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第47話「文化祭ってそういうものでしょ」

文化祭、前編!

本河津高校の文化祭は、十月下旬に行われる。


県内にある他の公立高校は、受験のことも考えて九月に終わらせるところが多いみたいだけど、うちはそれに比べるとすごく遅い。何でも校長が、


「文化祭なんだから文化の日にやるべきだ」


という考えの持ち主で、他の先生たちの説得で何とか一週早めたこの時期に落ち着いたという話だった。全部放送部の古市君の受け売りだけど。


校内は朝からすごい熱気で、登校時に校門でくぐった『第36回 本河津祭』のアーチもとても華やかに作られている。実行委員の気合の入りようがわかる。校庭にはすでにそろいのハッピを着た集団がダンスの振り付けを合わせていて、彼らが出演する野外ステージの設置も終わり、委員がマイクテストをやっている。白いテント屋根の露店がズラリと並び、神社のお祭りのような雰囲気だ。からあげとかカレーとか、もはや何部の何の活動だか想像もつかない。


朝会った園田さんも、裁縫部の教室で模擬店をやるとのことで、「後で来てね!」と言い残してあわただしく走っていった。


私は生徒たちが往来する廊下の壁に寄りかかり、手作り感満載のパンフレットをパラパラとめくっていた。今日の連れも隣で真剣な顔をしてパンフレットをにらんでいる。

「未散はどこか行きたいところあるの?」

聞くと、パンフレットから顔も上げずに、

「うーん。とりあえず、二次研のイラストと文芸部の同人誌は買う。後はぐるっと展示を見る」

と答えた。


二次研、とは二次元文化研究会という、部活以前のサークル活動のような人たちで、やたら目と胸が大きい女の子のイラストを売っていたのを去年の文化祭で見たことがある。未散にそんな趣味があったとは。アパートに行った時も、それらしい変な本は無かったのにな。


「別に、アニメオタクなわけじゃないぞ!二次研の三年で、すごく絵がうまい人がいるって芦尾が言ってたから、見てみたいだけだ」

「はいはい、言い訳は結構」

「う。じゃあ広瀬は、どこ行きたいんだよ」

不満げな顔になり、私に話を振る。

「えー、私はねえ、茶道部でお茶菓子食べて、調理部のクッキーと、外でたこ焼き買えたらそれでいいかな」

「食欲のみだな」

「いいじゃない、別に。文化祭ってそういうものでしょ。あ、あと園田さんと紗良ちゃんも後で冷やかしに行こうかな」

「冷やかすのかよ……あっ!」

言って、未散がビクッと硬直した。パンフレットのとあるページを真剣な顔で凝視している。

「何、どうかした?」

私がのぞきこもうとすると、慌ててパンフレットを閉じた。何だろう。態度悪い。

「いや、広瀬の前の席の園田さんて、裁縫部だったよな?クラスメイトだし、冷やかすんじゃなくてちゃんと寄ってみないか?」

声が上ずっている。目も泳いでいる。私はパンフレット広げ、素早く裁縫部のページを探し出した。


「……カフェ社長秘書?」


思いっきり目を細めて今日の連れを見つめる。未散は一度も目を合わせることなく、

「いやほら、さっき、二人で来てねって園田さんに言われちゃったしさ。お前も嘘つきにはなりたくないだろ?」

と、身振り手振りを加えて聞きもしない言い訳を並べ立てた。

そういえば桜女に合同練習に行った時、バスから見えた女子テニス部には全く興味を示さなかったのに、自転車に乗ったスーツのお姉さんにだけは反応してたっけ。

「好きなの?スーツ」

私は努めて冷静に聞いた。

「……いや、好きっていうか、あのムダの無い拘束的なデザインゆえに、女性本来の美が強調される芸術性がだな」

「好きなの?」

「いや、だから」

「好きなの?」

「大好きです」

とうとう観念して、未散はうなだれた。

「いや、いいんだ。一緒に回ってくれるだけでありがたいし、いやなところなら無理には」

「いいよ、別に。スーツ着た裁縫部の人たちが接客してくれるだけでしょ?」

「い、いいのか!?」

「乗り出さないでよ!園田さんがいるから、一応顔は出すって」

「そ、そうか。悪いな。そういえば広瀬も、スーツ似合うタイプだと思うぞ」

「やめて。今は嬉しくない」

一つため息をついて、私は歩き出した。未散が慌てて追いかけてくる。

まったく、ちょっと元気になってくれたのはいいけど、私が思っていたのはこういうことじゃないのだ。


屋外の店は昼の野外イベントに合わせて開店するところも多いようで、私たちは先に校舎内を見て回ることにした。


まずは日当たりの悪い文芸部の部室へ。おとなしそうな店番の生徒から、同人誌を三百円で未散が買う。私も付き合いで一部買うことにした。


しばらく歩き、文芸部から離れたところで、未散がおもむろに同人誌をパラパラとめくりだす。

「広瀬。この同人誌な、去年気まぐれに買ったんだけど、すっげー面白いんだ。特にここ」

言って、目次を指さした。

「ポエム?」

聞くと、未散は口元をほころばせながら目次に示されているページを開いた。

「これがさ、大真面目にクサイこと書いてるから、恥ずかしくて笑えるんだよ」

「人が真面目に書いたものを笑うのって、悪趣味」

言いつつ、私も同じページを開く。


『ローズ・オア・ソウル 三年C組 エリュアール北斗


 善意をまとった薔薇のツルが 僕の体に巻き付いてくる

 棘は魂に穴をうがち お前の心はからっぽだと耳元でささやく

 ああ 僕たちは何を埋めよう 穴のあいた魂に 何を埋めよう』


私は同人誌をパタリと閉じて、一つ咳ばらいをした。未散は隣でクスクス笑いを続けている。

「な、笑えるだろ?」

「笑わない」

「それは、笑えるけど失礼だから笑わないっていう意味だな。素直になれよ、広瀬」

「やめて。この話題おしまい」

私は顔をふせてツカツカと歩き出した。


ああ、僕たちは何を埋めよう。


だめ、耐えられない。私は両手でほっぺを何度もひきのばした。


文芸部の同人誌を一旦教室に置きに行く。薄くて軽いけど、冊子だけ手に持って歩くのは何となく邪魔くさい。


再び教室を出ようかというとき、未散は先に二次研に行くと言い出した。

「社長秘書はいいの?私に遠慮しなくてもいいよ」

ちょっとあてつけがましく言ってみた。しかし未散は動じることなく、

「十時じゃまだ早い。少人数で対応できてしまうだろう。もうちょっと混み始めて、秘書たちが総動員される時間帯を狙って行く」

と、まるでサッカーの戦術を語る時のような顔で言った。すでに開き直ってる。


私がひとこと言い返そうと思った時、未散のスマホが鳴った。

「悪い。誰だろ」

ブレザーのポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。

「部の誰かから?」

「いや、桜律の神威君から」

「へー。まだ連絡取ってたんだ」

「昼から授業サボって、サッカー部のやつと一緒に遊びに来るって」

「サボって!」

桜律の神威君。インターハイ予選決勝の時会ったきりだけど、あの時は真面目そうに見えたのにな。

「ということは、今日はキツい彼女一緒じゃないんだ」

「城戸さんは学校ちがうからな。それに桜律は男子校だから、共学の文化祭に来たかったんだって」

未散はポチポチと返信を打ち、スマホをしまう。

私は、何となくモヤモヤとした気持ちを隠せなかった。

「広瀬は、神威君嫌いか?いい人だぞ」

顔に出てしまっていたのか、私の様子に目ざとく気が付き、未散が言った。

「そういうわけじゃないけど」

「じゃ、何だよ」

「もしかしたら次の次で当たるかもしれないのに、全然うちのことライバルと思ってないんだなって」


私たちが厚尾高校相手に何とか逆転勝ちを収めた日。シード校の桜律は二回戦で初戦を迎え、1-0というシブいスコアで勝ち上がっていた。得点者は久里浜という聞いたことのない選手。

でもそんなことよりも驚異的だったのは、相手もそこそこ強い私立校だったのに、シュート0本で敗れ去っていたという事実だ。冬馬に聞いてみたところ、

「インハイ予選で春瀬相手に五失点食らってるから、対春瀬で守備を強化したんだろ」

とサラリと言い放った。

そうなのだ。強豪校は皆、インターハイ優勝で日本一になった春瀬高校を目標にしている。それはわかっているけど。

「別にいいじゃないか。相手がナメてくれてる方が、うちとしてはやりやすい。とりあえず二次研行こうぜ」

私の気持ちなど考える気も無いのか、未散はさっさと教室を出て行った。


二次研こと二次元文化研究会は、文芸部とは違って他の文化部と同じ並びで店を出していた。教室内には、長机二台がくっつけて並べられており、三人の男子生徒がイスに座って絵を描いていた。

それぞれの目の前には女子生徒が座っている。


「ねえ。ここ似顔絵屋さん?」

絵を持って出てきた小柄な女子生徒に聞くと、その子は私を見て「はっ!」と身構えた。

「ひ、ひ、広瀬先輩ですか?あのサッカーのポスターの?」

久しぶりに言われた。

「そうだよ。最近はあんまり言われなくなったけどね」


人の興味は移ろいやすい。ポスターが町中に張り出されてから数週間、学校でも声をかけられることはめったになくなっていた。


「あの、写真いいですか?」

女子生徒がスマホを取り出す。

「別にいいけど、私一人はやだ。あなたも一緒に写って。未散ー」

私が呼ぶと、販売コーナーで買い物を終えていた未散が財布をしまいながらやってきた。

「どしたー?」

「写真撮ってあげて」

「え?」

「お願いしまーす」

彼女がスマホを未散に渡し、私の隣に並ぶ。

「何で俺が……」

ぶつぶつ言いながらも、未散はそれなりに角度などを気を付けながらちゃんと撮ってくれた。


「ありがとうございましたー」

女子生徒はぺこりとお辞儀をして去っていった。あ、質問に答えてもらってない。


「しかし写真を頼まれるとは、すでに芸能人級だな」

未散がニヤニヤして私に言う。

「私が芸能人なら、今度は未散がマネージャーだね」

言い返すと、悔しそうに黙った。


「で、ここ似顔絵描いてるの?」

私は改めて、長机の前で絵を描いている光景を見る。

「広瀬。ここはただの似顔絵屋じゃない。二次元似顔絵屋だ」

「何それ」

「つまり、モデルの顔をアニメキャラっぽい顔にして描いてくれる店だ」

「ほー」


描き上がった絵を見た女子生徒が「かわいー!」と自賛して喜んでいる。ちらっと覗き見ると、目がやたら大きく、モデルの子に一割くらい似ているアニメっぽいキャラクターが描かれている。しかも色付きで。絵柄はともかく、とても上手だ。


未散があごに手を当てて言った。

「連中、アニメオタクな割には、可愛さを盛って客を喜ばせる社会性を備えている。やるなあ」

「そういうこと言わないの」

「広瀬も描いてもらえば?」

「イヤ」

私は有無を言わせぬ低いトーンで答える。

「即答だな」

「前に言ったでしょ。美術部に入ってた頃、モデルばっかりやらされてたって」

「あー」

未散が思い出したようにうなずく。


絵が描けると楽しみにして入った美術部で、モデルとして座ってばかりの日々。鼻がかゆくても我慢し、何もしてないのに「動くな!」と怒られた理不尽な思い出。絵のモデルなんて絶対、二度とやりたくない。


「未散は買いたいもの買ったんでしょ?次は紗良ちゃん見にパソコン部行こう」

「おう。こばっち何やってんのかな」


私たちが教室から出かけた時、

「ちょっと待ったあああっ!」

と素っ頓狂な声が上がった。

思わず振り返ると、長机で似顔を描いていたうちの一人が立ち上がってズンズンとこちらに向かってくる。

「な、何ですか?」

私は半身になって構えた。顔からして三年生かな。いや、二十代後半と言っても通用するくらいの老け顔だ。芦尾と同じくらいのぽっちゃりで、こちらは貫禄すら漂っている。


「君は、二年の広瀬夏希さんじゃないか?」

妙に低くてシブい声で、男子生徒は言った。未散は私と二次研の人を見比べて様子を伺っている。

「はあ、そうですけど」

「僕は二次元文化研究会会長、長谷田丈一郎はせだじょういちろうだ。お代はいらない、ぜひモデルになってくれ!」

言うと、深々と頭を下げた。きちんと名乗ったし、とても礼儀正しい。無下にはできない。

「ごめんなさい。私、長時間じっとしてるの大の苦手なんです」

「時間は取らせない!十分、いや五分でいい!君は理想のルックスなんだ!この通り!」

長谷田先輩はおもむろに床に手をつき、土下座を始めた。

「先輩、やめてください!人目があります!」

「いいと言うまで頭は上げぬ!」

「もー」

ちらっと未散を見る。


「広瀬。あとちょっとで高校を卒業しようという、近々選挙権も得ようという男性が、恥も人としてのプライドも捨てて五分くれと言っているんだ。やってやれよ」

足元の長谷田先輩が一瞬ビクッと反応する。うちのキャプテンは年長者に厳しい。


私はため息をついて、土下座している先輩の前にしゃがみこんだ。

「本当に五分だけですよ。一秒でも過ぎたら、帰ります」

「いいのか!?」

長谷田先輩が顔をあげ、後ろで経緯を見守っていた二次研の人たちも歓声を上げた。


「エ、エルフの耳にしていいですか?」

「ネコ耳OK?」

「髪の毛ヘビにしたいんですけど」


「……もう何でもいいから早くして下さい」

立ち上がって、私は長机の前のイスに腰かけた。


「いや、うまいもんだなー」

私たちは二次研の教室を出て、パソコン部へ向かっている。五分間で三人が描いた三枚の絵を、未散がしげしげと眺めている。


「あんまり見ないでよ、恥ずかしいから」

「まあまあ、よく描けてるって」

約束の五分間で、多分二次研でうまい方の三人が私をモデルに描いた絵。


一枚目は金髪でとがった耳をしている私。

二枚目はなぜかネコの耳が生えていて、実際してもいないウインクをしている私。

三枚目はかなり大人っぽい顔立ちで、髪がヘビになっている私。


みんな口々に「あと五分あれば完成度がー」と頭を抱えていたけど、サラッと描いたにしては色もついているし、うまいと思う。


ただ、私が恥ずかしいだけで。


「広瀬はどれがお気に入りなんだ?」

他人事だと思って、未散がのんきなことを聞いてくる。

私は三枚の絵を未散の手から取り上げ、

「どれもお気に入りじゃない。そもそも何でみんなモンスターなの?一人くらいお姫様とか女神様に描けないの、あの人たちは」

と愚痴る。

「お前も結構言うなあ」

「大嫌いなモデルまでしたんだから、それくらい言う権利はあると思う」

未散がさりげなく目をしらしながら、

「俺はそのエルフが、その、何だ、広瀬っぽくていいと……思うけど」

と小さな声で言った。

「そ、そう?」

改めてエルフの私を見直す。確かにアニメっぽく描いてはいるけど、金髪なところと、耳がとがっているところを除けば、知り合いなら私だとわかりそう。

これは土下座した長谷田先輩の絵だ。


「広瀬がモデルしてた間に聞いたんだけど、あの土下座先輩、元美術部なんだってさ」

「長谷田先輩ね」

そうなんだ。でも、去年私が入部した時にはいなかったと思うけど。

「アニメイラスト風の絵を直せと言われて、退部して二次研立ち上げたらしい」

「そんなに好きなんだ」


昔からアニメはあまり見なかったから、いまいちよくわからない世界だ。でも、好きなものを曲げずに続けるために独立するっていうのは、なかなか骨がある。


「私のことはいいから、そっちは何買ったの?見せてよ」

私は未散の手から、薄い紙袋を取り上げた。

「返事聞く前に取るなよ!見ちゃダメだ!」

未散が真っ赤になって焦る。

「すごくいやらしいのだったら、今日はここでお別れね」

「そ、それは困る」

本当に困った顔になっている。私は笑いをこらえて顔をそらす。そして紙袋から一枚の厚紙を取り出した。


「……」


厚紙に描かれていたのは、どこの国だか定かではない軍服っぽいスーツを着た金髪のお姉さん。

胸だけがアンバランスに大きいところを除けば、とても綺麗なイラストだ。

「別に、いやらしくはないだろ?セーフ?」

未散が小さく両手を広げる。

「確かにいやらしくはないけど、何でこんなに胸が大きいの?あと、どんだけスーツ好きなの?」

「胸は、やっぱり描く人の願望が出るんだろうな。どうせならスタイルのいい子を描きたいっていう。スーツはさっきも言った通り、ムダを省いたシンプルなデザインだからこそ、魅力が際立つ正義の服だ」

「正義ねえ」

私はイラストを未散に返し、「執行猶予一日」と告げた。


「さて、そろそろこばっち冷やかしに行くか」

イラストを私から取り戻して、未散がちょっとだけ白々しい様子で言った。

「うん。でもその前に、また教室寄ってね」

私は言った。たとえ可愛く描いてくれてても、自分がモンスターになった似顔絵を三枚も持ってウロウロするのは絶対にイヤ。


「あ、夏希ちゃーん」


紗良ちゃんが私を見つけて手を振ってくる。

パソコン部が使用しているのは、私たちの背番号ドラフト会議が行われた視聴覚室。白い長机の上に何台ものノートパソコンが置いてあり、プリンターがせっせと何かを印刷している。


「紗良ちゃん、どう?儲かってる?」

私のあいさつに、紗良ちゃんは困ったように笑う。

「私はお手伝いだから、売上はわからないよ。あ、藤谷君」


未散が少し遅れて、私の後ろから顔を出した。私は紗良ちゃんの顔を見て直行したけど、未散は入り口付近の看板や展示をしっかり見てから入ってきている。


「おす、こばっち。儲かってるか?」

「どうして同じあいさつなの?もう」

紗良ちゃんがふくれる。

「パソコン部が占いとはねえ。他にサッカー部のやつ来た?」

「うん。銀次君と菊地君が来てくれたよ」

そう、パソコン部の開いているお店は、占い屋さん。と言っても手相や姓名判断ではなく、生年月日と血液型、そして性別を入力するとプリンタから結果が印刷されてくる占いソフト。一回二百円。

それにしても占いなんて興味無さそうな銀次君が何でわざわざ。

怪しい。


「当たるの?この占い」

私が聞くと、紗良ちゃんは人差し指を立てて言った。

「こういう個人情報を使った占いは、当たるかどうかよりもいかに結果が他人とかぶらないかがキモなの。だから、結果の文章を細かく分けて、組み合わせを変えても意味が通じるようなプログラムを組んだの。全く同じ文章が出る確率は、ほぼゼロに近いんだよ」

「紗良ちゃん。そういう裏話はやる前に聞きたくなかった」

「はっ!ああっ、ごめんなさいっ!」

慌てふためく紗良ちゃんは置いといて、私は未散が入力しているタッチパネルの画面をのぞきこんだ。

「へー。未散って、クリスマスイブ生まれなんだ。あ、A型?ふーん」

未散は顔をしかめて振り返った。

「いちいち声に出すなよ。個人情報だ」

「はいはい」

生年月日と血液型くらいで何を神経質な。


『2002年12月24日 A型 男性』。


入力を終え、「うらなう!」と書かれたパネルをタッチする。

と、すぐ隣にあるプリンターからススーッとB5サイズの紙が印刷されてきた。

私は未散が手に取るより先に、その紙をパシッと奪い取る。

「おい、俺のだ!お前はいじめっこか!」

「いいじゃない。ちょっと見せてよ」

白く綺麗な紙全体に、薄い赤色で星座のマークとAの文字が大きく並んで印刷されている。おお、凝ってる。


「えー、やぎ座のA型男性は、頑固でまっすぐで、これと決めたらやり通す意思の力を持っています。歩みは遅いかもしれませんが、確実に目標を達成するでしょう。だって」

「おお、こばっち。この占い当たってるじゃないか」

未散がイスにふんぞり返る。

「紗良ちゃん。気をつかって何かいじった?」

聞くと、紗良ちゃんは両手を左右に振った。

「何もしてないよー。色んな占いの本に共通した文章をまとめただけだよ」

「広瀬、さりげなく俺に失礼だぞ」

「えー、やぎ座のA型男性の恋愛は」

未散の抗議を聞き流して、私は続きを読んだ。

「とてもオクテで、若いころは優柔不断に逃げ回ることが多いです。愛の告白も苦手なタイプでしょう、だって。当たってるね、未散」

「うるさいな。もう返せよ」

ニヤニヤと笑う私から、未散が真っ赤な顔で用紙を取り上げた。ちょっといじめすぎたかな。

愛の告白も苦手なタイプ。それは占わなくてもわかるけど。さっきの続きにはこう書いてあった。


『ルックスよりも性格に重きを置き、一度好きになると激しく情熱的に愛し続けるでしょう』


何でだろう。ニヤニヤが止まらない。

「広瀬もやれよ。俺ばっかり見られるのは割に合わない」

未散が結果用紙を小さく折りたたみながら言った。

「いいよ。はい、紗良ちゃん、二百円」

「はーい。まいどありー」

両手で百円玉二枚を受け取る紗良ちゃん。

「おい広瀬。何で左手で入力しながら、右手はプリンター前にスタンバイなんて器用なことしてるんだ」

「だって、取るでしょ」

「取らないよ。俺はお前より大人だ」

未散が両手を広げて「フッ」と鼻で笑う。ちょっとカチンと来たけど、用心は怠らない。

「誰が大人か。私より一か月年下のくせに」

「え、そうなのか?」

未散が画面をのぞきこんでくる。

「スケベ」

「ただのプロフィールだろ。ケチケチすんな」


『2002年11月16日 B型 女性』。


「ほー。お前の誕生日、ちょうど決勝戦だぞ。運命的だな」

「そういう発言は、せめてベスト4まで行ってからにしてね」

言い返したものの、私も言われて初めて気が付いた。誕生日が決勝戦。まだ三「回戦を勝てるかもわからないのに心配することじゃないけど、何かいやだな。


左手で「うらなう!」のボタンをタッチすると、すぐにプリンターが動き出す。

「広瀬。集中してるとこ悪いけどな」

「何?」

「かがみすぎて、パンツ見えそうだぞ」

思わず両手でスカートのすそを押さえる。


はっ、しまった!


「いただきー!まったく、こんな初歩的な手に引っかかるとは」

未散がプリンターから、私の結果用紙を取り上げていた。

「返してよ!どこが私より大人なの!」

「二人とも、室内で暴れないでー」

紗良ちゃんには悪いけど、体育祭のリレーの時に匹敵するスピードを披露して、私は未散から結果用紙を瞬時に取り返した。

「まったく、信じられない」

しっかりと用紙を確保し、私はジロリと未散をにらむ。

「何だよ、お前が先にやったくせに」

ぶつぶつ言っている未散を、私はさらに細い目で見つめる。

「何か文句あるの?」

「何もありません」

「よろしい」

私はすでにシワが寄ってしまった結果用紙を広げた。


『さそり座B型の女性は、情熱的で、競争心や闘争心が強くプライドも高いです。人づきあいがヘタで集団の中で浮くことも多いですが、持ち前の性的魅力で多くの人を引き付けます』


「広瀬ー。もう見ないからさ、ざっくりでいいから内容教えてくれよ」

未散の声を無視して読み進める。


『さそり座のB型女性の恋愛は、一途で情熱的でただ一人の男性を深く愛します。しかし大変嫉妬深く、相手を束縛することも多いので注意が必要です』


私は用紙を静かに折りたたんだ。

「広瀬?」

「えっと、闘争心が強くて人づきあいがヘタだって。きついなー」

「へー。恋愛は?」

「秘密」

「言うと思った」

未散はそれ以上深く追及せず、腕時計を見た。

「おっ、裁縫部がそろそろ混み出す時間だ。こばっち、またな」

言って、そそくさと視聴覚室を出ていく。

「うん。楽しんで」

「じゃあね、紗良ちゃん」

「うん。ばいばい」

紗良ちゃんが笑顔で手を振ってくれる。


今日、未散とここへ来ることを、本当は少し迷った。でも、紗良ちゃんと初めて大ゲンカして仲直りした日、お願いされたこと。


『変な気はつかわないでね』


未散はどんな気持ちでここに来たんだろう。


『大変嫉妬深く』


占いの一節が頭をよぎり、私は頭を振った。


裁縫部が開店している『カフェ社長秘書』はすでになかなかの客を集めていた。十人ほどの行列越しに見ると、教室の内側に暗幕が下がっていて、中は見えないようになっている。


「はーい、タダ見は厳禁ですよー!まずこちらでコースター買ってくださーい。それが入場チケット代わりになりまーす」

黒のスーツを着た園田さんが、一年生らしき女の子と並んで受付をしている。


十分ほど並んで、やっと順番が来た。

「園田さん、儲かってる?」

私が声をかけると、気付いた園田さんがパッと顔を輝かせた。

「広瀬さん!本当に来てくれたんだ」

「コレがね、どうしても来たいって言うから」

親指でさすと、未散がサッと私の後ろに隠れた。

「藤谷君て、わりと欲望に正直なんだね」

と、園田さんは笑った。未散は「正直でスマン」と小さく言った。

「何でまた、社長秘書なの?」

聞くと、彼女は自分のスーツを見下ろして、

「このスーツも中のブラウスも、全部布から作ったんだよ。で、どうせならみんなで着て何かできないかなって」

「布から!?」

スーツって、高校生が布から作れるものなんだ。すごい。

私たちも二百円でコースターを買い、教室に入る。


「じゃ、ごゆっくり。あ、藤谷君。下から隠し撮りしちゃダメだよ」

「個別に変な注意しないでくれ」

未散が仏頂面で、暗幕の裂け目から身を入れる。私もクスクスと笑いながら続く。


「おお……」


未散がパタッと立ち止まり、声をもらした。


つづく

たぶんしなくていい名前の由来解説


長谷田丈一郎……ジョン・ラセター


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