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忌み子なぼっち王子様を手なずける方法  作者: 佐伯さん
第六章 さようなら、王子様
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先見の魔女は微笑む

本日二回目の更新です。

 気付けば、私は姿隠しをといて、ゆっくりと王妃に歩み寄っていた。体は勝手に歩き始める。私の意思は、介在していない。


 緩く銀髪がなびき、歩みによって柔らかく波打つ。

 深くヴェールを被っていて、離れた位置に居る大臣には遠目には顔が細かくは見えないだろう。


 口許に湛えた笑みだけは誰にも明らかになるように、しかし位置をわざと調整したのか大臣からは見えにくい向きで、ヘルミーネの元に向かっていた。


 いきなり現れた私……ううん、『アドルフィーネ』に、周りの人間達は硬直する。

 予定通りだった筈のフィデリオやブルーノ君はそう驚いた様子でもなかったけど……此方を見て、僅かに訝るような表情を見せた。エド君は、目を丸くして。


 王妃は、『アドルフィーネ』を見た瞬間に、顔を青白くさせて唇をわなわなと震わせる。まるで化け物でも見た、と言わんばかりの、明白な怯えようで。


「ヘルミーネ」


 私であって、私でない、私の中に滑り込んできた()()()()()()()が、私の口を使って彼女の名前を紡ぐ。

 私の体を使っているのに、声は私のものではなかった。


 その声に誰よりも反応したのは、目の前に居るヘルミーネだ。


「ひっ、来ないで……! 何故生きているの……!? だって、」

「私が殺したから?」


 言葉を引き継ぐように囁いて微笑んだアドルフィーネ。

 言葉を奪われて固まるヘルミーネとは逆に、きっと私の体は何処までも穏やかな表情を形作っているだろう。

 ヴェール越しに浮かんだ笑みにヘルミーネががたがたと体を揺らすのを、私は他人事のように眺めるしかない。


 アドルフィーネは、殺された事に怒っている訳ではなかった。私の体を使う彼女から、そのようなものは感じられない。

 あるのは、ただ、フィデリオやエド君を想う慈しみだけ。


「違う、私は……!」

「あら、良いのよ? 別に殺した事については怒っていないもの」


 アドルフィーネの顔は美しく笑みを形作るというのに、ヘルミーネの怯えは一層増していく。

 傍から見ても異常と思える程の怯え方。目は飛び出んばかりに見開かれ、顔どころか唇すら血の気が失せている。

 幽鬼と言われる側は本来アドルフィーネだろうけど、立場が逆転している。


 逆に、アドルフィーネはただ微笑んでいた。穏やかに、淑やかに、美しく。

 私の体ではあるけれど、魔法によって表面はアドルフィーネそのもので、彼女の温厚さが窺える笑顔だった。濃いヴェール越しにでも、それは周りからは明らかだろう。


 それを恐れるのは、ヘルミーネに後ろめたい事があるからに他ならない。


「ねえ、私を殺して、満足したかしら? あの人の気持ちを得られたかしら?」

「私は!」

「私は、何かしら。私を殺しただけでは飽きたらず、あの子まで殺そうとしたのだから、まだ足りていなかったのかしら」


 あくまで、アドルフィーネは穏やかに聞いた。怒りなんて感じさせない、ただ淡々とした問い掛け。

 逆に、それが恐ろしくも感じる。ヘルミーネからすれば、アドルフィーネが何を考えているのか、さっぱり分からないだろう。


 アドルフィーネは、ふと側に居たエド君に視線を移す。

 エド君の表情は、強張っていた。


 ……恐らくエド君だけが、この場で計画通りであり、ある意味想定外の事態が起こっている事に気付いただろう。

 魔力を感じ取れない他の人には、分からないであろうけど。


 エド君には正真正銘の、慈しむような眼差しを向けて微笑んでから、ヘルミーネに視線を戻す。


 恐らく傍から見たらとても美しい笑みだっただろう。それこそ、絵画の一枚のような、見惚れそうな笑みだったのかもしれない。

 フィデリオも、何処か私を見て私でない人を思い浮かべているらしい。……フィデリオ、今此処では言えないけど、あなたの想像は間違っていないよ。

 だって、笑っているのはアドルフィーネだもの。


 ただ、ヘルミーネには真逆に見えたようだ。

 吐棄すべき化け物を見るような、恐れと焦り、怯えがないまぜになった、揺れて揺れてぐちゃぐちゃに混ざったどろどろとした表情で、アドルフィーネを捉えて。


「……あなたは、私を殺して、何を得られたかしら」

「うるさい! 黙れ黙れ黙れ! あなたが居たから、私はッ!」

「私は?」

「あなたが居たから、私は陛下からの愛を得られなかったじゃない! 陰で笑われたのも知っているわ! だから、だからっ! ――あなたを殺さなきゃいけなかったじゃない! 全部あなたが現れたから……ッ!」


 息を飲む音が聞こえた。

 それは、フィデリオのものか、ブルーノ君のものか、それとも他の大臣のものか。


 場が一気に張り詰めた事にも気付かず、ヘルミーネは目を剥き外面をかなぐり捨てて、アドルフィーネの勢いよく肩に掴みかかって……。

 そうして、アドルフィーネはわざと崩れた。


 勢い余って突き飛ばされたように、床に尻餅を着く。ヴェールがはらりと頭から滑り落ちて、その顔が露になる。

 ヘルミーネの顔が驚愕を通り越して真っ白になるのを、アドルフィーネは見上げた。


「……あなた、誰……!?」


 そう、そこでアドルフィーネは魔法をといた。

 乗り移っているのはアドルフィーネ本人だけど、体は私のもので、魔法で誤魔化していたに過ぎない。


 深く、濃いヴェールを被っていたから、至近距離に居た人間にしかアドルフィーネの顔は見えていない。


 巻き込まれまいと自然と遠ざかっていた大臣達からは、口許くらいしかろくに見えていなかっただろう。

 それでも銀髪と口調、ヘルミーネの態度からアドルフィーネ本人だと思っていただろうけど。


 魔法をとけば、あくまで私の顔。

 銀髪のかつらをずるりと誇示するように落として、仕舞い込んだ元の髪をほどけば、そこにはアドルフィーネの役をしていた私が出来上がる。瞳はアドルフィーネの紫色にしたままだけど。


「陛下、もうよろしいでしょうか」


 まだ体はアドルフィーネの支配下にある私。

 落ち着いた声で問い掛けられたフィデリオは、一瞬体を揺らしたものの、直ぐに浮かんだ感情を飲み込んで鷹揚に頷く。


「――すまぬ、皆の者。どうしても、真実が知りたかったが故にこのような真似をした。……ヘルミーネ、そなたは、アドルフィーネを殺したのだな」

「ち、が……」

「もう良い。……そなたは、いきすぎた振る舞いをしたのだ。国を傾けようとした罪は、重いと分かるな?」


 死刑宣告……とまではいかないけれど、実質上罪を認めたが故に罰が下るのは確定したヘルミーネは一気に顔を青ざめさせた。

 それから衝動のままにフィデリオに奇声を上げて掴みかかろうとして、アドルフィーネに阻まれた。


 体が地味に衝撃を受けて傾ぐけど、退きはしない。


「これ以上、この人を傷付けないで頂戴」


 この言葉は、アドルフィーネの心からのものだろう。

 愛しい人を傷付けたくはない、そう思ってアドルフィーネですら無意識に庇っていた。


 アドルフィーネの凛とした声に一瞬瞳の端を滲ませたフィデリオは、それからゆるりと頭を振って、呆然と立ち尽くすヘルミーネを見つめる。

 微かな憐憫を覗かせた碧眼は、それでも揺らぎなく決意を見せていて。


「ヘルミーネ。……もう、そなたは休むといい」


 それは、二度と表舞台には上がれないという宣告であった。


 今度こそ力も何もかも失ったように崩れるヘルミーネ。

 フィデリオが合図をすると、騎士達がヘルミーネを両肩を支えるようにして立たせ、恐らくは部屋に向かって連れていく。


 もうヘルミーネには抵抗する気力もないらしくて、ただされるがまま。

 護送という名の連行だろう、騎士達は離すつもりも微塵もない面持ちで、謁見の間からヘルミーネを伴って出て行った。


 その瞬間にフィデリオも崩れ落ちそうになって、アドルフィーネが支えていた。

 流石に体は私のものなので、支えきれずにぎりぎりの所で押し止めているのだけど。


「……大丈夫ですか、陛下。あまり無理をなさらないで」

「そなたは――ああいや、いい。……皆の者、騒がせてすまなかった。それと……バシリウス、そなたには追って沙汰を伝えよう。そなたも横領に関わっていただろう、証拠は掴んである。……逃げてくれるなよ」

「そんな、陛下……ッ」


 もう一度合図をすると、今度は別の騎士達が現れてバシリウスという男も連行される。抵抗すれば罪が重くなると分かっているからか大人しいものの、瞳だけはフィデリオを睨んでいた。

 ……自分がした事なのだから、罰を受けるのは仕方ないのにね。


 またも連行されていく様を眺めて、今度こそフィデリオは大きく息をついた。


「……すまぬ、ブルーノ。私を寝室にまで運んでくれまいか。病み上がりの老体には、流石に無茶だったようだ」

「はい、陛下」


 それだけ言って、フィデリオは私の体から近付いてきたブルーノに、支えを変える。

 視線は、何処か期待するようでいて、少し物悲しげなものを此方に向けて。


 アドルフィーネは、ただそんなフィデリオを穏やかに見つめていた。

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