さようなら、ひとりぼっちの王子様
あの後の話をしようと思う。
結局、王妃は離宮に幽閉される事となったらしい。王妃の故国との軋轢を考えてそうなったそうな。故国では王族に連なるものであったらしく、そう易々と処刑する訳にもいかないらしい。
まあ私としては王妃がどういう処罰を受けようと、もうどうでもよくはある。フィデリオの危険が取り除かれた今、特に王妃個人に興味はないというか。
エド君への仕打ちは頂けないけど、エド君ももう責めても無駄だろうと割り切っているので、私も何も言わない事にした。
今後王妃は表舞台に出る事なく、ひっそりと没していくだろう。……それが二重の意味でになるかは、シャハト次第だ。
幽閉された後体調不良で亡くなるかどうかは、流石に私も関与しないし。
王妃が仕出かしてしまった事に対する尻拭いを奔走するのは、ブルーノ君だ。
フィデリオはまだ完全に癒えてはいないし無茶したせいで暫くは安静にしておかなければならないので、政務をフィデリオの監修の元こなしている。
国民の不満を解消すべく、日夜政務に励んでいるそうだ。
因みに、全く姿を見せなかった王太子であるクリストファーも、王妃の悪行の一部を担っていたため、王位継承権を剥奪されている。
ブルーノ君に継承権が移ったのは妥当というか、そもそもの能力としてはブルーノ君が圧倒的に優れていた為、特に反対も起こらなかったそうな。
……正しくは、傀儡にしたかった約一部は反対したそうにしていたらしいけど。
側室であるアドルフィーネの子とはいえ王族に名を連ねているエド君はというと、汚名をすすいだ上で正式に王族から名を消した。
元々王子らしい扱いはさして受けてこなかった、というのもあるけれど、魔女になってしまった為にそのままで居る訳にもいかないのだ。
ただまあ個人的にこっそりフィデリオと会ったりする事はあるので、今までと大差ないのかもしれない。
シャハトとトーレスとの関係は、悪化はしていない。
出兵に関しては正式な謝罪をして、兵の起こした問題に対しては賠償金を支払う事で手打ちとなった。
まあもともと国王同士が仲良い上に、隣国で戦争をするのは被害も大きすぎる為に、軋轢を生むのはなるべく避けようとの事だとか。王妃は余計な事をやらかしてくれる、というのが感想である。
そんな訳で、漸くエド君の身辺整理が出来たというか、落ち着いた私達。
「……変じゃない?」
確かに、全部片付いたら、結婚するとは聞いていたのだ。
それでもって結婚は式を挙げて、その後一緒に寝たら良いとも聞いた。
でも、私は魔女で、おまけにエド君も魔女で。
教会に行って式を挙げるなんて出来る訳がないし、神様とやらには誓えない。私は神なんて居ないと思っているもの。魔女が神様に誓うなんて馬鹿げた話はないだろう。
なので流石に教会では挙げられない訳だし、わざわざ人に見られて愛を誓うなんて恥ずかしくて出来ない。
そもそもドレスがない訳で。エド君は私のドレス姿が見たいとか言っていたけれどそのものがないからどうしようもないし。
――そんな私の気持ちを察したのか、ある日アレクが純白のドレスを持ってきた。
ひょっこり顔を覗かせたアレクが「あ、これ父上とシャハト国王から。リアには随分と世話になったって」だなんて言って置いて帰ったのだ。
二人の連名でドレスを送り付けてきたので、本当にびっくりしたというかそういう事に私財を投入しなくて良いからとあれほど言ったのに。何でそこで結託するの。
贈られた真っ白なドレスは、見た事もないくらいに繊細な飾りの施されていて、私を気にしてか体のラインに沿うというよりは胸下から切り替えがありそこから生地が広がるようなデザインだ。
あまり大人っぽくなく可愛らしさの強いデザインであり、私に合わせてくれたらしい。
……胸元のサイズがぴったりなのはまあ気にしないでおこう。どうやって知ったんだあの人達。
「……似合ってる。凄く」
「ほんと? 嘘ついてない?」
感想を聞いてもエド君は大体可愛いとか似合ってる、とかばっかり言うから、本当に似合っているのか分からないのだ。
こんな上等な服を着るのは初めてだし、床に着きそうなくらいに裾の長いドレスなんて纏う機会がある訳がない。柔らかい素材で出来たスカート部分はひらひらとしていて、滑らかな光沢を放っている。
……こんなに白い服、それもドレスなんてまず着ないから、何というかむずむずしてしまう。
ビスチェタイプのドレスで肩口の布はないので、空気に晒されているせいもあるかもしれない。
髪を結い上げて(エド君がしてくれた)いるから背中の印もドレスから覗いているけど、エド君が気にした様子はないのが幸いか。
「とても似合ってるよ。……信用出来ないか?」
「……信じたいけど、私そんなに女の子らしくないし」
「俺にとっては、お前しか見えてないから良いだろう。……可愛いと思うぞ」
本気で言ってくれてるエド君は、私に合わせた白いタキシード。黒髪が映えて、やっぱりとても格好が良い。
昔からは考えられない甘い笑みで照れ臭そうに褒めてくれるエド君に、何というか面映ゆくて、エド君の腕にぐりぐりと額を押し付けると「髪型が崩れるぞ」とやんわり窘められてしまった。
そういうところは世話焼きだな、と笑うと、エド君はエド君で「まあ崩れてもそれはそれで良いが」とか言ってくる。
……誉め殺しにされそうな予感がひしひしとするのだけど。
あんまり照れを表に出したくないのできゅっと唇を結ぶと、私の意図を読んだらしいエド君が苦笑してそっと頬を撫でる。
ゆるりと撫でられるとくすぐったくて、つい頬が緩んだ所で額に口付けてくるから、本当にエド君は油断ならないのだ。
絶句した私を、エド君はひょいと担ぎ上げる。
こういう時にエド君は男なのだな、と思い知らされるのだ。私なんて軽々と担ぐし、覆えてしまうし、包み込んで離さない事だって出来る。
瞬きを繰り返す私を、エド君はただ穏やかな眼差しで見下ろして微笑んで。
「その姿をいつまでも俺だけのものにしたくはあるが、今日は、いかなきゃいけない所があるだろう?」
「――うん」
そう、私達二人は、式なんてしないと決めた。というか出来ない、が正しいのだけど。
教会になんて行かないし、神には誓わない。私達の誓いは私達の胸の中だけにあれば良いのだから。
けれど、報告する人は居るのだ。
私は小さく頷いて、エド君に身を任せる。
エド君は、私を抱えて外に出た。
ドレスが汚れるからこうして横抱きにしてくれているのだけど、エド君は何だか少し緊張の面持ち。
どうしたのかと聞いてみれば「よく考えれば、挨拶とか初めてだからさ」との事。
成る程。確かにあの時は一人で来たから、エド君はあの丘に何があるかなんか知らなかっただろう。近づくな、とも言っていたし。
でも、もう私にもエド君にも、憂いなどないから。
殆ど訪れる事のない丘。
懺悔の時だけにひっそりと訪れたその小さな丘の上に、私達二人は立つ。
ドレスを汚さないように魔法でほんのりと裾を浮かして自らの足で立った私は、墓標代わりの岩をそっと撫でた。
私の薬指には、レースで出来た指輪が飾られている。
結婚指輪代わりだけども、私にはこれで充分だった。
「――師匠、お久し振りです」
この下には誰も居ない、それも分かっていたけれど、声をかける。
今回は、懺悔ではなく、前を向いて生きていくという報告をしに。もう後ろ向きになったりしない、そう決めたのだ。
師匠にこの姿を見せられらなかったのは、残念ではある。師匠はいつも私の事を気にかけていたから。
でも、師匠から受け継がなければ、私はエド君とこうして共に生きて行く事はおろか会う事もなかったのかもしれない。
師匠にかける言葉には困ったけれど、エド君に寄り添って生きていくと決めた気持ちは恥じるものではないし、寧ろ誇らしくすらある。
隣のエド君は、私の手を握っている。それだけで、不思議と力強い。
「師匠、私、生きていく意味を見付けました。……私は、彼と、長い生を歩んでいくと決めました」
意味もなく、ただ師匠に従って生きていたあの頃とは、目的もなく一人ぼっちで生きてきたあの頃とも違う。
私は今、エド君という一人の男性と、二人で生きていく事に決めたのだ。
「……もう、心配しなくても、大丈夫ですからね。師匠から、全部受け取りましたから。私には、支えてくれる人が出来たから」
忌み子だと罵られて、泥をすすりながら生きてきたあの時からは考えられないくらいに、私は幸せだ。エド君も、きっと同じ気持ちだろう。
これからは、一人ぼっちではなく、二人で幸せになるのだ。
精一杯に微笑んで、眼前の岩を見詰める私に、エド君はそっと腰に手を回して引き寄せる。
優しく、力強く。
側で共に生きていく、という決意を見せるように。
「……オリヴィアさん。俺は彼女と一緒に生きていきます。……大切に、するから」
それは、私にも師匠にも宣言する言葉だった。
私の顎を持ち上げて、じっと見詰めてくる。何が求められているのかは分かったから、私はただ黙って瞳を閉じた。
触れたのは、一瞬。熱が掠めていくのを、私は何処か夢見心地で感じた。
口付けは初めてではないのに、初めての時よりも胸が痛い程どきどきして、でも初めての時にはなかった幸福感がある。
直ぐに唇を離したエド君が愛おしげに私を視界一杯に捉えていて、私もまたとろけるように笑むエド君に微笑みを返した。
墓の前で、喪服でなく白いドレスで、未来を誓うなんて、人が見れば咎めるだろう。
でも、良いのだ。私達はこれで。湿っぽいのは、師匠も嫌うだろうから。
師匠には生きろと言われた。笑って幸せに生きていくのが、願いだと言われた。
だから――これから見せるのは、笑顔が良いだろう。
物言わぬ岩に視線を移して、私はもう一度微笑む。
「私を拾って、見守ってくれて、ありがとう、師匠。……もう、一人じゃないから、安心してね」
呟くと、柔らかな一陣の風が吹き抜けては頬を撫でていく。
一瞬だけだったけど、頬を撫でられたような、あやす時にも似たその感触に瞳を細めたら、直ぐに掻き消えた。
何事もなかったかのように、もう感触の残滓すらない。
それなのにどうしてだか、師匠が笑いながら触れたような、そんな気がした。
変わらずに笑むと頬を伝う雫が地面に落ちたけれど、私もエド君も、それは指摘せずにゆっくりと身を寄せ合った。
此処には居ない師匠に、見せるように。
「……ねえエド君」
「何だ?」
我が家の前までまた抱えて貰って戻る私は、エド君に一つだけ問い掛けをする事にした。
腕を首に回して顔を寄せる私に、エド君は瞳を和めて口許に弧を描かせる。甘えるように頬を寄せてくっつきつつ、そっと耳元に唇を触れさせる。
「エド君、幸せにしてくれる?」
その一言にエド君は目を丸くしたけど、直ぐに首を縦に振って自信に溢れた笑みを浮かべた。
「勿論。……リアも、俺を幸せにしてくれるのだろう?」
「うん。幸せにするよ」
考えれば確認なんて取らなくても良かったのだ。私はエド君が居るだけで幸せだし、エド君もきっと、そうだから。
互いが互いを幸せにしたならば、幸せは増える一方だろう。
これから、長い年月を共にしていく。きっと、私達が終わる頃には、溺れんばかりの幸せに浮かんでいるのだろう。
ずっと、ずっと、側に居るのだから。
ふふ、と笑い合っただけで不思議と幸せを感じてしまって頬を緩めると、エド君も同じように甘く柔らかく、幸せそうに破顔した。
――これは、ひとりぼっちだった私達が、ぼっちではなくなるお話。
「おかあさん、そのおうじさまはいまどうなったの?」
「さあ? 案外奥さんにでれでれになったのかもしれないなあ。ねー、あなた」
「うるさい悪いか」
昔話をされて不貞腐れている旦那様に、私は子供と一緒に笑いかけて、幸せを噛み締めた。
これにて『忌み子でぼっちな王子様を手なずける方法』は完結です。
といってもまだまだ二人にはこれからがあるので、またその内後日談も追加出来たらな、と思います。
感想や評価等ありがとうございました、日々の励みになっておりました!
皆さんのお声がなければ恐らく完結までもっと時間がかかっていたので、本当にありがたい限りです!
それでは最後までお読み頂きありがとうございました……!