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第46話「何かいいことあった?」

チーフマネージャー広瀬夏希、いろいろ考える。

「国際大付属って、強いの?」


私は菊地君に聞いた。

データ方面は紗良ちゃんが担当だけど、ゴシップや評判は菊地君がくわしい。もっとも、最近は練習で疲れてあまり情報収集ができていないと言っていたけど。


菊地君はあごに手を当てて、うなった。

「うーん。昔は何度か全国に出たみたいだけど、最近はさっぱりだな。でも、一つだけ噂を聞いた」

「何?」

「一人、すげーフリーキック蹴るやつがいるって話だ」


フリーキック。


私たちの視線が何となくキャプテンに集まる。帰り支度を始めていた未散が視線に気づいた。

そして、

「な、何見てんだよ」

と、島君のかげに隠れてしまった。


今日未散は、フリーキックを外した。私がマネージャーになってから、いや、なる前に動画で見て以来、外したところは見たことがないのに。

さっき盛田先生に聞いたら、

「ケガはしてないと思うよ。彼のヒザは柔軟な方だしね。別の理由じゃないかな」

とのことだった。

つまり、理由は不明だ。他人が聞いたら、フリーキックなんて外れて当たり前なのに何を言ってるんだと言われそうだけど。


藤谷未散は違うのだ。


あくる日の日曜日。

練習は休みにする、と未散は宣言した。一回戦の翌日はみんな練習をしたがったけど、今回はかなりぐったりしたようで、休みに反対する部員はいなかった。エースの冬馬抜きでギリギリの戦いを終えたんだから、無理もないと思う。


でも私は今、休みのはずの日曜の朝八時にジャージを着て校門までやってきている。ここからはサッカー部の練習場が見える。今日は陸上競技場が使用できない日だから、きっといるはずだ。私は校内に足を踏み入れて、ちょっと背伸びをした。木の隙間から練習場をうかがう。


やっぱりいた。


バッグをかつぎなおして練習場へと歩いて行く。誰もいないフィールドで、一人の選手がゴールに向かってボールを蹴っていた。


「あ」


練習場へ着くと、ペナルティエリア付近にいたキャプテンが、私を見て声をあげた。そして手メガホンでこちらに叫んだ。


「おーい、今日休みだぞー」


私も手を口にそえて応える。


「知ってるー。自分だっているじゃない」

「俺は自主練だー」

「フリーキックのー?」

「そうだー」


私は構わず歩いていく。未散がかがんでボールをセットするのが見える。ゴールは無人。

数歩踏み出して右足を振りかぶる。足とボールがぶつかる衝撃音とともに、ボールがゴールへ向かう。放物線を描いたフリーキックは直前でククッと曲がったものの、「ガコンッ」という音を立ててクロスバーに跳ね返された。未散は両手を腰に置き、黙ってゴールを見つめている。


私はベンチにバッグを置いて、スタスタとフィールドに入っていく。未散が気づいて振り返る。

「お、練習に付き合ってくれるのか?」

「ボールは蹴らないよ。ゴールが無人だと調子出ないんじゃない?」

「え」

私はまっすぐにゴールへ向かう。そしてゴールライン上に立って、未散に向かって両手を広げた。


「さあ、来い」

「ちょっと待て。キーパーやる気か?」

「そうだけど」

「やめてくれ、危ない」

未散が顔をしかめる。

「いいじゃない。どうせ枠に入らないんでしょ」

ピクッ、と未散の目が細まる。あ、言い過ぎたかな。

「よし、わかった。後で文句言うなよ」

言うとクルリと振り返り、さっきよりも少し遠目にボールをセットした。そしていつもより数歩余分に後ろへ下がった。

「ちょっ……ドッカンはやめてよ!?」

キーパーの視点でフリーキックを見るのは初めてだ。でも、壁も無しで一対一で対峙すると、ちょっと怖い。私はグローブもしてないのだ。


「行くぞおっ!」


未散がボールへ向かって走り出し、左足を深く踏み込んで右足を振りかぶる。思いっきり後ろにしならせ、背中も反り返っている。何か、すごくムキになってない?

普段何言っても怒らないけど、サッカーのことでからかうのはダメだったとか!?


「うおおおおっ!」

「ひっ!」


私は思わず身をすくませた。強い衝撃音とともに、ボールが放物線を描く。早くて強いボールが、ゴールのはるか上空を飛んでいく。良かった、力みすぎたんだ。

ホッと息をつく。


「え」


ボールはゴールに近づいた瞬間、ググッとカーブして、一気にこちらに落ちてきた。私の中に、何か本能的なものが沸き起こる。


「とりゃっ!」


私はとっさに見当をつけて、ボールが落ちてきそうな場所にジャンプした。飛んだ先は左上。しかしボールは私の指先をかすることもなく、ゴールど真ん中にバウンドした。そのままボールはゴールに入り、私は地面に横っ腹を打ち付けて着地した。

「いっ……たああっ」

あおむけに転がって脇腹をさする。視界に広がる秋晴れの朝の空が、今は恨めしい。キーパーなんてやるんじゃなかった。

「広瀬っ!大丈夫かっ!?」

犯人がダッシュでこちらに向かってくる。私はむっくりと上半身を起こした。

「痛い」

口をとがらせてにらむと、未散はヒザをついて土下座せんばかりの勢いで謝ってきた。

「悪い!思いっきり蹴って枠外そうと思ったんだけど、何か変な落ち方しちゃって」

「落ちた」

私はゴールの中に佇むボールを見る。枠を外すはずのボールが、ゴール真ん中まで曲がって落ちた。

この軌道、どこかで。

「未散」

「だからごめんて。ケガさせる気は」

「ちがう。今のフリーキック、倉石さんのみたい」

「え」

「ほら、倉石さんがここに来て、フリーキック見せびらかしたことあったじゃない」

「あ、ああ。あったな」

「ちょうど、あんな軌道だった」

未散が後から言った、「死神の鎌のような」カーブ。今のキックは、それに近かったような。


「でも、今の蹴り方よく覚えてないぞ。たまたまかもしれんし」

私は立ち上がり、お尻の砂をパンパンと払った。そしてゴールに転がっているボールをつま先でひょいと拾い上げる。

「じゃ、後は練習あるのみ。今のは新しいフリーキックのヒントかもしれないよ」

言って、ボールを未散に渡す。

未散は黙ってボールを受け取り、

「新しいフリーキック」

とつぶやいた。

「そうだよ。いつまでも入らなかったキックにこだわるんじゃなくて、入るものに改良すればいいの」

「うん」

未散はボールを見つめながらうなずいた。そして、

「うん。チーフマネージャーがそう言うなら、やってみるしかないな」

と笑った。その笑顔に、一瞬心臓がドクンと踊る。


「あーっ!キャプテンと広瀬先輩がイチャイチャしてるーっ!」

唐突な大声。

振り返ると、伊崎君、狩井君、国分君がジャージ姿で練習場の入り口に立っていた。

「ずるい!やっぱりキャプテン、自分だけ広瀬先輩とイチャつくために、俺たちに休みだってウソついたんですね!」

伊崎君が朝からハイテンションで謎の言いがかりをつけている。未散は、

「ウソなんてついてない!俺が一人で自主練してたら、たまたま広瀬が来ただけだ!人聞きの悪いこと言うな」

と抗議した。

「うー、本当ですかあ?」

それでも納得いかない様子で伊崎君はうなっていた。ぞろぞろとみんながゴールまでやってくる。


「おはよ。みんなも自主練?」

笑いかけると、狩井君は赤面した。、

「は、はいっ。朝国分と電話して、どっか遊びに行こうって言ってたんですけど、結局試合の話ばっかりになって。何か練習したくなって」

「へえ、そうなんだ。偉い」

私は狩井君と国分君の頭をよしよしと撫でてあげた。途端に二人の顔が真っ赤になった。一歳しか違わないけど、後輩ってかわいいな。

「あーっ!ずるい!俺もなでなでしてくださーい!」

二人を押しのけるように、伊崎君が前に出る。

「君には有璃栖ちゃんがいるでしょ?」

「岸野さんは白飯!広瀬先輩は食後のプリンです!別腹です!」

「誰がプリンか」


結局その日は、午後からも部員がぞろぞろとやってきて、いつも通りの練習になってしまった。冬馬は来なかったけど。未散の新しいフリーキックの練習は、ひとまずおあずけ。

ちなみに伊崎君が朝から練習に来た理由は、「昨日、最後の一点以外何もできなかったから、練習に」という至極まっとうなもので、最後は練習後に彼の頭も撫でてあげたのだった。


月曜日。

一回戦を勝った後は誰にも声をかけられなかったのに、二つ勝つとこうも扱いが変わるのか。

私と未散はクラスの中で、


「サッカー部ベスト16って本当?」

「厚尾に勝ったの!?」

「奇跡の優勝行けるんじゃないの?」


と、朝からしょっちゅう話しかけられた。ほとんどが普段話さないクラスメイトだ。サッカー部は誰からも期待されてないと思ってたけど、そうでもないのかな。

未散にそう言うと、

「オリンピックと一緒だよ。普段その競技に興味もなくても、いい成績が出るとずっと前から応援してたみたいに言うんだ」

と随分冷めたことを言っていた。


昨日、全体練習を早めに切り上げてみんなが帰った後、未散は一人残ってフリーキックの練習を続けた。私がキーパー役をやった時に偶然生まれた、あのえぐい曲がり方をしたキック。しかし昨日は何度蹴っても再現することができないままだった。

私も最後まで付き合っていたけど、帰り道に何と声をかければいいのかわからなかった。それくらい、未散はしょんぼりしてしまっていたのだ。中途半端な希望を無責任に抱かせてしまったかもしれない。

それを引きずってか、今朝も未散の雰囲気が暗い。これはどうしたものか。マネージャーとして責任を感じる。


特に解決策も無いまま、昼休み。母が作ったお弁当を未散に渡し、手を洗うために廊下に出る。


「あ、広瀬さん」


声がした方を振り返ると、放送部の古市君がいつも通りの笑顔で立っていた。

「やっ。何?」

「すごいじゃないか、サッカー部。厚尾って、今年いいとこ行くかもって言われてたとこなんだよ」

「そうなんだ」

知らなかった。

「三回戦の会場は、どこなの?」

「えっと」

確か。

「あ、そうだ。すぐそこの陸上競技場。土曜日の一時開始」

大会前の一か月、みっちり練習した競技場。いわばホームだ。

「わかった、応援に行くよ」

「本当に!?」

ファンが増えた!ちょっと嬉しい。

「ありがと。応援がいると、やっぱり気持ちが違うし」


実は二回戦の相手、厚尾高校にはそこそこの数の応援が来ていた。後で佐々木さんに聞いたところによると、ほとんどが柏木さんのファンだったみたいだけど、それでもガラガラよりははるかにマシだ。


「まだ企画段階だけど、もし次も勝ってベスト8に行けたら、うちの放送部と新聞部の合同でサッカー部の特集やろうって話が出てるんだ。広瀬さんから藤谷君に伝えといてよ」

特集。写真入りの校内新聞が掲示されるとか?後はお昼の放送のゲストとかかな?

「うーん、伝えることは伝えるけど、うちの部員たちシャイだから、協力できるかわからないよ」

言うと、古市君は気にした様子もなく、

「大丈夫。芦尾君や伊崎君なら多分ノッてくれそうだし。そこは心配ないよ」

と笑った。

だから心配なの、とは部の名誉のために言えなかった。


「そういえば、サッカー部は明後日の文化祭どうするの?」

「へ?」

どうするのって、どう?というか文化祭自体すっかり忘れてた。そういえば紗良ちゃんが、パソコン部に応援を頼まれてるってこないだ言ってたっけ。

「運動部って、文化祭に参加しないでまるまる練習にあてるところも多いって聞いたからさ。サッカー部は大事な試合の週だし、どうなのかなって」

「どうかな。何も聞いてないから、文化祭で遊ぶんじゃない?もし練習って言ったら、みんなからブーイング出そうだし」

出そう、じゃなくて確実にブーイングが出る。スネてやる気がなくなっちゃうかも。


席に戻ってから、私は古市君の伝言を隣の未散に伝えた。

「特集だと!?何だそれは」

「くわしくはわからないけど、校内新聞にインタビューが載ったり、お昼の放送にゲストで出たりするんじゃない?」

「俺はいやだ。恥ずかしい」

「キャプテンでしょ」

「ビジュアル担当は副キャプテンの直登だ。放送があったら、伊崎か芦尾に任せる」

「その二人で大丈夫なの?」

「まだ勝ってもないうちから、そんな心配しなくていいよ」

言うと、未散はもそもそと弁当を頬張り始めた。その背中も妙に丸まっていて、どう見ても覇気がない。


あ、そういえば。


「ねえ。うちらって、文化祭の日どうするの?」

「どうとは?」

未散がはしをくわえながら顔を向けた。

「他の運動部は、練習にあてるところもあるんだって」

「うちは遊ぶ。というか、もし練習なんて言ったらあいつらみんなからブーブー文句言われるぞ」

見解は一致した。私はさっき思いついた考えを、口に出そうとした。

「えっと、さ。未散は、文化祭、誰かと一緒に回るの?」

急に顔が熱くなってきた。のどが乾いてはりつく。あれ、私、緊張してる?

「んー。直登はどっかの執事カフェに助っ人で行くって言ってたし、一人かな」

「そう」


一緒に回らない?


その一言が、どうしても出てこない。マネージャーとして、元気づけるために連れになってあげるだけ。ただそれだけ。

それだけなのに。


「広瀬は、こばっちと回るのか?」

未散が逆に聞いてきた。

「あー、えーと、紗良ちゃんは、パソコン部に助っ人に行くって」

「そうなのか」

しばらく会話が途絶える。もう言い出せなくなっちゃった。また明日言ってみようか。

すると、未散がはしを置いて、私の方へ向き直った。


「広瀬。良かったら、文化祭一緒に回らないか?」


「えっ」

周りは昼休みでにぎやかだ。でもその声だけは、雑音にかき消されることなくまっすぐに私へと届いた。


「誰か他の友達と回るんなら、無理には」

「いいよ」

私は言った。努めて冷静さを装って。

「い、いいのか。そうか」

未散がホッとしたように息をつく。彼も緊張してたのかな。

「うん。どうせ一人だし。何か甘いものおごってね」

「一品だけな」

そっけなく言うと、未散は再び前を向いて弁当を食べ始めた。うぬぼれてるとは思いたくないけど、ちょっとだけ機嫌がよくなったように見えたのは気のせいかな。


「ひーろせさん」

しばらく席を外していた、前の席の園田さんが戻ってきた。確か彼女は裁縫部だった。文化祭で何かやるみたういだけど、くわしくは聞いていない。

「何?」

私が聞くと、笑いながら席にどっかりと座り込んだ。

「何ってこっちが聞きたいよお。何かいいことあった?」

「どうして?」

「広瀬さん、嬉しそうな顔してたから」

私はあわてて、自分のほっぺを両手ですりすりとこすった。


つづく

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