第45話「俺が伊崎風だ」
二回戦決着。伊崎、走る。
伸脚、前屈など一通りのストレッチをしてみる。ヒザに痛みはない。
やっぱりさっきのフリーキックは、たまたま狙いが外れただけだったのかな。
「先生、何か原因てあるんでしょうか?」
すがるような気持ちで盛田先生にも診てもらう。
先生は黙って触診を繰り返し、うなった。
「わからない。痛みや違和感がないのなら、ケガでは無いと思う。関節に何かあったら、絶対に痛みが出るはずだから」
「ですよね」
「しいて言えば……」
「何ですか?」
先生は人差し指を立てた。
「ほら、筋力強化のために、ずっとプールトレしてたでしょ?」
「はい」
「体全体に筋肉がついてきて、バランスにズレが出てきちゃったとか」
「ズレですか……」
確かに、ありえる。
俺は今まで筋肉を付けるトレーニングなんてやったことがなかった。だからよく試合中に転ばされていた。それでも今までフリーキックが決まっていたのも、その時の貧弱な体格だったからこそ、ということなのか?
黙りこんだ俺の肩を、先生はぽんぽんと叩いた。
「まだそうと決まったわけじゃないから。あくまで複数の可能性の一つよ。今は切り替えて、みんなを引っ張らなきゃ」
そうだ。俺は部員たちを見渡す。ハーフタイムに入ったばかりの頃の暗い雰囲気はだいぶやわらいだように見える。広瀬がみんなに声をかけてくれているおかげだ。まったく、頭が上がらないとはこのことだ。
「伊崎」
広瀬のゲキも届かず、一人でベンチのはしっこに座り、ぼーっとフィールドを眺めるFW。
俺は隣に腰を下ろし、伊崎の顔を無理やり客席に向かせる。
「やめてくださいよお。今ふざける気分じゃ」
「ほら、見てみろ」
うつろだった伊崎の目が、ゆっくりと開かれていく。
「岸野さん……」
有璃栖は退屈そうに、観客席の一番後ろに腰掛けていた。
「気付かなかったのか?」
聞くと、伊崎は黙ってうなずいた。
「まだ四十分ある。一回でもいいから、俺が伊崎風だってところを有璃栖に見せてやれ」
「は、はいっ!」
立ち上がった伊崎は、おもむろにアップを始めた。好きな女の子が見ているとなると、余計に力んでしまう可能性もあったが、しょんぼりしたままでは伊崎の良さも失われてしまう。ここは賭けだ。
「よお、藤谷」
銀次が声をかけてきた。なぜか目を合わせず、いわゆる「バツが悪い」という顔だ。
ははん、アレか。
「何だ、インステップで蹴ったこと気にしてるのか?」
決勝に行くまでインステップでクロスは上げない、と銀次と約束していた。しかし先ほどあっさりとそれを破ったのだ。でもそれが結果的に芦尾のゴールに結びついたわけだから、責められない。
「そりゃ、約束破ったようなもんだからな」
「気にするな。さっきみたいな低くて速いのは別にいい」
「そ、そうか」
心底安心したように息をついた。律儀というか何というか。
「藤谷君」
今度はこばっちがタブレットを持って小走りにやってきた。
「おう、どした」
「黒須君の動きなんだけど」
言って、タブレットをススッと操作する。前半の俺達の動きが赤い点で表されている。
「もうデータ取り込んだのか!?すごいな」
「た、たいしたことないよ。全部の動きじゃなくて、スコアが動いた時だけだから」
「で、黒須がどうしたと?」
「二度の失点の場面で、かなり下がってしまってたの」
「何だと」
俺はタブレットを覗き込んだ。
前半開始直後の初失点。そして二失点目。両方とも、相手のFWにボールが行き渡る前に黒須がDFラインとほぼ一体化してしまっていた。これじゃ、相手のMFにFWへパスを通してくれと言っているようなものだ。確かにうちは、あえてシュートを打たせて逆襲につなげるという作戦をとっているが、どこからでも好きにシュートを打たれていいわけじゃない。コースをしっかり限定しなくてはいけない。
俺は黒須を呼んで、守備位置について話した。
「あ、えっと、すみません!気をつけます!」
黒須は青ざめた顔になってしきりに謝ってきた。いや、そうじゃないんだ。
「別に謝らなくていい。何でこんなに下がりっぱなしになっちゃったんだ?」
「それは……」
ちらっ、と黒須が後ろを振り返る。視線の先には皆藤がいた。
「皆藤のせいか?」
聞くと、黒須は右手をブンブン振り、慌てて言った。
「ち、ちがいます!あいつは悪くありません。でも、皆藤のポジションは芦尾先輩のカバーに上がることが多いんで、三角形を作ろうとすると、DFとばっかりになっちゃって。それで、だいぶ中盤が開いちゃったのかもしれません」
「うーん」
俺は腰に手を当てて、うなった。
右サイドの皆藤が上がると、中盤は薄くなる。皆藤にはもともと右サイドからやや下がり目のフォローを命じてあるが、攻撃の際には右サイドにこぼれるボールをつなげることも役目だ。狩井を上がらせて代わりをやらせてもいいけど、左SBの銀次が常時上がりっぱなしのフォーメーションで、右SBまで前線まで上がるのはリスクが大きすぎる。
「何悩んでんの?」
パッと顔を上げると、広瀬が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「黒須の守備位置と、それに連動する右サイドの役割について考えていたところだ」
広瀬はあっさりと言った。
「そんなの簡単じゃない。前半二回も篠浦さんに突破されてるんだから、黒須君と皆藤君で、真ん中から右サイドをしっかり固めればいいんでしょ」
「そしたら右サイドのフォローが薄くなるだろ。うちは左サイドからの攻撃がメインなんだから、逆サイドはしっかり拾いたい」
「未散がカバーすれば?」
当たり前のような顔をして、広瀬が言い放った。
「簡単に言うな。俺が右に行ったら、誰がセンター入るんだよ」
「ん」
広瀬が黒須を指差す。
「ぼ、僕ですか?無理無理、無理です!僕に藤谷先輩と同じプレーなんて、とても」
今度は両手をパタパタ振ってあわあわ言い出した。
「あのな、広瀬。中盤の底は負担大きいんだぞ。そんな広範囲」
言いかけて、俺の脳裏に広瀬春海コーチの言葉が蘇る。
一回戦が終わった後、言われたこと。
「もっと黒須君を信用しろ。彼は君が思ってるより、ずっとスケールが大きい選手だ。ボールを奪ってロングパスだけじゃもったいない」
「いや、広瀬の言うとおりかもな」
俺はポツリとつぶやいた。
「でしょー?チーフの肩書はダテじゃないのですよ」
広瀬が得意気に胸を張る。そして、黒須に笑いかけた。
「黒須君。未散が右に動いて前が開いたら、どんどん上がっちゃいなよ」
「いえ、あの」
黒須が困ったように俺を見ている。俺は直登を呼んだ。
「何だよ、今金原たちと後半どうするか話してたんだぞ」
我が負けず嫌いの幼なじみは、二試合連続二失点という結果のせいか少々ピリついている。黒須が露骨にびびっている。美形なだけに、機嫌が悪いと顔が怖くなるのだ。
「そうイライラするなよ。こっちもちゃんと考えてたんだから」
俺は直登に、広瀬の案を告げる。
「なるほど」
直登はうなずいた。
「ちょうど、似たようなことを言おうと思っていたんだ。シュートを打たれるのは仕方ないとしても、そこに至るまでのパスを簡単に通しすぎだ。あれじゃ僕らDFはつらい」
「す、すみません」
黒須が青ざめる。直登はフッと優しい顔になり、後輩の頭にポンと手を置いた。
「お前を責めてるわけじゃない。全体の問題だ」
「は、はいっ」
黒須が今度はポウッと赤面した。
イケメンの魅惑能力が、ついに後輩の男子にまで。恐ろしい。
「てことで、直登と金原は、黒須との間があまり間延びしないように調整してくれ。何なら攻め上がってもいい」
「リスキーだな。あまり手薄になると、かさにかかって攻めてくるぞ」
「構わん」
俺は言った。
「そんときゃ撃ち合いするだけだ」
誰かが言った。サッカーのフォーメーションは寸足らずの毛布だと。上に引っ張れば足が出る。
必ずどこかが寒くなるのだ。
後半開始のホイッスル。
一点リードしている厚尾高校からのキックオフ。
ヤツらはどう出てくるだろう。追加点をガンガン狙ってくるか。それとも無難に守ってカウンター狙いか。
俺は追加点を狙ってくる、と見ている。
果たしてその予想は当たった。攻めるフリして実はカウンター狙いのうちとは違い、厚尾の攻めは常に本気だ。両サイドハーフ、サイドバックもガンガン上がってくる。
はたから見れば、いつ追加点を取られてもおかしくない状況が後半開始からしばらく続いた。
「くっ!」
後半だけですでに三本目の篠浦のシュートが、クロスバーの上を越えていく。ペナルティエリア外側からの強引なシュートだ。でもペナルティエリアに入れないわけじゃない。待ってても前半と違ってパスが来こなくなったのだ。守備寄りにシフトした皆藤と、センターまで頻繁に上がる黒須が厚尾のMFに仕事をさせていないせいだ。
俺は厚尾ベンチをさりげなく伺う。佐々木さんのおっぱいを見たい気持ちを押し殺し、是満監督に注目する。
何か早めに何か手を打ってくるだろうか。いや、一点勝ってる時に、追加点を取るために選手交代なんて後半十分ではしないだろう。しかしもう少し時間が経ったらどう出るかわからない。動き出す前に、何とか同点にしたい。
「くうっ!」
再び篠浦の声。今度はボールを持って強引につっかけ、それを狩井が止めた。
「キャプテン!」
右サイドを走る俺に、狩井からの縦パスが入る。必死に戻る厚尾の左SB。追いつかれる前に、俺は受けたボールを前線の芦尾に預けて中央へ走る。芦尾はDFを背負いながら、もう一度俺にボールを返し、マーカーを連れて右サイドへ流れていく。中央でボールをもらい、俺は詰めてくるDFの脇を抜けるようなスルーパスをアウトサイドで左サイドに出した。
「うおっしゃああっ!」
歓喜の叫びを上げながら、菊地がボールを追う。スルーパスに追いつき、左足でシュートを放った。
「ふんぬっ!」
菊地が放ったグラウンダーのシュートは、座り込んだキーパーの足に弾かれた。もう一度俺の前にボールが転がってくる。
ミドル打てるか?ダメだ、コースがない!
俺はボールをダイレクトに後ろへ流した。俺の位置からはコースが見えない。でも、もう少し後ろからなら。
「黒須っ!」
「はいっ!」
センターサークルから走りこんできた黒須が、転がってくるボールを右足で思い切り振り抜いた。ボールは戻りかけていた厚尾DFの頭を越えて、ゴール右隅へ一直線に進む。
立ち上がったキーパーが横っ飛びする。ボールはキーパーの手に触れられることなく、右ポストの内側に当たってネットに飛び込んだ。
「よおおしっ!」
同点だ!これで行けるぞ!
「黒須、ナイスシュ」
言いかけて、俺は黒須が両拳を握って固まっていることに気がついた。よく見ると手がプルプル震えている。どうした。
集まってきたみんなも顔を見合わせ、一時停止した黒須を見守る。
同点ゴールの立役者は、スローモーションのようにゆっくりと両拳を天に突き上げた。そして、
「ゴラアアアアッソオオオオッー!」
と、聞いたことのない大声で叫んだのだった。ゴラッソって何?
本河津高校 2-2 厚尾高校 得点 本河津高校 黒須。
俺たちが同点に追いついた直後、厚尾の是満監督が動いた。交代選手がライン際に二人立っている。どのポジションだろう。今から中盤を厚くされたら面倒だな。ゲームが動かなくなるかもしれない。うちは選手が少ないから、延長戦は避けたいところだ。
「ん?」
交代で入ってきた二人の選手は、まっすぐセンターサークル付近に走ってきた。
「二人とも、攻撃の選手だな」
いつのまにか側に来ていた直登が言った。
「3トップで勝ち越し狙いかな」
俺は入ってきた選手を見ながら答える。
「まさか4トップは無いとは思うけど」
「わからないぞ」
不吉な言葉を残して、直登はゴール前に歩いて行った。大昔のブラジルじゃあるまいし、4トップなんてあるわけ。
……結論から言うと、4トップはあった。
キックオフ直後から厚尾は中盤をほぼ省略してタテに速いパスをどんどん入れてきた。篠浦、柏木の2トップに加えて交代で入った二人もガンガンシュートを打ってくる。本当にFWが4人という布陣だ。
しかしなぜだろうか。特に篠浦、柏木の二人に前半ほどの怖さが無い。そして入ってくるタテパスも単調で、しばらくするうちに直登と金原の対応にも余裕がでてきた。
FWばかり増えたせいで、明らかに一人ひとりの行動範囲が狭くなってシュートコースが読みやすくなっているのだ。
今こそ、逆転のチャンスかもしれない。
後半二十五分。
ペナルティエリアから柏木が下がってタテパスを受けに行った。そして振り向きざまにシュートを放つ。
「ふんっ!」
直登と金原がふさいでいたコースを避けるように、遠目からのシュートがゴールへ向かう。
そこには、キーパー梶野が待ち構えていた。
「でやーっ!」
パンチングで弾かれたボールが右SBの狩井の前に転がる。詰める篠浦と交錯しながら、前方にクリアする。篠浦の足に当たったボールが高く舞い上がる。
「イヤッホウッ!」
皆藤が厚尾MFとジャンプして競り合う。皆藤がヘッドで弾いたボールが、センターの黒須の元へ。絶妙に体を入れてポジションを主張し、黒須もヘディングで俺に浮き球のパスを送る。
落下地点に走る。
背後からDFが迫る気配。左サイドを銀次が上がっていく。
「銀次いっ!」
ボールの落ち際を、俺は振り向きざまに左足で振り抜いた。厚尾DFの間を抜いて、スルーパスが左サイドを走る。ボールを銀次が追いかける。俺もゴール前へ走っていく。ボールは左サイドの奥まで走っていく。
「とりゃああっ!」
スルーパスにものすごいスピードで追いつき、銀次がグラウンダーで速いボールを折り返す。そのボールと並走するように、菊地がゴールを見ながら走る。
「ふんっ!」
正面やや左から、菊地が右足でシュートを打つ。CBの脇を巻くように打たれたシュートが、キーパーの手をすり抜けていく。
決まったか!?
「あっ」
ゴン、と音を立てて、シュートが右ポストを直撃した。ボールがペナルティエリア内に跳ね返る。厚尾のDFが二人、こぼれ球のケアに走る。だめだったか。
だが一人だけ、あきらめなかった男がいた。
「おおおおおおおおっ!」
明らかに、厚尾のDF二人よりも後からスタートしたはずだった。彼らもチンタラ走っていたわけじゃない。
それでも二人の間を抜けて、一人の選手が叫びながらボールに先にたどりついた。
「伊崎っ!」
その名の通り、風のように走り抜けた一年生FWは、こぼれたボールをゴールに蹴りこみ、そのまま自分自身もゴールネットに飛び込んでいった。
「よっしゃあっ!」
やった!伊崎がやった!俺はゴールへ向かって走った。何かカッコ悪いゴールだったけど、それもあいつらしい。素直に誉めてやろう。
「あ」
俺はバカだ。どうして忘れていたんだろう。
ゴールから飛び出した伊崎が、自分のユニフォームに手をかけた。まずい。
「マイゴ、マイゴ、マーイゴオオオオオオオル!」
一瞬の早業でユニフォームを脱ぎ、ブンブン振り回して半裸で走りだした。まっすぐ、観客席に向かって。
「待て!伊崎!」
俺は慌てて伊崎の後を追いかける。
「岸野さーん!見てくれましたー!?」
そして頭上でユニフォームを振り回し、客席に座る片思いの相手に大いにアピールする。過去に合同練習で同じ過ちをおかし、危うく恋が終わるところだったというのに。あいつには学習能力というものがないのか。
有璃栖は観客席の一番上で、立ち上がっていた。心底あきれたような顔であったが、おもむろに両手でメガホンを作った。
「早くユニフォーム着なさい、バカ!イエローもらっちゃうでしょっ!」
よく言ってくれた。伊崎は慌てて頭からユニフォームをかぶる。俺は近づいてきた主審に、みっともないくらいにペコペコ頭を下げて、何とか注意だけで済ませてもらうことに成功した。
戻る伊崎の後頭部を一発はたき、俺は改めて観客席を見上げた。
有璃栖と目が合う。
「……」
彼女は黙ったまま、俺に向かってベーと舌を出した。そして再び席に座る。
本河津高校 3-2 厚尾高校 得点 本河津高校 伊崎。
事前の打ち合わせで、「交代のタイミングは任せる」と広瀬には言ってあった。頼れるマネージャーは、得点直後に伊崎と国分、そして菊地と照井をいっぺんに交代した。残り時間は十分ちょっと。何としても守り切るんだ。
そして十五分後、試合は、3-2のままあっけなく終了した。
厚尾高校はFWを二人増やした直後に逆転ゴールを許したことで一気に戦意を喪失したようで、開始直後のキレのある攻撃は完全に失われてしまっていた。是満監督は、攻めに回ると強いけど守りに入る展開は苦手だったのかもしれない。
ひとしきりチームメイトと喜び合い、整列。俺の正面に並んだ篠浦は、泣いていた。
「チクショウ、今度こそ、今度こそお前に勝てると思ったのに」
「俺は無得点で、あんたは一点決めた。サレンコの勝ちでいいよ」
「試合に負けたら意味ねえんだよ!あとサレンコって呼ぶな!」
「まあまあ」
隣の柏木が背中を叩いて慰める。イケメンなのにいい人だ。俺を見て、寂しそうに笑った。
「僕たちは三年だから、これでおしまいだ。でも」
「はい」
柏木が俺に右手を差し出す。
「最後の相手が、君たちで良かったよ。最高に楽しかった」
「え、あ、はい、どうも」
こんなに正面から青春をぶつけられると、どうしていいかわからない。俺はぎこちなく握手をかわす。
楽しかった、か。悪いけど、今はまだそんな風には思えない。
ベンチに戻ると、盛田先生が振り回しすぎてこより状になった上着をほどいていた。相当テンション上がっていたらしい。
「未散」
広瀬の声に、心臓がドクンと反応する。何とか勝ったとはいえ、今日はあまり活躍できなかった。フリーキックも外したし、仕事と言ったら黒須への一アシストだけだ。怒られるかな。
「お、おう。勝ったぞ」
ちょっと心配しながら小さくガッツポーズをしてみる。我ながら似合わない。
しかし広瀬は両手を握りしめ、興奮さめやらないといった様子だった。
「すっごい試合だった!もう、紗良ちゃんと盛田先生と、ずっとキャーキャー言ってたよ」
「そ、そうか。ヒヤヒやさせたな」
「相手も強かったから、仕方ないよ。でも黒須君のこと、信じたんだね」
「あ」
そうだ。特に意識はしなかったが、同点においついた黒須のミドルは、今までならあまり選択肢には入れていなかったかもしれない。
「そうだな。何となく、黒須がやってくれそうな気がしたんだ」
「伊崎君もね」
確かにこぼれ球とはいえ、あいつの一瞬の加速力がなければ得点にはならなかった。さっきから菊地が「後半の二点は俺のシュートからだ!つまり八割方俺のゴール」と謎の計算を主張して、数学が得意なこばっちに訂正されている。あいつもよく飛び出してがんばってくれた。それもこれも、ヤツがいない穴を埋めようと。
「冬馬」
ジャージ姿で、一人だけつまらなそうに座っているエース。俺は隣に腰を下ろした。
「何とか勝ったぞ。次は頼む」
「逆転がおせえよ。それに簡単に失点しすぎだ」
「わかってるよ」
「フリーキックも何とかしろ。今日のキックじゃ、何べん蹴っても入りゃしねえぞ」
出る言葉すべてが厳しい。まったく。
「悪かったよ。三回戦までに調整する。何か一個くらい誉めてくれよ」
「フン」
冬馬はそっぽを向いて、しばらくして口を開いた。
「……三点めのカウンターで、軽部に出したスルーパス」
「ん?」
スルーパス。ああ、黒須がヘッドでつないだ浮き球を、振り向きざまにダイレクトで出したあれか。
「おお、よく見てんな」
「ああいうのは、俺のために取っとけ」
「何だそりゃ」
それっきり、何を聞いても冬馬は何も答えなかった。今のが誉めたつもりなんだろうか。
「おー、久しぶりー」
「岸野ちゃんだー!」
ベンチがにわかにざわつきだした。有璃栖が客席を降りて、ベンチまでやってきていた。
「えっと、みなさん、おめでとうございます。すごい試合でした」
言って、ペコリと頭を下げる。部員が会うのは夏の合宿以来だろう。
俺以外は。
「岸野ちゃーん、俺のゴール見た?惚れた?」
芦尾が親指で自分をさしてアピールする。有璃栖は言った。
「見ました。太っているという欠点を、ボールに体重を乗せることで武器に変えた、素晴らしいゴールだったと思います。あと、惚れていません」
「……チーマネ、タオル取って。目に汗が入っちゃって」
広瀬が「バーカ」と言いながらタオルを渡している。本当にバーカだ。
「あ、あの、岸野さん!」
意を決したように、伊崎が有璃栖の前に立った。
おお、男の顔をしている。
「何ですか?」
有璃栖がいぶかしげに聞いた。
「お、お、俺とデートしてください!」
言ったーっ!何か唐突すぎるけど、伊崎が行ったー!
ベンチが静まり返り、みんなが固唾を呑んで有璃栖の返事を待つ。なぜだろう、自分のことじゃないのに緊張する。
有璃栖はほんの一瞬、俺の方をチラッと見て、ため息混じりに言った。
「退屈だったら、途中で帰るけど」
「う、うん!それでもいい」
「じゃ、あとで詳しいこと連絡して」
そっけなく言って、再び部員たちに向き直る。
「では、私はこれで失礼します。三回戦もがんばってください」
かすかに微笑んで一礼し、有璃栖はクールに去っていった。俺は声をかけようとして、彼女の名をぐっと飲み込んだ。
伊崎はゴールを決めた時以上の喜びようで、ユニフォームを脱ごうとしているのを広瀬に必死に止められている。
「お」
菊地がスマホを見て声を上げた。
「どうした?」
俺が聞くと、菊地はスマホを画面を俺たちに見せる。
「次の相手が決まったみたいだぜ」
画面には、ローカルニュースのサイトが表示されている。
そこには、『国際大付、三回戦進出』と書かれていた。
つづく




