味覚。
帰り道の自販機でアンタがいつも飲んでた缶コーヒーを買ってみる。
…苦い。
とても飲めたもんじゃない。
よくアンタはこんな物を好んで飲んでたね、全く分からない。
私がいつも飲んでるオレンジジュースの方がよほど美味しいと感じた。
アンタはこの缶コーヒーを飲みながら
「お前は舌がガキだなあ」
なんて、そうバカにしてきたっけ。
そんなことを思い出しながらもう一度、飲んでみるけどやっぱり苦い。
私とアンタの中はそう短く切れやすいもんじゃないと、勝手に思ってた。
だって、高校生の時から私たちは知り合いだった。
その時は私もアンタも本物のガキで恋も愛も夢見たまま、何も分かってやしなかった。
毎日ダラダラ喋って、ダラダラ買い食いなんてしながら家に帰って。
男と女の友情って実在するのかもな〜なんて、呑気に思いながらズルズル大学も一緒になって、社会人になってもつい最近まで恋人なんてもんもやっていた。
それなのに、アンタは本当にまったく分からない。
会社の可愛い新人と浮気だなんてさ。
私もアンタも若くはないけど年ではない。
生き遅れといったら生き遅れかもしれないけど。
こんな枯れた花をクチャクチャにして、鮮やかで若々しい花を摘みに行くとなんてアンタは薄情者だったのかもね。
右手に持っていた缶コーヒーの熱が冷めていく。
私はこんなもの、砂糖もミルクも何杯もいれてギトギトのベタベタにしても飲めたもんじゃない。
あんな若くて何も知らない女が好きで。
こんな苦くてマズイものが好きで。
アンタは最後まで分からなかった。
また口をつけてみるけど、中途半端に冷めた缶コーヒーに美味しさなんて感じられなかった。
アンタにとって私って、きっとこの中途半端に冷めた缶コーヒーみたいなもんだったんだろう。
私は、道沿いの枯れた鉄格子の排水溝に缶コーヒーを全部流して、缶をゴミ箱に投げ入れた。
薄情者もギトギトでベタベタになった思い出もあの女も私も全部、缶コーヒーで流れて消えてしまえ。