第12話
三科凛子に戸嶋兄弟へ『QPS-P04』への接触は避けるよう忠告して貰ったが、予想通り聞き入れては貰えなかった。
このままでは戸嶋兄弟は『QPS-P04』に搭載されている『対ハイヒューマン』用のシステム、『エインヘリアルシステム』によって殺されてしまうかも知れない。何せあのシステムは傲慢な『ハイヒューマン』を殲滅するようにもプログラミングされているのだ。戸嶋兄弟程の傲岸不遜な『ハイヒューマン』など、格好の的だろう。
三科凛子が的場薫にもたらした情報は、『エインヘリアルシステム』があの女性、千本木琴乃という元諜報員を支配している事を示唆する内容ばかりだった。
『不死人』の殲滅だけならいざ知らず、『ハイヒューマン』である三科凛子を襲ったという行動だけを見ても、『エインヘリアルシステム』は完全に機能している。
三科凛子は日曜の夜、『不死人』の反応を辿ってある暴力団のアジトへ赴いた。が、そこの『不死人』は既に片付けられており、ナチス親衛隊の姿をした女性だけが死山血河と化した事務所に立っていたそうだ。その女性こそ、千本木琴乃だ。
千本木琴乃は三科凛子の姿を見ると、唐突に襲ってきたそうだ。その時、千本木琴乃はこんな事を言った。
「貴様のような傲慢な『ハイヒューマン』は、人間社会の秩序を乱す。人間社会の安寧の為、貴様を排除する」
薫が会った千本木琴乃が発する言葉とは思えない発言に、『エインヘリアルシステム』に乗っ取られていると感じた。
結局、三科凛子が圧倒した為に撤退を選んだ千本木琴乃だが、今回は違うだろう。
薫がもし『QPS-P04』を装着していたら、戸嶋兄弟を殺す手段など直ぐに思い浮かぶ。つまり、あの二人が危険という事だ。
助ける義理は無いが、見殺しにするのは寝覚めが悪い。
薫は三科凛子から情報を受け取った後、直ぐに学園を飛び出しある場所へ向かっていた。
「薫くん、何処へ行くつもりですか?」
「『アンデッド』が出現する場所に行けば、彼女に行き当たると思って。ーーーー別に着いて来なくて良いのに」
「何言ってるんですか? まだ私との殺し合いが済んでいませんよ?」
「あぁ、そうだったね」
適当な場所でタクシーを拾った薫だが、そこに三科凛子が図々しくも相乗りしてきたのだ。
降ろすのも手間だったので、そのまま一緒に目的地まで行くことになったのだが、もしかすると殺し合いをするまで付きまとうつもりなのかと薫は溜め息を吐いた。
さて、二人を乗せたタクシーは、街でも一等危険な地区に入った。運転手もここから先には入りたくないと言うので、仕方無く危険地帯の入り口で降ろして貰い、そこからは徒歩で行く事になった。
「ねぇ、彼女! 俺らと一緒に楽しい事しない?」
この地区は街の中でも際立って治安が悪く、人間の悪党だけでなく『不死人』も大手を振って街中を歩くような場所である。
三科凛子のような美少女が入れば、当然、ナンパの的になるのは目に見えていた。既に三人のチンピラに絡まれている。
「ごめんなさい、今、彼氏とデート中なんです」
出来れば巻き込まれたく無かったが、三科凛子が薫の腕に抱き付いて来たので、否応なしにターゲットとなってしまった。
「こんなガキより俺らと遊んだ方が絶対楽しいって」
「そんな事ありませんよ。だって、貴殿方より遥かに強い方ですから」
またそんな神経を逆撫でするような発言をする。
三科凛子の言葉に気持ち悪い笑みを浮かべる三人のチンピラは、薫を囲んで「じゃあ試してみようじゃん」と言って、各々ナイフやら警棒やらを取り出した。
面倒な事になった、と薫は三科凛子を睨み付ける。彼女はそれはそれは素敵な笑みを返してくれた。
「よう、兄ちゃん。大人しくその女を渡すなら見逃してやっても良いぜ」
「そうしたいのは山々なんですけどね。離れてくれないですよ、これが」
「そうかい。じゃあ、死にな!」
三人が同時に薫を襲う。
正面からナイフ、右から警棒、背後からナイフ。そして左には三科凛子。
誰が一番怖いかは言うまでもなく、三科凛子である。ここで彼女を売ったりすると、後が面倒になることは目に見えていた。
先ず三科凛子を左へ突き飛ばした薫は、地面を転がるようにして左へ避ける。
振り下ろされたナイフや警棒が空を切る音を聞きながら、ズボンのベルトに備えていたヒップホルスターに納めている拳銃に手をやるが、そこには拳銃どころかホルスターすら無かった。
インターンをクビになった時から、拳銃等の銃器は全て取り上げられたのを忘れていた。ただ一つを除いては。
「言っても無駄かと思いますが、君達の行動は傷害罪と殺人未遂って罪に当たると思うけど?」
「知るか、そんなの。良いこと教えてやるよ。俺らが何やろうと、俺らの親が上手く揉み消してくれるんだよ」
「あっそう。なら、ここで怪我してもーーーー」
薫が正当防衛を確認した瞬間、数十メートル離れた場所で爆発が起きた。
何が起きたのかは分からないが、予感はあった。
この爆発は、千本木琴乃が仕掛けた物だ。




