眉間を貫いた。男は命乞いをする間抜けな面のまま、仰向けに倒れて事切れた。
暫く蔑みの目を向けていた琴乃だが、カレンに「店内に反応はありません」と告げられ我に返ったように踵を返した。
「そう、じゃあ次の所へ向かおう」
この街のこの地区には『不死人』が大勢集まる。
それは『RED SHOT』という安価で量産しやすい新型麻薬のせいである。
『RED SHOT』とは赤い液状の麻薬で、使用者に多幸感等をもたらす反面、使用者を強制的に『不死人』へ堕落させる悪魔の薬である。
それがこの街を中心に売買され、今では少し裕福な学生が遊び半分で『不死人』と化してしまう時代へとなってしまった。
それを止める為に、琴乃は『不死人』の組織を壊滅させて回っているのだ。
「琴乃様、高速で接近する物体あり。気を付けて下さい」
「高速で? 何が?」
「『ハイヒューマン』です」
カレンが言い終えるより早く、琴乃の前に二人の少年が現れた。
同じ顔をした少年。双子だろうか。
「へぇ、お前がパワードスーツを奪った犯人か。結構、美人じゃん」
「兄貴、さっさとやっちまおうぜ。他の連中が来る前に」
二人は『人類統一連邦日本軍』の制服に身を包んでいるが、明らかに戦闘の素人に見えた。
この二人は戦闘を、喧嘩か何かと勘違いしている節がある。完全に嘗めている。
「あの二人は戸嶋グループ会長の息子の双子の兄弟です。二人とも強力な『ハイヒューマン』ですが、もっぱら遊び歩いているだけの木偶の坊です。悪さをしては親の権力で揉み消しているようです」
「つまり自らの力に驕った『ハイヒューマン』という分けね」
「まさに、その象徴かと」
成る程、今まで親に守ってもらって来たから怖いものを知らないというわけか。
これはとんだ馬鹿に出会したものだ。
しかし、琴乃の使命は”人間社会の安寧を保つ“事だ。こいつらが自らの力に驕った『ハイヒューマン』ならば、やることは一つしか無い。
「何ぶつくさ言ってんの? 取り敢えず俺らの手柄になってくれや!」
次の瞬間、二人は何処からともなく突撃銃を取り出した。
『適性銃器』だ。
しかし、発砲してこない。
何かの罠か、と勘繰ったが、そうでも無さそうだった。
「あ、兄貴、撃つのか?」
「撃つに決まってんだろ! 早く撃てよ!」
「何で俺からなんだよ! 兄貴から撃てよ!」
「うるせぇ! 撃つからちょっと待ってろ!」
何だこのやり取りは。
この二人は実戦経験が全く無いらしく、人間を撃つ事が出来ないらしい。ならば、何の為に琴乃の前に姿を現したのか。
琴乃は溜め息を吐くと、戸嶋兄へ向け『シュマイザー』を構えた。
「お、おい、待て! 俺らを撃つと、親父が黙ってーーーー」
もううんざりだ。
琴乃は『シュマイザー』の銃爪を弾いた。複数の発砲音と共に、『9×19mm対不死人弾』が放たれる。
『対不死人弾』は『不死人』の『不死人因子』を破壊する効果がある銃弾で『不死人』に有効だが、当然、銃弾だけに生身の人間にも効果は変わらずだ。
矢継ぎ早に放たれた『9×19mm対不死人弾』は、戸嶋兄の胸部に殺到する。
「ガーーーーッ!」
「兄貴!」
手加減したつもりは無いが、戸嶋兄は即死する事は無かった。が、防弾ベストすら着ていなかったらしく、肺に穴が空き、そう長く持つ事は無さそうだった。
琴乃は『シュマイザー』の銃口を戸嶋弟の方へ向けた。
それだけで弟は悲鳴を上げ、琴乃に背を向け逃げ始めた。
「逃げられると思って?」
その背中に、今度は心臓を寸分違わず狙い発砲した。
銃撃を受けた戸嶋弟は、派手に転んで事切れた。こちらも防弾ベストを着ていなかったらしい。
随分と過小評価されたものだ。
「これが『ハイヒューマン』? 昨日のとは大違いね」
昨日のように圧倒的な力を持つ『ハイヒューマン』とは打って代わり、この双子はまるで駄目だ。
まだ、スーツを無くした二等兵の方が骨があった。
まぁ、何でも良い。
人間社会の安寧の為に、この双子は殺さなければならない。
琴乃はまだ息絶えぬ戸嶋兄に近寄り、止めを刺そうと頭部に銃口を向けた。刹那、あらぬ方から銃声が響き、『シュマイザー』が弾き飛ばされた。
「何事!?」
琴乃は直ぐ様飛び退き、周囲を見渡す。
しかし、発砲した人物は見当たらなかった。
「狙撃か」
「はい、弾道から狙撃位置を把握。二百メートル西方、雑居ビルの二階からです」
カレンが直ぐに狙撃手の位置を割り出してくれた。
琴乃は狙撃銃である『QT-Kar98K』を取り出し、スコープを覗き込んだ。瞬間、またも銃声が鳴り響き、『Kar98K』に備え付けられていたスコープのレンズが撃ち抜かれた。
弾丸が琴乃の右目を襲う。
幸運にも『エネルギーシールド』が展開されていたお陰で、眼球が少し痛む程度で済んだ。
しかし、何という狙撃能力だ。
僅か二百メートルとは言え、スコープを寸分違わず狙撃するなど並大抵の狙撃手ではない。
「接近する物体あり、注意を」
「また? 今度は何?」
「後方注意」
不意に背後から声が聞こえたかと思うと、反射的に振り返った琴乃の腹部に強烈な回し蹴りが炸裂した。
『エネルギーシールド』を展開していても、体が吹き飛ばされる程の蹴り。壁に激突した琴乃は、咳き込みながら新たな敵を注視した。
ビロードのような黒髪を腰まで伸ばし、誰もが魅了される端正な面持ちをした少女。ブレザー姿をしているが、間違いない。この少女は、昨日、琴乃を圧倒した少女である。