第51話「バン」
三回戦、決着。
後半が始まって、十分ほど経った。
向こうは同点に追いつかれたのだから、後半開始から一気に攻めてくるのかと構えていたが、案外そんな変化はなかった。むしろ俺へのマークがきつくなっているくらいだ。密着しているのは同じ10番の松内。前半に一度抜いているせいか、俺への視線も当たりも共にキツい。これはやばいのに目をつけられたかもしれない。めったに隙を見せないし、バテない、よろけない。そして何よりしつこい。
「あの、松内さん。俺そんなに得点力無いんで、ちょっとくらいマークゆるめても大丈夫ですよ」
俺の目の前に立ちはだかる松内に、極力愛想よく言ってみる。
松内は笑った。薄い唇が片方上がったので多分笑ったのだと思う。自信は無い。
「お前には前半やられて恥をかいたからな。二度と抜かせない」
ちっ、乗ってこないか。
「でも松内さんが攻撃に参加しないんなら、うちの守備陣は怖くないですね」
大嘘だ。外木場と左右田の2トップは十分怖い。何なら外木場一人でも怖いくらいだ。
「おだててもムダだ。お前、普段そんなにしゃべるヤツじゃないだろう。動揺が見え見えだぞ」
バレてた。
俺は小細工をあきらめ、スタミナが消耗するのを覚悟のうえであちこち動き回ることにした。それでもきっちりついてくる。本当にしつこい。
「ん?」
うちの攻撃が弱まったことに気を許したのか、国際大付のDFラインが少しずつ前に出てきているような気がした。これはインドラの矢のチャンスかも。菊地が言い出した十五分のタイムリミットもそろそろだ。
「キャプテン!」
目ざとい黒須も気が付いた。
俺と最終ラインのちょうど中間くらいに、背後からふわりとしたパスを送ってきた。相手のDFラインがますます前進してくる。
俺は松内を背中に感じながらボールに向かう。浮き球のパスを足元にトラップして、並走するように上がってきた右サイドの皆藤に左足で渡す。
「イイイイヤッ、ホッ」
同点ゴールを決めて本日絶好調の皆藤が、右足を振りかぶる。俺はサッとその場にしゃがむ。
皆藤は目一杯の力をもって、反対側へサイドチェンジのボールを送った。俺の頭上をロングボールが飛んでいく。
ボールが向かう左サイドの浅い位置に、菊地が走りながら合わせに行く。右SBの実松もボールを追う。俺は皆藤を追い越して右サイドへ斜めに走る。実松が追いつく寸前、菊地の右足がロングボールをダイレクトで捉えた。
アウトサイドで蹴られたボールが、弓のような軌道を描いてDFラインとゴールの間へ向かう。山寺が冬馬の背後を取ったままゴールへ戻る。キーパー千賀も前に出てくる。
「とああああっ」
伊崎がDFを置き去りにしてクロスボールめがけてスライディングする。ちょっとだけ高かったボールは、ニアで飛び込んだ伊崎の足を通り過ぎた。
赤いユニフォームの9番が、青と黒の5番の後ろへ回り込む。冬馬を見失った山寺の足が一瞬止まる。
俺の目には背中の9番しか見えない。確信した。あいつは絶対笑ってる。
冬馬の右足がボールをトラップして浮かせる。山寺はとっさに回転して冬馬へ足を出す。冬馬は右足でクロスボールをバウンドさせ、ボールと一緒に山寺を左へかわす。両足を大きく広げた山寺がさらに無理な方向転換を行い、バランスを崩す。そして出てきたキーパーと衝突した。
冬馬は右足を軸に、グルリと回るように左足を一閃させる。
千賀と交錯した山寺をあざ笑うように、ボールは美しい曲線を描き、力強くゴールネットへ突き刺さった。
「よっしゃあっ!」
勝ち越しだ!
俺は両手を突き上げてエースのもとへ走った。
冬馬は言った。山寺を屈辱的な目に合わせてやると。今の状態がDFにとって一番屈辱的かどうかはわからないが、尻もちをついた状態でキーパーと口ゲンカしているセンターバックは、とてもかっこいいとは言えないだろう。
本河津高校 2-1 国際大付 得点 冬馬。
「菊地先輩のせいで一点損したあ!」
「うるせー!お前の飛び込むタイミングがずれてんだよ!」
伊崎と菊地の口ゲンカを聞き流しつつ、自陣に戻る。
約束通り、菊地にはもうしばらくがんばってもらおう。守備は期待できないから、いずれ交代する予定だが。
戻りながら考える。もし俺たちが1-2のスコアになったら、どう攻めるだろう。攻めるフリをしつつカウンターを狙うという基本線は変わらないにしても、やはり少しは攻撃に重きを置くかもしれない。虎谷監督もそうするだろうか。しかし一点勝ち越したといっても、俺たちは外木場を完全に押さえているわけじゃない。スキを見せればいつでも一点取られそうな怖いFWだ。もしあんなのがもう一人交代で出てきたらどうしよう。
国際大付のキックオフで試合が再開する。
結論から言って、虎谷監督は逆転されたからといって戦い方を変えるような監督ではなかった。前からの守備をしっかりとして、こちらにこれ以上のチャンスを作らせないやり方を再び通してきたのだ。意図はわからないが、一点リードしている側としては正直助かる。
しばらくこれと言って動きの無い展開が続き、後半十五分。
ボールがサイドラインを割って、主審がゲームを止める。その後俺は自分の目を疑った。
国際大付のベンチ前に交代選手と、交代ボードを持った審判が立っている。
OUT 16
IN 13
16番って、まさか。
「……ふざけんなよ」
俺が何か言う前に、マークについていた松内が舌打ちとともにつぶやいた。
何で外木場が交代なんだ?国際大付で一番警戒しなきゃいけない選手なのに。わざわざ引っ込めるなんて、考えられない。
俺はさりげなくDFラインに近づき、直登を手招きした。
「何?」
直登も国際大付ベンチを見ながら小走りでやってきた。
「何で外木場なんだ?俺にはわからんぞ」
「推測だけど」
と、直登はベンチに向かって不満げに歩いていく外木場を見ながら言った。
「彼は試合中、前線からの守備というものをしない。虎谷監督は、逆転された原因を彼に求めたのかもしれない」
「なるほど」
それならわからんでもない。確かにDFからボールを運ぶ時、前からのプレッシャーがゆるめで割と好きなように展開できていた気もする。でもこれは公式戦だ。負けたら終わりのトーナメントだ。試合を決める力を持つ選手をわざわざ引っ込めるなんて正気じゃない。
「直登、あの13番は確か中盤だ。でも外木場の位置に入ってきたら、守備に専念してくれ」
「中盤に入ったら?」
「ガンガン上がれ」
言うと、直登は心底嬉しそうに笑った。
「了解、キャプテン」
外木場の代わりに入った13番は須田浩二というガッチリした3年生MFだった。背はさほど大きくないが、顔が四角くてゴツい。入るなりにダッシュで中盤の底に向かっていく。あの監督、一点リードされた状態で上手いFWを下げて中盤強化してきた。
アホだ。
試合が再開する。リベロの直登が満を持して攻撃に顔を出してきた。連動して黒須の行動範囲も前に行く割合が増えてきて、少しずつだが伊崎と冬馬にもパスが通り始めた。
CBの山寺はさっきの失態がよほどショックだったのか、動きに精彩が無く、前半抑え込んでいた冬馬に翻弄されている。
虎谷監督はライン際で頭を抱えて飛び跳ね、線審に下がるよう注意されている。
追加点を狙うなら、今なんだけど。
「あっ」
後半二十分すぎ。ペナルティエリアやや外で、伊崎が倒された。主審のホイッスル。
「未散」
直登が走ってきて、俺の背中をポンと叩いた。
「決めてやれ」
俺は黙って顔をしかめた。簡単に言ってくれる。こちとらフリーキックが大スランプだというのに。
「キャプテン」
フリーキックの場所に、伊崎がボールを持って笑顔で待っていた。
「せっかくファールもらったんですから、ビシッと決めてくださいよ!」
そう言って俺にボールを投げる。
「そう簡単にいくか」
俺はボールを受け取り、ため息をついた。まったく、みんなして同じことを言いやがる。
ボールをゴール正面やや左にセット。距離は二十メートルちょっと。目の前には国際大付の青と黒の壁が四枚。山寺もいる。壁の無いエリアには千賀が軽いフットワークでチラチラ姿を見せている。
俺は何となく、ベンチに視線を向ける。
「……うわ」
立ち上がった広瀬が両手を組んで、口元に押し付けている。あれはどう見ても祈っているポーズだ。
俺は両腕を交差させて気合を入れる。
好きな女の子に祈られたりしたら、がんばるしかないじゃないか。
右足で芝を二度踏みつける。まだ少し濡れている。空にはまた雲が出始めて、ちょうど太陽を隠す位置にきていた。
壁と同じライン上で、直登と金原が相手DFとポジションの取り合いをしている。俺から見てゴール左サイドで合わせられる位置。俺はキーパーの顔を見つつ、左サイドの味方の位置を、チラチラと何度も視界に入れる。
主審がホイッスルを吹いた。国際大付の壁がピリッと引き締まる。
左足を一歩踏み出す。
確かに一番いい時の落ち方はなぜかしなくなった。
右足を振りかぶる。
それでも、試行錯誤の中で気が付いたことはある。
右足のインサイドでボールをこすりあげる。
例え理想の落ち方をしなくても、近い距離なら駆け引きとコントロールで十分勝負になるってことを。
いつもより軽めに蹴ったボールが壁の頭上を越えて左へ曲がっていく。キーパー千賀は一瞬、反対側に動いて慌ててボールに向かう。わざとらしく左ばかり見て勝手に深読みしてくれることを期待したが、まんまとかかってくれた。
ボールは飛びついた千賀の右手をかすめるように、左上のクロスバーの下を叩いた。ボールは真下にバウンドして、ゴールネットの天井を下から突き上げた。
小さくガッツポーズをして、モト高ベンチを振り返る。広瀬は笑顔で、右腕を何度も天に突き上げていた。
チームのみんなにもみくちゃにされる中、俺は国際大付ベンチに外木場を探した。
つまらなそうにベンチに座るヤツと目が合う。俺は右手をピストルにして、小さく「バン」と言った。
本河津高校 3-1 国際大付 得点 藤谷。
再び国際大付ボールで試合が再開する。
外木場に代わって入った須田が中盤の底に行ったことで、俺をマークしていた松内が左右田と攻撃を仕掛けてくるようになった。今度は須田が俺のマーカーだ。虎谷監督は相変わらずライン際で大声を張り上げている。人の心配をしている場合じゃないけど、あの声は選手たちに届いているんだろうか。
それにしても、勝負事には順序とタイミングが大切だと肌で実感する。外木場の技術とスピードを見た後に左右田のワントップで来られても怖さを感じないし、しつこくてうまい松内に散々マークで苦しめられた後なら、須田がそこそこ良い選手だとしても楽にしか感じない。
結果、国際大付の攻撃はこちらの想定内におさまるようになってきた。中盤を強化して主導権を握ろうとした虎谷監督の戦略は、カウンター狙いであるうちの戦術にうまくハマる形になっていたのだ。外木場の個人技を最大限生かすカウンターで通されたらかなりヤバかったかもしれない。
「あ」
後半三十分になろうかという時、10番の松内が監督のいるライン際に歩いて行った。そして何か大声で怒鳴り始めた。監督もそれを上回る大声で言い返している。
主審が二人のもとに駆け付け、監督をベンチに下げさせ松内は一旦フィールドに戻った。
1分後、国際大付の選手交代。
OUT 10
IN 15
15番がどんな選手かは知らない。でもそんなことはもうどうでもいい。交代ボードを見た松内は、芝にツバを吐くと、ユニフォームを脱いでベンチから離れたサイドへ歩いて出て行った。監督とは目も合わせない。理由は知らないが、これで怖い選手二人がフィールド上から消えた。
ここだ。うちも動こう。
俺は渋る冬馬を説得し、芦尾と交代させることにした。逆転ゴールで留飲を下げたとはいえ、体にダメージはあるはずだ。ついでに菊地に代えて国分。
入ってきた芦尾が真面目な顔で言った。
「藤谷、俺は何をすればいい?」
俺も真面目な顔で答える。
「残り十分、全力で相手の邪魔をしてイラつかせろ。ボール奪ったら俺に回せ。ポジションは黒須とかぶらないように気を付けて、あちこち動いてくれ」
「がってんショータイム!」
どこで笑えばいいのか分からないダジャレを残し、元レギュラーFWは走っていった。できれば残り十分間で失点はしたくない。二試合連続二失点を気にしていた梶野のためにも。
3-1のまま、試合は後半のアディショナルタイムに突入する。
国際大付の右コーナーキック。
左SBの安藤がコーナーフラッグに立っている。ゴール前には長身の山寺が上がってきていた。俺はこぼれ球確保要員として、ゴール前の密集地帯から少し離れた左サイドにポジションを取る。
安藤が左足で巻くようなボールをゴール前に放り込んできた。金原と山寺がヘッドで競り合う。しかしボールは二人の背後に流れ、待ち構えていた実松の頭にピタリと当たる。誰もいないゴール左スミに、ヘディングシュートが放たれる。まずい。
「ホイレンス!」
謎の雄たけびをあげて、ライン際に滑り込んだ赤いユニフォーム。
芦尾が自身のお腹で、実松のヘディングシュートをギリギリでブロックしていた。すぐに寝転がったままボールを蹴りだし、右サイドの皆藤へ。左サイドの俺とセンターの伊崎は、それを見てゴールへ向かって走り出す。
「イイイイヤッフ!」
ワントラップから、皆藤がロングパスを俺へ送る。俺は最初のトラップで近くに来た選手を交わし、長めのドリブルに入る。前には二人。後ろからもプレッシャーを感じる。
俺はセンターへ切れ込み、近い方のDFを引きつける。顔を上げると、前の伊崎と目が合った。
「行けっ!」
二人のDFの間が狭くなり、位置関係がタテになった時、俺は右足で隙間めがけてスルーパスを送った。ほんの一瞬、お見合いをした二人が作った時間のロス。それはうちの快速王が力を発揮するのに十分な長さだった。
オフサイドラインギリギリで飛び出し、伊崎がボールに追いつく。前からはキーパー千賀が飛び出してきた。
「ほっ」
小さなキックフェイントから、座り込むキーパーを左にかわし、伊崎は左足で難なくゴールネットを揺らしたのだった。
「マイゴ、マイゴ、マイゴ、マイゴオオオオル!」
伊崎がユニフォームを脱いで片手でブンブン振り回している。もう今日は止められない。疲れた。主審が心の広い人であることを祈るのみだ。
本河津高校 4-1 国際大付 得点 伊崎。
主審が伊崎にイエローカードを出した直後、長いホイッスルが競技場に響き渡った。
それは試合終了と同時に、俺たち本河津高校サッカー部が初のベスト8入りを決めたことを知らせる音でもあった。
あいさつを終えてベンチに戻ると、一足先に戻った伊崎が広瀬に怒られているところだった。
「君は何度言ったらわかるの!脱ぐなってあれほど言ったでしょ!」
「テンション上がると忘れちゃうんですよ!謝るからグリグリやめてください!」
広瀬のコメカミグリグリは痛そうだ。背後からなので、胸が当たってうらやましくもあるが。
「冬馬、まだ体痛いか?」
ジャージを羽織り、帰り支度を始めたエースに声をかける。
「たいたことねえよ。それより、桜律が勝ったぞ」
「やっぱりか」
別会場で行われていた桜律の試合。こばっちのスマホで試合速報を見せてもらう。
2-0。
「また渋いスコアでイヤだな。もっと力差あるだろうに」
俺は眉間にシワを寄せて言った。これも不破野さんが言ってた、春瀬対策なんだろうか。
「キャプテン」
伊崎へのおしおきを終えて、広瀬が声をかけてきた。実に満足げな顔だ。
「おう、今日は素直に誉めざるをえないだろう」
「うーん」
広瀬はあごに手を当てて、
「大部分、向こうの采配ミスに助けられた気もする」
と、さらりと言った。厳しい。そしてよく見てる。
「確かに、外木場を引っ込めてくれたのは助かったよ。あれで攻撃力も雰囲気も最悪になったからな」
「でも」
と、広瀬は笑った。
「気付いた?未散のフリーキックの時も、うっすら虹が出たんだよ。ね、紗良ちゃん」
「え」
こばっちも笑顔でうんうんとうなずく。知らなかった。後で映像見よう。
「虹はともかく、決まって良かった。あそこは追加点欲しかったし」
「そうだね。キャプテンは、今日いい仕事した」
「お、誉めたな」
「調子に乗らないでね」
と、やいやい言っていると、
「オイ」
心霊ビデオに入っていそうな、低い呪われた声に呼ばれた。
「何だ、芦尾。何て声出すんだよ」
芦尾がお腹をさすりながら、般若のような顔で立っている。
「終了間際に身を挺してシュートを防いだ勇者を無視して、イチャイチャイチャイチャと」
「お、おいおい、無視なんてしてないよ」
忘れてたけど。
「四点目のカウンターはお前のガッツが全てだ。ちゃんと評価している」
「本当かよ」
まだむくれている芦尾の前に、広瀬が立つ。
「お腹、まだ痛む?」
「そりゃ、結構強いヘディングだったからな」
広瀬はおもむろに芦尾のお腹に手を当てた。
「ごくろうさま」
そう言って、優しくさすった。
芦尾は口を開けてその光景を見つめ、しばらくして、
「うっ……ドクンドクン」
と、目を閉じて体を前後した。
コイツ最低だ。お腹さすられただけでもうらやましいのに、超ド級の下ネタで返しやがった。
広瀬はしばらくきょとんとして、数秒後、何かに思い当たったようで。
「最っ低!」
と、顔を真っ赤にして、フルスイングで芦尾のお腹をひっぱたいた。その痛快な音色は、準々決勝に進んだ俺たちへの祝砲のようにも聞こえた。
いや、そんなわけあるか。
着替えを終えて、俺たちはぞろぞろと競技場を出ていく。
「おー、10番。フリーキックすごかったぞー」
「次もがんばれよー」
どこで見ていたのか、うちの生徒らしき高校生数人から声がかかる。これはいわゆる出待ちというものか?すごい、アイドルみたいだ。
しかし肝心の女子生徒たちは、みな広瀬の方に群がっており、「顔ちっちゃーい」「写真いいですかー?」とすでに取り囲まれている。性別がおかしいぞ。
「藤谷」
その一団の中に、テカテカビニールのスポーツバッグをかついだ黒いジャージ姿の男がいた。
「外木場」
「オメデトウ。言っちゃ悪いけど、聞いたこともない学校がこんな強いとは思わなかったよ」
おめでとうの言い方が何とも悔しそうだ。無理して言わなくてもいいのに。
「ああ、どうも。でもすごかったよ、君のフリーキック」
「負けゲームじゃな。価値も半減だ。君のは勝ちにつながった。えらい違いさ」
「でも前半は厳しかった。勝てる気しなかったよ。君がいたし」
言うと、外木場は気まずそうに鼻をポリポリとかいた。ひょっとして照れているのか。
「うちの監督、普段はいい人なんだけど、試合になると頭に血が昇っちゃうんだよね。よく代えられるんだ。守備をしろって」
「うん、それで助かった」
「はっきり言うね」
外木場が笑う。人懐っこい笑顔だ。
「悪かったね、その、挑発するようなこと言って」
また気まずそうに鼻をかく。
「気にしてないよ。結局フリーキック決めて勝てたし」
「露骨に勝ち誇るなあ、まったく」
その後少し話して、外木場は急に真剣な顔になった。
「次は桜律だろ?何か対策してるの?」
「いや、これから」
「気を付けた方がいい。俺たち一度練習試合したんだけど、何もさせてもらえずに負けたんだ」
「何も?」
「そう。ボールがこっちに回ってこない。あんなすごいプレッシャーは初めてだった」
すごいプレッシャー?それが春瀬対策か。
「ありがとう。気を付けるよ」
外木場と別れてみんなのところへ戻ると、なぜか広瀬が腕組みをして不満顔で待っていた。
「ごめん、つい話し込んじゃって」
「ずるい」
え?
「何が?」
広瀬はバスに乗り込もうとしている外木場を見て、
「何か、エース同士わかり合って、健闘をたたえ合うとか、男子だけずるい」
と、よくわからないことを言いだした。
「私も、ちょっとうらやましい」
珍しくこばっちも同意している。
「お前も今、女子にキャーキャー言われてたじゃないか」
「あれはちょっと違う」
まだブツブツ言っている広瀬を何とかなだめ、俺たちは現地解散した。
そして何となく、いつも通り広瀬と並んで帰ることになった。
11月の午後は夕方が来るのが早い。まだ四時前なのに空にオレンジ色がうっすら見えている。
今日の試合がいかにすごかったか、熱を込めて話す広瀬は、本当に嬉しそうで、俺は話を聞くフリをしてその横顔をずっと眺めていた。
「ねえ、聞いてる?」
話が中断し、ジロリとにらまれる。
「き、聞いているとも」
「古市君が、ベスト8に行ったら放送部と新聞部の合同で私たちを特集するって言ってた。昼の放送もゲストで出てほしいって」
「へー。企画がポシャらなきゃいいけどな」
「どうしてそういうこと言うのかな、このキャプテンは」
学校の新聞部と放送部という、アマチュア丸出しの生徒たちがプロのものまねみたいなしゃべり方で取材に来る。恥ずかしくて気絶しそうだ。
その時、俺のスマホが鳴った。着信画面には毛利先生と出ている。めったに電話などかけてこないのに、何だろう。まさか交通事故?
「はい、もしもし」
「あ、藤谷君?ごめんねえ、疲れてるのに」
「いえ、今帰り道です。何かあったんですか?」
「ううん、僕には何もないよ」
良かった。
「じゃ、何ですか?」
「さっき、僕の携帯に校長から電話があって」
「はあ」
「明日の朝九時、テレビ局が僕たちの取材に来るから、みんな部活に来るようにって」
「……え」
つづく
多分しなくていい名前の由来解説
須田浩二……スタンコビッチ




