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第52話「吸い寄せられるように」

本河津高校サッカー部、テレビで特集される。


そしてちょっとだけ恋の進展。

朝九時。


サッカー部の狭い練習場に、部員全員と先生たちが立っている。みんな、どことなくそわそわしている。

実は私も落ち着かない。


しばらくして、校門から少し入ったところにある駐車スペースに、白い中型のワゴン車が入ってきた。スライドドアが大きな音を立てて開き、様々な機材を持った大人たちがぞろぞろと降りてくる。

「来たな」

未散が難しい顔で腕組みをしている。

「そ、そうだね」

一応返事はするけど、朝から彼の顔がまともに見られない。

私はなぜ、あんなことをしてしまったのだろう。


昨日の帰り道、毛利先生からかかってきた電話に対し、未散は歯切れの悪い返事をしていた。内容を聞くと、テレビ局が私たちを取材したいという話らしい。

目立ちたがりの校長先生が二つ返事ですでにOKを出したようで、私たちに選択の余地は無いみたいだ。未散は「わかりました」と毛利先生に告げて、電話を切った。そして何も言わないまま歩きだした。なので私も、何も言わないまま未散のあとをついて行くことにした。


ずっと下を向いて歩いていた未散は、アパートのドアの前で初めて私がついてきたことに気が付いたようで、

「何でいるんだよ!」

と、とても失礼な驚き方をした。

「悩んでるみたいだから、話し相手がいるかと思って」

私が怒りもせず言うと、少し考えてから部屋に上げてくれた。

「それ、俺の座椅子だぞ」

殺風景な部屋に上がってすぐ、私はバッグを置いて未散の座椅子に直行する。座り心地が最高で、私のお気に入り。彼は必ず文句を言うけど、結局譲ってくれるのだ。

私は聞こえないフリをしつつ、

「それで、どうするの?取材」

と聞いた。

未散はブレザーをハンガーにかけて、テーブルの前に座り込む。そして両手で頬杖をついて大きなため息をこぼした。

「俺としては、やっぱりダークホースとして舐められてる方がやりやすいから、試合前からあまり目立ちたくない」

「うん」

「それに、監督の毛利先生には必ずインタビューがあるだろうし、放送で使われると思う。何を口走るか分からなくて心配だ」

「確かに」

答えて、私はふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

「そもそも何て番組からの依頼なの?スポーツニュース?」

「いや、ユーワクだ」


毎週日曜夕方五時から放送している三十分のローカル番組、『YOU CAN!ワクワクワイド!!』。通称ユーワク。

芸人さんが美味しいお店にロケに行ったり、何かに一生懸命に取り組む地元の人を取り上げたりする情報バラエティ。私が小学生のころから続いている、結構な長寿番組だ。説明するのも恥ずかしいけれど、タイトルの"YOU CAN"は新聞の夕刊とかけている。妹に言われるまで気付かなかったのは内緒。


あれ?放送が日曜夕方で、取材が明日の日曜?


「え、じゃあ何?明日の午前中に取材に来て、その日の夕方に放送する予定なの?」

「みたいだな」

未散が無感動に答える。

何てあわただしい仕事なんだろう。もっと余裕をもって計画的にやればいいのに。

「本当は断りたいんだ」

「できればな。もう無理だけど」


少し黙って、未散がまた口を開いた。

「ガキっぽいこだわりってのはわかってるけどさ。ちょっと結果が出た途端、手のひら返してすり寄って来るのって、嫌いなんだ」

その声のトーンは今までとは少し違って、本当にイヤな感情を吐露しているような迫力があって。

何て答えればいいのか分からず黙っていたけれど、私は未散も知るある人物を思い出した。

「あのさ、さっき言ったでしょ。放送部の古市君が私たちを特集したいって話」

「ああ。そっちはアマチュアだけどな」

未散が気のない返事をよこす。

「あれさ、企画を実現させる条件がベスト8進出だったんだって。だけど古市君はもっと前からやりたかったみたい」

「ほー。結構買ってくれてるんだな」

「その番組の人たちも、同じなんじゃないかな?」

「え」

未散が頬杖を解いて私を見た。私も座椅子の背もたれから上半身を起こす。

「だからさ、ユーワクのスタッフの誰かが、前から私たちに注目しててくれて、今回ベスト8に進んだから企画が実現したって可能性もあると思う」

「うーん」

未散は腕組みをしてうなった。

「その考えは、ちょっとご都合主義すぎないか?他の企画がポシャって急きょ思いついたかもしれないじゃないか」

「そりゃそうだけどさ。でも、校長先生が許可出しちゃったんなら、もうやるしかないじゃない。テレビ局の本当の裏事情なんて、私たちには知りようがないんだし」

「それはわかるよ。だけどさ、桜律の選手の目にも入るぞ。変に対策立てられたりしたら面倒だ」」

まだグダグダ言ってる。堂々巡りだ。

「文化祭の時、不破野さんが言ってた。桜律が個別に警戒する相手は、春瀬だけだって」

不破野さんのマネをしていかついしゃべり方をすると、やっと未散は笑った。

「お、ちょっと似てる」

「どうも。全然うれしくないけど」


未散はひとつ息をついて、勢いよく立ち上がった。

「よし!とりあえずお茶を入れる。こうなったらもう、どういう方向で取材に臨むか、細かく打ち合わせしよう」

「うん」

「まとまったら、お前からみんなに連絡してくれ」

「未散は?」

「終わったらしばらく寝る。今日はかなり疲れた」

よく見ると、未散の目は半分閉じかかっている。考えてみれば、さっき三回戦が終わったばかりなのだ。手短に終わらせて、早く休ませよう。


それから私たちは、明日の取材での方向性を大まかに決めていった。

具体的には、毛利先生には戦術のこと以外なら好きにしゃべってもらって構わないだろうということ。毛利先生がサッカー経験の無いただの顧問だということは、ちょっと調べればわかることだし、たとえ桜律にバレてもベンチで思わせぶりな顔で座っている雰囲気は常に効果的だろう、というのが未散の言い分だ。私もおおむね賛成。インタビューで「僕なんて何もしてませんよ。キャプテンを中心にみんなでがんばった結果です」くらい言ってもらえれば、嘘をつかずに謙虚な監督っぽさまで演出できる、と未散は付け加えた。そこまであの先生に求めるのはどうだろうかとも思うけど。


そして戦術については、とにかく一生懸命走って守った結果、という答えで統一することに決定した。あえてコースを空けてわざとシュートを打たせてカウンターにつなげる、ということまでペラペラしゃべるのは得策じゃない、と。私も同感だ。もっとも、ローカル情報番組のワンコーナーで、マニアックな戦術のことまで聞かれることはまず無いと思う。


私はテーブルにノートを広げ、決まった内容を記入していく。時計の秒針と、シャーペンの芯がこすれる音だけが部屋の中に存在する。書き終えて、私は部屋の主を見る。未散はいつのまにかテーブルにつっぷし、スースー寝息を立てて眠ってしまっていた。


私は立ち上がって寝室に向かう。


ベッドから調達してきた毛布を未散の肩にかけ、枕元にあった四角い目覚まし時計をテーブルの上に置く。そして一時間後にアラームをセット。

未散の隣に座って、私は今日の試合を思い出す。


同点に追いつくきっかけになった、ゴール前でのヒールリフト。リターンのタイミングがずれたボールをあんな形でチャンスにつなげるなんて、思わず鳥肌が立った。


逆転ゴールは菊地君と冬馬に譲ったけれど、三点目の虹をかけたフリーキックも美しかったし、ダメ押しの四点目は伊崎君への絶妙なスルーパス。DFがタテの位置に並ぶように持っていき、ちょうど二人が見合うコースにボールを通した。パスのスピード、タイミング、共に抜群だったと思う。


本人には恥ずかしくてとても言えないけれど、こんなにもセンスにあふれたプレーヤーは私の記憶の中では兄さん以来だと思う。攻撃に限って言えば、割と堅実な兄さんより上かもしれない。そりゃ、相手がプロと高校生じゃ違うのは知ってる。


でも。


私は部屋を見回した。あんなすごいプレーをする選手が、この寂しい部屋で誰からも賞賛されずに一人ぼっちで過ごしている。どちらかと言えば目立つことが苦手な私が、テレビの取材を積極的に押したのは、それが理由でもある。


みんなに、こんなすごい選手がいることを知ってほしい。


自分だけが知っている、というのも決して悪い気はしないけど。でも、じゃあこの孤独な少年は、一体いつ報われるというのか。

「ん?」

何か言ったような気がして、未散の寝顔を覗き込む。ただでさえ童顔なのに、眠って油断している顔は子供そのものだ。

未散の口がモゴモゴと動く。


「……広瀬ぇ……」


びくっ、と体が固まる。


今、寝言で私の名前言った?

夢に出てきてるの?

……どうしよう。


かあっと顔が熱くなる。心臓の音が外へ聞こえそうなほどに忙しく動き出す。

寝る直前まで一緒にいた人間が夢に出るのは珍しいことじゃない。なのに何で、私はこんなにも緊張してるんだろう。

再び未散の口が動く。


「……広瀬ぇ……ごめん」


何で謝る!私、悪夢に出演してるの?

全身の力がドッと抜ける。私はほう、と一息ついてテーブルの上を片付け始めた。


『今日はお疲れさま。ちゃんと晩御飯食べるんだよ。カギはドアポストに入れとく。 優しいマネージャーより』


ノートを破って書置きを残し、私はテーブルの上に無造作に放ってあるアパートのカギを手に取った。

「じゃあね」

返事は無いとわかっているけど、私は一声かけてもう一度未散の前髪をかき上げた。

「……」


そして吸い寄せられるように、私は彼の額にキスをした。


「ひ、ひ、広瀬先輩。ききき来ましたよ、テレビの人」

伊崎君が私のジャージをぐいぐい引っ張る。かなり動揺している。というか痛い。

「引っ張らないでよ。何びびってんの。昨日連絡した通りにすればいいの」

「だってテレビなんて初めてなんですもん!心の準備が!」

そう言ってる割には、髪は整髪料ベッタリで、スパイクも見たことのないデザインの新品だ。


伊崎君だけじゃない。みんなどこかいつもとは違い、ちょっとだけおめかししてるように見える。そして江波先生と盛田先生も、通常の三倍くらい気合の入ったメイクに、とっておきの服を着ている。江波先生は白衣の下に高そうな黒のミニスカスーツ。盛田先生に至っては真っ赤なジャージ上下という、おめかしなのか何なのかわからないチョイスだ。赤は気合いの表れなんだろうか。それともチームのユニフォ-ムに合わせてくれたのかな。


「あっ、来た!モリエリちゃんだ!」


芦尾や菊地君たちもにわかにざわつきだす。


ロケバスから最後に出てきた綺麗な女の人は、モリエリこと金森絵梨かなもり えりアナウンサーだ。今年入社した新人のアナウンサーで、地元のバラエティ番組やお昼のニュースでちょくちょく顔を見かける。兄さんもテレビを見ながら「この子は伸びる」とよくわからない誉め方をしていた。素直に可愛いって言えばいいのに。


バラエティ番組を見る限りでは、芸人さんのノリに巻き込まれていつも困っているようなところが気の毒というか、可愛い。特に男の人はああいう女性が好きなんだろうなと思う。


私は未散をちらりと見やった。ヤツもやっぱり、ああいう可愛いお姉さんが好きなのかな。

パステルカラーの水色の服に、白いふわりとしたスカート。清楚、という言葉がピッタリの装いだ。男子だけなく、紗良ちゃんも「わー、可愛いー」と目をキラキラさせている。私もちょっとドキドキしてきた。普段テレビで見ている人を生で見ることって、今まで兄さんしかいなかったし。


「わざとらしい服選ぶねえ、女子アナは」

江波先生が露骨に顔をしかめ、吐き捨てるように言った。

「出会う男はみんな私に惚れるとか思ってんのよ、きっと」

盛田先生の目も死んでいる。急にどうしちゃったんだろう、この二人は。

「先生たちは、モリエリちゃん嫌いなんですか?」

私が聞くと、江波先生はフッと鼻から息を抜いた。

「広瀬さん、相手は女子アナだよ。好きとか嫌いとか、そういう次元の問題じゃないの」

「はあ」

「ヤツらはただ、敵なの!」

「そう!シーイズパブリックエネミー!」

盛田先生も拳を握りしめて力説している。この二人がこんなに屈折しているとは思わなかった。普段の仕事ぶりに憧れもあっただけに、ちょっとショック。


そばで黙って聞いていた未散が、おもむろに口を開いた。

「じゃあ何で今日来たんですか?確か先生たちは特に呼ばれてなかったと思うんですけど」

二人の先生はピクッと表情を固め、それから未散ににっこりと微笑みかける。

「藤谷君、大人にそういう意地悪言うと、先生たちカメラの前で君の恥ずかしい話を色々しゃべっちゃうかもしれないよ」

盛田先生がにこやかに言った。未散のほほが一瞬引きつる。

「い、いや、やっぱり先生たちが支えてくれたからこそ、ベスト8まで、こ、来れたと思うんですよね。二人とも美人だし、ぜひ出るべきです」

未散が歯の浮くようなセリフをペラペラまくしたて、二人のご機嫌がみるみる直っていく。あの無口でぶっきらぼうだった藤谷未散が、こんなにしゃべるようになるなんて。マネージャーとして成長は嬉しいけれど、人間として薄っぺらくなっていくのはいやだなあ。


「広瀬」

「な、何?」

未散に呼ばれて、自然と視線は彼の額に吸い寄せられる。昨日、家に帰ってから何度も自問したことを今日も思う。


何であんなことしちゃったんだろう。


「みんな緊張してるし、もしかしたら打ち合わせの中身忘れて色々しゃべっちゃうかもしれん。戦術の話が出ちゃったら、放送しないように頼もうと思うんだけど」

「ああ、うん。それがいいと思うよ」

何となく声が上ずる。未散はそんな私を見て、いぶかしげな顔をした。

「大丈夫か?今朝から何か変だぞ」

「そ、そうかな」

「まさかお前」


え、まさか。

あの時起きてた?

スッと血の気が引いていく。


「タレントとしてスカウトされたらどうしよう、とか心配してるのか?」

「そーんなことは思ってない!断じてない!」

よかった。まったく、心臓に悪い。

「未散。顔に何かついてる」

「え、どこ?」

ペタペタと自分の顔を触る未散に近づき、私は額のある地点をペチンとデコピンした。

「いたっ!」

「取れたよ」

「もっと普通に取ってくれ!」

額をさすりながら文句を言う彼を置いて、私はみんなのところへ走った。


心配性の誰かさんに影響されてか、色々考えてしまっていた取材だけど、クルーの皆さんはその道のプロ。特に何事もなく取材は進んでいった。ヒゲのおじさんがかついでいるカメラも、やせたお兄さんが頭上で支えているフワフワのついたマイクも、実際はすごく大きいのだと知った。その分モリエリさんは顔が小さくて細くて、テレビに出る人はやっぱり違うなあと実感する。部員たちの目はすでにハートになっている。


一番最初、もっとも心配していた毛利先生へのインタビューは、

「僕は基本的なことを教えているだけで、チームはキャプテンの藤谷君が中心になってやっています」

と無難な受け答えに収まった。ちなみに「基本的なこと」とは日程とか学校側からの連絡事項をキャプテンに伝える、という意味だ。


その後は練習風景を取りたい、というハンチングをかぶったおじさんの要望で、コーナーキックやシュート練習を少々。こんな練習、普段はやっていない。


「DFがいない状況でフリーでシュート打って何の練習になるんだ」


というのが未散の考えで、うちのシュート練習は最低でもDF役が三人がかりで一人の邪魔をして、その中でシュートを狙う。この時、人の邪魔をして充実した汗をかくのはいつも茂谷君と芦尾だ。


今は江波先生と盛田先生に、モリエリさんがインタビューしている。さっきは敵と言っていたくせに、見たことないような愛想のいい笑顔で「生徒たちのため」「努力の尊さ」「教育者として当然」と、いつもより高めの声でハキハキ答えている。

大人って……。


「ねえ、君。マネージャーさん?」

ハンチングのおじさんが、私に声をかけてきた。

「はい」

「君、大会ポスターの子だよね?いやあ、実物もかわいいねえ」

「あ、ありがとうございます」

「そのジャージ、脱いでもらえないかな?」

「えっ」

私はジャージの前を合わせて一歩後ずさり、目を細めた。おじさんは慌てて手をぶんぶん振る。

「いや、違うんだ!今は秋だけど、スポーツの映像は全体にさわやかで活動的なにしたいんだよ。それに、下に着てるのユニフォームでしょ?マネージャーの女の子もユニフォーム着てるって、すごく欲しい画なんだよ」

「はあ」

さっきから画が欲しいばっかりだ。テレビの人たちって、映像が取れれば中身はどうでもいいのかな。


私は言われた通り、ジャージの上を脱いで赤いユニフォーム姿になった。そういえば紗良ちゃんはどこだろう?心細いからいてほしいのに。


「こんにちは。あなたが広瀬夏希さんね」

モリエリさんがマイクを持ってやってきた。たった今、未散へのインタビューが終わったみたいだ。


近くで見るモリエリさんは、やはりテレビに出ている人という感じで、とにかくあか抜けている。色白で目がパッチリして、肌がキラキラしている。背は私よりちょっと低いくらいだけど、細い体のせいですごく小柄に見える。黒髪をアップにして、前髪はなぜかきっちり揃えている。バラエティでも芸人さんいからかわれていた前髪だ。私は可愛くて好き。


「はい、私が広瀬ですけど」

モリエリさんはニコニコしながら、おもむろに私の右手を両手でつかんだ。

「わっ」

「会いたかったよー。私、あのポスター見て、何て可愛い子なんだろうって一目惚れしちゃってー。あ、でも変な意味じゃないからね」

「はあ」

「それに、東京にいた広瀬春海さんの妹さんなんだよね?私ファンだったのー」

「そ、そうですか。伝えておきます」

おとなしいお嬢様っぽいイメージは、一瞬で崩壊した。何て距離の近い人だろう。それに兄さんのことも知っていたなんて。

いや、未散が聞いたら、

「そんなの、親近感を持ってもらうために一生懸命調べたんだよ」

と冷めきった口調で言うかな。


モリエリさんはちらっとハンチングのおじさんを見て、

「何かセクハラされなかった?あのディレクター、演出に必要っていう口実で、すぐエッチな映像取ろうとするから気をつけてね」

と小声で言った。

やっぱり!

「ジャージ脱いでユニフォームになってくれって言われました」

モリエリさんはチッと舌打ちをした。この時点でもうお嬢様じゃない。

「あのオヤジ!未成年に何やってんの、まったく。広瀬さん、いやだったら断っていいからね?」

そういうモリエリさんの顔は本当に真剣なもので、こういう大人もいるのだ、と私は少し安心した。

「いえ、ユニフォームくらいはいいんです。あの、もう一人小林さんていう女の子がいるはずなんですけど、見ませんでしたか?」

「あそこにいるよ」

モリエリさんが指さす。さっきまで未散にインタビューしていた場所で、紗良ちゃんがカメラマンさんと座って話し込んでいる。

「あの子、カメラとか機材に詳しいのねー。女子高生でメカ好きな子ってめったにいないから、戸部次とべつぎさん喜んじゃって」

あの子は何をやってるんだ、まったく。


その後、私のインタビューためにカメラマンも呼び寄せられ、自動的に紗良ちゃんもついてきた。高価な機材を触れて上機嫌だ。


モリエリさんによる私と紗良ちゃんへのインタビューは、大方予想通りの内容に終始した。マネージャーになったきっかけや、普段の仕事ぶり。ポスターモデルの話。キャプテンはどんな人か、初勝利の時の気持ちなどなど。


テレビを見てる時も思ったけど、どうして「どんな気持ち」なんて聞くんだろう。そんなこといちいち自覚しながら生きてる人なんていないし、いたら自意識過剰だと思う。


最後にモリエリさんは、私と紗良ちゃんを見て、少々意地の悪い笑顔を向けた。

「これだけ可愛い女の子たちが男子に囲まれていたら、部員の誰かさんと恋が生まれちゃったりしませんか?」

ほんの一瞬、二人の間に緊張が走る。私は何食わぬ顔で答えた。

「ボールを追いかけている時はみんなかっこいいと思いますけど、部室で着替えてるところもしょっちゅう見てますから、そういう雰囲気には間違ってもなりません!」


途中から合流した校長先生もインタビューを受けて、

「私は以前から、力不足の顧問による横暴な指導には疑問を持っていて」

なんてことを得意げな顔で語っていた。初耳だ。みんなしらけきった顔で聞き流している。でも一番不快な反応を示しそうな未散が無反応だ。

「ずいぶんキャプテンらしくなったね」

撮影を見ている未散の隣に立って、私は言った。

「何でさ」

「また校長先生とケンカするかと思った」

「しないよ。コーチに言われてるし」

兄さんが?

「何て言われたの?」

「昨日の晩、メールで取材について相談したんだ。そしたら、そろそろ手のひら返す大人が近づいてくる時期だけど、いちいち気にせず味方にしろってさ。どうせ飽きたらまた離れていくって」

兄さん……何て実戦的で冷めたアドバイス。

「直接連絡取ってたんだ。私に内緒で」

「そういう言い方するなよ。男同士は色々あるんだよ」

「色々ね」

「それより、あのアナウンサー」

未散はモリエリさんを見た。露骨に話をそらしたけど、見逃してあげよう。

「何。未散もファンなの?」

「別にファンじゃない。もちろん可愛いとは思うけど、所詮テレビの人だ」

「やせがまんが上手くなったのはいいとして、モリエリちゃんが何?」

「あの人、ただ可愛いだけの女子アナじゃないぞ。すっげー頭いい」

そう言って、未散は鼻をポリポリとかいた。


しばらくの後、無事に全ての取材が終了した。

部員たちはモリエリさんを取り囲んでスマホ撮影大会を開催している。イヤな顔一つせずリクエストに応えている彼女は、やっぱり大人だなあと私は感心した。


「あの」


部員たちが一通り撮影を終えた後、私は勇気を出してモリエリさんに声をかける。

「私も、一枚いいですか?」

モリエリさんはパッと顔を輝かせ、

「もちろん!あ、ちょっと待って顔直すから」

「そのままでいいですって」

スマホをスタッフの人に渡して、モリエリさんと並ぶ。電子音が鳴った直後、彼女は言った。


「広瀬さん。このチームのカウンターは、シュートとパスの通り道をあらかじめ想定しておいて、そこにボールを追い込んで奪うものでしょう?」

「え」


モリエリさんは固まった私に、にっこりと笑いかけた。

「私、スポーツ観戦の時は、戦術的な狙いを考えながら見るのが趣味なの」

「そ、そうですか。でも、いつ試合見てたんですか?」

「一回戦からずっと。春のインハイ予選で、藤谷君のフリーキックがネットに上がったでしょう?それでこの学校のこと覚えてて」

私は突然の告白におののきながらも、意識して背筋を伸ばした。

「モリエ……金森さん、お願いです。そのことは番組で言わないでください。桜律や春瀬ならとっくに気付いていることかもしれません。でも、それでも、はっきり周知されることで、推測から確信に変わって対策を立てられるのは困るんです」

モリエリさんはただでさえ大きな目をさらに広げ、私の肩を叩いて笑った。

「言わないよー、そんなこと。無名校が名門に挑むっていう、燃えるシチュエーションがせっかく実現したのに、水を差すようなことわざわざしないって」

あ、そうか。この人も、やっぱりテレビの人なんだ。

「すみません、疑うようなこと言って」

「ううん。立派なマネージャーさんだね」

言って、急に声をひそめた。

「まだ決定してないからここだけの話ね。今日の放送で評判が良かったら、このサッカー部の特集、連載企画になるかもしれないの」

連載。

「それはつまり、大会で負けるまで追いかけるってことですか?」

「そこは優勝までって言わなきゃ」

「そ、そうですね」

「あのディレクター、自分をギャンブラーだと思い込んでる人でね。最初注目してなかった存在に途中から一枚噛んでいって、さも最初から注目してたみたいに言うのがいつものパターンで」

いるいる、そういう人。

「そういうことだから、週末の準々決勝も会場のどこかでスタッフの誰かがビデオ回してると思うよ。それじゃあね」

そう笑顔で言い残し、モリエリさんは撮影クルーの人たちと一緒に慌ただしくロケバスで去っていった。これから大急ぎで編集作業らしい。将来テレビ業界にだけは就職したくないなあ。


「夏希ちゃん」

みんなで部室に戻る途中、紗良ちゃんが一枚のDVDを見せてきた。

「何、それ」

「桜律の三回戦の試合だって。ヒゲのカメラマンさんがくれたの。午後から視聴覚室で研究会だよ!」

そこまで仲良くなっていたとは。


桜律高校の三回戦を見終わった後、視聴覚室は重苦しい空気に支配されていた。


圧倒的。


その一言しか出てこない。

試合開始から終了まで、ボールを持つ敵を複数で取り囲んで追い込んでいく。FWもDFも関係ない。春とはスタメンの顔ぶれがかなり変わっている。考えてみれば当たり前だけれど、監督が代われば使われる選手も変わる。画面には、あの久里浜もしっかり映っている。認めたくないけど、多分今の桜律で一番上手い。ボールを足元に持つだけで周りとの距離感が変わるのだ。


「完全に春とは別チームだな」

菊地君がポツリと言った。

「藤谷、お前の友達の神威ってイケメン、出てなかったぞ」

芦尾が未散に言った。

「うーん。試合が終わるまで連絡するのはやめようって言ってるから、その辺はよくわからん。単に温存しただけかもしれないし」

未散が腕組みをしてうなる。

「単に外されたんだろ」

両足を机に上げて座っている冬馬が、いかにも興味なさげに言った。私はツカツカと近づき、机の上の足を「えいっ」と払った。

「何すんだよ、テメー」

冬馬がにらんでくる。

「私、行儀悪いの嫌いなの」

「ケッ」

何か言いたげな顔をしつつも、何も言わずに冬馬は足を下ろした。


「これが、対春瀬を考え尽くした桜律の答えなんですね」

紗良ちゃん落ち着いた口調で言う。

「でもよー、八十分間、高校生がずっと走りづめってのは陸上部でもきっついぜ。こいつら普段どんな練習してるんだ?」

銀次君がもっともな疑問をぶつける。

未散が言った。

「スタミナのある選手を選抜して、徹底して走らせたんじゃないか。だから選手の顔ぶれもだいぶ変わってる」

「ついてこられないヤツは、今までの実績もチャラってことか」

「厳しいな」

金原君や梶野君も神妙な顔だ。


でも、と私は頭の片隅に浮かんだ疑問を口にした。

「でもさ、それだけスタミナ重視してたら、テクニックのある選手が控えに回ってるってことは考えられない?昨日の国際大付で一番驚異だった選手は、やっぱり外木場君だったわけだし。それは弱点だよ」

「おお、広瀬先輩冴えてます!」

「盲点!」

「タグホイヤー!」

一年生がやたらと盛り上げてくれる。

恥ずかしいからやめて。

「そんなの、桜律なら得意分野の違いくらいの差だろ。元々上手いのが揃ってたら、スタミナに寄ったって上手いことには変わらねえ」

冬馬がフンと鼻息を鳴らして即座に反論してきた。やなヤツ。

未散が立ち上がって冬馬に言った。

「ケンカすんな。冬馬も、言った先から否定するようなことばっかり言うなよ。色んな角度から見ることで突破口が開けることもあるんだから」

「突破口ね」

冬馬は視聴覚室の大画面をにらみつけた。

「あるのか、そんなもん」


しばらく緊急桜律対策会議を開いた後、私たちはユーワクの放送時間まで練習することにした。キャプテンは試合翌日だから無理しなくていいと言ったけど、みんな桜律の試合を見て、いてもたってもいられなくなったっみたいだ。

冬馬を除いて。


「あんたは練習しないの?」

私の冷ややかな視線を一向に気にする気配も無く、冬馬は部室で帰り支度を始めている。

「今日はテレビのために来ただけだろ」

「そりゃそうだけど」

「直前でバタバタしたって何も変わらねえよ。じゃあな」

愛想が無いくせに、じゃあな、は言うんだ。私はどうでもいい発見をして、エースの小さな背中を見送った。


小一時間ほどセットプレーの練習をして、着替えを済ませて再び視聴覚室にみんなが集まった。『YOU CAN!ワクワクワイド!!』の放送開始だ。家に電話して秋穂に録画も頼んである。家にいるからといって受験生を雑用に使うひどい姉だ。


「始まったー!」


伊崎君がバンザイをして立ち上がり、番組開始を宣言する。即座に「見えない」と座らされた。

番組冒頭のダイジェスト映像で、未散と私のインタビュー映像がチラッと流れる。視聴覚室が一気にざわつきだす。


ふと振り返ると、他の部活の生徒たちも廊下から視聴覚室を覗いていた。盛田先生がドアをガラッと開けて、「はいはい、いらっしゃい」と気前よく招き入れる。

「他の部の連中に見られると思うと、急に恥ずかしくなってきた」

後ろの席の未散が、とても気弱な声で言った。

「私も。さらし者になった気分」

言って、私は立ち上がって島君の前に移動した。

頼れる大きな友人は、一瞬驚いたような顔をした。

「島君、ちょっと隠れさせて」

「承知した」


画面には今日会ったばかりのモリエリさんこと金森アナウンサーが、スタジオでト-ナメント表を指しながら本河津高校の快進撃を伝えている。

VTRに切り替わり、学校の紹介。そのデータの全てが初耳である。我ながらひどい生徒だ。部員たちも、

「へー」

「そうだったんだー」

と関心している。よかった、私だけじゃなかった。


ここでインハイ予選での未散のフリーキック動画。そして昨日の試合のゴールシーンがハイライトで流れる。昨日、勝つかどうかもわからないのに、ちゃんと撮影に来てたんだ。


VTRがインタビューに切り替わり、教室内がやんやと盛り上がっていく。映像は毛利先生をスタートに、「キャプテンはどんな人か」という質問に対する部員全員の答えを細切れにつなげていく、テンポのいい演出だ。


「一人当たりが短けーよー」


菊地君が不満を漏らす。確かに五秒あるかないか。それでも部員と先生たち全員をカバーしてくれている。あのハンチングの人は実はいい人かもしれない。


画面にユニフォーム姿の私が映る。「キャプテンは普段は頼りないですけど、ボールを持つと誰より頼れる人になります」と、精一杯愛想よく答えている。キャプテンには大サービスだ。

後方から「ヒューヒュー」と声があがる。私は島君の陰でさらに小さくなる。


次に未散が映る。ぷぷ。ちょっと緊張してる。

「緊張してますかー?」

モリエリさんが笑いながら、マイクを向ける。

「はい、ええと、かなり」

「ズバリ、キャプテン藤谷君から見た、本河津高校快進撃の理由とは!?」

「そう……ですね」

画面の中の未散は、鼻をポリポリかきながら言った。


「しいて言えば、マネージャーのおかげです」


視聴覚室が沸き返る。

私が振り返った時、未散は茂谷君の後ろに隠れようとしているところだった。


つづく

たぶんしなくていい名前の由来解説


金森絵梨……エリザベッタ・カナリス

戸部次さん……エマニュエル・ルベツキ

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