第11話
的場薫は適当に人の居ない教室を見付けると、そこに入り椅子に座って情報を整理し始めた。
田原新助の情報源は、この街の駐屯地で働く士官であった。その士官はあらゆる情報にアクセス出来る状況にあって、所謂ハッキングをして必要な情報を盗み出し外部に漏らしていた。
田原とその士官は昔からの馴染みらしく、特別価格で情報を提供して貰っていたそうだ。田原が要求していた情報は校内掲示板に掲載する重要度の低い物と、薫を売る為のインターンの失敗談だけだったので、士官も気前よく情報を売り渡していたそうだ。
今回、掲示板に載せた情報も、その士官から買った物らしい。
けど、軍事機密として扱われていた情報が校内掲示板に掲載されたのだ。これを由々しき事態と捉えた軍関係者と繋がりの深い教師が、田原に情報源を問い質したそうだ。田原は何とか隠し通そうとしたが、教師は“嘘を見破る”能力を持つ『ハイヒューマン』を連れて居たそうで、結局洗いざらい話してしまったらしい。その結果、情報を漏らしていた士官は間も無く捕まる事となった。
思い返せば田原も気の毒な奴だ。
戸嶋兄弟に脅され薫を売ることに嫌気が差したところまでは良かったが、記事を掲示板に張り出した事で人一人を破滅に追い込んでしまった。その人間が情報を売るような悪人だったとしても。
今回の責任は、生涯彼を苛む事になるだろう。
「振り出しに戻りましたね?」
薫の向かいに座る三科凛子が素敵な微笑を浮かべて言った。
次に薫がどういう行動を取るか、楽しみでならないと言った様子だ。
しかし、田原新助が持つ情報源というのは、薫にとっては何の役にも立たなかっただろう。彼の情報源である士官は、軍事機密を漏洩させていただけで、あの夜の女性の動向を知っていたわけでは無かった。彼女の動向を探ることが出来ない以上、どの道、ハズレカードだったというわけだ。
ならば、次の手を考えなければならない。
あの女性の行動パターンは分からないが、土日の行動からして『不死人』を付け狙っている可能性が高い。遅くても今夜中に行動を起こすだろう。何故なら、この街は他の都市と比べて『不死人』の発生率が高い。それは『RED SHOT』という悪魔の薬が蔓延しているからだ。
だが、彼女が『不死人』の組織を撃滅する理由が分からない。前にも述べたが、薫の所見からは彼女は『不死人』を殲滅するより手玉に取るというイメージだった。
『QPS-P04』を着用した事で、何か心境の変化があったのだろうか。
「さて、薫くんはこれからどうするおつもりですか?」
「分からない。あの人が何故『アンデッド』を狙うのか。そもそも、何処の誰なのか」
圧倒的に情報が足りない。
元々、薫は調査などの訓練は受けていない。ただ命令された事を忠実に行っていただけだ。それもこれも諜報員が裏で画策してくれていたお陰なのだと、今になって身に染みて感じていた。
自ら情報を洗い出し、捜査するなど初めての事だ。しかも、こうまで情報不足に喘ぐはめになるとは。
次の一手が思い付かない。
どうすれば良いのか、全く分からない。
「困りましたね、薫くん。情報を探ろうにも、探る情報が無いのですから」
三科凛子が心底楽しそうにそう告げる。
全く彼女の言う通りなのだが、改めて指摘されるとムカつく。
いや、待てよ。
ふと薫は、とびきりの情報源の在処を思い出した。それと同時に、最悪の展開も思い浮かんだ。
しかし、他に手は無い。
盗まれた『QPS-P04』を奪い返す為には、どの道、彼女を頼らなければならない。背に腹は代えられない、というやつだ。
「凛子さん」
「はい?」
「殺し合いの件、受けて立とうじゃないか」
薫の言葉に、三科凛子はまるで新しい玩具を手にした子供のような無邪気な笑みを浮かべた。
「やっとやる気になってくれましたか! 良いですよ! いつやりますか? 今ですか!?」
「まぁ、待て。殺し合うのは、君が知っている情報を渡してからだ」
「あぁ、そう言う約束でしたもんね」
無邪気にはしゃぐ三科凛子は、一変して不適な笑みを浮かべ、机を挟んで薫の前に座り直した。
「一つだけ、確認しても良いですか?」
「何?」
「薫くんが戦う理由は、『アンデッド』の殲滅の為ですよね?」
「そうだけど?」
「では、何故パワードスーツを奪い返そうとするのです? あの女は『アンデッド』を殲滅して回っています。間接的に、薫くんの望みは叶っているのでは?」
そんな事か、と薫は溜め息を吐き三科凛子の端正な顔を見詰める。
「確かに彼女は『アンデッド』を殲滅しているかも知れない。けど、それは僕から、いや、僕達から奪った力を使ってだ。あの『QPS』が僕だけの力で造った物なら、こんなに意固地になる必要は無い。けど、あれは僕が造った物ですら無い。三人の技術者の血と汗と涙の結晶で造り上げた物だ。そうとも知らずに力を振るい暴れまわっている事が、僕には許せないんだ。そして何より、それを許してしまっている僕自身を許せない」
「成る程、パワードスーツを奪われた責任感からの闘争心ですか」
「そんなところさ。いずれにせよ、あれは素人が簡単に扱える物じゃ無い。一歩間違えれば大惨事になる代物を搭載しているんだ。放っては置けない」
「あのパワードスーツには、そんなに危険な物が搭載されてるのですか?」
薫は一瞬、三科凛子に教えて良いものか迷った。
軍事機密である以前に、何か一方的にこちらの情報を開示しているようで癪でもあったからだ。けれど、黙っていても仕方無い。情報共有と言うことで、薫は口を開いた。
「『QPS-P04』には『対不死人』、『対ハイヒューマン』用にあるシステムが搭載されているんだ。僕は一度模擬戦で使ったんだけど、その危険性から廃止を提案した程の物だ」
「それは一体、どの様な代物ですか?」
「名前を『エインヘリアルシステム』と言って、人工知能が装着者に理想の戦闘行動をトレースするシステムなんだけど、あれはそんなに生易しい物じゃ無い。あれは装着者を消耗品扱いにして、人工知能が代わりに戦闘を行う物なんだ。つまり、操縦の主導権が人間から人工知能に移り、人間はパワードスーツを動かすパーツの一部になってしまうんだ。そこに人間の意思は介在せず、人工知能が有害と見なした物を駆逐する為の戦闘マシンになってしまう。そんなシステムを放っては置けないだろ? まぁ、あの人の能力からして、人工知能に乗っ取られるような心配は無いと思うけど」
「成る程、薫くんがパワードスーツを取り戻したい理由がよく分かりました。しかし、もう手遅れかも知れません」
「手遅れ?」
「私は日曜の夜に、あの女と戦いました。その時の感触として、人間の意識を感じる事は無かったのです。つまり薫くんの仰ったシステムは、既に作動していると思います」
三科凛子は愉しげな微笑を崩さぬまま、薫に最悪な情報を突き付けた。




