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第10話

 あっという間に放課後になってしまった。授業の内容などほとんど覚えていない。

 的場薫の頭の中では、奪われた『QPS-P04』の事で一杯だった。出来るだけ気にしないようにしていたのだが、やはり『QPS-P04』を装着したあの女性が『不死人(アンデッド)』の組織を撲滅して回っているという情報が気になって仕方なかった。

 もう、何の力もない一般市民に過ぎない薫には何も出来ないというのに、奪われた『QPS-P04』を何とか取り戻せないかと画策してばかりだった。

 馬鹿げている、と自分でも思っている。けど、やはり放って置くわけにはいかない。


「薫くん、デートの時間ですよ」


 不意に三科凛子が現れた。

 そう言えば、今朝は結局断る事が出来なかったので、なし崩し的にデートに付き合うはめになったのだった。

 だが、ついさっき断る理由が出来た。


「悪いけど、三科さんーーーー」


「凛子」


「失礼、凛子さん。やっぱり僕はパワードスーツの事を忘れる事は出来ないらしい。デートには付き合えない」


 そう言うと三科凛子はまるで予知していたかのように、「そうですか」とだけ言った。


「まぁ、そう言う人だからこそ、私は気に入っているのです。ーーーーそれで、何処から探るつもりですか?」


「先ずは広報委員会の田原新助に会って、何処で仕入れた記事かを聞き出す。そう言う分けだから、また」


 薫は三科凛子に別れの挨拶を告げると、鞄を持って教室を飛び出した。目指すは広報委員会が拠点にしている教室である。

 しかし、教室を出て数歩、薫は振り返り「何で着いてくるの?」と三科凛子に問い掛けた。


「デートは出来ないって言ったよね?」


「だってそうなると私の放課後は暇になりますので。薫くんに着いていった方が面白いかなと思いまして」


 これはまた水掛け論になる予感がした。

 薫は諦めて溜め息を吐くと、広報委員会目指して歩み出した。

 広報委員会の拠点である教室は、講義棟と実技棟を越えた先の予備校舎の三階にある。まるで学園の喧騒とは隔絶されたかのような静けさの校舎を歩き、薫は三階端の教室のドアの前に立った。

 いよいよ、広報委員会の田原新助と面会する時である。尋問経験は無いが、何とか情報源を聞き出さなければならない。ここは強気で行こう、と胸中に誓った薫は、ノックをせずに勢い良くドアを開いた。

 数人の視線が薫に突き刺さる。

 皆、一様に驚いた表情をしていた。と、その中に見知った顔が二つあった。


「よう、薫ちゃん。間抜けにもパワードスーツを盗まれて、インターンをクビになったんだってな?」


 邂逅早々に嫌味な発言をしてきたのは、薫をいじめていた双子の戸嶋兄弟の兄であった。弟は後ろで笑っている。

 この兄弟は取り巻きと一緒になって、薫の事を毎日袋叩きにしていた。理由は特に無い。ただの暇潰しであった。しかし、戸嶋兄の元許嫁である三科凛子が薫を庇うようになってから、いじめは無くなった。

 てっきり薫に興味を無くしたのだと思ったのだが、どうやら違ったらしい。


「何処でその情報を? 機密事項の筈だ」


「テメェ、偉そうに口きいてんじゃ無ぇよ。またサンドバッグになりたいのか?」


 戸嶋兄が薫に近付こうとした時、三科凛子が庇うように前に立った。


「その場合、先ずは私を倒してからにして下さい。まぁ、倒せればの話ですが」


「チッ、凛子、テメェ…………!」


 戸嶋兄弟は『咲浪学園』に多額の寄付をしている戸嶋グループ会長の息子である為、教師を含め誰もこの兄弟に逆らう事が出来ない。しかし、唯一、人類史上最強の『ハイヒューマン』である三科凛子だけは別である。戸嶋兄弟は一度彼女に勝負を挑んで、簡単に、けれども手酷くやられてしまったからだ。


「クソッ、まぁ良いさ。俺達はこれから軍の仕事があるんでな」


「奪われたパワードスーツを取り返す為に、俺と兄貴が選抜されたのさ。つまり、テメェの尻拭いをしてやるって事だ」


 聞いてもいない事を、ペラペラとよく喋ってくれる。

 言いたいことだけ言うと、戸嶋兄弟は傲岸不遜に教室を出ていった。

 二人が居なくなって安堵したのは、薫だけでは無かった。広報委員会の連中も、脅威が去って安心したという面持ちをしていた。

 薫は一番近くに居た生徒に、「あの二人に何かされたの?」と問いを投げ掛けてみた。すると、その生徒は呆れた様子に「何かされたどころじゃ無い」と言った。


「あの馬鹿兄弟、いつも情報を寄越せってうちの委員を脅すんだ。有益な情報を渡さないと、お前を学園から追い出すとか親を失業させるとか言って」


 戸嶋兄弟の増長はこんな所にまで及んで居たとは思わなかった。

 それで納得した。

 薫の事をいじめていた時、何故か薫の失態をよく知っていた。その情報源はここだったのか。


「誰が情報を?」


「田原だよ。あいつがいつもカモにされて。なぁ、田原」


 田原、田原新助の事か。

 薫は図らずも、目的の人物を特定する事が出来た。

 田原新助は教室の一番奥に座っていて、悔しそうな面持ちで「あぁ」と答えた。


「今日の記事だって、もっと時と場合を選んでから出したかったのに、あの兄弟が的場薫を陥れるネタだからって無理矢理に掲示板に掲載させられたんだ」


「僕を陥れる為に? けど、あの記事には僕の名前なんて一つも無かったけど?」


「もう、うんざりだったんだ…………」


 田原は両の拳に力を込める。


「俺はジャーナリストを目指していて、あらゆるコネを使って情報を集めてるんだ。それをあの兄弟のいじめの道具の為に使われるなんて、もう堪えられなかったんだ」


 成る程、田原新助は戸嶋兄弟の被害者だったのか。

 ずっとあの兄弟に脅されて、薫の不利益な情報を漏らしていたのだ。

 その事に対して薫は憤慨しても良かったのだが、不思議と同情の念が浮かび上がって来た。


「そしたらあいつら、何で的場薫の名前を載せなかったんだって怒鳴り込んで来て…………」


「で、丁度、僕達が現れたってところかな?」


 田原は安堵した面持ちで頷いた。


「あんたらが来てくれなかったら、今頃俺はボコボコにされてたよ」


「それは、良かったね」


 薫と違い、田原は戸嶋兄弟に細やかながら抵抗をした。それは褒めて良いところではある。

 けれど、彼には悪いけど、薫は彼の後ろめたい部分を突かなくてはならない。薫としても不本意だが、情報源を探るため仕方無い事だ。


「田原くん、君が僕を陥れない為にとった行動は素晴らしい事だ。けど、それまでに君は、間接的に僕をいじめていた事になる」


「それは! あいつらに脅されて仕方無く…………!」


「そう、仕方無く、自分の身を守る為に僕を差し出した。そうだろ?」


 田原は俯いてしまった。

 こんな方法は出来れば取りたく無かったが、彼が仕方無く薫を売ったように、こちらも仕方無くこの方法を取らせて貰う。これでおあいこだ。


「田原くん、何も僕は君を責めたいわけでは無い。けど、君は僕に対して償いをしなければならない」


「…………何が望みだ?」


「君が今日、掲示板に載せた記事の出所を知りたい」


「それは、無理だ……教えたくても、教えられない…………」


「どうして?」


「捕まるからだ。俺が掲示板に記事を載せたせいで!」


 予想外の展開に、薫は思わず三科凛子と顔を見合わせた。彼女も意外という面持ちをしていた。


「それはどういう事か、説明して貰える?」


 田原は暫く沈黙した後に、重い口を開いた。

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