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魔女様の杞憂

「は? リア?」


 アレクと同じような反応をされた。


 ヴィレムの店に来るまではローブを目深に被っていたのだけど、入店して人が居ない事を確認してからフードを脱いでみせた。そうしたらその反応である。


 いや、確かに変わったとは思うんだけど、そんな顎が外れそうな程に驚かなくても。大人っぽくなったくらいだし。まあ、エド君が編み込みしてくれたから普段よりもお洒落になってるかもしれないけど。


「君の知るリアさんだよ、どうもこんにちは」

「は、いやいやいやアンタそんなに大きくなかっただろ。エドワードの胸らへんの背丈だったのに何で顎下まで急に伸びてるんだよ。あとアンタ何が胸に詰めて」

「自前だよ失礼な! ね、エド君」

「いや此処で俺に問われると反応に困るぞ」


 何で。エド君服の中身知ってるじゃん。私より寧ろ知ってる気がするよ。エド君が知らない所なんてないレベルだし。

 ……思い出すと何だか恥ずかしいのでこれ以上そういう事は回想しないでおくけど、兎に角エド君なら私の体が成長したと証言出来る筈なのだ。奥さんが疑われてるので是非とも旦那様には証言願いたい。


 どうして? と首を傾げると「大っぴらに言う事じゃないだろう」と小声で呟かれた。

 でも夫婦なら皆する事って聞いたし……暗黙の了解というやつではないだろうか。あ、そもそもまだ結婚の報告してないから駄目というやつか。


「えーと、エド君何処から言うべき?」

「成長の理由からだな。覚悟は出来てるんだろう?」

「うん」


 まず最初に、このこの体になった理由を説明するのが筋だ、というのは分かっている。

 ちょっとだけ拒まれるかもしれない未来が怖かったけど、隣にはエド君が居るから、大丈夫だ。


 互いにアイコンタクトを交わす私達に、ヴィレムは僅かに表情を引き締める。私とエド君の間に漂った緊張感とただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。

 彼は「込み入った話があるんだな」と小さく呟いて、一度私達の横をすり抜けて外に出て表の札を準備中のものに変える。


 それから私達を店の奥に誘った。


 倉庫の方ではなく、居住区域の方。つまり人が入ってこない場所で、私的な会話をするにはもってこいの場所。万が一にも人に聞かれたくないという私達の考えを見抜いての事だろう。


「……で、話したい事は?」

「えーと、その、私の成長についてというか」

「おう、びっくりした。どうしたんだそれ、作り物とかじゃないんだろう?」

「これが見せ掛けだったらびっくりだよ」


 苦笑しつつ、隣のエド君の小指を握る。

 ちょっとだけ、勇気を分けてね。


「……あのねヴィレム、騙していてごめんなさい。私、人間じゃないの」

「……は?」

「私、魔女なの。禁忌の森に住む、魔女。人間とは違う生き物なの。元は人間だけど、今はそうじゃないって言うか……。だから、基本的に成長しなくて、今回のはちょっと切っ掛けがあって一気に成長したの」


 我ながら、説明が下手くそだと思う。

 上手く説明出来ないながらも、話すべきだと思った事は説明する事にした。


 私が禁忌の森に住む魔女だという事。師匠も魔女で、私はその跡を継いだ事。その時に成長が止まっていた事。色々あって(此処はぼやかしたけど)成長した事。エド君が魔女になった事。流石にエド君が王子様云々は止めといたけど、それでもエド君の境遇もそれとなく伝えた。


 全部伝え終わると、ヴィレムは眉を寄せてこめかみを揉んで「はあ」と深く溜め息をついている。


「その、やっぱり……不気味だよね」

「いや、アンタがそういう存在だっていうのは何となく気付いていた」

「へ?」


 え? 気付いてた?


 あまりの衝撃発言にあんぐりと口を開けて硬直する私。エド君は「あー」と一人だけ何故か納得している。待って待って、何でエド君はそんなあっさり得心いったような顔してるの。


「いやだって数年前から全く変わっていなかったし、そもそもオリヴィアさんとか謎の年齢不詳美魔女だったし、あ、比喩の方なんだけどね。あんたらが魔女と言われた方がしっくりくるから」

「……えええ」


 確かにそう言われたらそうだけど! でも、まだまだ誤差範囲だと思ってたのに!


 そんなに簡単に納得して良いのか、とヴィレムの危機意識とかどうなってるのか聞きたい。……多分その事を口にすればお前が言うなとは言われそうな気がするけど。


 でも、魔女は本来危険な生き物だ。触れなければ害はないけど、考え方が独特で基本的に自分本意だから、ふとした事で機嫌を損ねれば何をしでかす生き物か分からない。

 私は、比較的温厚な方だけど……それでも、力を持った存在には、変わりないのに。


「つまりアンタはあの禁忌の森の引きこもり魔女って事?」

「ひ、引きこもってないもん! 今ヴィレムの前に居るでしょ!」

「はいはい。……んで、エドワードはそんなリアの側に居る為に魔女になったって?」

「……おう」

「成る程。こりゃまた凄い決断をしたな。普通真似出来ないだろ」


 真似出来ないというかそもそも資質がなければしようがないというのが正しいのだけど、此処は置いておこう。


 魔女になる、というのは、シャハトならまず正気を疑われる行為だし、そんな事を口にしてしまえば忌避され排斥される。

 トーレスでは忌避感はないけれど、わざわざ人の範疇から外れるという行為に嫌悪感を抱かれてもおかしくないのだ。


「や、やっぱり、その、怖いとか気持ち悪いとかで、この町には来ない方が、良いかなあって。ヴィレムも、魔女が入り浸るのは駄目かと、思うの」

「……別にアンタらが魔女だからってどうもしないさ。寧ろ好都合だと思うし」

「こ、好都合?」


 さっきからヴィレムが何を言いたいのかさっぱり分からないんだけど。魔女で好都合って。


「よく考えてみてよ。アンタら追い出したら薬に困るじゃん? 俺の商売上がったりだよ。んで追い出してしまってもアンタら正直別のところで卸せるじゃん? 同じ品質のものを取り寄せようとしたら結局リアのものを遠くから取り寄せる事になるし。手数料とか輸送費とか取られて此方としては大損な訳だよ、住民も薬が高価になって中々手出しが出来なくなるし、持病持ってる奴等とか悲惨じゃないか。流行り病が蔓延したらこの町は一巻の終わりだし。デメリットの方が強すぎる」


 さらさらと私が居なくなった場合に起こりうる事を挙げては駄目駄目と肩を竦めているヴィレム。

 それはエド君も言った通りだ。……それは、そうだけど、それで感情としては納得出来るものなの?


「んでこのままにしておく事のメリットだけど、今このまま取引を続けられるし、何より逆を言えば魔女は不老の長生きなんだから、アンタらが心変わりしない限りはこれが継続されるって事だよ。継続的な薬の供給が見込めるって事だ。この町の薬はほぼリアが担ってるんだから、寧ろこれから先、俺が死んでも続くならそれは願ったりだろう?」

「……怖くないの? 私達は老いないし、なんなら君らを一瞥で滅ぼせるくらいの力はあるよ?」


 ヴィレムは魔女の怖さを知らないから、平然としていられるんじゃないのかって。

 だって、普通、自分と違う生き物が側に居て、その生き物が強大な力を持っていたら、恐れるものでしょう?


「ん? そんなのしないだろう? するならそんな悲痛な顔しないだろうし、滅ぼすメリットがアンタらに存在しないだろう。町を滅ぼせば王族から目をつけられて国から容認されている今の状況がなくなるんだから。寧ろ、この町はアンタらに守護されてるくらいだろう。魔女様に寵愛を受ける町でもいいんじゃないかね」

「……私は魔女だし、町なんてどうでも良いと言ったら?」

「いーや、アンタは最終手段として見捨てる可能性はあるだろうが、見捨てずに済むならそっちを選ぶやつだ。わざわざ安寧の場を得たのにそれを捨てる必要がない。アンタらが不変を望んでいるなら、ある程度は町に協力するだろう。俺達がアンタらを迫害なんてしない限りは」

「そ、それでも、私は」

「俺らが受け入れ続ける限りはアンタらは何もしないし、薬を継続的に作り続けるし、治安維持の手伝いすらしてくれる。これを拒むメリットがない。以前と変わらず程々の距離感でお付き合いするのが最も適切だろう。以上が俺の推論だ」


 あまりに理路整然と並べられる利点欠点に、私は言葉を失うしかない。


 どうして良いのか分からなくてエド君を窺うと、エド君はヴィレムの言葉に全く同じ意見なのか苦笑しつつ私の頭にぽん、と手を置いた。


「リア、諦めろ。こいつにお前は口では敵わないよ」


 もし拒まれたらの予防線を引きたかった私にとって、ヴィレムの言葉は嬉しい反面、本当に良いのかと問いたくなってくる。

 私、今までヴィレムの事騙していたのに、同じ人間じゃなかったのに。私が私のままこの町に馴染むのを、良しとするなんて。


「……いい、の? 私、魔女だよ?」

「だから良いって言ってるだろ、しつこいな。俺はアンタの薬ないと商売上がったりだから」


 素っ気ないようで、やけに優しい響きを伴った言葉。

 気遣い、というよりは純然たる事実を告げるように、言葉に芯が通っていて、心からの言葉に聞こえて。


 ……ああ、私は彼に認めて貰った、そう思うと、勝手に顔がくしゃりと歪んだ。


 人前で泣くなんて昔は考えられなかったのに、何で私、最近泣いてばかりなのだろう。弱くなったのだろうか。

 ううん、私が寄りかかる人が出来たからだろう。

 私を受け止めてくれる人が居るから、私は弱さをさらけ出せるようになった。


 涙を見せるのは恥ずかしくて側に居たエド君に抱き付くと、エド君は穏やかな笑顔で私の背を撫でた。

 良かった、と零れた涙と声はエド君の胸に吸い込まれる。エド君だけが分かる、私の気持ち。


 ……怖かった。拒まれるのが。エド君が居れば良いけど、欲張りな私はその他も欲しくなってしまうから。今まであった絆が壊れなくて、良かった。


 すん、と鼻を啜ってエド君を見上げると、エド君がまだ残っていた涙を指の背で拭ってくれる。良かったな、と眼差しが語っていて、私も穏やかに微笑み返した。


「……エドワード、そういえばアンタら」

「……まあ結婚したよ。こいつは、俺のものだから」


 そういえば結婚したという事は言ってなかった。

 エド君が私を抱き寄せて不敵に笑むと、ヴィレムは呆れたように肩を竦めている。


「だろうねえ、見せ付けて。こっちは漸くかって感じだけどさ」

「うるさい」


 そこは照れるんだ。ヴィレムがにやにやと笑って私とエド君を見るものだから、何だかこそばゆくてエド君の胸に頬を擦り寄せた。

 ……まあバレバレだったのは言われていたんだけど、そんなに見守られているとか思わなかったよね。ヴィレム的にははよくっつけと思われていたらしい。


 いつから、エド君は私の事が好きだったんだろうか。


 じーっと見上げると何だか余計に恥ずかしそうにしていて、小首を傾げると今度は目を逸らされた。何なんだろう。

 ぎゅむぎゅむ体を押し付けて存在を主張したら、何だかエド君の心臓がうるさくなってきた。……さっきより恥ずかしがってるのはどうしてなのか。


 もう、とぺちぺち叩いたら叩いたでヴィレムがひっそりと笑いを堪えてるし、何なんだ本当に。


「ま、エドワード狙いのお嬢さん方が泣くけど仕方ないかな。こりゃ勝ち目ないや。すっかり綺麗になってるし」

「ほんと?」

「中身一切変わってない辺りが残念だけどな」

「む」


 確かに中身は変わってないけど、何か他人から指摘されるのもムカつくのだ。


 唇を隆起させた私に、エド君は漸く復活したのか宥めるように頭を撫でてくる。……気のせいかな、エド君も面白がってないかな。


「そうでもないぞ。最近恥じらいを持った」

「今まで持ってなかった事がびっくりなんだけど」

「……馬鹿にされてる気分なんだけど」

「まあまあ。リアも大人の女になったなら相応の立ち振舞いを身に付ければ誰にも文句言えないから」

「相応の立ち振舞い……」

「ありのままのリアで良いけどな、俺は。その方が見ていて安心する」

「その犬を扱うような感じ止めてよー、君の可愛い奥さんですよ」

「ハイハイ俺の可愛い奥さん」


 その雑な褒め方はどうにかならないの、と額を押し付けると体が揺れる。今回は、笑っているからだろう。

 エド君私の事大好きな癖にからかう時はからかうよね。……まあ私もエド君をからかうからお互い様なんだけど、今回のはひどいと思いますー。


 かといっていつも大人扱いされると、こう、面映ゆいというか……何だかよろしくない雰囲気になりそうなのだ。エド君は、男の人だから。そこは学んだよ、身をもってね。


 今は平気なので「このこのぅ」と頭突きを繰り出す私にエド君は応戦、というよりは享受していて、背中をぽんぽん叩いている。

 ……ほんと、エド君ってば。


「いちゃつくなら余所でやれよー」

「これの何処がいちゃついてるの。不服を申し立ててるんだけど」

「何処からどう見てもいちゃついてらっしゃいますよお客さん。……まあ、アンタらが幸せそうなら良いんだけどさ」


 苦笑に近いけれど、祝福が強い笑顔を浮かべたヴィレムに、私もはにかんでみせた。




 結局、私達は変わらずに受け入れられる事になった。

 ヴィレムが説明してくれていたのか、数日後には町の皆が知っていて、いつものように話しかけてくれた。中にはシャハト出身の人で忌避感があるような人も居たけれど、ほんの少数。それも何かしてくる訳ではなくて、ただ遠目にされているだけった。

 ヴィレム曰く「今までの行いのお陰だろう」との事。


 魔女でも大丈夫、もしくは魔女として受け入れられずとも薬師としては変わりなく受け入れてくれる人も沢山居て、私はきっと、救われている。


 エド君との結婚も祝福された(中にはとても残念がっている女性陣が居たけど)し、私の居場所はこの町にもあるんだな、と改めて理解出来た。

 ……ひとりぼっちじゃないんだなあって。私とエド君以外の繋がりも、あったんだなあって。


「リア。……今、お前は満足しているか?」

「うん、幸せだよ」


 問い掛けに満面の笑みを浮かべると、エド君もまた同じように破顔した。

 大変私事でございますが本日でデビュー二周年です、いつも応援ありがとうございます!

 これからも佐伯と作品を応援していただければ幸いです!

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