王子様とお出掛けです
「さ、じゃあ出掛けましょうか」
という訳で、人混みに目立たないように茶髪に同色の瞳にしたエドヴィン。
普段とはまるで印象の違う自分の顔に、鏡を見て驚いていたようだ。鏡に写る自分を見て、微妙に不機嫌そうに眉を寄せている。
そんな彼を見つつ、私はそろそろ行こうか、と声を掛ける。
因みに、私の瞳は暗緑色に変えてあるのでどう見ても普通の小娘に見えるだろう。彼の事は聞かれたら、うん。居候か助手とか答えようか。
「それで、どうやって町まで行くんだ。此処からだと遠いだろう」
禁忌の森から町までは一日はかかるだろう、と指摘されるのだけど、そういえばエドヴィンには移動方法を言ってなかったっけ。
「ああそうね、説明してなかった、というか見せた方が早いかな。ちょっと此方きて」
多分説明しても「は?」とか言われる事必至なので、実際に現場を見せた方が早い。
という事で、玄関の扉の前にエドヴィンと一緒に立つ。
何の変哲もない扉だ。
いや、魔女が見れば細工は分かるのだけど、エドヴィンから見れば極普通の扉だろう。実際、魔力を通さないで使う分にはただの扉だし。
ここを普通に開ければ、森が広がる。彼だって窓からそれを見て分かるだろう。
「あ、言い忘れていたのだけど、暫くは勝手に外に出ないでね。魔除けしてないと魔物に襲われて普通に死ぬから」
禁忌の森と言うくらいなので人を拒むように深く木や草が生い茂っているし、ほぼ迷子になってしまう。
森には魔物や毒性のある植物もわんさかなので、迂闊にうろつけば普通に命に関わるのだ。実際小さい頃に一回、無防備な状態で迷って死にかけたし。
わざわざ拾ったのに死なれるのは、寝覚めが悪い。それに、存外彼の事は気に入ってるのだ。
彼の事だから周辺調査とかしたいだろうけど、暫く待って貰おう。作業も手伝って貰うつもりだから、きっちり覚えてから森をうろついて貰わねば。
「そうそう、それで町への移動手段ね。説明がめんどくさいから実践するけど……」
見せた方が早いよね、と羽織った外套のうちポケットを探って、鍵を取り出す。
但し、普段使う鍵ではない。
形状はそう違うものではないけれど、飾りの部分に深紅の石をはめている。これは、私の魔力の塊。
……まあ言いたかないんだけど、せっせと血を体から抜いてその上で魔力を込めて凝縮したものになる。
血液は魔力をよく含んでいるから、魔法の触媒にもなるのだ。
作るのにはかなり手間と時間と出血を覚悟しなくてはならないので、そうそう増産は出来ない。この鍵と、簡易的なものがもう一本あるくらいだ。
流石に魔法だって万能ではないのだ。強力なものを恒常的に発動出来るものとなれば、代償もそれなりに要るものだし。
まあそこまでエドヴィンに説明するつもりはないので、普通に玄関の鍵穴に鍵を挿す。
……言わないのは、血で作ってるとか普通の感性だと引くらしいので。一回引かれた。
さておき、鍵を捻る。
そうして鍵を抜いてドアを開くと……そこは、人気のない裏路地が広がっていた。
正確に表現するなら、地面は緑ではなく煉瓦が敷かれていて、建物と建物の空間、それも木箱や樽で視界を遮るようなところの側に私達は出ている。
お、後ろから絶句した気配。
振り返ると、エドヴィンは綺麗な碧眼……でなくて茶色に誤魔化した瞳を見開き、端整な顔を呆然とさせている。
うん、驚いてくれてなによりだよ。ちょっとびっくりして貰いたかったんだよね。
固まる彼の手を引いて、家から出て鍵を閉じる。
まあ開きっぱなしでも他人には見えないし通れないから良いんだけどね。
「……驚いた?」
「これはどういう事だ」
「説明は端折るけど、魔法で家と町のとある場所を繋げてあるの。私が認めた人しか通れないし、見る事もままならない。どう、凄いでしょ?」
禁忌の森に閉じこもりきりだと色々と生活用品に困るので、こうして町に出やすいように繋いであるのだ。まあ繋ぐまでに苦労したのだけど、それは置いておく。
エドヴィンが信じられないといった眼差しを向けてくるのだけど、私は何だと思われていたのか。
「……お前、何者だ」
「だから魔女と言ったでしょう」
私がなんなのか、と言われても返答に困る。
私は魔女だ。それ以上それ以外の何者でもない。力だけはいっぱしの、ひよっこ魔女だけど。師匠から全部継いだのは、此処数年だもの。
「まあ良いじゃない。怪しいと思うなら、幾らでも調べてくれて構わないのだけど。あ、身体調査だと此処でやったら取っ捕まりそうだから、」
「誰がするか」
「じゃあ良いでしょ。文句言わないの」
大体魔女に常識を問おうが無駄なのだ。魔女は多少の物理法則なんて無視するからね。魔法が顕著な例だし。
あと、自分で言うけど、私は人よりちょこっと感性がずれているみたいだ。
だからエドヴィンの常識と私の常識は違うので擦り合わせに難しいと思うの。
エドヴィンはまだ問いたげに此方を見ている。
魔法の事について知りたいなら教えてあげるのだけど、それは帰ってからだしもっと生活に慣れてからだ。
「兎に角、理論はともかくそういう事だと覚えておいて。あと、外では私が魔女とか言わないで。隠してるから」
「名前で呼ばなければ良いだろ」
「お前とかで呼ばれるのは構わないけど、もしもの時は名前で呼んでね。……あ、エドヴィンって一応まだ追われる立場かな、外では呼び方変えた方が良いかなあ」
追っ手は振り撒いたらしいけど、何処にシャハトの手の者が潜んでいるかは分からない。
……実は此処、禁忌の森から結構遠い町だし、そうそう手配がされているとは思わないのだけど、念の為。……髪と目を誤魔化してるのだから、違うと言い張れば良いのだけど。
「エドヴィン、だと名前で直ぐばれちゃうから……そう、エドワードにしましょう」
「ほぼ一緒じゃないか」
「こういうのは気持ちとノリが大切なの。という訳で君はこっちではエドワード、エド君と呼びましょう」
「待て、その呼び方は止めろ」
これも身分を偽る為なんだから気にしては駄目だよエドヴィン改めてエドワード、もといエド君。ややこしいな。エド君で良いか。
「あのね、まさか君に君付けするとは思わないだろうという思い込みを逆手に取ってるんだから、ちょっとの事で文句言わないの」
誰も、仮にも王子様だった人に馴れ馴れしく君づけするなんて思わないだろう。
それに加えて見掛けを変えてるのだ。変装は完璧だろう。
「……そういうものなのか?」
「そういうものなの」
うん、そういう事にしておくのだ。
エド君、というのは中々に可愛い響きで気に入ったとかそんな理由ではない。決して。
ちょっと戸惑い気味の彼の手を取ると「やめろ」と嫌がられたので「はぐれるよ」という言葉で繋ぎ止めておく。
迷子になって困るのは彼だ。
いや、実の事を言うと彼の魔力辿れば見付けられるんだけど、今の所それを言うつもりもない。もうちょっと、彼が落ち着いてから、ね。
魔女だけが、本当に魔力があるか見分けられるのだ。まあ一緒に隣で寝て後から気付いた私が偉そうには言えた義理ではないのだけど、実際に魔法を使うまでは一般人には絶対に分かり得ない。
だから、彼が追われたのは、義母が言い掛かりを付けたからなのか。それとも、本当に無意識の内に何かしてしまったから、なのか。
彼が気付いている様子はないのだから、今のところは様子見だ。
――まあ、どっちでも構わないのだけど。
私は彼が誰かを傷付けていようが、一向に構わないし。私は彼の過去にまで関与するつもりも咎めるつもりもないからね。
「さあ行こうエド君、町が君を待っているー」
私に比べれば大きな掌を握って笑いかけると、エド君はそっぽを向いてしまった。可愛いやつめ。
気が付けば日刊六位に居ました、びっくりです。
皆様ありがとうございます。