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さようなら、幼かったあの日々

結婚翌日のお話です。

 朝起きたら、エド君が真っ赤な顔で私を恐々と見ていた。


 ……どうしたんだろう、と寝惚けた頭で理由を考えるものの、いまいち思い当たらない。

 いつものエド君なら、おはようの挨拶をしてくれるのに、今日に限っては何だか信じられないものを見るような顔だ。


 もぞりと起き上がって、欠伸しつつ寝ぼけ眼のままにエド君を見る。エド君は、やはり顔を赤くしている。


 ……何なんだろう、夫婦になった、くらいだよね? 昨日はあの後アレクやクロードが押し掛けてきてお祝いの言葉をくれたのは良いのだけど(政務放り出して良いのかな王族って)、そのまま話し込んだりして疲れて寝ちゃったんだよね。

 確か、エド君がベッドまで運んでくれて「……また今度だな」と何か言い聞かせるように呟いた、所までは覚えている。


 あ、だからこの場合正式に夫婦になってないのだろうか。別に式も床入れとやらもしてないし、魔女は魔女らしく誓ったからこの場合夫婦なのだろうか。


「どうしたのエド君、熱でもある?」

「おま、……リア、お前、自覚は」

「自覚……?」


 何の自覚なのか。……ああ夫婦の自覚というものだろうか。

 結婚したのに何を言ってるんだろうか。


「エド君の奥さんになった自覚はあるよ! おはよう、えっと、旦那様……?」


 何だかこう呼ぶのも照れ臭いので笑ってエド君に抱き付くと、エド君が何故か固まった。……さっきから何なのだろうか。


 エド君? と至近距離で覗き込むとエド君は視線をさまよわせる。ちら、と私を見たと思ったら視線が下にずれて、それから慌ててぐりんと顔ごと逸れる。


 ますます訳が分からなかったのだけど、エド君何か意を決したらしくて私をそっと離して、立ち上がる。

 ベッドから降りたと思ったらクローゼットを漁りだして「これは入らない」「丈が短い」とかよく分からない事を言い出して、暫く呆気にとられてしまったというか。


 ぽかん、とエド君の奇行を見守るのだけど、エド君がいつもよりも大きめの服を取り出したので首を傾げるしかない。エド君はこの服ぶかぶかで不釣り合いだーってあんまり好きじゃなかった気がするのだけど。


「これを着てくれ、というか着替えたら直ぐに分かる」

「はぁい」


 受け取って寝間着を脱ごうとしたら「俺の目の前で脱ぐな!」と顔を真っ赤にしてエド君は出ていってしまった。

 いつもの事ではあるものの、今日はやけに過敏というか。


 変なの、と思いつつ寝間着を脱いで……それから、今さらのような違和感に気付く。

 ……何か、下着が窮屈なような。


 ちら、と見下ろしてみると、普段ならスムーズに下に落ちる視線が、肌に引っかかる。

 んん?


 恐る恐る両掌で包み込むと、柔らかいそれが掌に主張してくる。今までの自分にはあまり縁がなかったものだ。


 慌てて立ち上がって部屋の隅にある全身鏡の前にいくと、磨かれた鏡面には下着姿の私が写っている。


 薄っぺらなシュミーズ姿ではあるけど、薄っぺらいからこそ体のラインがよく出る。

 よくアレクにからかわれていた、あんまり凹凸がない体が、自分で見て分かる程に丸みを帯びている。太った、ではなくて、胸とか腰部が滑らかな流線を描いているのだ。


 顔も、心なしか普段の自分より大人びて見える。背もちょっと伸びて視線が高い。


 これは……急成長を遂げた、という事だろうか。


 理由は分からないけど兎に角大人の体つきになった事は間違いなくて、つい顔が緩んでしまう。

 堪らずに駆け出して、エド君を追いかける。


「エド君エド君聞いて聞いて胸が大きくなったよ!」

「そういう事を明け透けに言うな馬鹿、って下着姿で出てくるなこのあほ!」


 歓喜の衝動のままにエド君へ報告しに行ったら怒られた。




 怒られたのでお部屋に戻って着替えてからリビングに行くと、ソファで待ち構えていたエド君に「よろしい」と認められた。……流石に一度怒られたらしないから。


 未だに真っ赤なエド君に笑ったら笑ったで睨まれるし、奥さんに対してそれはないと思うのだ。……まあエド君の照れ隠しだから良いんだけども。


「似合う?」


 普段着ない、昔成長する事を見込んで師匠が買ったワンピース。十四歳で成長が止まってしまったので、着こなせずそのまま置いてあったのだけど……今ならぴったりだ。


 目の前でスカートを軽く摘まんで見せてみると、エド君はほんのり瞳を細めて眩しそうに見上げた後「勿論」とだけ返してくれた。

 それだけだったけど、表情が雄弁に語っているから、嬉しい。


 ふふ、と笑ってソファに座ったエド君に乗るように抱き付くと、エド君が真っ赤になって固まった。……腿に乗って抱き付いたくらいなのに。


「あのな」

「だってさっきエド君ぎゅーしてくれなかったもん。エド君が足りません」

「……これで良いですか、奥さんよ」

「よろしい」


 さっき言われた事を言い返して満足な私は、エド君が抱き締めた状態に満足げに笑ってみせる。


 ふふーん、と鼻歌を歌いながらエド君の胸に頬を擦り寄せると、何故かエド君はぷるぷると震えている。……もしかして重たいのかと聞いてみればそうじゃないと否定されて一安心。

 でも何で震えているのかはさっぱり分からなくて、落ち着いてと抱き締めたら余計酷くなった。何でだろう。


「エド君?」

「……気にしないでくれ」


 ……そう言われると気になるのだけど、あまり指摘されたくなさそうなので黙っておく事にした。


 エド君は暫くすれば何とか平静に戻ったらしくて、ほんのり顔は赤いけど表情はいつも通りに。


「で、成長に心当たりはあるのか」

「心当たり、うーん」


 私も朝起きたらいきなり成長していたから、何でと言われても困るというか。寧ろこっちが聞きたいくらいなのだ。


「……あ、そういえば、アドルフィーネがエド君と同じくらいに必要な時が来ればなるようにしといたって」

「母上の残した贈り物か……?」

「かなあ。……でも、必要な時ってどういう事だろう?」


 成長した事自体は勿論嬉しいし大歓迎ではあるのだけど、でも必要な時、と言われてもピンとこないのだ。別に今までの生活と極端に変わる訳じゃないもの。

 恐らく夫婦になったから成長した、とは思うのだけど……それが必要な事なのだろうか。子供のままじゃ駄目だったのかな。


 うーん、と首を傾げて何故かをぐるぐると考えるのだけど、答えは出てこない。

 でもエド君はなにかを悟ったらしくて、一気に顔を真っ赤にしている。


「エド君は理由分かる?」

「……そりゃあ、まあ、な」

「教えてくれないの?」


 至近距離で覗き込んでも、エド君は唇を閉ざしたままだ。

 ……まあ教えてくれなくても良いけどさ。兎に角、大人になった事には間違いないし。


「……よし、成長した姿をアレクにも見せてこよう! いっつもアレク子供っぽい子供っぽい馬鹿にしてたから、これ見せたら見直してくれるよね!」


 折角大人になったんだから、アレクにも自慢してこよう。

 アレクは子供のままの私を可愛がってはくれるけど、若干馬鹿にしているというか子供扱いばかりして舐めているので、ここらでちゃんと私は歴とした大人だという事を認めさせたい。

 これだけ成長したなら、認めざるを得ないだろう。


 意気揚々とエド君から降りようとしたら、エド君に抱き締められて阻まれた。


「エド君?」

「行くな」


 真剣な眼差しで言われて一旦動きを止めるけれど、何故引き留めたのかはさっぱり分からない。


「どうして? 服だって着替えてるし何の問題が」

「俺が見せたくない」

「え? 無理だよ、今行かなかったとしてもその内アレクも来るし」


 流石に翌日には来ないだろうけど、またからかいにやって来そうではあるのだ。

 だから、見せたくないとか言われてもどちらにせよ見せる事になってしまうというか。


 何で、とエド君を見つめると、エド君まで真っ直ぐな眼差しを向けてくる。


「――だから、今くらい独占させてくれ。折角、綺麗になったんだぞ。今日くらい、俺だけの視界に収めさせてくれ」


 一瞬、言われた事が理解出来なくて止まってしまった。


 それから意味を考えて、何だか顔が熱を持ってしまう。

 ……えっと、つまり、エド君は私をアレクに見せたくなくてこんな事を言ってる、という事だよね。やきもち、というか独占欲からくるものなのだろう。


 大真面目に囁かれて、私も無理にアレクに見せにいくつもりもなくて大人しくエド君の腕の中に収まっている事にした。

 そんな私にエド君は満足そうに相好を崩して、ぎゅっと抱擁。それが愛おしそうな仕草で、私もつい笑ってしまう。


「……すごく、成長したな」

「そうだね、これが十七歳の私かあ……どう? 大人っぽくなった?」


 改めてエド君が私を見るので、ちょっと気になる事を聞いてみた。


 服の感想は聞いたけど、私自身の感想は聞いてない。

 私としては、中々に成長したと思ってるのだけど。身長だって伸びたし、手足もすらっと長くなった。顔立ちも何となくだけど大人っぽくなったとは思う。


 男に間違われるくらいには控え目だった胸も、今は大きいって訳でもないけど、年齢相応くらいはある。前の下着がきつくなるくらいには成長したので、これが私の本来の姿なのだ、と自慢出来る。

 男の人は大きい方が好きというので、エド君も喜んでくれると思うのだ。……ちょっとお尻も大きくなってしまったけど、まあバランスという事で。


「ああ。……色々と、驚いてる。……その、触れて良いのか?」

「何で躊躇うの」

「……だからさ、急に大人になったから、接し方に困ってる」

「今まで通りでいいよ?」

「嫌だ」

「え?」


 今まで通りでは嫌って、何で?


「……今まで通りじゃ、嫌なんだ。……夫婦になったんだろう? その、……もっと、進みたい」

「進むって、何?」

「夫婦になったんだから、夫婦らしく触れ合いたい」


 訳が分かっていない私を、エド君は覗き込む。

 その奥には明確な熱が宿っていて、見るだけで顔が火照ってしまいそうだ。それが何なのかは分からないけど、心臓が跳ねて、体が燃えてしまいそうになる。


 エド君は、私を欲している、というのは、何となくだけど分かった。

 けど、私はそれにどう応えたら良いのか、分からない。アレクにはある種の世間知らずとよく言われるけど、今ほどそれを実感した事がない。

 どうやったら、私はエド君の望む応えを返せるのか。どうやったら、エド君に、同じものを返せるだろうか。


 分からなくて、でもエド君の気持ちは痛いくらいに分かって。


「あのね、私、そういう事知らないから、よく分からないの。……だから――」


 分からないから、教えて貰えば良いのだ。


「エド君が、全部教えてね?」


 分からない事は聞けばいい。エド君が何を望んでいるのか、どうしたいのか、聞けばいいのだ。

 エド君直々に教えてくれるなら、何も間違わないし、エド君の望みをちゃんと叶えてあげられるだろう。私も、エド君の望みを叶えたい。


 そう思っての言葉だったのだけど、エド君は固まった。


 暫くフリーズしたので私何か変な事を言ってしまったのだろうか、と顔を覗き込むと、エド君は急に私を抱えて立ち上がった。

 びく、と体を揺らすものの、エド君はそのまま横抱きにしたまま、寝室に向かうのだ。


 抵抗しようとは思わなかったのでただぱちくりと瞬きを繰り返していたら、エド君がベッドに私を丁寧におろす。

 何故ベッド?


「あ、あの、エド君?」

「全部教えるが、煽ったのは自分だからな」

「え、う、うん?」


 煽ったって何?


 瞬きを繰り返して首を傾げるしかない私に、エド君が顔を近付けてくる。

 あまりに真剣なものだから口を挟めずに、静かにエド君を見上げたら、エド君はやっぱり真摯に私を見つめてきた。心臓が、大忙しで全身に熱を回しだす。


 訳が分からなくて、嫌じゃないけど恥ずかしくて、どうしようと視線がさ迷うのだけど、エド君はそんな私を抱き締めて至近距離から捉える。

 それだけで、視線が吸い寄せられて身動きがとれなくなってしまった。


「……昨日の夜に出来なかった事、今からして良いか?」


 何処か躊躇いがちに、恐る恐る問われて。


「……それって、怖い事?」

「怖いかもな。あと多分痛い」

「えー」

「嫌か?」


 私が躊躇うような言葉を出してしまったからエド君が悲しげに眉を下げたけど、私嫌だとは一言も言ってないよ。


「まさか。エド君が、居るんだもの。エド君に与えられるものなら、受け入れるから」


 ……嫌じゃないよ、エド君にされるなら、痛いこと。ちょっと手加減はして欲しいし、あんまり酷くされると泣いちゃうかもしれないけど。


 昨日の夜に出来なかった事、というのは、きっと夫婦になる為の事なのだろう。なら、嫌がる理由なんてないよ。


 エド君が望むなら、受け入れるもん。


「馬鹿だなお前」


 私が拒む気配がないと悟ったらしいエド君は、言葉とは裏腹にひどく嬉しそうに笑って、唇を重ねた。

 これを最終話にしようか悩みましたが、これはおまけの後日談として用意しました。

 これからはエドが大人になったリアさんに翻弄されていく事でしょう。またその内ちょっとずつ後日談を追加出来たらと思います。


 今後は後日談をちまちま追加しつつ連載途中の『婚約者の大人で子供な事情』を書いていけたらな、と思います。

 ちょろっと宣伝ですが先日書籍化の決定した別作の『最強魔法使いの弟子(予定)は諦めが悪いです』も合わせて応援していただけたら幸いです。


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