永き時を生きる者の悩み
私が成長して数週間経ったのだけど、ちょっとした悩みが出来た。
自身の体が成長した、これは良い。エド君が喜んでくれたし、エド君の隣に立ってもおかしくない見掛けになっているのだ。勿論嬉しい。
そこまでは良いのだ、けど。
「……このまま町に行っても良いと思う?」
今の私は前の私と比べれば一目瞭然で分かるくらいに変わっている。身長も伸びたし、顔立ちも大人っぽくなった。体つきは言わずもがな。
体つきは服で誤魔化せなくはないけど、身長と顔立ちはあまり流石に言い訳出来ないレベルだと思う。
いきなり成長した私が町に行ったら混乱をきたすような気がするのだけど。
「……流石に、此処までリアが変わると誤魔化せないよな」
そろそろ町に行きたい、と朝起きたエド君に提案したけど、自分でも問題があると分かっていたのだからエド君にはよく分かる問題だろう。
寧ろ客観的に一番成長を見ている人なので、問題点をよく把握してくれると思う。
私としては中身が何一つ変わらないので気にせずに行きたいけど、普通の人間にとっては姿形がいきなり変わるのはおかしいし不気味だよね。
ちょこっと成長しただけなんだけどな。本来の私の年齢まで引き上がっただけだし。
「やっぱり駄目かなあ。そろそろ薬の補充とかその辺しておきたいんだけど」
「駄目とは言わないが、驚かれるだろうし……そもそもの問題があるだろう」
「問題?」
「今はまだ良いかもしれないが、いずれは俺達を置いて周りは年を重ねていく。それをどうするか、だな」
……そう、だよね。
今改めて思ったけど、私達はこれ以上成長しない筈だ。エド君も多分このまま肉体の変化は止まる。まあ私の事例を鑑みれば、エド君も最盛期の肉体……多分二十歳くらいの見掛けに変化する可能性がなくはないだろうけど、でもそこからは老いる事がないだろう。
いつまで経っても老いず若々しいままでいる私達に、町民が不信感を抱くのは想像に難くない。
人間、自分と違うものには排他的で、何処までも残酷になれる生き物だ。彼らにとって、魔女というのは異端分子でしかない。幾らトーレスがシャハトのように魔に対して抵抗が少ないとはいえ、不老の存在が側に居ては恐ろしくなるだろう。
私達が彼らの事を良き隣人だと思っても、彼らにとっては違う。異質なものでしかない。
「魔女だと明かすかどうか、話す話さずに関わらず必要になった際拠点を何処に移すか、その辺りは決めておきたい」
「……そうだね。拒まれたなら、別所に拠点を移さなきゃいけないもんね。一応、姿を偽る事も出来るけど……短期的な解決策でしかないもの」
魔法でアドルフィーネの姿になったように、姿を変える事は出来る。でも労力がかかるし、細かく老けていくような調整は難しい。
一時的な措置でしかないのだ。
結局は私達は選ぶ事を迫られる。それが今か、後かという問題だ。
「……エド君は、その、後悔とか」
「してない。お前と共に歩むと決めたんだ。誰を敵に回そうが、お前を選ぶ」
「……うん」
何とも頼もしい言葉をくれたエド君に抱き付くと、エド君は私を受け止めて背中に手を回す。
……私を選んでくれた、私と共に生きると誓ってくれた。エド君は私に縛られてしまったけれど、代わりに私もエド君に縛られよう。もう、あなたの隣でしか生きられないのだから。
「もし駄目なら違う町に行けばいい。……俺が居れば、お前は寂しくないだろう?」
「うん。……拒まれたら悲しくはあるけど、エド君が居るもの」
元々、魔女が受け入れられるなんて思っていない。だからこそ隠していたんだもの。エド君やアレクに受け入れて貰っただけで、充分だ。
……本当の事を言えば、ヴィレムやエレナ達との縁を切りたくないけれど、切れてしまったらその時はその時だ。私にとって優先すべきなのはエド君だから、駄目なら諦めるつもりだし。
私は魔女にしては非情になりきれない中途半端な存在だけど、優先するものは決まっている。エド君さえいれば良い。交友なんて、また後から新しく出来るものだもの。
「ま、受け入れられなければ、の話だな。極論、ヴィレムにだけ打ち明けて、ヴィレムさえ受け入れてくれるなら、口止めしておいて薬はこそこそ売れるだろうし。食料とか他のものは別の町で仕入れれば良いからな」
「受け入れてくれるかなあ」
「どちらかと言えば受け入れる公算が大きいぞ?」
「え?」
「薬屋だからな。良質の薬を卸してくれる薬師を手放す事は重大な損失だろう。今殆どリアが薬を作っているんだから」
……それは、確かにそうだ。薬師自体珍しい職業ではあるし、材料を安定して入手出来て定期的に薬を卸せる存在なんて、私くらいなものだろう。
「そのリアからの供給がなければ商売上がったりだろうし、同じ品質の物を同じ値段で一定期間で卸せる人間を見付けるのは至難の技だ。薬がなければ町の危機にも繋がる。商売人として追い出すメリットと抱えるデメリットと天秤にかければ、恐らく黙っていてくれる方に傾く筈だ」
「……そういう所を考えるのは中々に悪どいね」
「悪どいっつーか、損得勘定の問題だろう。それにヴィレムは魔女に忌避感があるような感じではなかったから」
何となく大丈夫だっていう勘も含めての想像だ、と言われては苦笑するしかない。
……でも、エド君が言うならそうなのかもしれない。私も、ヴィレムは何となくだけど、大丈夫な気がする。驚かれはするだろうけど。
「ま、話して駄目な時はそん時だ。諦めろ」
「ふふ、そうだね。……うん、話そうか」
ちょっとだけ覚悟はいるけれど、拒まれても一人じゃない、それだけで、勇気が湧いた。
なんとも頼もしいエド君の胸に顔を埋めれば、エド君は安心させるように私の背を撫でた。




