第61話「不吉だ」
準決勝、スタート。
土曜日、午前十一時半。晴天。風やや強め。
俺たち本河津高校サッカー部は、春のインハイ予選決勝以来、約半年ぶりに県営サッカー場へとやってきた。部員たちも感慨深げに入場門を見つめている。
俺たちも、とうとうここまで来たのかと。
「サブどっち?」
「あっち」
俺の質問に直登が入場門から外れた方向を指さす。
残念ながら俺たちが今日用事があるのは、すぐ近くにあるサブグラウンド。ラグビー場に最新人工芝を敷き詰めて作った即席サッカーグラウンドだ。
学校の練習場は土だから人工でも芝があるだけマシとも言えるが、何で準決勝という大事な局面でいきなり人工芝なのか。天然芝の会場は空いていなかったのか。大人の考えることはわからない。もしかしたら何も考えてないのかもしれない。
「ずっりいよなあ、春瀬は。準決でもうここで試合だぜ」
菊地がサッカー場の入場門を恨めし気に見ている。
準決勝のもう一試合、春瀬対阿東工業戦はメインのスタジアムで行われる。午後一時に俺たちと同時キックオフだ。これが本大会のグループリーグ最終節なら、八百長を防ぐために同時キックオフの意味もわかるんだけど、高校生のトーナメントで時間を合わせる理由がわからない。誰のアイディアなんだろう。
「あ、キャプテン。あの人」
「え」
黒須の視線を追うと、前髪ピッチリの地元のアイドルアナウンサー、モリエリちゃんこと金森絵梨アナが白ワゴンから降りてこちらに走って来るところだった。
「みんなー、元気ー?」
笑顔で手を振りながら近づいてくる。相変わらず可愛い。
しかし彼女が笑顔であればあるほど、胸にモヤモヤしたものを感じる。それは部員たちも同じようで。
「えっ……と、どうも、ユーワク取材班……なんだけど」
金森アナの表情が固まる。
「あの、みんな、どうしてそんなエジプトの壁画のような目で私を見るの?」
俺も含め、サッカー部男子の目は冷ややかだ。
前回の取材時に「これから決勝まで追っかけて取材する」みたいなこと言ってたのに、肝心の桜律戦には来ず、あろうことか今日の対戦相手である川添西高に乗り換えて取材していたのだ。大人って汚い。それは若くて可愛い女子アナだって同じなんだ。
「あ、ども。お久しぶりです」
一応部を代表して、俺が感情ゼロのあいさつをする。
「川添西の方に行かなくていいんですか?うちにはもう興味ないんでしょう」
金森アナが一瞬気まずい顔になる。ちょっとだけ胸が痛むが、大人なんだからその程度の気まずさは引き受けてもらおう。チームにとって大事なのは、この女の人じゃなくて試合だ。
「そ、そのことなんだけどね、私はすごくみんなのことを推したの!でも統括Pが、一つの学校に絞るより色んな学校をそれぞれ取り上げて対戦を盛り上げていきたいって」
「後からなら何とでも言えますよね」
「でもでも、ユーワクで私がそれをやると、君たちへの裏切りになっちゃうから、別の番組にして、レポーターも変えてほしいってちゃんと頼んだんだよ!信じてよお!」
割と迫真の演技だ。目もうるうるしている。やべえ、可愛すぎて鼻血が出そうだ。
「こら」
ペシン、と背中にスナップの効いた一撃を食らった。このキレは夏希だ。
「痛いな。何だよ」
振り返って抗議すると、夏希はさらにムッとした顔で俺をにらんだ。そして他の男子たちのこともジロリと見回す。みんな目をそらして音のしない口笛をシューシュー吹き出している。
「そういうネチネチした態度はやめなさい。モリエリちゃんだって会社員なんだから、上司の決定には従うしかないでしょ。一年目の人が義理を通すために次の取材先には行かないなんて、そんな主張すること自体なかなかできないんだよ」
働いたこともないくせに、何でそんなことがわかるんだと言いたかったが、怖いから黙っておこう。
「う……う……」
金森アナの目にみるみる涙がたまっていく。
「広瀬さああああんっ!あなただけよ、私の気持ちをわかってくれるのは!」
「わっ!ちょ、ちょっと、抱きつかないでください!人目が」
泣きわめく美人アナウンサーと、赤面する美人マネージャーが抱き合っている。
これは、いいものだ。
芦尾がいつのまにか一番いい角度でスマホ撮影に励んでいる。油断のならないヤツ。
俺は大きなため息をついて、頭をポリポリかいた。
「あー、えーと、金森さん、態度が悪かったのは謝ります。で、今日は何の取材なんですか?」
「ありがとう!許してくれるの!?よかったあ」
涙をふきながら金森アナが笑う。
「えっと今日はね、川添西じゃなくて、春瀬のある選手を取り上げたいの」
うち、川添西ときて、今度は春瀬か。
「……ビッチめ」
「んー?藤谷君何か言った?」
「いえ、何も。取り上げる選手って、やっぱり倉石ですか?」
「ううん、えーっと」
俺が聞くと、金森アナは手元の資料をパラパラとめくり始めた。
高校サッカー部の俺たちでさえタブレットを駆使しているのに、何で大人がいまだに紙を使っているんだろう。変な業界だ。
「そうそう、この子。右サイドバックの谷君!」
「あ、そいつインハイ予選で見ましたよ。後半から出た、すげー足の速いヤツ」
「そう、その選手。ここまでの三試合で6アシストもしてるんだよ」
「そんなにですか」
ただ速いだけのサイドバックだと思っていたが、ちゃんと戦術にハマっているということか。
「谷……?」
ふと見ると、銀次がさっきから難しい顔で考え込んでる。
「銀次、谷と知り合いなのか?」
俺が聞くと、銀次は首をひねった。
「いや、まさかな。たまたまだろ」
「言いかけてやめるなよ。気になる」
食い下がると、銀次はしぶしぶ口を開いた。
「……中学の時、陸上の大会でよく会う選手で西中の谷ってやつがいてな。そいつを思い出したんだ。高校でも会うかと思ってたけど、今んとこ見てねえ。多分、東京の私立にでも行ったんだろ」
「宿命のライバル?」
夏希が面白そうに口をはさむ。
「ライバルってのは勝ったり負けたりするもんだ。俺はそいつに一度も勝てなかったから、こっちからライバルとは呼べねえな」
当時を思い出したのか、少し悔しそうに顔をしかめる。
「向こうはライバルだと思ってたかも」
「どうだかな。そりゃ聞いてみねえと分かんねえ」
そばで聞いていた金森アナが、ノリノリで続ける。
「その子と同一人物かはわからないけど、春瀬の谷君も中学時代陸上部で、高校からサッカー始めたんだよ。軽部君と同じだね」
……何だと。
「金森さん!それって、倉石がスカウトしたんですか?」
まさか倉石が、一年前に俺と同じことを思いついていたのか!?
「藤谷君、それを聞くために今から取材するんだよ」
つい熱が入った俺を、金森さんが笑って受け止める。
「す、すいません。つい」
「いーよー。あ、着いたみたい。じゃあ私たちもう行くね。みんなもがんばって!」
さわやかな笑みを残して、金森アナはクルーと一緒に去っていった。
「……うそだろ」
唐突に、銀次が空を見つめてつぶやいた。
「おい銀次、どうかしたのか?」
視線を追う。テレビクルーが向かう先に、大型バスが到着している。最初に出口から降りてきた青いジャージの選手は、確かに春の決勝で見た右サイドバックの谷だ。あの時は、春瀬の右サイドが後半から観客席と反対側になってしまったので、顔まではよく見えなかった。あんなヤツだったのか。
……鼻から上はイケメンだけど、口元が猿っぽくて残念だ。
それはともかく。
「やっぱり、あいつがさっき言ってた」
「ああ」
銀次はうなずいた。
「春瀬の右サイドバックの谷は、俺が中学の時勝てなかった西中の谷だ」
結局、俺たちは春瀬の選手たちとは顔を合わせることがないまま、今日の試合会場にベンチ入りした。
「お、みんな強そう」
夏希が部員たちを見て笑う。
今日のユニフォームは初めてのセカンドで、黒地に赤いラインだ。川添西が赤一色のユニフォームでホーム扱いなので仕方がない。デザインとしてはなかなか渋い方なのだが、いかんせんいかつ過ぎて、俺には赤同様似合わない。
芦尾には、
「ラフプレーばっかりして一回戦で負ける工業高校の補欠みたいだな」
とボロカスに言われてしまった。悔しいが的確だ。
「藤谷ー!がんばれよー!」
「広瀬さーん!こっち向いてー!」
「ムヒョー!直登様ー!」
準決勝ということで、うちの学校のギャラリーも徐々に増えつつある。放送部の古市も、子安先輩の顔も見える。知り合いの応援ははうれしいが、果たしてその他の野次馬は純粋にチームを応援してくれているのだろうか。
と言っても俺は、常々スポーツの勝敗に観客の存在は無関係だと思っている。つまり、ギャラリーに応援する気持ちがあろうがなかろうが、やるべきことに変わりはないのだ。
「ふむ」
俺はスパイクの紐を結び終えて、芝に一歩足を踏み入れる。
心配していた人工芝は予想よりも完成度が高かった。少しダッシュとストップを繰り返してみたが、特に滑るという感覚は無い。しいて言えば、ジャンプからの着地が少し固いくらいか。
伊崎も芝の上で何度も跳ねながら、
「これ本当に人工なんですか?ほとんど区別つかないですよ」」
とテンションが上がっている。そして、
「俺、人工芝って、弁当に入ってる緑のギザギザがびっしり敷き詰められてるものだと思ってましたよ」
などと言い出した。想像してみる。
「……伊崎、もし人工芝が緑のギザギザ敷き詰めたものだったら、スライディング一回で血まみれだぞ」
「その前に大やけどでしょ」
夏希があきれた顔で言った。確かに。
「伊崎君、あのギザギザはバランっていうんだよ」
こばっちの突然のトリビアに、伊崎が「へー、あれ名前あるんですか」と感心している。こばっちは変なことをよく知っている。
「藤谷」
銀次に呼ばれて振り返る。神妙な顔つきだ。こんな顔は初めて……いや、そういやこないだ、こばっちが好きだと相談してきた時もこんな顔してたな。
「どした?」
「お前、昨日言ってたよな?センターラインはともかく、フル出場組の皆藤、狩井、俺の三人は後半休ませるって」
「おお、言ったぞ。そのつもりだ」
昨日の最終ミーティングで、俺は川添西との準決勝の戦い方をみんなに伝えた。
まず前半にいきなり勝負をかけて、少なくとも二点はリードして折り返すこと。そして点差次第で今までフル出場している選手から三人、後半から控えと交代して決勝に向けて体力を温存すること。
「でも、絶対その三人て決まったわけじゃ」
「俺は後半も出してくれ」
銀次は言った。
「それは……キャプテンの俺が決める」
「頼む。時間がねえ」
「何だよ、それ」
「春瀬の谷だよ。事情は知らねえが、あいつは俺より一年早くサッカーに転向して、春瀬で日本一になった」
「そうだな」
「一年の差が、後半の四十分間で埋められるとは思わねえ。でも今は一秒でもいいから、追いつくために経験値が欲しい。だから頼む」
「うーん」
「もう、負けたくねえんだ、あいつには」
その目には並々ならぬ決意が見て取れた。俺の中に、昔確かに存在した気持ち。負けたくない気持ち。今の俺は取り戻せているだろうか。
「お前……」
言いかけて、俺は大きなため息をついた。まったく、言い出したら聞かないヤツだ。
「わかったわかった。好きにしろ。交代枠は、またその時考える。でもいいか、もし足や体調に何か違和感があったら隠さず言えよ。それが条件だ」
「おお、わかったぜ。ありがとよ」
ニヤッと笑い、銀次はフィールドへ飛び出して行った。
「男だね、銀次君は」
いつのまにか、夏希が隣に立っていた。銀次と狩井がアップのパス交換しているのをなぜか嬉しそうに眺めている。
「何が男だ。ただの負けず嫌いの頑固者だ」
「それは誰かさんも同じ」
「誰だろうな」
雲行きが怪しくなってきた。とばっちりが来る前にアップへ逃げよう。
「それはそれとして」
夏希はそれ以上話を広げることなく、あっさりと話題を変えた。
「それとして?」
「銀次君と紗良ちゃん、何かあったの?」
「何かって?」
俺はシラッと聞き返す。落ち着け。まだネタは割れていない。何か知っていそうな口ぶりは全てハッタリだ。
夏希は口元に拳を当てて、眉間にしわを寄せた。
「何かって言われると困るんだけど。何となく雰囲気がぎこちないって言うか」
「本人たちに聞けばいいじゃないか」
「聞いたよ。でも、何でもないって」
「じゃ、何でもないんだろ。アップ行ってくる」
「あ、ちょっと」
呼び止める夏希を無視して、俺は人工芝へダッシュした。
逃げ切った!
キャプテン同士のコイントスで、俺たちはボールを選んだ。
川添西のセンターバック、日比谷と唐川の三年生コンビは、高さとガッツは十分みたいだが、何度映像を見ても縦のスピードや横の揺さぶりへの対応に難がある。よくこれで準決勝まで勝ち進めたものだ。
キーパーの出久も線が細くて頼りないし、左右のサイドバック、伊勢、虎尾の二人もスピードやテクニックは並だ。ただし、左SBの伊勢には一つ特殊な飛び道具があって、それだけは気を付けたい。
「藤谷」
自陣に戻りかけるところを、川添西のキャプテン瀬良が呼び止めた。俺と同じ二年でキャプテンだそうだが、顔が老けている。ハチマキ巻いてトラックを運転したらさぞ似合うことだろう。
こいつと三年の浜で構成される中盤センターは少し注意が必要かもしれない。とにかくタフな二人だ。
「何だ?」
「こないだ、うちのマネージャーがそちらに押しかけたって、本人から聞いた」
「あ、うん。来た」
少し緊張する。こいつはどこまで知っているのだ。自分とこのマネージャーが、うちの夏希からサッカーを奪ったと知っているのだろうか。
しかし瀬良はバツが悪そうに頭をかいて、
「本人が言うには、小学生の時広瀬さんに面識があって、それを口実にそちらの情報を探ろうとして行ったみたいなんだけどさ。言い訳になるけど、俺はそんな卑怯な指示は出してない。やるなら正々堂々と、正面からぶつかる。それが俺たちの戦い方だ」
と、最後はキッパリと言い切った。
なぜだろう、胸がチクチク痛む。そんなこと言われちゃうと、俺がいつもセコい戦略ばかり考えてるみたいじゃないか。
「そちらの野呂さんも同じ気持ちなんじゃないのか?練習後に正門にいただけで、何もコソコソした動きはしてなかったぞ」
一応フォローしておこう。怒らせて熱くさせる手もあるが、得体の知れない強さを持つチームだ。刺激するのは避けたい。
すると瀬良はパッと嬉しそうな顔になり、あわてて真顔に戻った。
「そ、そうか。そうだよな。野呂がそんなことするわけないもんな。ん?じゃあ、あいつ何でそんなウソついたんだ?それ以前にそもそも何しに行った……?」
一人でぶつぶつ言い始めた。
今の反応でピンときた。こいつまさか、キャプテンの立場でマネージャーのことが好きなのか?何てありがちで分かりやすいヤツ。立場を考えろよ。
「もういいか?俺は君らにどう勝つか、考えるのに忙しいんだ」
瀬良はピクッと反応し、顔を上げた。
「おお、言うなあ。どうやったら勝てるかじゃなくて、勝ち方を考えてるのか?」
「別に君らを見くびってるわけじゃないけどな。うちも決勝会場のサブグラウンドで、すごすご帰る気は無いんでね」
「そりゃお互い様だ。この試合」
瀬良が右手を差し出して、
「勝ちたい気持ちが強い方が勝つ!いいゲームにしよう」
と、俺の大嫌いな精神論をうたいあげた。握手した瀬良の手は大きくて温かくて、俺も同じ気持ちだと信じて疑っていないような力強さを感じた。
苦手だ、この男。
主審のホイッスルがサブグラウンドに鳴り響く。冬馬が俺にパスをして、準決勝が始まった。
相手の2トップ、深浦と岸ヶ谷が前線から早めに詰めて来る。二人とも俺と同じくらいでそれほど大きくはない。深浦はやけに目つきの悪い男で、岸ヶ谷はねずみのような顔をした小柄なタイプ。でも二人ともそこそこスピードはありそうだ。
俺は詰めてきたFW二人に背を向けて、ボールをキープする。黒須が中盤の底から上がって来る。俺はボールを黒須に戻すフリをして、足の裏で真後ろに転がした。体を反転させて二人の間を抜ける。
中盤をドリブルで進むと、浜と瀬良の二人が俺に詰めて来た。俺は左後ろに位置した黒須に今度はボールを預け、前線へ走る。
黒須はダイレクトで左サイドへロングパスを出し、ボールが中盤二人の頭を越えていく。走りこんだ菊地がワントラップしてキープ。そして爆走してきた銀次に縦パスを送る。
銀次は合わせてきた右SB虎尾をかわすように、早めにボールを中へ折り返す。グラウンダーの速いパスが後ろに戻されて、下がりかけていた日比谷と唐川のCBコンビが一瞬中途半端な位置になる。
走りこんだ俺の前にボールが来る。
オフサイドラインの上で、伊崎の体が柔らかく沈んだ。
「行けっ!」
俺はダイレクトでCB二人の丁度真ん中めがけてスルーパスを送る。二人が足を伸ばすギリギリでボールがすり抜け、ゴール右へ向かって伸びていく。冬馬が逆サイドへ斜めに走る。
キーパー出久が前に滑り込む。飛び出した伊崎が、小さなバックスイングからコンパクトなシュートをダイレクトで対角線に放つ。
大振りするな、と口を酸っぱくして練習させ続けたシュート。
ボールはキーパーの頭の上を抜け、ゴール左上に力強く突き刺さった。
「よしっ!」
電光石火の先制点。これはでかい!
「マアアアアアイゴオオオオオル!!!」
モト高の客席が沸き上がる。叫びながら走り出した伊崎を俺たちみんなで追いかける。
脱ぐなよ!絶対脱ぐなよ!
ユニフォームのすそをつかんで葛藤する伊崎を、「あと一枚イエローもらったら決勝出れないぞ!」と脅して何とか回収する。呆然とした顔の瀬良を素通りして、俺は相手ベンチにマネージャーを探した。
野呂さんと目が合う。
彼女は気まずそうに、控え選手の陰に隠れてしまった。
誰にも言わなかったけど、試合前からはっきり決意していたことがある。
夏希からサッカーを奪い、傷つけた女がいるチーム。それを利用するためにわざわざ会いに来た卑劣な女がいるチーム。俺は絶対許さない。
絶対に、ぐうの音も出ないほど圧勝してやると。
川添西高校 0-1 本河津高校 得点 伊崎
「ん?」
自陣に戻る途中、一瞬ピクッと太ももが収縮した気がした。俺はそんなことは意識してやっていない。人工芝を何度か踏んでみる。痛みはない。
「未散、どうかしたか?」
同じく戻りかけていた直登が、目ざとく声をかけてきた。
「何でもない。大丈夫だ」
「そうか」
何か言いたげな様子のまま、直登はゴール前に戻っていった。
足に少しくらい張りが出てくるのは当たり前だ。厳しい戦いが続いているんだから。それに今日は今までで一番楽な戦いになりそうなんだ。
前半十五分。
「おらああっ!」
左サイドからペナルティエリアに切れ込んだ菊地が、雄々しい叫び声を上げて、右足で渾身のシュートを放った。
「あっ!」
俺たちは息を飲んだ。シュートはキーパーの伸ばした手を弾き、バウンドしながらゴールネットに静かに収まった。
川添西高校 0-2 本河津高校 得点 菊地
「よっしゃああっ、初ゴールだぜ!みんな……あれ?」
チームメイトと喜びを分かち合おうと走り寄った菊地を、みんなが微妙な顔で迎える。菊地は不満を隠そうとせず、
「何で喜んでくれねえんだよ!追加点だぞ!俺の今大会初ゴールだぞ!」
と、口をとがらせた。
「お、おお、おめでとう。ナイスゴールだ」
俺は目の下をピクピク引きつらせながら菊地とタッチした。
まずい。
やばい。
「不吉だ」
伊崎がポツリとつぶやく。
「何がだよ!」
「菊地先輩が点を取るなんて、ここから何か最悪のことが起こるんじゃ……」
「俺に失礼すぎるだろ、この野郎!」
悪い予感は当たる。
俺はこの、こばっちが聞いたら全否定しそうな根拠のない言い伝えを、今日ばかりは信じそうになっていた。
太もものけいれんが、さっきよりも頻繁に起きるようになっていたのだ。
つづく
多分しなくてもいい名前の由来解説
出久……デュデク
日比谷……ヒーピア
唐川……キャラガー
伊勢……リーセ
虎尾……トラオレ
浜……ハマン
深浦……ファウラー
岸ヶ谷……キーガン
阿東工業……アトレティコ・マドリード




