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忌み子なぼっち王子様を手なずける方法  作者: 佐伯さん
第六章 さようなら、王子様
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さようなら、魔女様

 その後、少しの休憩の後に、私達はフィデリオの寝室を訪れていた。寝室には、フィデリオとブルーノ、エド君、おまけで私。

 因みにアレクは私が一旦トーレスに送っておいた。クロードに報告せねばならない事とかがあるそうなのと、親子の空間を邪魔する気にならないだとか。


 アドルフィーネはまだ中に居るけれど、この時は私に体の支配権を返してくれていた。


「……リア殿、この度は本当に世話をかけた」

「ううん、いいよこれくらい。フィデリオが無事で、エド君の無実を証明出来たし」


 微笑み返すと、フィデリオは穏やかに微笑んだけれど、僅かに残念そうな顔もした。

 多分、だけど、今の私の体は私本体が動かしているから、フィデリオはアドルフィーネが表に出た状態を望んでいたのかもしれない。フィデリオには魔力を感じる力はないだろうけど、雰囲気で分かったのかもしれない。


 エド君は、ただじっと私を見つめる。


「リア。……居るんだな?」


 エド君だけは私の中に魔石と同じ魔力、つまりアドルフィーネの魔力が宿っていると察しているから、静かに問い掛けてくる。

 私は隠すつもりもないから頷いて――それから、アドルフィーネへと主導権を譲渡した。


 拒むつもりはない。

 体の中に別の魔女を取り込む形になっているから分かるのだけど……もう、アドルフィーネは私の中から消えてしまいそうだから。


「……あまり陛下にもこの体にも無理はさせたくないのだけど、これが最後だから、少しだけ我慢して貰いましょう。……陛下」


 柔らかく呼び掛けたアドルフィーネに、フィデリオは目を見開く。


「……アドルフィーネ、か?」

「ええ。……少しだけ、リアさんの体を借りて、こうしてこの場に居るわ。随分とお年を召したのですね、陛下。もう、十七年は経っているから、仕方のない事なのだけれど」


 くすり、と私の体で笑ったアドルフィーネは、多分私が笑うよりもずっと淑やかな女性に見えるだろう。

 話を聞いていて漸く理解したブルーノ君が、その碧眼を潤ませるのを、アドルフィーネは穏やかに見守る。慈しむように、愛おしむように。


「ブルーノ様も大きくなられて。見守れなかったのが口惜しいけれど、これも定めなのだから仕方ないでしょう」

「アドルフィーネ、様」

「泣かないの。……今泣いたら、私が消えてしまう時にもっと泣いてしまうでしょう?」


 その言葉にフィデリオもブルーノも固まったけど、私には分かりきったことだった。


 ……私は勘違いをしていたのだ。

 アドルフィーネは、生きて何処かに居る訳じゃなかった。体は、もう消滅している。


 十七年前のその時に、本当に彼女は死んでいたのだ。隠蔽ではなく、本当に。

 ……私の中には、アドルフィーネという力と魂が間借りしてる状態で。

 そのアドルフィーネは、もう体なんてない。アドルフィーネを取り込んでいるような状態だからこそ、よく分かった。


「あまり体に負担をかけたくないのだけど、お別れくらいはしたいもの。……ごめんなさいね、希望を持たせて。私は、もう死んでいるの。ううん、正しくは体は死んで、今の私は残留思念に近いものかしら。魂の一部、といっても良いわ」

「……どういう、事だ?」

「私は、ヘルミーネに殺されたけれど……そもそも、ヘルミーネに殺されなくても、私は死ぬ運命だったから」


 穏やかに微笑んだアドルフィーネは、達観したように告げる。


「私は先見の魔女ではあったけど、全てを見通せる訳でもない。幾つかの可能性を見ているだけ。……私は、エドヴィンが生まれてからの自分の未来は一切見えなかったから。そこで命運が尽きていたのだと分かったし、覆しようのない事だとも分かっていた」

「……死ぬのを受け入れた、という事ですか」

「どうにもならないのは分かっていたもの。どちらにせよ、魔女としての寿命も近かった。私は、オリヴィア――リアさんの師とほぼ同時期に生まれたもの。とても、とても、長く生きてきた」


 大体魔女の寿命は似通ったもので、力もほぼ同等で同時期に生まれたならば十年程度の誤差はあれど、死ぬ時期もそう変わらない。

 アドルフィーネもまた、数えるのも億劫になる程の年月を生きてきたのだろう。


「……だから、未来が閉ざされる前に、私は我が子の未来を見た。そして、命の危険がある事も、そして国が滅ぶ未来も見た」


 先見といっても確定した未来を予測する程ではない。

 余程決まりきった運命は見れるかもしれないけれど、そうでない限りはあやふやで決まりきってはいないから。


 逆に言えば決まった未来は覆せない。――私の師匠のように。

 枝分かれした運命とは逆に、未来がその一つに収束していると、どう足掻いたとしても過程が変わるだけで結果は変わらなくなる。

 それの一つが、アドルフィーネの死というものだった、らしい。


 自分が死ぬのは決まってしまって覆せなかったアドルフィーネは、でも将来にある危険性は変えられる事を知っていた。


「だから、私は、一つ賭ける事にしたの」

「賭け……?」

「自分の持てる力の大半を注ぎ込んで、一つの魔石を作った。この石に、私の一部を残しておく事にしたの。……今この時の為に」


 まあこれで狙われる原因が増えてしまったのは計算外だったけど、と苦笑したアドルフィーネは、静かに見守るエド君にそっと手を伸ばす。


 頬に触れて「大きくなったわね」と嬉しそうに口許を綻ばせたアドルフィーネ。エド君も、双眸をほんのりと揺らして、擽ったそうに眸を細める。

 私の体を借りたとはいえ、初めて親子が触れ合う。エド君は、どうしていいのか分からなそうだったけど、それでも嬉しそうに笑った。


「……賭けには成功した。リアさんもその場に居てくれたから、依り代として使わせて貰えたし。私が出て来れる回数は魔石の力でも三回が限度だもの。その内の二回に力の大半を使ったから、今回リアさんに体を貸して貰えて助かったわ」


 一度目は、私の幼い頃。記憶が曖昧だったけれど、あれはそもそも師匠も手を貸して、師匠の力づたいに私に姿を見せてくれたらしい。私が未来で関わるエド君の為に。

 ……師匠も言ってくれたら良かったのに。もしかして、それなら私とエド君が出会う事も知っていたのではないだろうか。


 二度目は、エド君の熱をおさめる為。本当に急に現れたのは、魔石から直接現れたからだろう。

 エド君の魔力を直接押さえ込んでいたのは、アドルフィーネそのもの。エド君が魔女になる決心をしたからこそ、魔石は抑制の効力をなくして――そして、宿っていたアドルフィーネを、目覚めさせた。

 

 そうして、三度目。

 エド君がヘルミーネの前に魔石を持っていったから、最後の役目を果たせたのだ。


 ……全部、アドルフィーネの予知通りに、動いていたらしい。


「……そなたは、全てこうなると分かっていたのか?」

「いいえ。こうなればいいとは思うけれど、私も万能ではないもの。円満に終わるように、動きはしたけれど。……お陰で、私も役目を果たせたわ」


 胸に手を当てて静かに微笑んだアドルフィーネは、瞳を閉じる。


『あなたのお陰で、全てが丸く収まったし、エドヴィンには心から大切な人が出来た。本当に、ありがとう』


 胸の奥で、アドルフィーネの声が響く。

 たとえ未来が予測出来ていたとしても、気持ち自身は本人のものだ、とそう囁くのだ。


『私はもう居なくなるけれど、息子の事をよろしくお願いするわ。それと……本当にちょっとした、お礼なのだけど、少しだけあなたの体に働きかけておいたから。時が来れば、エドヴィンと同じくらいにはなる筈だわ』


 どういう事、と心の内側で聞いても、アドルフィーネはただ喉を鳴らして笑うように『その時のお楽しみかしら』となんて囁く。

 姿がある訳ではないけれど、とても美しく笑っている、そんな気がした。


「……生きているなんて期待を抱かせてごめんなさいね、陛下、ブルーノ様、エドヴィン。……漸く、私も長き生から本当に解放される。名残惜しくはあったのだけど……もう、時間だもの」


 私の内側で、端からアドルフィーネの魔力が消えていく。

 もう時間、というのは、魔力がなくなって、保たせていた自我すらも消えていく、という事だ。


 今度こそ、本当にアドルフィーネは死のうとしていた。次の魂の巡りへと旅立とうとしている。


 エド君がまず察して、その反応からフィデリオやブルーノも気付いてしまう。アドルフィーネが、消えてしまう事に。


「……エドヴィン、私の残る全てを、あなたに」


 そうっと、エド君の頬を撫でて微笑んだアドルフィーネは、私の内側にあった力と、エド君が握っていた魔石に残っていた魔力を、そのままエド君のものへと変える。


 最初から、そうするつもりだったのだろう。力を残して、完全な魔女になって貰う為に。

 ……そうすれば、私と同じくらいには、絶対に生きるから。私と同等の存在として、隣に立てるから。自分が最後に贈れるもの、とアドルフィーネは全てを注いでいく。


 エド君は、拒まなかったけど……染み渡る魔力に、ぽろりと一粒涙を零した。ただ、噛み締めるように唇を閉ざした。


「死ぬと分かっていても、私はあなたを生みたかった。……愛する人の子供だもの。最期に、こうして大きくなった姿を見れて、良かった」


 エド君の瞳から零れる涙をそっと拭い、愛しげに眼差しを和らげるアドルフィーネ。


「ブルーノ様も。……泣かないで頂戴ね、覚悟していた事だもの」


 エド君よりも長く側に居たブルーノ君も、唇を噛み締めて。泣かないで、そう言われたからか、必死に堪えている。

 死んだと思ったら生きているという希望を抱かされ、かと思ったらやっぱり死んでいて、目の前で消える。振り回して申し訳ない、という気持ちがアドルフィーネからも伝わってきた。


 もう殆ど消えかけていると分かるアドルフィーネは、最後にフィデリオを見た。


 今までの落ち着いたような笑みが、変わる。


 それは、まるで年頃の少女のように、ただただ愛しいという感情を乗せて、幸せそうに微笑んで。


「魔女である私を愛してくれて、ありがとう。――愛していたわ、ずっと」


 その言葉にフィデリオはくしゃりと顔を歪めて、けれど見送るときは笑顔で、と言わんばかりに穏やかな笑みを浮かべた。

 行かないで、とは言わない。ただ、最期は、笑顔で。


 その笑みに満足そうに笑ったアドルフィーネは、溶けて流れるように、私から消えていった。

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