第3話 「花」
広瀬視点。基本、藤谷2:広瀬1の割合で視点が変わります。
家に帰って部屋に直行し、私はそのままベッドへダイビングした。
(サッカー部のマネージャーになってくれ!)
藤谷の必死な顔が浮かんでくる。見ててかわいそうなくらい必死で、ガチガチで。
寝返りを打ってあおむけになる。部屋の灯りが目に入って、手の甲で両目を覆った。
疲れた。
途中まで、付き合ってくれって言われるのかと思ってた。
でも今までそれほど親しく話していたわけでもないし、何よりいきなり過ぎる。どうしようか考えてるうちに時間より早く北館裏に着いてしまい、少し落ち着こうとしてたら直後に藤谷もあらわれた。
全く、間の悪い。
そして、マネージャーに誘われた。
よりによって、サッカー部の。
玄関の方から、ただいまと声がした。
妹の秋穂だ。
二つ下の中学三年生。私とは正反対のアグレッシヴな性格で、将来は女子アナになって日本人メジャーリーガーと結婚し、アメリカに住むという夢を持っている。本人は夢じゃなくてプラン、と必ず訂正するけれど。
部屋のドアが開いた。
「ただいまー。あ、夏希ちゃん、また制服のまま寝てる。シワになるからダメって言ったでしょー」
「んー」
「んーじゃなくて」
秋穂はカバンを机の上に置くと、テキパキと着替え始めた。
女子アナになる、と豪語するだけあって、身内の欲目を差し引いても可愛らしいと思う。クリッとした目も、色白の肌も、ちょっと茶色っぽい長い髪も、いつもニコニコしている愛嬌の良さも。これで口を開かなければね。
私たち姉妹が今いる部屋は間の壁を取り壊した十二畳の共同部屋。六年前までは十歳上の兄、春海が六畳の一人部屋で、四つ上の姉光冬、私、秋穂の3人でこの部屋を使っていた。兄が大学進学で下宿することになって、姉が六畳間に移動。今は私と秋穂でこの部屋を使っている。スペースは平等に半分づつ使っているのに、服を大量に持ち、かつ捨てられない女である秋穂が私のクローゼットにかなり侵食している。私は私で適当に服を借りて助かってるけど。
「あ、そうだ、お母さんに聞いた?」
上下グレーのスウェットという究極のリラックスウェアに手早く着替えて、秋穂は振り返った。何でもデキる女はONとOFFの切り替えをはっきりすべきという考えからのチョイスらしい。
ただ楽なだけじゃないのかなと私は思う。
「何を?」
私はゆっくりと起き上がって、ベッドの端に腰掛けた。
「今日、光冬お姉ちゃん帰ってくるって。もうすぐみたい」
「げ」
姉の光冬は大学に通いながら、しょっちゅう海外旅行に行っている人だ。
でもそれは遊んでいるわけではなく、ミステリーハンターになって竹内海南江さんの後を継ぐ、という夢のためだとか。本人は夢じゃなくて野望、と必ず訂正するけれど。
実際口だけではなくて、自分でビデオカメラを持って行き、テーマを決めて取材VTRを作りクエスチョンまで作ってくる凝りよう。できた作品を制作会社へ毎回送っているけれど、今のところ良い返事は来ていない。それでも秋穂の無謀なプランよりも、姉の野望のほうがよほど実現しそうと思っているのは秋穂には内緒だ。
ただ……それだけならいいのだけれど、姉には困ったクセがあった。それは。
「たっだいまー」
底抜けに陽気な声が玄関から聞こえてくる。来た。妹はパッと顔を輝かせて部屋を出て行った。
「何それ可愛いー」と秋穂が喜んでいる。お土産もらったのかな。
「夏希ちゃーん」
部屋のドアが開く。薔薇が刺繍された白いブラウス、同じく薔薇の刺繍入りの黒いベスト。頭には赤い手ぬぐいのような布をかぶり、大きく広がるスカートはレインボー。謎の民族衣装をまとった姉は綺麗に日焼けした顔に満面の笑みを浮かべて、一直線に私に飛びついてきた。
「うわっ。ちょっと、危ない」
「会いたかったよ、夏希ちゃーん。また綺麗になったんじゃない。夏希ちゃんも、お姉ちゃんに会いたかった?」
「はいはい、会いたかったから、早く離れてよ」
「やーん、そのそっけなさがまたいいー」
しがみつく姉を何とか剥がして私はベッドの上に避難した。
昔から姉は私を溺愛してくれて、それは私が十六になった今も変わらない。いや、正確にはどんどんしつこく過激になっている。
その上さらなる悪癖があって。
「ねえねえ、光冬お姉ちゃん、これどこの民族衣装?」
秋穂がレインボーのスカートを触りながら聞いた。
「これはね、ポーランドのウォビッツってところの衣装で、結構有名なんだよ」
「えー、いいなー。私も着てみたーい」
「現地の人と仲良くなって半額で3着も買えたから、三人で写真撮ろっか」
「私、着ないから」
きっぱりと宣言する。
海外旅行に行くようになってからというもの、現地で調達した民族衣装やドレスを私と秋穂に着せて写真を取りたがるのだ。しかも撮った写真を人に見せたがるのだからタチが悪い。
「えー、着ようよ夏希ちゃん。せっかく光冬お姉ちゃんが買ってきてくれたんだから。可愛いよー」
秋穂はすでにスウェットを脱いで着替え始めている。何なの、このアグレッシヴな姉と妹は。
二人でキャッキャ言いながら着替え、姉が私にスマホを渡す。
「エフェクトかけて撮って。このファンタジーっていうので」
「分かった。撮るよー」
ピロリン、とシャッター音が鳴り、ウォビッツの民族衣装を着た姉妹二人の笑顔の写真が保存された。
身内を褒めるのは気が引けるけれど、ポーランドの旅行ガイドに載せても遜色ないくらいのいい笑顔で。改めて写真を見ると、女子アナ志望の秋穂はもちろん、負けずおとらず姉の光冬も彫りの深い見栄えがする顔立ちだ。
本当にミステリーハンターになって、世界中で活躍できればいいのに。そしてできれば、実家に帰ってくるのは年に一回くらいになればいいのに。
「そういえばお姉ちゃん。その衣装どこから着てきたの?」
私はふと浮かんだ疑問を姉にぶつける。でも聞いてから後悔した。玄関でこっそり着替えてるに決まってる。バカだな、私。
「駅からだけど、それがどうかした?」
真顔で答えた姉の底知れないポテンシャルに、私は無言でおののいた。
母も交えたポーランド土産の振り分けも終わり、何週間かぶりに母と三姉妹が揃った夕食。兄は一人暮らしで他県に住んでいて、父はいつも帰りが遅い。
食卓には姉の好物が並んでいる。手羽先、煮込み、タンドリーチキンなど酒のつまみみたいなおかずばかりで味が濃い。寝る前にのどが乾きそう。
母と私は姉妹の中で見た目が一番似ているとよく言われる。私自身はそう言われてもピンとこない。母は私と違っていつも柔和な目だからだ。この年代の女性にしては背が高いところは確かに遺伝かもしれない。
小さい頃から姉によく懐いていた秋穂が、ひっきりなしに海外の話を聞いている。年の近い私とはしょっちゅうケンカばかりしていて、それを止めるのがいつも姉だった。先に甘ったれの秋穂をかばい、後でこっそり私にフォローに来るのがいつものパターン。私が同じ立場だったらできたかな。
「で、夏希」
母が会話の隙間を埋めるように、私に言った。
「ん?」
「あんた、学校で何かあったでしょ」
あくまで柔和な目で問いかけてきた。姉と秋穂が箸を止めてこちらに注目する。お母さん、何でここで言うの。
「もしかして、男子に告られた?」
秋穂の目が輝く。
「え、そうなの、どんな子?かっこいい?親の職業は?」
姉が話の裏を取ることなく勝手に加速する。
「告白されたわけじゃないけど……」
私は言葉を濁しつつしぶしぶ答える。この面子のしつこさはまず逃げきれないと、経験上わかっている。
「マネージャーになってくれって、誘われた」
姉と妹が「キャー」でハモった。母は小さく拍手している。
「やったじゃん、夏希ちゃん。それってもう、告ってるのと同じだよ。男子が好きでもない女子をマネージャーに誘うわけないもん」
秋穂が自信満々に断言する。そういうものなのかな。
「でも、そんな感じでも無かったし。部が大変とか言ってた」
「何部なの?」
母が聞く。
「サッカー部」
一瞬にして、食卓に沈黙が訪れる。だから言いたくなかったのに。
姉は「うーん」とうなり、妹は何事もなかったように手羽先にかぶりつく。
「それで、何て返事したの?」
母が場をつなげてくれた。
「考えさせてって」
「へー」
姉が感心したように言った。
「何がへーなの」
「今までなら、どんな誘いも即座に断ってた夏希ちゃんが、初の保留ですと?よっぽどその男の子が気になるのねー」
「違う。何でそっち方面に持って行くの」
姉に抗議していると、秋穂が「あ」と言って急に席を立った。母が行儀をたしなめるのも聞かずにドタドタと走り去り、しばらくしてドタドタと戻ってきた。
「見て、この動画。これって夏希ちゃんの学校のサッカー部でしょ?」
秋穂が持ってきたスマホのLINEを立ち上げ、トーク画面から動画をタッチした。姉と私は箸を置いて覗きこむ。
「友だちの彼氏がサッカー好きで、ポン高戦ならゴールショーが見れるかもってわざわざ見に行ったんだって」
「秋穂」
母が妹を叱る。
ポン高とは私の通う本河津高校の蔑称で、主に弱い運動部に使われる。在校生は、うちは「モト高」だと抗議するのがいつもの流れ。帰宅部の私にはあまり関係ない話だった。それでも妹に言われるとカチンとくる。私は秋穂のほっぺをつねりながら、再生ボタンをタッチする。
「なちゅきひゃん、痛い」
「こら、夏希」
今度は私が母に叱られた。
動画はフリーキックの場面。
白いユニフォームを来たモト高の二人がボールの前に立っている。遠目で解像度は良くないけれど、一人は藤谷で、もう一人はたまに隣のクラスから藤谷としゃべりに来る茂谷という男子だと思う。同じサッカー部だったんだ。
ホイッスルが鳴る。
背の低い方、藤谷はゆっくりと数歩踏み出し、右足を大きくしならせてボールを蹴り上げる。
ボールは綺麗な弧を描いて壁を越え、ゴール直前に急激に曲がって落ちた。
キーパーは一歩も動かなかった。
姉さんと秋穂が「おお」と感嘆の声をあげる。
白いユニフォームのチームメートが祝福にかけよる。でも藤谷は特に喜ぶでもなく、茂谷とだけハイタッチして自陣に歩いて行った。愛想の無いヤツ。
「夏希ちゃん、この人に誘われたの?ちょっとかっこいいじゃん。ゴール決めてもクールなところ」
秋穂がほっぺたをさすりながら言った。姉もうんうんとうなずく。
「でも顔は隣の背の高い人のほうがいいよね」
「ねー」
確かに茂谷君は整った顔立ちとソツの無い社交性で女子の人気も高い。でも私は正直苦手だった。いつも一定の笑顔で、得体の知れないもの感じるから。
「はい、もうこの話おしまい。ご飯食べよ」
私は姉妹のブーイングを無視してタンドリーチキンを頬張った。からい。
夕食後、秋穂が三十分の半身浴に行っている間、私は秋穂が無理やり転送してきたフリーキック動画を、ベッドに寝転んで繰り返し見ていた。
さっきは皆の手前興味の無いフリをしていたけど、ちょっとした衝撃だった。うちの学校にこんなフリーキック蹴る選手がいたなんて。
しかも自分の隣の席に。
いつもぼんやりして、何にも打ち込むものが無いような、存在感の無い男子。そんな男がどうしてこんなすごいフリーキックを決めて、どうしてあんなに必死になって私をマネージャーに誘ったんだろう。
わからない。人って、そんなに急に変われるもの?
「夏希、ちょっといい?」
ドアの向こうから母の声がした。私は慌ててスマホの電源を落としてベッドから起き上がる。
「いいよ」
母が静かに入ってきて、キャスターつきのイスに腰掛けた。
「やりたいの?マネージャー」
「何、いきなり」
私は床に視線を泳がせる。母のこういう物言いはとても苦手だ。何も言えなくなってしまうから。
「お母さんはね、何でもよかったの。あんたが楽しそうならね。それがサッカーじゃなくても」
母の視線は本棚の奥へと向かう。立ち上がって並んでいる辞書をどかして奥から小さなトロフィーを取り出した。
プレートには、
『第10回Y県 小学生女子サッカークラブチーム選手権 最優秀選手 広瀬夏希殿』
と彫られている。私は視線をさらに横へと移した。
「これが重荷になって、今あんたがやりたいことやれないのなら、お母さんが捨てようか?」
「そうじゃない。そんなことしなくていい。やりたいことかどうかも、分からないし」
母はトロフィーを本棚の奥へ戻し、再び辞書でフタをした。
「そうそう。あとでハルに電話してやってよ。あんたの声聞きたがってたよ」
「まだリハビリ終わらないの?」
「なかなかね。もうすぐ秋穂上がってくるから、お風呂行きなさいよ」
「うん」
最後は小言で終えて、母は部屋を出て行った。
兄の春海がサッカー選手としてプロ契約をかわしたのが4年前。大学を出て即戦力として東京のJ1チームに入団し、その年にチームがJ2に降格した。降格に伴う人員整理で関西のJ2チームに移籍となり、三年かけてやっとJ1昇格が見えてきた時、ヒザの靭帯を断裂するケガに見舞われた。ちょうど年俸も徐々に上がってきた頃で、J2のチームにケガ人を雇う余裕もなく、戦力外通告されたのが去年の十二月。
手術後の経過も順調でリハビリも進んでいるけれど、完治してプレーを見せないことには契約までには至らない、と本人は言っていた。今年になってからは、ケガの治療もあって一度も実家には帰ってきていない。
小さい頃から、年の離れた私を可愛がってくれて、いつも兄の後ろを追いかけて。サッカーを始めるのも自然ななりゆきで。三人姉妹の共同部屋が秋穂と2人で使えるようになる喜びの直後に、兄が下宿で家を出て行くという寂しさを同時に受け止めきれず、兄が出発する朝まで泣いていた。今でもからかわれる。
私はスマホを立ち上げ、兄の番号をコールした。
「もしもーし」
兄はワンコールで出た。
「兄さん?夏希だけど」
「おう、久しぶり。元気か?」
声は明るい。演技じゃなければいいけど。
「元気だよ。お母さんが、可愛い妹の声を聞けなくて寂しがってるって言ってたから。忙しい合間をぬって電話してあげたの」
「うそつけ。どうせベッドでゴロゴロしてたんだろ」
鋭い。
「ケガはどうなの?」
「だいぶいいよ。来週から、本格的に筋肉を戻すメニューにするって先生も言ってたし」
「そう。良かったね」
「どうだかな」
少し声のトーンが下がった。
「もしもし?」
「まだ父さんにも母さんにも言ってないけどな、今通信コースで勉強してるんだ」
通信?何の?
「一年間のコースだけどさ、指導者の勉強」
指導者。じゃあ。
「……引退、しちゃうの?」
「そういうことになるな。ケガが治ったら、講座にも通う」
言葉にならない。大好きな人が、大好きなものを奪われようとしている。なのに私は、何も言えない。
「夏希、覚えとけよ。どんな理由でも、人は求められているうちが花だ。俺は身にしみてわかったよ」
「うん」
「お前はまだまだこれからの人間だ。やりたいこと我慢して後悔するな」
「うん」
「泣いてるのか?」
「泣いてない!」
私は鼻声で言い返した。向こうは電話口で高笑いしている。自分が有利になると勝ち誇る、兄の悪癖だ。
「兄さんが落ち込んでると思って電話してあげたのに、何で私を励まそうとするの」
「俺が兄だからだ」
理由になってない。
その後とりとめもない話をして、電話を切った。サッカー部のマネージャーに誘われた話はできなかった。選手からの引退を考えている兄に甘える事はできない。
「夏希ちゃーん、お風呂空いたよー」
秋穂がのんきな声で、ミネラルウォーターのボトルを持ってスタスタとやってきた。お風呂上がりではなく、お風呂の中からすでに飲んでいる。全く理解できない。
妹の半分の時間でお風呂を上がると、脱衣所で私は固まった。置いといたはずのパジャマが無い。誰かがドアをノックした。
「夏希ちゃん?お姉ちゃん今、ウォビッツの衣装持ってきてるんだけど」
「そんなのどうでもいいから、私のパジャマ知らない?」
「この衣装着るって約束してくれたら、渡してあげる」
外道だ。私の姉は人の道を外した。着せたい衣装のためにパジャマを人質に取るなんて。
「何考えてんの?別に下着姿で出てってもいいんだからね」
「さっきお父さん帰ってきたよ。呼んじゃってもいいのかな?」
鬼だ。姉は修羅の道に行ってしまった。私は一つため息をついた。
「わかった、わかりました。着るからパジャマちょうだい。あと姉妹の縁切るから書類もちょうだい」
「やっぱり分かってくれると思ってた。だから夏希ちゃん好きー」
皮肉は無視か。すきまから差し出されたパジャマをひったくり、とりあえず髪を乾かす。部屋へ行くと、いつのまにか二人とも衣装に着替えてスタンバイしていた。
「まさか三人で撮るの?何なのそのこだわり」
ぼやきつつ、姉に手伝ってもらいながらカラフルな衣装に袖を通す。
「やっぱり可愛いわー、夏希ちゃん。民族衣装だけでコスプレ写真集出さない?」
「出さないし、そんなの売れない」
「あ、私出してもいいよー」
秋穂が乗る。私は目を細めた。
「あんたが出してもロリコンが買うだけでしょ」
「ひどい!お姉ちゃん、夏希ちゃんがモラハラするー!」
わざとらしく姉にすがる秋穂。妹がこんなあざとい子になたのも、元はといえば私のせいだけれど。
「はいはい、ごめん。言い過ぎた。早く撮っちゃって」
姉がスマホのカメラモードでタイマーにし、本棚の二段目に置く。
「夏希ちゃん、顔が固い。笑顔で、スカートのすそつまむ感じで」
笑顔を固めた姉が指導してくる。仮にも芸能界を目指しているだけあって顔が崩れない。秋穂はちょっと上目遣い。何か腹が立つ。
結局何のポーズも取れないまま拷問のような撮影会は終わり、私は再びパジャマに着替えてベッドに寝転んだ。姉は手際よく三着の衣装を片付けている。旅慣れているだけあって、服をたたむのも早い。
「ありがとね、夏希ちゃん。あ、あとさっきお父さん帰ってるって言ったけど、あれウソだから」
私は手近にあったクッションを姉に投げつけた。それを器用にかわしてさっそうと部屋を出て行く。
ドアが再び開き、姉が顔だけこちらにのぞかせる。
「夏希ちゃん」
「まだ何か?」
「サッカー部のマネージャーの話、もしやる気になっても、返事は期限ギリギリまで伸ばしなさい」
「何それ」
「そうすれば、苦労してOKもらえたって思って、あのフリーキックの子も夏希ちゃんを大事にしてくれるでしょ。安売りしちゃダメ」
また別の話がまざっている。返事をするのも疲れて、私は無言で手を振った。
求められているうちが花。
私はもう一度、藤谷のフリーキック動画を再生した。
つづく